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第4章:年度末パーティー
42:レナルドの願い
しおりを挟む「……?」
たった今やってきたレナルドは、食堂内の異様な雰囲気を感じ取って首を傾げた。
「なあレナルド……やっぱりルイスとフィオナさんって交際してんのかな……」
「え?」
レナルドの隣に、生気のないクラスメイトがぬっと現れる。
死んだ魚のような瞳が見つめる先には、フィオナとリサとルイス。
遠目からでも楽しそうな様子が伝わってきた。
「……交際はしてないと思うよ」
レナルドは柔らかな笑みを浮かべて、先ほどの質問に答えた。
「そもそもフィオナさんって婚約者いないの?」
「いないよ」
「でも、あの容姿じゃあ求婚書が山のように届いてるはずだよな!?」
「……」
フィオナに婚約者はいないし、求婚書は今までに一度も届いたことがない。
デビュタント以降フィオナは社交界に顔を出していないうえに、「精神病を患っている」という噂まで広まっていたからだ。
「そうなんだろ、レナルド!」
「……そのへんはちょっとよくわからないな」
レナルドは笑って誤魔化した。
そこに突然、香水の甘い香りが弾ける。
「こんにちは、レナルドさん」
「……こんにちは」
クレアがレナルドの前に立ち、上目遣いで彼を見つめていた。
「改めて、パーティーのパートナー、よろしくね」
「うん。こちらこそよろしく」
にっこりと、クレアの赤い唇が弧を描く。
レナルドも柔和な笑みでそれに応えた。
「当日は何色の衣装をお召しになるの?」
「色?」
「ええ。貴方の衣装の色に合ったドレスを選ぼうと思って……」
クレアは気恥ずかしそうに視線を落とし、髪を耳にかけた。
その可憐な仕草に、隣にいたクラスメイトの目が釘付けになる。
「……まだ決まってないんだ」
しかし、レナルドは眉を下げて笑うだけだった。
「僕のことは気にせず、クレアさんの好きなドレスを選びなよ」
柔らかな言葉の裏に滲ませた、明確な拒絶。
社交界に通じているクレアだからこそ、その意味がよくわかってしまう。
「……ええ、そうするわ」
クレアは貼り付けた笑顔を浮かべ、去っていった。
***
「レナルド」
配膳を受け取り終えたレナルドに、フィオナが駆け寄る。
その手には小さな箱。中にはチョコレートが一粒入っていた。
「これあげる」
「チョコレート? どうしたの?」
「ブローン伯爵夫妻から貰った」
「僕が食べてもいいの?」
「うん。友達と食べてって言われたから」
レナルドは、フィオナの背後にいるルイスをチラっと見る。
ルイスは特に表情は変えず、視線だけを逸らした。
「じゃあ、そこの小皿に……」
「今食べさせていい?」
「……え?」
レナルドは耳を疑った。
理解が追いつかないうちに、チョコレートを摘んだフィオナの指が近づいてくる。
(え……ええ!?)
