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響く

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響ちゃん、と呼んだ声は、地下なのもあってか、響いて聞こえた。

わたしに声をかけられた、ベビーカーに手をかけた女性が振り返った。




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「えっ、うそ、山中???やだ、すごい久しぶりじゃん!よくわたしだってわかったねー!」

彼女だ。

紛れもなく、Lunaの頃から、わたしがずっと探していた彼女だった。

高校時代、
わたしは彼女のことを響ちゃん、と呼んでいて
彼女は誰のことも名前では呼ばず、必ず名字で呼んでいた。

変わらない、そのままの呼び方。

「そうだよ、山中だよ。一回結婚して、今は違うけど」

「そうなんだ~、嘘、めっちゃ話したいんだけど!でも、ごめん、今時間ないから、後で連絡するよ。ほんといろいろ話したいな~」

「うん、呼び止めちゃってごめんね、またね」

「じゃね~」

軽く手をあげて、指先を少しヒラヒラさせる、またね、の合図も
慌ててる時、うそ、を連呼する口癖もあの頃と一緒で

ライブの前なのに、なんだか胸がいっぱいになってしまった。

彼女ーー響ちゃんーーは、そのまま、ベビーカーごと会場内へ入っていった。


でも、でもね、さっきも言ったけど観客は入れていない状態。
まだ整理番号一番すら呼ばれていない。

その状況で中へ入れるということは……もしかすると、関係者席……???

もしかして……

ドクン、と
ライブへの期待とは、また別の鼓動の高鳴りがあった。

もしかして……

彼女はもう、Lunaや、Sun and Moonのファン、じゃないのかもしれない……ってこと……?

もし……

もしかしたら、彼女が……?

もしかしたら、もしかするのかな???



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高校時代、親に反対されてライブに行けなかったわたしとは違い、
彼女はよく、ライブに通っていて
わたしは彼女が行ったライブの話を聞かせてもらうのも大好きだった。

わたしたちが高校一年生の頃は、まだメジャーデビュー前で、ファンの子も少なかったから
ライブの打ち上げにファンも行けていて、
彼女が、(当時)Lunaのボーカルの彼に、大好きって
毎回伝えていて、

ある時、本当に好きだから、付き合ってほしい、と伝えたことがあったそうで。

それに対する彼の返事が、
じゃあ、ファン辞められる?

だったそう。

俺はファンの子に手を出すのは最低だと思ってるから
ファンには手を出さない。
だから、ファンじゃなくなるなら付き合うことも考えるよ、ということだったらしい。

そして、それに対する彼女の返事は

それならやめておく、というもの。


どうしても、少なくても、その時の彼女からすれば

Lunaのボーカルの彼の、
歌や、パフォーマンスも含めて大好きで、ファンをやめる=曲も聴けない、は
ありえないから、と。

Lunaの曲なしで生きていける気がしないから、ファンを辞めるのは無理だから、彼女になるのを諦めた、と言っていて
わたしにはそんなに想われてる彼が羨ましかったし

そんなに好きになれるものがある彼女もとても眩しく見えたのを覚えてる。


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そう言っていた彼女が……

ファンとして、観客として、ではなく
会場に入っていく……その意味って……

もしかして、もしかするんじゃ????

わたしは彼女の、響ちゃんのさっきの笑顔を思い出しながら……

久しぶりの、最前列でのライブを堪能したのだった。
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