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第4章:年度末パーティー
36:歓迎ムード
しおりを挟む一週間後。
「ネクタイは曲がってないだろうか」
「ええ、素敵ですよ」
玄関前に立つブローン伯爵夫妻。
クレイグはこの日のために切りそろえた髪や髭、身だしなみをしきりに確認して落ち着かない様子だ。
いつものようにゆったり構えているケイティも、今日は化粧が濃いような気がする。
(殿下の意中の人だとしても、そう簡単に認めるわけにはいかない……)
二人の斜め後ろに控えているオリバーは、糸目の奥で警戒心を光らせていた。
しかし今日は何やら雰囲気が違う。彼が身に纏っているのは燕尾服。腰にさしていた剣はなくなっている。騎士ではなく、執事のような装いだ。
ガタン……
門前に馬車が見え、三人は同時に背筋を伸ばした。
「……連れてくるからここで待ってて」
庭先に立っていたルイスが門に向かっていく。
その背中を見ながら、ケイティは優しく目を細めていた。
ルイスが門を開けると、ちょうど馬車から降り立ったフィオナと目が合った。
「よお。疲れてない?」
「うん、全然平気」
ルイスの少しぎこちない挨拶に対して、フィオナはその言葉通り平然と頷いた。
「……」
少しの沈黙が訪れたあと、ルイスはある違和感に気づき、馬車の中を覗き込んだ。
「……リサは?」
リサの姿が見えない。
「風邪ひいて来れなくなっちゃった」
「!?」
淡々と告げられた衝撃の事実に、ルイスは硬直する。
「あ……これ、リサから伝言」
「……!」
そんなルイスに、フィオナが封筒を渡した。
花柄の封筒の中に花柄の便箋が一枚。
開いてみると、中央に一行だけ――
"やらしーことしちゃダメよ!!"
と、書かれていた。
(しねーよ!!)
「?」
ルイスはその紙をくしゃくしゃに丸め、ポケットに突っ込んだ。
「あそこにいらっしゃるのが伯爵夫妻?」
「あ……うん、紹介する」
気を取り直して屋敷に向かう。
玄関前で待ち構える夫妻の、期待に満ちた眼差しが突き刺さる。
「……友達のフィオナ。もう一人は風邪で来れなくなった」
夫妻の前で立ち止まり、最低限の説明をするルイス。
「フィオナ・ロートレックです。今日はお招き頂きありがとうございます」
フィオナはスカートを持ち上げ、作法通りのお辞儀をする。
フィオナにしては珍しい、貴族令嬢らしい所作だった。
少し強張った表情とわずかに見えるぎこちなさから、緊張が伝わってくる。
「ルイスから話は聞いているよ。家主のクレイグだ。畏まるような家門じゃないからリラックスしてくれ」
クレイグは一歩前へ出て、物腰柔らかな笑みで歓迎の意思を表現する。
(王太子妃候補……!!)
その笑顔の裏では、''未来の王太子妃をもてなす"という重要ミッションに向けて決意を燃やしていた。
「私は妻のケイティ。こんなに可愛いお嬢さんに娘のドレスを着てもらえるなんて、とても楽しみだわ」
ケイティはにっこりと笑い、手を胸元に添えた。
くっきりと浮かび上がった目尻の笑い皺に、フィオナの緊張が少し解ける。
「あの、これ……みなさんで召し上がってください」
フィオナが持っていた紙袋をケイティに差し出す。
「まあ! ローヤンのタルトは大好きなの。あとでみんなでいただきましょうね。ありがとう」
それを丁寧に受け取ったケイティは、本当に嬉しそうに目を輝かせた。
その様子を見て、フィオナはほっと息をつく。
「オリバー……」
ケイティが紙袋を渡そうとオリバーを振り返る。
オリバーは何故か目頭を押さえ、天を仰いでいた。
(王室の顔面偏差値は安泰だ……)
先ほど「簡単に認めるわけにはいかない」と豪語していたオリバーだが、フィオナの顔を見た瞬間に掌を返していた。
「……失礼、目にゴミが入りました。執事のオリバーです。中へご案内致します」
オリバーはサッと姿勢を正し、丁寧ながらも素早い所作で玄関のドアを開けた。
***
「こちらへどうぞ」
階段を上り、すぐ手前の部屋。
オリバーが丁寧な所作で扉を開ける。
「いらっしゃいませ! 本日はこのダフネが誠心誠意、お手伝いをさせていただきます!」
扉のすぐ前で待ち構えていたのはダフネ。騎士のズボンではなく、侍女が着るような落ち着いた色のワンピースを身に纏っている。
そして、彼女の奥には十を超える様々なタイプのドレスがずらりと並んでいた。
ダフネは深いお辞儀から顔を上げ、ルイスの隣に並ぶフィオナを目にした瞬間――
「ッ――!!」
息を飲み、両手で口を押さえる。
この時、ダフネの脳内では凄まじい速さで妄想が展開されていた――
ゴーン ゴーン……式場の鐘の音。
国民の歓声の中、笑顔で手を振るルイスとフィオナ。
そして……
「おぎゃあ、おぎゃあっ」
二人の間に産まれた、赤ん坊。
――この間、一秒である。
「天使……!!」
(何言ってんだコイツ)
手で覆った口から思わず心の声を漏らしたダフネに、ルイスは訝しげな視線を向けた。
オリバーは後ろでうんうんと深く頷いている。
「ハッ……! ど、どうぞご覧ください!」
正気に戻ったダフネが背筋を伸ばし、一行を奥へと促す。
「こんなにたくさん……」
予想以上の数のドレスに、フィオナは忙しそうに視線を動かした。
「うちの娘はもう着ないものだから遠慮しないでね」
「何なら全部貰ってくれても構わないよ(本当に)」
「いえ、一着だけお借りします」
フィオナがブンブンと首を横に振ると、伯爵夫妻は揃ってルイスを振り返った。
(プレゼントするって言ってないんですか……?)
(こんなにたくさんのドレスどうするんですか……)
口にはしないが、目が物語っている。
ルイスは気まずそうに視線を逸らした。
「お友達がいらっしゃらないなら私もお手伝いしていいかしら?」
ケイティはため息をついてから、フィオナの顔を覗き込んだ。
「きみのセンスは古いんじゃないか?」
その隣でクレイグがからかうように言う。
「まあ失礼しちゃう、大丈夫よ」
ケイティは眉を釣り上げたが、声色はいつもと変わらなかった。
二人の仲睦まじいやり取りを見て、フィオナの口角が少し上がる。
「ぜひお願いします」
「嬉しいわ! さあ、もっと近くで見てみましょう!」
にこにこと笑うケイティがフィオナの背中を優しく押す。
ドレスを間近で見たフィオナは、ふと――
「新品みたい……」
と、呟いた。
《!!》
伯爵家一同に緊張が走る。
「娘さんは物を大切にする方なんですね」
「え、ええ! フィオナさんこちらはどうかしら!?」
少し声を上擦らせたケイティが、目の前にあったドレスを手に取る。
緑色の、生地を贅沢に使ったボリュームのあるスカートが特徴的なドレスだ。
「じゃあそれにします」
「まだ決めちゃダメよ!?」
「?」
即決しようとしたフィオナに、ケイティは思わず声を張り上げる。
「フィオナお嬢様、まずは試着からです!」
「え……」
反対側から現れたダフネが、ドレスを受け取り、ハンガーから外す。
「さあ……」
ケイティは後ろを振り返り、淑女らしい笑みを浮かべた。
「男性陣は出てって、ティータイムの準備をしていてちょうだい」
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