強引な男はお断りです!

朱月野鈴加

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《二話》お迎え

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 エダス出版の定時は十七時。
 暇な時なら定時で上がれるけれど、今は続々と初校が上がってきているタイミングでもあり、残業は確定だった。
 みやびは、先ほどメールで届いたばかりの初校のPDFをプリントアウトして、チェックを入れているところだった。

「……うーん、水無瀬さん」
「なんだ」

 みやびの隣の席は水無瀬麦だ。仕事上でも一緒に取材に行ったり、紙面を作ったりすることが多い仲でもあったし、歳もプレイン編集部の中では近い上に、みやびの教育係でもあったので、困ったことがあったら、なにかと相談をしていた。

「今回のわたしたちが担当した特集なんですけど」
「あぁ、なんだ」
「ここの文章、『彩ります』がいいのか、『彩りを添えます』がいいのか、どっちがいいと思います?」
「あー、そこな。なんか読んでて、引っかかるんだよな。他の言い回しにした方がいいんじゃないのか」
「他の言い回しですか?」
「彩りますじゃないけど、似たような表現、同じページ内になかったか」
「あー、ありますね……。最初から読み直して、修正します、ありがとうございます」
「ん」

 みやびは紙面に視線を戻し、冒頭から読み直すことにした。文章をしばらく追って行くと、麦が言うように、似たような言い回しを使っていた。
 文章を書き終わった後、読み直しはしているものの、しばらく時間を置いてから改めると、分かることが多い。しかも他人の視点というのもかなり重要だ。
 今も麦に指摘されるまで、違和感は抱いていたものの、どこで引っかかっているのかみやびには分からなかったのだ。
 文章を差し替えるのはいいのだが、すでに文字数がぎりぎりの状態なので、あまり長い文章とは差し替えられない。
 みやびはゲラを遠目から見て、紙面の全体を改めた。
 今回、麦と一緒に作ったページは、花柄小物という四ページの特集ページだ。パステル調の小柄な花柄もあれば、色鮮やかな赤い花びらが印象的な小皿が載っていたりする。
 鮮やかだとちょっと意味合いが変わってくるし……、色彩豊かに、がいいのか、華やかに、がいいのか。
 みやびがうんうんと唸っていると、外線が鳴った。
 みやびは顔を上げて、受話器を取った。一呼吸置いて、口を開いた。

「エダス出版プレイン編集部です」
『…………』

 みやびが名乗っても、相手は無言だった。
 とそこで、昼間の電話のことを思い出した。もしかして、また同じ人物だろうか。みやびはとっさに録音ボタンを押した。
 みやびのその動きに、隣の麦はすぐに反応して、手を止めた。

「もしもし、プレイン編集部ですが」
『……秋尾みやびはいるか』

 くぐもった、背筋がゾッと寒くなる、声。
 みやびは録音ボタンを押して正解だったと、自分の対応に安堵したが、今はそれどころではなかった。

「秋尾みやびは、わたくしですが」

 みやびが名乗った途端、昼間と同じように電話が唐突に切れた。
 ぷーぷーという音がして、みやびは録音ボタンをもう一度止めて、受話器を置いた。

「どうした」
「……それが」

 みやびは麦に、置いたばかりの受話器を取ると、無言で渡して、再生ボタンを押した。
 麦は眉間にしわを寄せ、電話を聞いていた。そして、再生が終わったのか、無言で受話器をみやびへと返した。

「なんだ、今のは」
「……分かりません」
「の割りには、速攻で録音ボタンを押してたよな」
「それが、昼間にも同じような電話がありまして」
「もしかして、俺が外から帰ってきた時に青い顔をしていたのはそれのせいか?」
「はい」

 みやびの素直な返事に、麦は顔をしかめた後、椅子から立ち上がった。

「メイコさんに話そう」
「え……」
「どう考えても、秋尾がなにかのターゲットになっているのは明らかだろう?」
「…………」

 そう言われても、みやびは思い当たる節もないし、ただ不気味なだけで、そこまで危険とまで考えていなかった。

「今、思い出したんだが、実は、オレもさっきの電話を一度、受けたことがある」
「えっ」
「秋尾がちょうど席を外してたところだったな」
「…………」

 澤村も同じような電話が掛かってきたと言っていたし、なによりも今日、すでに二回目の電話だ。みやびが知らないだけで、もしかして、何度も同じ電話が今間までにも掛かっていたとしたら?
 相手の目的が分からず、ゾッとした。
 とそこに、席を立っていたメイコが戻ってきた。

