視える令嬢は王太子の愛に気付かない

itoma

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第4章:年度末パーティー

43:パーティー開幕

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アカデミー主催の年度末パーティーは、毎年七月の下旬に行われる。
首都で一番大きなホールを貸切にして集まるのは、全校生徒約百名と、教授二十数名。
実際の社交界のように入場の順番は特に決まっていない。
夕暮れ時になると、続々とホールの前に馬車が集まり始めていた。

「もういい匂いしてきた」
「ねっ」

ホールに続く廊下を歩くフィオナとリサ。
淡い黄色の生地と、紺色の生地が足元で揺れる。

開け放たれた扉の向こうからは煌びやかな光が溢れ、優雅な音楽が聞こえていた。

「……」

会場に足を踏み入れたフィオナは、照明の眩しさに目を細める。

「席は自由みたいね。立食テーブル近いとこにしよ」
「うん」

フィオナが歩くたびにオパールのイヤリングが揺れ、オレンジ色やピンク色に輝く。
髪に添えられた白いリボンがフィオナの首筋をなぞるように靡くと、その白さと儚さが強調された。
その身を包む淡い黄色のドレスは決して派手ではないが、上品な曲線がフィオナの身体によく合っていた。

「天使……?」
「俺、アカデミーに入学して良かった……」

まるで時間が止まってしまったかのように、会場内にいた誰もが動きを止め、その姿に目を奪われた。

「見てフィオナ、めっちゃ分厚いお肉ある」
「ほんとだ……」

一方フィオナは、周囲の熱い視線など意にも介さず、食卓テーブルの料理に夢中になっていた。

「絶対あとで食べようね」
「うん」

真剣に頷いたあと、視界の端に黒髪を見つけてフィオナは「あ」と小さく呟いた。
慣れないヒールの靴で、壁際に寄りかかるルイスに駆け寄る。

「ルイス、ドレスとイヤリングありがとう」
「……うん」

ルイスは壁に寄りかかったまま、フィオナをじっと見つめた。
試着姿を一度見ているからか、狼狽えるような様子はない。
ただ、高鳴る胸の鼓動はどう足掻いても無視できなかった。

「似合ってる」
「ありがとう」

少し耳を赤くしながらも、しっかりと伝える。
フィオナも微笑んでその言葉を受け止めた。

(これは茶化しちゃいけないヤツ……)

穏やかな空気感を漂わせる二人を見て、リサはできる限り気配を消して近くの椅子に座った。
その時、音楽が止まる。

「ダンス代表ペアの入場です」

続いてアナウンスの声が響き、二階にある重厚な扉が開かれた。
華々しく登場したのは、各学年一組ずつ選ばれた男女六名。
一学年の代表であるレナルドとクレアもそこにいた。

レナルドが身を包むのはチャコールグレーのテイルコート。
華美な装飾はないが、首元に結んだボルドー色のクラバットが差し色となって彼の気品を高めていた。

(フィオナ……)

会場を見渡すレナルドの瞳が、フィオナの姿を捉える。
その視線に気づいたフィオナが小さく手を振ると、レナルドは嬉しそうに口角を上げた。

「……ッ」

そのやり取りの一部始終を、クレアは感じ取っていた。
唇の内側を噛み、レナルドの腕に絡めた指先に、無意識に力がこもる。

(大丈夫……主役は私よ……)

会場を見渡すと、自身に集まる恍惚や羨望の眼差しがよくわかった。
クレアは背筋を伸ばし、華やかなレースがあしらわれた胸を張る。
ブロンドの髪も、肌も、爪も――、一日たりとも、手入れを怠った日などなかった。
流行最先端のピンクのドレスを着ても、彼女自身の輝きは色褪せていない。

代表三組がダンスステージに上がると、音楽が鳴り始めた。
弦楽器が優雅に奏でるのはゆったりとした三拍子のワルツ。

(とっても上手……)

フィオナは代表者たちの洗練されたダンスに釘付けになっていた。
そんなフィオナを横目に、ルイスが一歩近寄る。

「踊る気ないだろ?」
「うん」
「……足痛いって泣き真似でもしとけばいいよ」
「?」

そんなことを耳打ちしたかと思うと、リサが座るテーブルへ向かってしまった。
フィオナも一緒に行こうとするが、それを阻むように人影が現れた。

「フィオナさん、僕と踊ってくれませんか?」
「いや、俺と!」
「ぼ、僕、何回足踏まれても大丈夫です!」

男子生徒が五人ほど、フィオナに群がっている。
彼らの目的はフィオナとダンスを踊ること。
頬を染め、期待の眼差しでフィオナの返事を待っていた。

(泣き真似……)

ルイスの言葉を思い出したフィオナは、両手で顔を覆う。

「うう……」

嗚咽というより、呻き声に近かった。
自分の演技力のなさを痛感し、居た堪れないほどの羞恥心がフィオナを襲う。

「足が、痛くて……」

眉を下げ、耳まで赤くしたフィオナは、なんとかか細い声を絞り出した。

《!!》

その愛らしい姿に、男子たちの胸がもれなく射抜かれる。

「足が痛いならしょうがない!」
「フィオナさんは踊れないな!」
「うんうん!」

もはや演技だろうが、何でもよかった。
"フィオナは誰とも踊らない"という協定が、男子たちの間で結ばれた瞬間だった。

「……"コイツに手ェ出すな"って直接護ればいいのに」

同じテーブル席に座ったルイスに、リサが言う。
ルイスは落ち着いた様子で、グラスの中のミントウォーターを一口飲んだ。

「本人が断った方が、ちゃんと"散る"だろ」
「うわー……」

ニヤりと口角を上げたルイスを見て、リサは引き笑いを浮かべた。

(しっかり独占欲は持ってんのね)


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