慌てふためくが、トレーを持っているため手は動かせない。
フィオナの顔は真剣そのもの。
「~~っ」
レナルドは観念したように目を瞑り、口を開く。
滑らかなチョコのコーティングが舌に触れる。
それを落とさないように口の中に閉じ込めると、ほんの一瞬、唇にフィオナの指先が触れたような気がした。
「美味しい?」
フィオナは期待の眼差しでレナルドを見上げていた。
「う、うん。いいチョコレートだね……」
レナルドはその無垢な顔を直視することができない。
真っ赤な顔で、なんとか声を絞り出す。
先ほどの感触が頭から離れなくて、正直味なんてしなかった。
「……ドンマイ」
フィオナの背後で、リサがルイスの背中を叩いた。
ルイスは額に手を当て、深いため息をついていた。
「あ……フィオナ」
「なに?」
そのまま立ち去ろうとしたフィオナをレナルドが引き止める。
「放課後、ちょっと時間を貰えないかな」
未だ熱の残る顔で、まっすぐとフィオナを見据えた。
「うん」
フィオナは躊躇なく頷く。
「ありがとう」
レナルドは嬉しそうに目を細めた。
***
正門から校舎までまっすぐと伸びたレンガの道。
その左右にそれぞれ、華やかな庭園が広がっている。
どちらもメインは赤いバラで、デルフィニウムやスイートピーなど、色とりどりの花々で自然な美しさを演出していた。
その西側。バラの生垣を抜け、突き当たった場所に白いベンチがある。
そこにレナルドとフィオナが腰をかけていた。
「涼しいね」
「うん」
吹き抜けた風に、フィオナが気持ちよさそうに目を細める。
対して隣のレナルドはピンと背筋を伸ばし、唇をきゅっと結んでいた。
「……何かあった?」
緊張した面持ちのレナルドをフィオナが覗き込む。
「あ……ううん、違うんだ。ありがとう」
レナルドはハッとして、柔らかい笑みを繕った。
「……」
ゆっくりと深呼吸をひとつ。
そして、ジャケットの内ポケットに手を入れる。
「実は……これを渡したくて」
フィオナに身体を向け、両手で差し出したのは細長い箱。
「本当に……高価なものでもないから、受け取ってもらえないかな」
「ありがとう。開けてもいい?」
「うん」
中に入っていたのは白いリボンだった。
レナルドの言った通り、宝石ほど高価なものではない。
しかし上質な絹は、光を受けて落ち着いた艶を返していた。
「髪に着けたら可愛いと思うんだ。白なら、どんなドレスの色にも合うと思って」
そう言いながら、レナルドは膝の上で指先を合わせた。
「髪……どこに着けたらいいんだろう?」
フィオナがリボンを手に取り、素朴な疑問を口にする。
「当日の髪型にもよると思うけど……」
「髪は一つにまとめると思う」
「それならてっぺんに着けるか……横でも……」
レナルドは真面目に答えつつ、無意識に手が伸びる。
途中で正気を取り戻したが、その手を引こうとはしなかった。
「横につけても、可愛いと思う」
フィオナの髪を耳にかけ、優しく微笑む。
「そっか。ありがとう、レナルド」
フィオナは一度だけ瞬きをして、微笑みを返した。
「……どういたしまして」
レナルドは小さく息をつき、赤くなった首元を隠すようにジャケットの襟を正した。
「当日の支度は誰にしてもらうの? リサ?」
「ううん。ブローン伯爵家の侍女のダフネさんが来てくれる」
「……そうなんだ」
レナルドの顔に、ほんの一瞬だけ影が差す。
(フィオナは……ルイスのこと、好き……なのかな……)
レナルドは少し俯き、フィオナの横顔を盗み見た。
ごくり。息を飲む。
「……エスコートはルイスにしてもらうの?」
「? ううん、リサと一緒に行く」
「……そっか」
フィオナの淡々とした返答を聞いて、レナルドはどこか安堵したように口元を緩めた。
「フィオナ」
「なに?」
そしてもう一度背筋を伸ばし、フィオナに向き合う。
「今回はできないけど……いつか、僕にエスコートさせてほしい」
膝の上で握った拳に汗が滲む。
レナルドの真摯な眼差しを受け、フィオナも真剣な表情で考え込む。
「……それは無理だと思う」
「!」
出てきた答えに、レナルドは息を止めた。
「だって、レナルドはきっと来年も再来年もダンスの代表に選ばれるでしょ? でも私が選ばれることは絶対ないもん」
「……」
しかしそれは拒絶ではなく、ただ単に事実を述べただけなのだとすぐにわかった。
ズキズキと広がっていた胸の痛みがすっと引いていく。
「あはは」
「もう、笑わないで」
「ごめん」
安堵ともに、笑いが込み上げてきた。
前のめりになって笑うレナルドに、フィオナは不服そうに唇を尖らせる。
その姿でさえ可愛らしく、愛おしかった。
「フィオナ……いつでもいいんだ」
「え?」
「五年後でも……十年後でも」
前のめりの姿勢のまま、フィオナを見上げる。
「いつか、必ずエスコートさせてほしい」
「? わかった」
レナルドは幸せそうにはにかんだ。
数年越しの約束を、噛み締めるように。
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