上 下
14 / 50
DISK1

第十三話 デザイアドライブ ~健次の回想~

しおりを挟む
 これは俺と鴨川月子との誓いの話しや。

 今でもこの誓いを俺らは忘れてへん。

 そしてもうすぐその誓いは果たされるかも知れへん……。

 月子は俺が思っとったより、とんでもない女やった。

 月子は俺にとって幼馴染であり、バンド仲間であり、そして大切な……。


「月子ー。ウラちゃんのことで話があんねんけど?」

 俺は控室で踏ん反り返って、スマホを見とる月子に話しかけた。

 こうして見ると、いくら若作りでも月子はやっぱ歳やと思う。

「何? ケンちゃん? ウチ今ゲーム忙しいねんけど?」

「アホ! ゲームなんかいつでも出来るやろ?」

「いやいやケンちゃん! 今キャンペーン中やから! 今日中にガチャ回さんと!」

「ええからやめや!」

 俺は無理やり取り上げた。

「ちょ! ケンちゃん何するん? ウチのケータイ返して!」

「お前なー。ええ加減にせーや! 最近特に酷いで! 態度よーしろや!」

 俺は月子を責め立てた。

「分かったからケータイ返して! 何なん? ウラちゃんがどうしたってゆーんや?」

 月子は俺からスマホを受け取ると「ゆーてみ」と俺の前に座った。

「あのな月子! 最近のお前のウラちゃんに対する扱いは酷いで! 前もゆーたやろ? あんな扱いしとったらユキちゃんの二の舞になるで!!」

「へ? 何なんほんま急に? ウチはウラちゃんと普通やで?」

 それを聞いて俺は呆れた。

 やっぱり月子は反省とか自覚は無いらしい。

「お前はなんでいつもそうやねん! 例えばこの前の夜中に無理やりあの子呼び出して飲み会の買い出し行かせたやろ? あれだって非常識や!」

「ええやん別に? だってウチはウラちゃんにちゃんと給料払ってるんやで? 多少は芸の肥やしやと思って頑張ってもらわんとな! それにな! 後輩が先輩の言うこと聞くんは常識やろ?」

 それを聞いて俺はまた頭が痛くなった。

 自己中な上にパワハラや。

「とにかくや! あんまりウラちゃんをこき使いすぎるなや! あの子まで潰したら俺はお前を許さへんで!」

 俺が必死にゆーたのに月子は「気ぃつけるわぁ」と軽く流した。

 何時からやろ?

