視える令嬢は王太子の愛に気付かない

itoma

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第4章:年度末パーティー

35:ブローン伯爵家

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ネオローザから馬車で一時間ほど。
ルゼオン帝国との国境境の山の手前に、ひっそりと佇む二階建ての屋敷がある。
首都の喧騒から離れ、木々に囲まれたこの場所は物静かで落ち着いた雰囲気が漂っていた。

鳥たちのさえずりに混じって、金属のぶつかる音が聞こえる。
庭では二人の剣士が剣を交えていた。

「ふふ、今年はラズベリーが豊作だわ」

その奥には、水遣りをする貴婦人の姿。
薄いグレーの髪を一つにまとめた女性が、赤々と色づいた果実を見て満足げに微笑む。
目尻に見える笑い皺から、彼女の穏やかで優しい人柄が伝わってくる。

「……あら?」

馬の蹄が地面を蹴る音と、馬車の車輪が砂利を踏む音が聞こえ、婦人は門前に目を向ける。
訓練中の騎士二人も、動きを止めて同じ方を見た。
ダークブラウンのシンプルな馬車は、この家が所有している物だ。
中から出てきた黒髪の人物を見て、婦人は小走りで駆け寄った。

「殿下!」

門をくぐったルイスを、婦人はそう呼んだ。
婦人の背後には騎士二人が背筋を伸ばし、敬礼をしている。
一人は赤紫色の髪の、糸目が特徴的な男性。もう一人は、前髪を短く切り揃えた若い女性だった。
ルイスが軽く右手を挙げると、二人は手を下ろした。

「どうされたんですか? 今日戻られるとは聞いておりませんが……」
「うん、ちょっと……相談したいことがあって」
「相談……?」

首を傾げ、まっすぐ見つめてくる婦人に対して、ルイスは気まずそうに視線を泳がせ、襟足を掻いた。

「その……来週、ここに友達を呼んでもいい……?」

ルイスにしては小さめの声だった。

「まあ……!」

婦人はぱあっと目を輝かせ、胸の前で手のひらを合わせた。

「もちろんですわ! 中で詳しいお話を聞かせてくださいな」
「別に立ち話で……」
「大事なお話ですもの! 主人も呼んで参ります!」

嬉々として屋敷の中へと走り去っていく婦人。
その背中を見送ったルイスは、ふう、とため息をついた。

「殿下に……」
「お友達……!!」

ぽかんと口を開ける糸目の男性騎士に、口を手で覆いつつも目元がニヤけている女性騎士。

「……」

そんな二人を横目で軽く睨み、ルイスは屋敷の中へと歩みを進めた。



***


応接間に通されたルイスはソファに座り、慣れた所作でアールグレイを口にしていた。
ブラウンと黒を基調に家具が揃えられた空間は、派手な装飾がなくても格式のある雰囲気を醸し出していた。

「ご友人の家柄はわかりますか?」

ルイスの向かいに座る、焦茶色の髪の中年男性が真剣な面持ちで尋ねる。彼の名はクレイグ。ブローン伯爵である。

「まああなた。始めからそんな不躾なこと……」

その隣に座る女性は妻のケイティ。

「殿下に人の本質を見抜く才能があるのはわかっております。しかし……殿下の身を任されたからには、細心の注意を払わなければならないのです」

クレイグはまっすぐと背筋を伸ばし、ルイスを見据える。
そのキリッとした太い眉と曇りのない瞳から、彼の真摯な思いが伝わってくる。

「あー……何だっけ」

ルイスは視線を窓に向けて考え込む。
本人から聞いたことはないが、護衛のネイトから報告があったのだけはぼんやりと憶えていた。

「一人はルゼオン帝国からの留学生で……ロート……」
「ロートレック伯爵家ですか?」
「そう」
「ふむ……」

クレイグはフィオナの家柄を言い当てると、無意識に顎髭を撫でた。

「ルゼオン帝国屈指の騎士の名家ですね」

続いて、ルイスの後ろに控えている男性騎士、オリバーが補足する。

「もう一人は子爵家らしいけど、今はボロい宿屋やってるらしい」
「パジェット子爵家でしょうか」
「多分そう」

今度はケイティがリサの家柄を言い当てる。

「殿下にお友達が二人も……!」

ルイスの後ろに控えている女性騎士、ダフネは両手で口元を覆うが、キラキラと輝く瞳が感動を隠せていない。

(パジェット子爵は数年前に亡くなっていて今は爵位だけが残った家……警戒するとしたらロートレック伯爵家か……)

