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Episode.1 ある日、森の中、王子様に出会った
第3話 魔法少女といったな、あれは嘘だ
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そんな彼女の向こう側を鋭く睨んだレディルは次の瞬間、マントの下に隠した刀子を目にも留まらぬ早業で投げつけた。
「僕の顔を見て」と言ったのは、驚愕したリーザロッテが妙な動きをして刀子が当たらぬよう、彼女の注意を自分へ向けさせる為だったのだ。
「ひょえっ!」
彼女の顔のすぐ横を掠め、矢のように飛んだ刀子は茂みの向こうにある巨木の影に刺さった。そこから「ギャッ!」という獣じみた悲鳴があがる。
同時に付近から幾つかの影がバッと飛び退った。
「勘の鋭いことだな、レディル王子」
「薄汚い刺客風情が気安く僕の名を略すな、下郎」
冷ややかに吐き捨てた王子は、硬直したリーザロッテへ「びっくりした? ごめんね」と困ったように謝りながら立ち上がった。
「ちっ、護衛なしじゃやっぱり不用心だったな。銃くらい持ってくるんだった」
「レーベンスディルファー・フォル・レストリア殿下とお見受けする。我等と共に来てもらおう」
「行くつもりはないが一応聞いておこう。どこへだ?」
「……」
応えの代わりにレディルとリーザロッテ達を取り囲むように七つの影が浮かび上がった。黒装束をした覆面の男達。いずれも小柄で敏捷そうな体つきをしている。背中には細身の長刀を差していた。
「王位を返上した貧乏国の末王子なんか拉致する価値もないのにな。ご大層なことだ」
「お、王子様。もしかして強盗ですか?」
「そんなもんだね。でもちょっと違うかな」
肩をすくめたレディルは、突然現われた不審者達を見下すように含み笑いした。
「身のこなしが違う。この人達は暗殺とかをお仕事にされてる方々だよ。要するに僕の身柄を政治的に利用しようと考えているところから人攫いに来たんだな。で、その依頼主の名はたぶん……」
一人の男が奇声を上げて飛び込んできた。
驚いて固まったリーザロッテを突き飛ばすと、レディルは腰に挿した佩剣に手を掛けた。真横に飛び退りながら、裂帛の気合と共に抜き打ちで剣光を一閃させる。
次の瞬間、斬られた刺客の血飛沫が夜空に高く上がった。恐らく名前を言わせまいと仕掛けてくる、とレディルは読んでいたのだ。驚愕するリーザロッテの目には、月光に煌めいた鮮やかな刀の軌跡と血飛沫が自分の知らない魔法のように映った。
「二人手負いになったな。さて、どうする?」
「……」
覆面の男達は黙ったまま、包囲の輪を崩さない。レディルは冷然としていたが、当てが外れて内心焦慮に駆られた。
懸命に鍛錬した剣技で意表を衝き、敵を八人から六人にした。これで自分を買い被って退散してくれたらと期待したが、やはりそう上手くはいかなかった。相手は幾度も修羅場をくぐった者達らしく、ほとんど動揺は見られない。
一対一ならともかく成人に満たない少年が手練れを六人も相手にしては到底敵いそうになかった。
と、言ってもこちらには足弱の少女がいる。逃げる訳にもいかない。
(参ったな。どうするって実はこっちの話だったりして)
対面している影の中央に位置した頭目らしい男へ、傍にいる腹心らしい男が小声で問いかけた。
「どうします?」
「手足の一本は構わん。生きてさえいればいいとのお達しだ」
「女は?」
「口を封じておけ。小娘一人、殺すのに造作もあるまい」
「承知」
距離を詰める刺客達を前にレディルは覚悟を決めた。勝ち目はないが死に物狂いで戦う以外に道はない。
「リーザロッテさん、出来るなら僕が戦ってる間に逃げて。いいね」
「王子様……」
「僕へのお礼だと思って逃げて」
目もくれずに言うと、レディルは脇に挿した短剣も抜き、両手にそれぞれ長短の剣を構えた。
リーザロッテは迫ってくる刺客達と王子を交互に見た。明らかに、レディルは自分を逃がすため劣勢を承知で戦おうとしている。
(王子様……)
彼女は、首許の星石を握りしめた。
お婆ちゃんが授けてくれた特殊魔法。まだ使ったことはなく、石一個しかないから使えるのだって一度きり。
どんな魔法が飛び出すのかも分からないけど、でも使うのは今しかない。飢え死にしかけていた自分を助けてくれた王子様。優しい魔法少女と言ってくれた王子様。この人のためなら惜しくない!
