Ambitious! ~The birth of Venus~

海獺屋ぼの

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DISK1

第十五話 雛罌粟の死

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 真っ白な天井。

 アルコール消毒液の匂い。

 廊下から聞こえるペタペタという看護師の足音。

 俺たちは病院の待合室のベンチで特有の空気に包まれていた。

 隣にいるジュンは俯いて瞳を閉じている。

 ジュンの様子は時間が過ぎるのを我慢強く待っているように見えた。

 俺たちは待合室でどうしようもない時間を浪費する。

 1時間ほど経っただろうか?

 清潔感のありそうな白衣を着た女性看護師が俺たちの方に歩み寄ってきた。

「あの、京極裏月さんの付き添いの方ですよね?」

 彼女は俺に一瞥する。

「そうです? あのウラ……。京極は大丈夫ですか?」

「ええ、命に別状はありません。ただ、ちょっと腕を強く打ち付けたのか、手首を骨折しちゃったみたいですね。あとは顔に擦過傷が数か所あります」

 彼女は事務的にウラの容体を説明した。

「そうですか……。あの、急に倒れたんすけどそこら辺は……?」

「詳しくは検査しないとはっきりとしたことは申し上げられませんが、おそらくは過労ではないかと……」

 看護師は暈したような言い方だ。

 それから彼女は入院の手続きに簡単に説明してくれた。

 俺はとりあえずウラの妹と月子さんに連絡を入れることにした。

 ウラの妹は酷く驚いていたが、明日の朝イチで様子を見に来るらしい。

 彼女は唯一の肉親だけあってかなり心配しているようだ。

 次に俺は月子さんに電話をする。

 曲がりなりにも彼女はウラの上司だし言わないわけにもいかない。

 本当は気が引けるけれど……。

「もしもし、松田です! 月子さん今お電話大丈夫ですか?」

『もしもし!? 大志君? キョーイチから聞いたで!! 何? ウラちゃん倒れたんやって? 大丈夫か? 怪我とかあらへん?』

 電話に出た月子さんの声は捲し立てる。

 甲高い声で耳が痛い。

「はい、命に別状はないそうです……。ただ、腕を骨折したらしくて……。2、3日は入院するみたいです」

 それを聞いた月子さんは数秒黙り込んで、口を開いた。

『まぁ、無事みたいでよかったわぁ! 心配したで! そや! 今からお見舞い行ってええか? ケンちゃんも連れてくから!』

「いや……。ウラは眠っていますし、面会時間過ぎてしまったのでできれば明日にしてあげてください」

 俺がそう言うと月子さんは『したらそうする』と言って電話を切った――。

 月子さんとの電話が終わると俺とジュンは病院の喫煙所に向かった。

 喫煙所にはパジャマ姿の入院患者たちが世間話をしながら煙草を吸っている。

 俺はポケットからマルボロを取り出してライターで火を着けた。

 息が詰まっていただけに吸った煙草の一口目はかなり旨く感じる。

「なぁ大志? 京極さんのこと、とりあえず無事で良かったけど本当に大丈夫かな?」

 ジュンは俺の顔を下から睨むようにそう言った。

 まるで俺を責めるような表情をしている。

「だよな……。おそらく今回ウラがぶっ倒れたのは月子さんに原因があるんじゃねーかなって俺は思うんだけどよ。お前はどう思う?」

「ああ……。おそらくはそうだろうね。あの女は相当えげつないからね。京極さん、かなりやられたっぽいじゃん?」

 ジュンは珍しく酷い口調で毒づく。

 いつものジュンは腹黒くても本心を出したりしない。

 「あの女」呼ばわりしている時点でかなり頭にきているのだろう。

「て、ゆーかさ大志! お前もお前だよ! 京極さんがここまで追い詰められてんのにお前ちゃんと気付いてやれなかったじゃん? 俺でさえこの頃の京極さんの疲弊ぶりには気が付いたのにさ」

 やはりジュンは俺を責めているようだ。

「まーなぁ……。俺も忙しかったとはいえ、ウラの現状には気を配るべきだったよな……」

「はぁ……。『べき』とかそう言う問題じゃねーよ! 京極さんがお前のことどれだけ頼りにしてるかお前はわかってねーんだよ! それに京極さん、お前に負担掛けないようにっていつも気を使ってるんだよ? なのにお前は!!」

 俺はジュンの言葉をただ黙って聞くことしか出来なかった。

「とにかく! 京極さんとあの女をこれ以上一緒に居させるわけにはいかないよ! 健次さんだって、亨一さんだって言えばわかってくれると思うし、さすがに今回は『アフロディーテ』から離してやるべきだ!」

「そうだな……。とにかく明日、月子さんと話してみっから! すんなり行くとは思えねーけど……」


 翌朝、俺は会社に遅刻する旨を伝えてウラの見舞いに行った。

 ウラは左手にギブスをしてベットで横になっている。

 顔には絆創膏が数か所貼られていた。

「おはよう! 大丈夫か?」

「おはよう大志……。心配かけてごめんね。それにライブも……」

「気にすんなって! ライブのことは仕方ねーよ! とにかく軽い怪我で良かった」

 俺がそう言うとウラは俯いて泣きそうな顔になった。

「くやじいよ。ほんとに悔しい……。せっかく来てくれたお客さんに申し訳ないよ……」

「あぁ、泣くなよ! 次だ! 次挽回すりゃいいんだから!」

 ウラはベットの上に大泣きした。

 思えば、ウラが泣いているのを見るのは初めてかもしれない。

 どんなに辛いことがあっても泣かなかったウラがこんなに声を上げて泣いている。

 それほどまでに辛かったのだろう……。

「だってさ……。お客さんもそうだし、私の……。私の大事なSGが……」

 ウラのギターは彼女がステージで倒れた時にネックが折れてしまった。

 もう8年以上も彼女を支え続けてきたSGが見るも無残な姿になってしまったのだ。

「ギターのことは本当に残念だったな……」

 俺は『新調すればいいだろ?』という言葉がどうしても言えなかった。

 ウラがどれほどあのギターを大切にしていたかを4年間見てきてしまったから……。

 俺はただウラに寄り添って彼女を慰めることしか出来なかった……。
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