上 下
8 / 45

【八話】聖女たちの会議

しおりを挟む
 *

 外への扉が開かれると、予想以上に冷たい空気が流れ込んできた。

「寒くないか?」
「……はい」

 なるほど、外は寒いから抱えていくのか、と蘭は思ったが、今さら寒いから抱えて欲しいなんて言えない。
 しかし、その寒さは一瞬だった。
 ホッとしたのも束の間、今度は足元がゴツゴツしていて歩きにくい。
 それでも蘭は無言で歩みを進めた。
 しばらく足下が悪い場所を歩いていると、緩やかなカーブになり、下り坂になった。
 ゴツゴツはしてないが、整備されていないのは同じで、今度は柔らかな土の上のようだった。歩きにくいことこの上ない。
 どうしてこうなのか。
 蘭は内心でムッとしながら坂を下り、ようやく門らしきところに辿り着いた。

「門をくぐったら会議場だ。基本、聖女はみな、いい人ばかりだ」
「男に気をつけろ」
「あいつらは自分の聖女が一番だと思っている」
「できるだけ俺たちから離れるな」

 その注意事項、ここに着く前にして欲しかったです! と蘭が思っていると、早速、聖女たちに遭遇した。
 その聖女は真っ赤なレースがたっぷりの肌が露出したドレスを着ていて、露出した場所のあちこちにはキスマークらしき跡がたくさん付いていた。そして、一人の男性に抱えられていた。

「こんにちは」

 まだ朝だけどと思いながら、蘭も挨拶をされたので口を開こうとしたら、先に向こうの男が口を開いた。

「聖女を歩かせてるとは!」
「あー、おまえらか。なかなか聖女が来なかった落ちこぼれか」
「鍛錬が足りてないのか、それともその聖女さま、見た目より重いのか?」
「もうっ! なんて失礼なことを言うのよ! 黙りなさいっ!」
「しかし」
「いいから! 後、あたしも降ろしてっ!」
「はぁ? なに言ってるんですか」
「いいから! 命令よっ!」

 赤いドレスの聖女はなかなか降ろしてもらえないことに切れて、強引に腕の中から抜け出して降りた。

「ごめんなさいね」
「あ、あの。こっ、こちらこそ……その」
「あなた、来たばかりでしょう? 戸惑うのは分かるわ。あたしも最初、戸惑ったわ。しかも男がこんな馬鹿でしょう?」
「…………」
「ほんと、恥ずかしいわ。ま、色々あるけど、お互い、無理のない範囲でやっていきましょう?」

 それだけ言うと、赤いドレスの聖女は男たちのところに戻った。男たちは無言で女性を抱え、会場へと入っていった。

「あの……」
「基本、あんな感じだ」
「…………」

 戸惑いつつ、蘭たちも会場に入った。
 席は決まっているらしく、蘭たちは入ってすぐの白い衝立の中に入った。
 そこには白い座り心地のよさそうな椅子が一脚のみ。

「座ってください」
「え、でも。あなたたちは」
「俺たちは周りに立って護衛する」

 周りを見回すと、まだ三分の一ほどしか席は埋まっていなかったが、どこも同じような作りで、聖女が座って男性が周りに立っているようだった。
 蘭は仕方なく座ろうとしたが、座面を見て、ギョッとした。白い椅子のはずなのに、座面が真っ赤だったからだ。
 ザーッと顔が青ざめるのが分かり、倒れそうになって背もたれにつかまった。

「どうした?」

 すぐにアーロンが気がついて、声を掛けてきた。
 なんとか声を出そうとしたが、なんと言えばよいのか分からず、蘭は下を向いたままでいると、背の高いアーロンはすぐに座面を見て、気がついた。

「イバン、トマス」
「なんだ」
「この椅子」

 真っ赤に染まった座面を見て、険しい表情を浮かべた。

「アーロン、予備の椅子は?」
「あるぞ」
「すぐに交換してくれ」
「たぶんだけど、そちらも潰されてるよ」

 イバンの声に、アーロンも同意のため息を吐く。

「聖女は予備を含めて十三人。今、十二人いて、俺たちが十三人目の聖女付きになった」
「嫌がらせ、か」

 真っ赤な座面の上に座りたくない。だけど、座らなければそれはそれで不自然だ。
 ここまでされて、蘭は聖女でいたいわけではない。
 聖女から降りることができるのなら、とっくに降りている。
 帰りたい、と蘭は心から思った。
 帰れるのなら、帰りたい。
 こんなところ、もう嫌だ!
 そう強く願っても、帰ることはできない。