「ごめんなさい、逃げません。リーザロッテは王子様をお助けします!」
「えっ?」
「星石魔法、召喚!」
夜空へ放り投げた星石は、リーザロッテが「魔力解放!」と叫ぶと砕け散り、虹色の眩い光を辺り一面に放った。飛び掛かろうとしていた刺客達も迎え撃とうとしていたレディルも、時間を凍らせる光条を浴びて一瞬動きが止まる。
僅かな刹那の中、静かな心臓の鼓動を聞きながらリーザロッテは己に暗示を掛けた。
(仮初めの間、自分はみすぼらしい魔法使いではなくなる)
(我は誇り高き西の魔女ゾルフィー・プレッツェルの子、リーザロッテ。その誇りに掛けて恩義の王子を護らん。天の神々よ、ご照覧あれ!)
光に照らされてリーザロッテの足元に魔法陣が浮かび上がる。反射鏡のような魔法陣の光に包まれた彼女は、青銀に輝く美しい魔法装束姿に変身した。
「魔法少女リーザロッテ、見参!」
止まった時が動き出す。刺客達は変身したリーザロッテを見て「これは!」と身構えた。
身体中に凄まじい魔力が満ちているのが分かり、リーザロッテは歓喜した。これならきっとどんな悪が相手だって戦える! と思った。
そのはずだったが次の瞬間、彼女はカクンと首を折って意識を失ってしまった。
同時に今度は彼女の身体から眩い閃光が迸った。レディルも刺客達も、思わず顔を背けたり目をつむる。
そして……
「グォゴガァアアアアアアアアアアアアア!!」
明らかに何かとてつもなく重たいものが地面に降り立ったと分かる地響きが、続いて獣じみた咆哮が森の中にこだました。
「!?」
閃光が消え、ようやく目を開けた一同の前に、魔法少女の姿はなかった。別の生き物がいる。
そして、それを見た刺客達もレディルもプッティも……その場にいた全員がポカンとなった。
パンパンに膨らんだ腕と足、真っ黒な長い体毛、丸く盛り上がった頭、圧し潰したような耳と鼻。その姿はどこからどう見てもゴリラ一匹。それも身長十メートルはあろうかという、巨大スケールのゴリラがいた!
「魔法少女といったな、あれは嘘だ」と、言わんばかりの二段変身だった。
肩の上にそびえるいかつい頭から血走った眼がギロリと動き、眼下で呆気に取られている刺客達に向かって巨大な口がクワッと開いた。
「この世の極悪正すべし! 神の摂理が決めずとも、俺が勝手にそう決めた! 平和を乱す卑劣漢は貴様らかぁぁぁぁぁぁ!」
「僕の顔を見て」と言ったのは、驚愕したリーザロッテが妙な動きをして刀子が当たらぬよう、彼女の注意を自分へ向けさせる為だったのだ。
「ひょえっ!」
彼女の顔のすぐ横を掠め、矢のように飛んだ刀子は茂みの向こうにある巨木の影に刺さった。そこから「ギャッ!」という獣じみた悲鳴があがる。
同時に付近から幾つかの影がバッと飛び退った。
「勘の鋭いことだな、レディル王子」
「薄汚い刺客風情が気安く僕の名を略すな、下郎」
冷ややかに吐き捨てた王子は、硬直したリーザロッテへ「びっくりした? ごめんね」と困ったように謝りながら立ち上がった。
「ちっ、護衛なしじゃやっぱり不用心だったな。銃くらい持ってくるんだった」
「レーベンスディルファー・フォル・レストリア殿下とお見受けする。我等と共に来てもらおう」
「行くつもりはないが一応聞いておこう。どこへだ?」
「……」
応えの代わりにレディルとリーザロッテ達を取り囲むように七つの影が浮かび上がった。黒装束をした覆面の男達。いずれも小柄で敏捷そうな体つきをしている。背中には細身の長刀を差していた。
「王位を返上した貧乏国の末王子なんか拉致する価値もないのにな。ご大層なことだ」
「お、王子様。もしかして強盗ですか?」
「そんなもんだね。でもちょっと違うかな」
肩をすくめたレディルは、突然現われた不審者達を見下すように含み笑いした。
「身のこなしが違う。この人達は暗殺とかをお仕事にされてる方々だよ。要するに僕の身柄を政治的に利用しようと考えているところから人攫いに来たんだな。で、その依頼主の名はたぶん……」
一人の男が奇声を上げて飛び込んできた。
驚いて固まったリーザロッテを突き飛ばすと、レディルは腰に挿した佩剣に手を掛けた。真横に飛び退りながら、裂帛の気合と共に抜き打ちで剣光を一閃させる。
次の瞬間、斬られた刺客の血飛沫が夜空に高く上がった。恐らく名前を言わせまいと仕掛けてくる、とレディルは読んでいたのだ。驚愕するリーザロッテの目には、月光に煌めいた鮮やかな刀の軌跡と血飛沫が自分の知らない魔法のように映った。