クレイグは顎髭を撫でながら、人差し指でトントン、と膝を叩く。

「それで、嘘ついてるからちょっと口裏合わせてほしくて……」
「ええ、もちろんですよ」

気まずそうに言い出したルイスに対して、ケイティが優しく微笑む。
彼女の笑い皺を見ていると、絶対に受け入れてもらえるという安心感が芽生える。
ルイスは一度唾を飲んでから、口を開いた。

「留学生の方が、ドレス持ってないらしくて……新品は受け取ろうとしないから、うちに遠方に嫁いだ娘のドレスがあるって言ってあるんだ」

ルイスがそう告げた瞬間――

《……》

応接間の空気が硬直する。

まるで時間が止まってしまったかのように固まるクレイグに、チャームポイントの糸目を開くオリバー。

「まあ……!?」

ケイティは少女のように目を輝かせ、

「お友達って、女性なんですか!?」

ダフネが率直に全員の気持ちを代弁した。

「そうだけど」
《!!》

ルイスが唇を尖らせて肯定した途端、全員に激震が走る。
さっきまでの閑静な空間が一転、ふわふわと落ち着きのない雰囲気が漂い始めた。
そんな中、これでもかというほど顔を強張らせたクレイグが、声を絞り出した。

「み……未来の王太子妃……丁重にもてなさなければ……!!」
「ちッ、ちげーよ!」

ルイスは思わず立ち上がり、ソファがガタッと大きな音を立てた。
その反応に目を丸くする一同。
カチ、と時計の長針の音が響く。

「……友達って言っただろ」

ルイスは照れ隠しで、どかっとソファに座り直した。
しかし真っ赤な耳は隠せていない。

(絶対嘘だわぁ)
(え~、殿下って恋するとツンデレなんです!?)

その反応に笑みを堪えられないケイティとダフネ。

(殿下の年相応な姿、初めて見た……)

オリバーは見慣れない主君の姿に呆然とし、

(王太子妃候補……ロートレック伯爵家ならば家柄も申し分ない)

クレイグはまた顎髭を撫でながら、膝を指で叩く。先ほどよりも少しスピードが速い。

「……だから、ドレスをいくつか準備してほしい」
「かしこまりました! このダフネにお任せください!」

ルイスが無理やり話を元に戻すと、ダフネが素早い動きでソファ脇に跪いた。

「ご令嬢の好みと殿下の好みは!?」

その手にはメモ帳とペン。ルイスを見上げる眼差しは期待に満ちている。

「何でもいい。最新のデザインは避けといて」
「はい! 早速行って参ります!」

立ち上がり、敬礼をし、応接間を出ていくダフネ。
とても俊敏な動きだった。

「オリバー、スイーツの手配を頼む」
「かしこまりました」

クレイグの言葉を受けて、オリバーも一礼をして出ていく。無駄のない所作である。

「お屋敷も綺麗にしておかなくちゃ。あなたはお髭をちゃんと整えてくださいよ」
「ああ、そうだな。髪も切った方がいいだろうか?」
「そうねぇ」

顔を見合わせて話すケイティとクレイグ。子どもが遠足に行く前日のような、ワクワク感が滲み出ている。
そんな二人を見て、ルイスは少し切なそうに眉を寄せた。

「伯爵、夫人」

そして、真剣なトーンで語りかける。

「悪い。二人には、辛い嘘をつかせることになるけど……」
「……何を仰いますか」

申し訳なさそうに言うルイスに対して、ケイティは穏やかに微笑んだ。

「私どもはとても嬉しく思っています」
「ご友人に楽しんでもらえるよう、尽力致します」
「……ありがとう。助かる」


――ここはブローン伯爵邸。
王太子であるルイスが、その身分を隠し、養子として過ごす家である。

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