「メイコさん、ちょっと話が」

 麦はすぐにメイコに声を掛けた。

「どうした?」

 真剣な表情をしている、麦とみやびを見たメイコは、首を傾げながら近寄ってきた。

「とりあえず、これを聞いてください」

 麦はみやびの席の受話器を取ると、メイコに手渡した。メイコが受話器に耳を当てたのを見て、麦は再生ボタンを押した。
 しばらく微妙な無言の時間が過ぎて、メイコは聞き終えたのか、顔を上げて、みやびを見た。

「なんだ、今のは?」
「それが……」

 みやびは今日のお昼の電話と、先ほど掛かってきた電話、それから麦と澤村の件と話をした。

「澤村にも聞いてみようか」

 澤村もまだ社内に残っていて、紙面を睨み付けていた。ただ、周りの音が気になるからなのか、耳にはイヤホンをしていて、会話は聞こえていなかったようだ。
 メイコが澤村の肩を叩いたところで、紙面から顔を上げ、イヤホンを取った。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら」
「あ、はい」

 澤村は首を傾げつつ、メイコを見やった。

「秋尾に不審な電話が掛かってきたと聞いたけれど、それはこんなのだった?」

 メイコは視線でみやびを見ると、澤村に向かって受話器を差し出した。澤村が耳に当てたところを見て、再生ボタンを押す。
 澤村は聞き終わった後、大きく頷いた。

「そう、この声です!」
「他に聞いた人は?」
「分かりません」
「それと、この電話を受けたのは、いつ?」
「えっと……」

 メイコの問いに、澤村は口ごもった。

「秋尾ちゃんが取材に出ていたときとしか記憶してなくて……」
「となると、先週?」
「ですね」

 変な電話があったというのは、月曜日のお昼ご飯の時に言われたのを、みやびは思い出した。

「オレは今週の火曜日か水曜日に電話を取った」

 とは麦だ。

「先週から怪しい電話が入り出した……ということになるのか?」

 メイコは呟き、唸った。

「今永と武藤にも確認してみよう」

 今永から先ほど、リテイクが済んだので直帰すると連絡が入ったばかりだ。そして武藤は、今日は用事があるということで、定時にあがってすでにいない。

「秋尾」
「はい」
「今日はお迎えが来るのかしら」

 メイコの一言に、みやびはげんなりしたが、小さく頷いた。

「それなら、心配はないか。それでも、あまり遅くならないように」
「……はい」
「電話の件は、これ以上は分からないから、保留で。怪しい電話はできるだけ録音を心がけて」
「はい」

 メイコのその一言で、とりあえずこの問題は保留となった。
 落ち着かないけれど、みやびは席に着き、赤ペンを手に取り、校正紙(ゲラ)に赤を入れていく。
 そうこうしていると、みやびのスマートフォンがブルリと震えて、お迎えが来たことが告げられた。
 みやびはキリが良いところまで赤字を入れ終わると、片づけをして、荷物を持って編集部を出た。

 外はすでに暗くなっていたけれど、会社のエントランス前には黒塗りの高級車が止まっていて、運転席の横には紺のスーツを着た男が立っていた。

「みやび、お疲れさま」
「……お疲れさまです。沖谷さんこそ、いつもお迎え、すみません」
「やだなぁ、他人行儀。僕とみやびの仲じゃないか」

 いつもの風景に、周りはだれも気にしていないようだけど、みやびはやはり恥ずかしくて、俯いた。

 みやびの幼なじみの沖谷勇馬おきたに ゆうまは、なにが楽しいのか、こうして毎日、みやびの会社への送迎を買ってくれている。
 子どもならともかく、社会人にもなって、ましてやお嬢様でもなんでもない一般市民のみやびにとって、黒塗りの高級車での送迎は激しく身分違いだし、かなり恥ずかしい。
 止めて欲しいと何度も言っているのだけど、勇馬は笑顔で心配だからと言って、一向に止める気配はない。

「さあ、帰ろうか」
「……はい」

 ここで嫌だと言っても、勇馬は聞き入れてくれない。それに、電話の件があり、今日はさすがに拒否する気になれなかった。
 大人しく車に乗るみやびを珍しく思いながら、勇馬は助手席の扉を開けて、みやびを乗せた。


 
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