「二人手負いになったな。さて、どうする?」
「……」
覆面の男達は黙ったまま、包囲の輪を崩さない。レディルは冷然としていたが、当てが外れて内心焦慮に駆られた。
懸命に鍛錬した剣技で意表を衝き、敵を八人から六人にした。これで自分を買い被って退散してくれたらと期待したが、やはりそう上手くはいかなかった。相手は幾度も修羅場をくぐった者達らしく、ほとんど動揺は見られない。
一対一ならともかく成人に満たない少年が手練れを六人も相手にしては到底敵いそうになかった。
と、言ってもこちらには足弱の少女がいる。逃げる訳にもいかない。
(参ったな。どうするって実はこっちの話だったりして)
対面している影の中央に位置した頭目らしい男へ、傍にいる腹心らしい男が小声で問いかけた。
「どうします?」
「手足の一本は構わん。生きてさえいればいいとのお達しだ」
「女は?」
「口を封じておけ。小娘一人、殺すのに造作もあるまい」
「承知」
距離を詰める刺客達を前にレディルは覚悟を決めた。勝ち目はないが死に物狂いで戦う以外に道はない。
「リーザロッテさん、出来るなら僕が戦ってる間に逃げて。いいね」
「王子様……」
「僕へのお礼だと思って逃げて」
目もくれずに言うと、レディルは脇に挿した短剣も抜き、両手にそれぞれ長短の剣を構えた。
リーザロッテは迫ってくる刺客達と王子を交互に見た。明らかに、レディルは自分を逃がすため劣勢を承知で戦おうとしている。
(王子様……)
彼女は、首許の星石を握りしめた。
お婆ちゃんが授けてくれた特殊魔法。まだ使ったことはなく、石一個しかないから使えるのだって一度きり。
どんな魔法が飛び出すのかも分からないけど、でも使うのは今しかない。飢え死にしかけていた自分を助けてくれた王子様。優しい魔法少女と言ってくれた王子様。この人のためなら惜しくない!
「ごめんなさい、逃げません。リーザロッテは王子様をお助けします!」
「えっ?」
「星石魔法、召喚!」
夜空へ放り投げた星石は、リーザロッテが「魔力解放!」と叫ぶと砕け散り、虹色の眩い光を辺り一面に放った。飛び掛かろうとしていた刺客達も迎え撃とうとしていたレディルも、時間を凍らせる光条を浴びて一瞬動きが止まる。
僅かな刹那の中、静かな心臓の鼓動を聞きながらリーザロッテは己に暗示を掛けた。
(仮初めの間、自分はみすぼらしい魔法使いではなくなる)
(我は誇り高き西の魔女ゾルフィー・プレッツェルの子、リーザロッテ。その誇りに掛けて恩義の王子を護らん。天の神々よ、ご照覧あれ!)
光に照らされてリーザロッテの足元に魔法陣が浮かび上がる。反射鏡のような魔法陣の光に包まれた彼女は、青銀に輝く美しい魔法装束姿に変身した。
「魔法少女リーザロッテ、見参!」
止まった時が動き出す。刺客達は変身したリーザロッテを見て「これは!」と身構えた。
身体中に凄まじい魔力が満ちているのが分かり、リーザロッテは歓喜した。これならきっとどんな悪が相手だって戦える! と思った。
そのはずだったが次の瞬間、彼女はカクンと首を折って意識を失ってしまった。
同時に今度は彼女の身体から眩い閃光が迸った。レディルも刺客達も、思わず顔を背けたり目をつむる。
そして……
「グォゴガァアアアアアアアアアアアアア!!」
明らかに何かとてつもなく重たいものが地面に降り立ったと分かる地響きが、続いて獣じみた咆哮が森の中にこだました。
「!?」
閃光が消え、ようやく目を開けた一同の前に、魔法少女の姿はなかった。別の生き物がいる。
そして、それを見た刺客達もレディルもプッティも……その場にいた全員がポカンとなった。
パンパンに膨らんだ腕と足、真っ黒な長い体毛、丸く盛り上がった頭、圧し潰したような耳と鼻。その姿はどこからどう見てもゴリラ一匹。それも身長十メートルはあろうかという、巨大スケールのゴリラがいた!
「魔法少女といったな、あれは嘘だ」と、言わんばかりの二段変身だった。
肩の上にそびえるいかつい頭から血走った眼がギロリと動き、眼下で呆気に取られている刺客達に向かって巨大な口がクワッと開いた。
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