Ambitious! ~The birth of Venus~

海獺屋ぼの

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第十四話 夜の女王の憂鬱

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 ヘカテー。

 ペルセースとアステリアーの娘でティーターン神族の血族に属する。

 狩りと月の女神アルテミスの従姉妹。月と魔術、豊穣、浄めと贖罪、出産を司るとされる。

 冥府神の一柱であり、その地位はハーデース、ペルセポネーに次ぐと言われる……。

 ヘカテーは、冥界においてハデス、ペルセポネーに次ぐ地位を持つ女神だ。

 そして彼女は地獄の番犬ケルベロスを従えていた。

 三つ頭の魔犬を従えるほどの強大な力を持つ女神……。

 それがヘカテーだった。


 ウラの父親の葬儀から1週間後。

 俺たちのバンド『The birth of Venus』は予定通りライブを行った。

 今回は渋谷のライブハウスでの対バンだ。

「大志、ジュンお疲れ! この前は葬式来てくれてありがとうねー。妹もよろしく言ってたからね!」

「いえいえ、京極さん本当に大変だったね。ご愁傷様です……」

「うん。ジュンありがとう! 父さんも来てもらえて喜んでたと思うよ……」

 ウラは複雑な表情でジュンにお礼を言った。

 思い返すと彼女は父の死をまるで祝福するような言い方をしていた。

 実父が亡くなったというのにあまりに非情だと思う。

 そこまで酷い父子関係があるということに、俺はとても複雑な気持ちになっていた。

「大志もありがとね! あと、この前は話聞いてくれてサンキュ!」

「おう! 気にすんな!」

 出来うるだけ自然に返すと、ウラはいつものように笑った。

 見慣れた笑顔。その裏にある見慣れないウラの顔。

 俺たちは控室に入ると、今日の段取りをライブハウスのスタッフと一緒に確認する。

 今回のライブで俺たちはトリをつとめることになっていた。

「お疲れー! 3人ともひさしぶりだねー」

 俺たちが控室で打ち合わせをしていると『アフロディーテ』のベーシストが挨拶に来てくれた。

 アフロディーテのベーシスト。名前は佐藤享一。

 彼も関西出身だったが、月子さんや健次さんのような関西弁ではなかった。

 彼は普段、兵庫に住んでいて、活動するときだけ上京しているようだ。

「わー、わざわざ来てくれたんですねー! キョーイチさん!」

「ウラちゃん久しぶりだねー。月ちゃんも来たがってたんだけど、あいにく今日は用事あるんだってさー。だから代わりに様子見に来たよ」

 亨一さんはそう言うとウラの肩を軽く叩いた。

 彼は健次さんとは違う意味でウラの理解者だった。

 健次さんは普段から過保護な父親のようにウラのことをいつも気に掛けている。

 それに対して亨一さんはウラを良い意味で放任して、苦い経験もさせるようなタイプだ。

 ウラがあの環境で生きていけるのはこの2人の存在が大きいのだろう。

「亨一さん大変っすね! 今日は新幹線で?」

「おぉ大志君! そうだよ! やっぱ東京はすごいねー。人が多いし、みんな都会の人だから緊張しちゃうよ」

 亨一さんは軽い笑顔を浮かべながらそう言う。

 彼は襟足が伸びた後ろ髪をボリボリ掻くと、口元を緩めて笑った。

「ジュン君も元気かい? この前、君のお母さんにお会いしたよ。やっぱり女優さんは綺麗だよねー」

「先日はありがとうございました。母から聞いてます。差し入れまで頂いちゃったみたいで恐縮です……」

「ハハハ、あんまり畏まらなくていーよー! 俺たち同じベーシストだしもっと楽に話してくれていーんだよ?」

 ジュンは珍しく緊張しているようだ。

 ジュンにとって亨一さんは憧れのベーシストなのだ。

 こんな気さくで飄々としているが、亨一さんのベースの腕は国内最高レベルだ。

まだ俺たちが地元に居た頃。

 ジュンはよく『アフロディーテ』のライブDVDを見て、亨一さんのベースを研究していた。

 普段、あまり熱くならないジュンも亨一さんの演奏を見るときだけは熱心だった。

「亨一さん! また亨一さんの演奏聴かせてください! すごく勉強になりますし、もっとレベルアップしたいんです!」

「お、いーねー。やる気があるのは良いことだよ! じゃあ今度時間とって一緒に演奏してみようね!」

 どうやら亨一さんは今日の演奏を聴いていってくれるらしい。

 亨一さんに礼を伝えると、俺たちは舞台袖へと向かった――。

「よーし! そしたら今日も気合入れていこう! 行くぞお前ら!」

 ウラは俺とジュンにそう言うと円陣を組むように促した。

 俺たちはいつもように円陣を組むと「おー!!」と掛け声を出す。

 まるで体育会系のノリだ。

「ねえ京極さん? もしかして調子悪い?」

 俺たちの出番直前。ジュンはウラにそう声を掛けた。

「え? 大丈夫だよ? なんで?」

「ならいいんだけどさ……。なんか京極さん今日は雰囲気違う気がしてね」

 確かにその日のウラの雰囲気はいつもと違っていた。

 どこがどう違うかというと難しい。

 でもいつものウラとは何か違う気がした。悪い意味で。

「確かになぁ……。お前疲れてんのか? なんつーかあんまりノリきれてない感があるんだよなー」

「ん?? 気のせいだと思うよ! 私はいつも通りだって! 元気いっぱいっすよ松田先輩!」

 ウラはそう言うと、その場でピョンピョン飛び跳ねる。

 金色の長い髪がふわふわ揺れ、薄暗い照明に反射してキラキラと輝いた。

「ならいいけどよ……」

 前のバンドが最後の曲に差し掛かったところで、俺たちは舞台袖に潜った。

 暗がりの中で出番を待つ。

 前のバンドの演奏が終わると客席から歓声が上がる。

 そしてすぐに彼らは舞台袖に下がってきた。

「お疲れさまでーす! じゃあ『バービナ』さんあとはよろしくでーす」

「はーい! 頑張って行ってきますよー」

 ウラは彼らとハイタッチをするとステージへと向かった。

 俺たちも彼女のあとに続く。

 俺たちがステージに上がると嬉しいことにまた歓声が上がった。

 客席には見た顔も数人いるようだ。

 固定客が居てくれるのは本当にありがたいと思う。

 俺は最初の曲のドラムロールを打ち鳴らした。

 続いてジュンがベースを弾き始める。

 そこで俺とジュンは違和感に気が付いた。

 ウラのギターの音が聞こえない。

 俺は視線を前に向ける。右手にはジュン。俺の目の前にはウラがいる。

 ウラはステージ中央で立ち尽くし、ギターのネックに手さえ添えていなかった。

 何かが可笑しい。

 そう思った次の瞬間――。

 俺の目の前でウラが前に倒れこんでいった。

 おそらく時間にすれば3秒に満たない時間だったと思う。

 しかし……。俺の視界に広がる光景は酷く遅く、まるでビデオをスロー再生しているかのように見えた。

「ウラ!!」

 俺はドラムから立ち上がって彼女に駆け寄ろうとした。

 が……。間に合わなかった。

「ヴォキィィィ」

 そして、酷く鈍い音がライブ会場に響き渡った……。
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