寵愛のテベル

春咲 司

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銀の騎士

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 厳かな空気が流れる中、元帥が五人の任命書を読み上げる。
 ルドルフと呼ばれた銀髪の美しい騎士を、ハーミヤはなんともいえない表情で見つめていた。
 ただ容姿が珍しいとか素敵だとか、そういう率直で単純な気持ちとは違う。自分でもよくわからない複雑な感情がハーミヤの中には渦巻いていた。
 そんな奇妙な感覚にとらわれたハーミヤをよそに叙任式は進んでいく。

 元帥が任命書を読み終えると、五人の騎士は国王の間近まで進み出てかしずいた。
 ヨハンス三世は側に控えていた侍従から銀のバッジを受け取ると、彼ら一人一人に自らの手でそれを付けた。そして沈痛な面持ちでゆっくりと口を開いた。

「そなたらも身に染みて分かっているとは思うが、近年、我が国のみならず世界は混迷の中にある。自然災害、疫病に戦。我が王国でも数多くの犠牲者を出した」

 厳かなヨハンス三世の言葉に、ハーミヤは当時の悲しい出来事を思い出して目を伏せた。

 六年前に起こった戦争以降、本当にここ数年の世界は悪いことばかりが起こっている。
 特に記憶に新しいのは、三ヶ月前に猛威を振るった伝染病だ。季節は雪の深い冬だった。厳しい寒さのなかでその病は急速に国中に広がっていった。感染すれば高熱にうなされ、視力や聴力を失う者も少なくはなかった。

 治療法がなかなか見つからず、結果体力のない子供や高齢者を中心に大勢の死者を出した。
 医師団と共に救護活動を行っていたハーミヤ自身も病に感染し生死の境を彷徨ったが、奇跡的に生還した。

 姉のフレイアが以前にも増して過保護になったのはこの件があってからだ。

 姫様がご無事で良かった。姫様の元気なお姿は病床にある者達に希望を与えてくれる。
 民はそんな風に喜んでくれたが、ハーミヤは自分が生きていることを素直に喜ぶまで随分と時間を要した。

 空気感染によって広がる病を防ぐ為、感染者は医院や教会に隔離されていた。それはハーミヤとて例外ではなく、苦しみもがく民達の姿を誰よりも近いところで目にした。

 民を救いに来たはずの自分が病に倒れ、そして民を差し置いて生還した。これは一体どういう茶番なのだろう、と。

 そしてハーミヤの脳裏には、今も焼き付いて忘れられないことがある。それは国に作られた数多くの墓標とそれを前にして泣き崩れる人々の姿だ。
 その時の光景はきっと一生色褪せることなく、心の中に残っているだろう。

「降りかかる災厄からこの国を守る為に、どうかその力を私に貸してほしい。そなたらに与えた胸章は王家を守護する近衛騎士の証。そして民を守護する証でもある。そなたらの働きに期待している」

 ヨハンス三世はそう締めくくると、再び玉座に腰を下ろした。
 任じられた五人の騎士は、一様に引き締まった表情で誓言を唱える。
 ヨハンス三世は一人一人の顔を順繰りに眺めると、それにしっかりと頷いた。

 任命式の終了とともに、集まった面々は次々と謁見の間から退出する。まず最初に騎士達が、その後立会いをしていた軍関係者や貴族議員達が続いた。

 ハーミヤは勢いよく立ち上がると僅かにドレスの裾をたくし上げて人混みを搔き分けるように駆け出した。
 どうしても直に話をしたかった。しなければならないと思った。それが何故なのかはハーミヤにもよくわからなかったが。

 謁見の間を出て、回廊を少し行ったところでハーミヤはルドルフの後ろ姿を見つけた。
 彼は既に他の騎士達と別れ一人で歩いていた。陽の光を浴びた銀色の髪はまるで透き通っているかのように美しく、ハーミヤは目を奪われて足を止めた。しかしそんな感動に浸っている場合ではない。そう自らを叱咤して、ハーミヤは再び駆け出した。

「あ、あのっ」

 ほとんど衝動的にハーミヤは後ろ姿に声をかけた。緊張によって僅かに上擦ったその声にハーミヤが顔を赤くしていると、ルドルフが振り返った。

 ルドルフはハーミヤの姿を見ると驚いたような顔したが、すぐに穏やかな微笑を浮かべて頭を下げた。

「これは王女殿下。私になんの御用でしょうか」

 切れ長の瞳に見つめられて、ハーミヤは息を詰まらせた。それから「あ、えっと、」と歯切れ悪く口ごもった末に、自分でも思わぬ言葉が口を出た。

「以前、どこかでお会いしたことありますか?」

 唐突なその言葉にルドルフは目を瞬かせた。
 その反応にハーミヤは言ったことを後悔したが、一度口から出た言葉は戻らない。
 顔から火が出そうなほど恥ずかしかったが、答えを聞くまで逃げる訳にもいかず、ルドルフの言葉を待った。

「いいえ、王女殿下とは今日初めて顔を合わせました」

「……そうですか」

 告げられた言葉にハーミヤは肩透かしをくらった。たしかにどこかで会ったことがあると思ったのに。勘違いだったなんて。

「あの……?」

 ルドルフの困惑した声を聞いた瞬間、ハーミヤは自分が突拍子もないことを言ったことに気がついた。

「あっ! あの! えっと、違うんです。私、変な意味はなくて……」

 両手を顔の前で振って必死に弁解していると、ルドルフは慌てるハーミヤを落ち着かせるように優しい声音で言った。

「姫殿下は三ヶ月前、ダーウェントにいらっしゃいましたね」

「は、はい。医師団と共に伝染病患者の救護に赴きました」

「私は近衛騎士に任命される以前は、城塞都市ダーウェントにおりました。もしかしたらそこで王女殿下は、私を見かけられたのかもしれません。この通り珍しい容姿ですから記憶に残っていらっしゃったのではないでしょうか」

 そういえば兄も、彼は以前ダーウェントにいたと言っていた。

「そう、かもしれません。ごめんなさい、変なことを言ったりして」

「いえ。では、私はこれで」

 ルドルフは丁寧に頭を下げると、回廊の先へと消えて行った。
 ハーミヤはその後ろ姿を見つめながら、なおも胸に燻り続ける感情に一人首を傾げた。珍しい容姿である彼だからこそ、一度目にすればそう簡単に忘れるはずなどないと思うのだが。
 彼に抱いた奇妙な既視感を、ハーミヤは勘違いと言い聞かせた。
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