深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第五話 今、挟まれる栞

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 翌日。僕は早朝から山手線に乗っていた。普段の通勤と違って乗客は一つの車両に一〇人ぐらいしかいない。窓から見える街もまだ目覚めきっていないようだ。ガラガラの車内を見渡すと初老の男性とスポーツバッグを持った女子学生が向かいの席の両端に座っていた。こんな朝早くからどこに行くのだろう? そんなことを思った。まぁ、僕も人のことは言えないけれど……。
 僕の職場は代々木駅から徒歩圏内にあった。業種としては出版業。その中で僕は校正・校閲の仕事をしている。非常に地味で根気のいる仕事だ。作家が出版業界の花形だとすれば、僕のような存在は本当に日陰者だと思う。
 当然、編集者にも卓越した人物はいる。でも少なくとも僕はそういった類いの人間ではなかった。地道に作家の書いた文章を整える。それだけの存在。
 そんな感じのスタンスだからか、上司や先輩の中には僕を小馬鹿にする人間も一定数いた。『のろま』とか『役立たず』なんて言われるのは日常茶飯事で、お世辞にものんびり仕事できる環境ではないと思う。
 でも僕は彼らの言葉をあまり気にしてはいなかった。いや、気にする余裕がなかったと言った方が正しいかもしれない。それぐらいには必死だったのだ。
 人の目を気にするほど僕は仕事が出来るわけではない。という考えが頭の片隅にいつもあった。他人の目を気にするのは余裕のある人間のやることだ。それこそ諸先輩方のように。後輩を叱るような立場の人間だけに許された特権だと思う……。
 代々木駅に着くと急ぎ足で改札へ向かった。ポケットからパスケースを取り出して改札にタッチする。その作業が僕を仕事モードに切り替えてくれた。代々木駅の改札の向こう側。それが僕にとっての戦場なのだ。
 早朝の代々木の街はまるで祭りのあとのようだ。街路樹の根元にはファストフードの袋がうち捨てられ、カラスたちはそんな祭りの残り物を朝食にしていた。通りすがりに見る牛丼屋の店内は水商売風の女性がだらしない格好で座っていた。そんな夜の残飯のような風景が街のあちこちに散乱している。
 夜が終わり朝が来る。そして再び太陽の支配する時間になる。それを象徴するような光景だ。
 僕はそんなどうしようもない都会の風景を横目に職場のビルに入った。
 さぁ、今日も長い一日が始まる。
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