 今にも泣き出しそうな蘭を見て、アーロンは上着を脱ぐと椅子の座面に敷いた。

「これなら、座れるだろう?」
「でも……」

 会議の正式な場で、上着なしはあり得ないのではないだろうか。

「それとも、俺の膝の上に座るか?」
「っ!」

 最初に思ったのは、どちらの方が非常識なのだろうか、だった。
 ふと周りを見回すと、男性の上に聖女が乗っていちゃいちゃしている囲いがあった。
 上着を着ていないとアーロンが責められるくらいなら、まだ膝の上に座る方がいい。

「ひっ、膝の、上にっ」
「おっ、そっちを取るのか」

 アーロンは上機嫌に椅子に敷いた上着を取ると座面に触れていた部分は真っ赤に染まっていた。
 アーロンはそれに気がついていながら素知らぬ顔をして羽織り、蘭を抱えると一緒に椅子に座った。

「ふっ、服が汚れるっ!」
「そんなの、おまえに触れられることに比べれば、些細なことだ」

 そう言いながらも、アーロンは必要最低限しか接触してこない。すごく気を遣わせてしまっているようで、蘭は居たたまれない。
 そうこうしていると、聖女が全員、集まったようだ。周りを見渡すと、椅子に座っている聖女は半分くらいが黒髪に茶色の目だが、残り半分は様々な髪の色をしていた。異世界=地球ではないとここで蘭は気がついた。だが、不思議にも地球の、しかも日本からの転移者が圧倒的に多そうに見えた。
 蘭のいる囲いの対角線上に金色に光るローブを着た老婆が立った。

「それでは、会議を始めるが……早速、新人いじめをするような輩がおるようじゃな」

 その一言に、蘭はドキリとした。

「犯人は分かっておる。追って、沙汰する、覚悟をしておけ」

 蘭と老婆の視線が合ったような気がしたので、軽く頭を下げておいた。

「さてと、今日、召集したのはな、予想より速く大異変が起こり始めておることを共有しておこうと思ってな」

 その一言に特に会場内はざわつかなかった。すでに周知されていたことだったからだろう。

「お主たち聖女は、この世界の意志が様々な世界から選別し、呼び寄せた者たちじゃ。選ばれし者として、誇りを持つが良い」

 それは、蘭に言い聞かせているようにも聞こえたが、そんなものは要らないと蘭は思った。

「それに比べて、男衆の情けなさよ」

 老婆はそう嘆いた後、キッと目をつり上げ、周りを見回した。

「……説教はまた今度として。大異変はもう、始まっておる。とはいうても、まだ小さな動きじゃ。だが、お主ら聖女は特に気をつけるのじゃ。大異変の天敵は、勇者。勇者を産むことができる聖女を殺せば、その分、我々の力がそがれるのを知っておる」

 会場は不気味なほど静かだ。

「……このことは、伝えておくべきじゃろうな」

 老婆はポツリと呟き、それからおもむろに口を開いた。

「世界の意志の、気配が消えた」

 ざわり、と空気が揺れた。

「その意味することは、分かるな? 新たに聖女が召喚されることはない」

 新たな異世界の犠牲者が増えることがないと知り、蘭は安堵した。しかし、その意味することは──。

「この世界の、滅亡、か」

 トマスの小さな声は、蘭の耳に届いていた。

「延命措置となるか否かは、お主たちにかかっておる。この度の大異変に打ち勝つほどの勇者を産み出し、」

 老婆の後ろに急に黒い影が浮かび上がった。

「ねぇ、なにか黒い影が……」
「ん?」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】帰れると聞いたのに……

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:28

聖女様に婚約者を奪われましたが、恨むはずもありません。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:322

聖女は堕ちました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:127

聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:944pt お気に入り:863

聖女の呪い

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:9

処理中です...