 前の月子は自由人やったけどここまで勝手やなかった。

 ただ歌うのが好きで、楽しそうにしてる女やったのに……。

 俺は月子と初めて会うた日のことを覚とらんかった。

 たぶん幼すぎたんやと思う。

 でも、俺が月子と一緒に音楽やっていこうと思った日のことは昨日のことのように覚えとる。

 そう、あれは俺らが中学2年の夏休みやった……。


「ケンちゃん! ウチ今度のど自慢大会出んねん!」

 1992年の夏休み。

 俺らは近所の喫茶店でクリームソーダを飲みながら学校の宿題を写し合っとたんや。

 まぁ正確には俺が月子のやった宿題を丸写ししとっただけやけどな。

「のど自慢? じゃあお前、来週市民会館で歌うんか?」

「そうやで! えーやろ! ケンちゃんも来てくれるやろ?」

 月子は俺がのど自慢大会に来るのが当然のような言い方をした。

「んー。来週やろ……。まぁ行けないこともないなー……」

「ちょっとケンちゃん! ウチがせっかく歌うのに来てくれへんの?」

「正直面倒くさいなー。お前のことは見たい気もするけどなぁ……。年寄りばっかやろ? きっと」

「そんなことないって! ウチが予選会行ったときは結構若い人もおったで! だからお願い! 来てーな!」

「……。分かった……。行くで」

 正直腑に落ちんかった。

 でも……。俺は月子の誘いを受けた。

 断ったら後が怖いしな……。

 翌週、俺はのど自慢大会の行われる市民会館に行った。

 当時の俺はまだ中学生やったから親も一緒に行ったんやけどな。

「あら、ケンちゃん来てくれたん?」

 会場には月子の両親が来とった。

 まぁ当然と言えば当然やけど。

「おばさんこんにちは! 月子に誘われて来ました!」

「あ、そうなん? まったくあの子は……。歌うのが好きなんはわかるけど、こんな人前で歌うなんて恥ずかしいわぁ。もっと別の趣味やったらよかったんやけど……」

 彼女の母親はあまり月子が歌うことが気に入らんようやった。

 鴨川家は江戸時代から続く着物問屋やった。

 もう何代目かわからんほど長い間やってきたらしい。

 月子は一人っ子やから、自動的に跡取りやった。

 親からしたら歌なんか歌っとらんでさっさと婿を取って家を継いでほしかったんやろな……。

 俺はとりあえず真ん中らへんの席に座った。

 月子は若い奴もおるゆーとったけど案の定、年寄りだらけや。

 のど自慢大会が始まると、出演者たちが思い思いの歌を披露していった。

 お約束というか、うまい奴と下手な奴が良い感じのバランスで歌って鐘が鳴らされると交代していった。

 10人くらい歌うと遂に月子の出番になった。

 月子は司会者に紹介されるとステージの中央に現れた。

「12番 鴨川月子! デザイア!」

 月子はそういうと、踊り始めた。

 どうやらアイドルの曲らしいが俺はよう知らん曲やった。

 月子は激しく踊りながら力強く歌った。

 素人ののど自慢大会やからとみんなそこまで期待しとらんかったはずや。

 でも月子の歌だけは他の出演者とはまるで別物やった。

 中学二年生の女子がただ歌ってるだけやのに会場は月子に釘付けになったで。

 俺もその中の一人やった。

 月子はほんまに会場を支配するように歌った。

 鐘を鳴らす人でさえ聞き入って、なかなか鐘を鳴らさへんかったしな。

 サビまで歌い上げるとようやく鐘が鳴った。

 当然鐘3つや! 客席からは割れんばかりの拍手が起こり、月子は嬉しそうに笑った。

 その日ののど自慢大会の優勝は月子やった。

 おそらく満場一致やったんだと思う。

 月子はトロフィーを受け取って笑顔で客席に手を振った――。

 のど自慢大会が終わると俺は月子のところへ行った。

 俺の姿を見つけると月子は嬉しそうに走ってきた。

「あー! ケンちゃん来てくれたんやな! 嬉しいわー。どうやったウチの歌?」

「良かったで! ほんまに良かった。お前すごいなー。歌うのがうまいとは思っとったけど、ここまでとは知らんかったで」

「ありがとー。ケンちゃんに褒められるなんてほんまにほんまにほんーまに嬉しい!!」

 月子はほんまに嬉しそうやった。

 俺も月子の晴れ姿が見れて嬉しかった。

 その後、俺は両親に先に帰ってもらって、月子と一緒に帰ることにした。

「ほんまにお前はすごいな! 正直舐めとったで……」

「わー! 酷いわー。ケンちゃんには時々歌聴かせてたのに……」

「すまんすまん。堪忍な! でも良かったなー。優勝できて!」

 俺がそう言うと月子は首を横に振った。

「まだやねん。まだまだや。ウチはこれくらいでは満足せーへん」

「なんや? まだ何かしたいんか?」

 俺がそう聞くと月子は歯をむき出して笑った。

「そーやで! ウチは日本一の歌手になるんや! いつか武道館いっぱいに人集めて歌うんやで!」

 俺はそれを聞いた時に正直「アホか」と思った。

 いくら何でも目標が高すぎる。

「お前なー。夢持つんはええことやけど、ハードル高ないか?」

「何ケンちゃん? ウチにはでけへんゆーんか?」

「いや……。出来ないとはゆーてへんけど、難しいやろ?」

「あーあ、やっぱりケンちゃんはウチのこと舐めとる! そしたらな! ウチが武道館でもしコンサート出来たらどうする? ウチのゆーこと聞いてくれる?」

「ハハハ、かまへんで! 武道館でコンサート出来たらえーなー」

 俺がそうゆーたら月子は剥れながら俺の頬っぺたを引っ張った。

「ケンちゃん! よーく聞きや! もし、ウチが武道館でコンサート出来たらケンちゃんに嫁に取ってもらうで! わかったか?」

 俺は「こいつ何言いだすねん」って思ったで、なんで急に俺が月子を嫁に取る話になるんや?

「痛い痛い! わかったから離せや!」

「よーし、約束やで! 絶対武道館行ったるからな!」

 月子はそう言うと笑って俺の肩を叩いた。

 思い返せば、あの頃の月子は輝いとった。

 ただ歌うのが好きで、楽しくて、幸せそうやった……。

 それから数年後、俺は『アフロディーテ』を立ち上げて、月子をヴォーカルにした。

 月子は一つ返事で俺の誘いを受けてくれた――。

 それから俺が曲を、月子が歌詞を書くようになった。

 そして、俺らが最初に作った曲が《デザイア》やった。

 月子がのど自慢大会の時に歌った曲からタイトルは貰ったわけや。

 そして《デザイア》は俺と月子にとって最も大事な楽曲になった……。


 あの中学ののど自慢大会から気が付けば30年近く経ってしまった。

 幸いと言うと、不幸というか俺らはまだ武道館でのライブを行えずにいる。

 『アフロディーテ』は月子の歌声のお陰でここまで来れたバンドや。

 せやから月子をあまり悪くは言いたくない。

 でも、もうあの光り輝いていた頃の月子はもう居ない気がする。

 歌唱力が上がり、人気も絶頂の月子やけど性格は最悪やし。

 これから一緒にやっていけるか正直不安や……。

 ウラちゃんのこれからを思うと俺はかなり不安な気持ちになる。

 そして……。

ここから『アフロディーテ』と『The birth of Venus』の話が始まるわけやけど……。
しおりを挟む

処理中です...