深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第三話 文藝くらぶ

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 蕨モチ。本名・菊川麻美先生とはこうしてたまにお茶会をしていた。彼女が都内に来ることもあるし、私から彼女の地元を訪れることもある。
 彼女は私の本名(川村文子)を知る数少ないネット友達の一人だ。すっかりリア友になった気がする。リア友……。と言うには歳が離れすぎている気もするけれど。
「どうするー? 温泉デートでもする?」
「いいですね。じゃあせっかくなので……」
 年上の友人との温泉デート。なかなか素敵だ。女同士での裸の付き合いも悪くない。
「観光地だから温泉とお土産には事欠かないよ。ま、住んでるとありがたみないけどね」
 そう言って笑うモッチーさんはまるで子供のように無邪気だ。とても二児の母(二児と言っても二人とも成人済みだけど)だとは思えない。
「お風呂入ってかき氷食べよう! いやぁ我ながら最高のプランだよね」
「かき氷! たまらないですね……」
 モッチーさんの提案するプランはいつも魅力的だ。彼女が都内に来たときは水族館の帰りに焼き肉行ったり、映画のあとにパスタ専門店に行ったりした。エンタメとグルメの融合。完璧なデートコースだと思う。
「じゃあ決まりね! あそこの温泉いいんだわ」
 モッチーさんはそう自慢げに言うと私の手を引いた――。
 週末の熱海の温泉。それは控えめに言ってかなり混雑していた。家族連れや敬老会なんかで脱衣場がごった返している。裸の子供が脱衣所で走り回り、バスタオルで胸元を隠した若い母親がそれを追い回している。
「のべるんってスレンダーだよねー。私は……。ほら、ぽっちょりだから羨ましいよ」
「いやいや……。スレンだーって言うか……」
 そこまで言って言葉に詰まった。よく言えばスレンダーだけれど実際は幼児体型なのだ。凹凸がなく身体のラインが女性的ではない。
 私の考えを察したのかモッチーさんが
「大丈夫。高校生になれば大きくなるよ」
 と変なフォローを入れてくれた。悲しい……。
 それから私たちは一緒に温泉を満喫した。洗い場で身体をよく洗い、岩風呂にゆったりと浸かった。観光地の温泉らしく竹製のベンチや手入れされたカエデの木が浴槽の横に植えられている。
「ふぅー。生き返るわぁ」
 モッチーさんはまるでオッサンのような声を上げた。
「気持ちいいですねー」
 私も適当な相づちを返す。
「最近忙しくてさぁ。ウチの下の子が就活でね。証明写真撮りに行ったり、スーツ買いに行ったり大変なのよー」
 下の子。確か去年成人式をした娘さんだ。
「娘さん就職決まるといいですね」
「ほんとほんと! あの子どうしてもマスコミ行きたいらしいのよねぇ。誰に似たんだか」
 マスコミ……。新聞社やテレビ局だろうか? もしくはどこぞの出版社だろうか?
「へー。新聞記者とかカッコいいですね」
 私は極力中学生っぽい感想を言った。両親から受けるマスコミに対する偏見は口にしない。
「まぁねぇ……。世間的にはね。でもジャーナリストなんて不安定なものよ? あの子分かってんのかなぁ?」
 ご名答。ジャーナリストは非常に不安定な職種だ。家に帰れず、収入だって不安定……。そんな職業だと思う。ま、そう思うのは身近にそういう人間がいるからだけれど。
「あのモッチーさん? 冬木先生に会ったことあります?」
「へ? 冬木先生って冬木紫苑先生?」
 モッチーさんは確認するように冬木紫苑の名前をフルネームで復唱した。他人の口から聞く冬木紫苑の名前は妙に新鮮だ。
「そうです。ほら、文芸イベのときも冬木先生来てなかったので……」
「ああ……。そうね。冬木先生来てなかったもんね。うん。一応は見たことはあるよ。遠巻きからだけどね」
 ああ、やっぱり。と私は思った。この人はこの界隈ではかなり顔が広いのだ。
「ちょっと会ってみたいんですよね。実はこの前、感想貰っちゃって……」
「うん、見たよ。あの人から感想来るのかなり珍しいよねぇ。私も文くら長いけど、一度もサイト内で絡んだことないからねぇ」
 そこまで話すとモッチーさんはお湯で顔を洗った。
「会いたいなら会ったらいいよ。冬木先生、顔出ししてないけど連絡先は公開してるから連絡すればいいんじゃないかな? 都合良ければお茶くらいしてくれるかもよ?」
 そう言うとモッチーさんはまた「ふぅー」とオッサンみたいな声を上げた。
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