Ambitious! ~The birth of Venus~

海獺屋ぼの

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第十六話 ルナティックタイム

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 俺が病室でウラと話していると、ルナちゃんがお見舞い来てくれた。

 ルナちゃんは大きな紙袋を両手にぶら下げて病室に入ると、ウラのベットの横にそれを置いた。

「ああ、ルナありがとう。わざわざ来てもらって悪いね……。父さんのことも片付いてないのさ……」

「そんなことは気にしないでよ! それよりお姉大丈夫なの!? 大志さんからライブ中に急に倒れたって聞いてびっくりしたよ!」

「ハハハ、大丈夫だよ! ルナは心配性だなー。てか大志が大げさに騒ぎすぎただけだと思うよ」

 ウラはルナちゃんの髪を優しく撫でながら気丈に笑って見せた。

 明らかに無理をしている。

「そっか……。でもあんまり無理しないでよね!! お姉が居なくなったら私、独りぼっちになっちゃうじゃん!」

 姉の様子を見て安心したのか、ルナちゃんは大きなため息を吐いた。

「とりあえず、当面の着替えと生理用品持ってきたからね! ここにしまっとくよ!」

 そう言うとルナちゃんは丁寧に持ってきた衣類をキャビネットにしまい始めた。

「ああ、いいよルナ! 持ってきてくれただけですごい助かるからさ! そのまま置いといて」

「何言ってんの……。怪我してるのに出来るわけないじゃん! お姉は安静にしてて!」

 やれやれ……。ルナちゃんはまるでウラの母親のようだ。

 結局、ルナちゃんは持ってきた着替えや生理用品をきれいに整理しながらキャビネットに収めていった。

「大志さんもすいません……。また姉がご面倒お掛けしたみたいで……」

「いやいや、こっちこそごめんな。俺がついていながらウラに怪我までさせちまって本当に申し訳ない……」

 俺がそう言うとウラは噴き出して笑い始めた。

「ほんとだよ! 大志君がついていながら私のゴールデンフィンガーがこの有様ではいけないよねー」

 ウラはそんな悪い冗談を言うと、怪我していない方の手で俺の肩を叩いた。

「お前さぁ……。言い返せねーのをいいことにそんなえげつない冗談を言うなよ……」

 どうやらウラは妹の顔を見て少し元気が出たようだった。

 俺たち3人が談笑していると今度はジュンがお見舞いにやってきた。

「京極さん大丈夫ー? お、大志とルナちゃんも来てたんだねー」

 ジュンはいつもの調子でそう言うと、お見舞いに持ってきた果物をウラのベットの横に置いた。

「ジュンありがとー。昨日はごめんね! 失敗しちゃって申し訳ない!」

「ハハハ、気にしないでよ! そんなことより京極さんが無事なのが一番だからさー」

「やっさしいなー! 大志君とは大違いだよ!」

 そう言うとウラは俺の方を嫌らしい目つきで見た。

 少しだけ……。本当に少しだけいつものウラらしさ戻ってきたようだ。

 昨日、俺とジュンはかなり険悪だった。

 でもジュンはそんな素振りを見せることなく俺たち3人と普段通り会話をした。

「ジュン……。昨日は悪かった……」

 俺は居たたまれなり、ジュンに謝った。

「ん? あーいーよ! 俺も悪かったって! 大志は別に悪くないから気にしないでいーよ」

 ジュンは笑いながらそう言うと、その話を流してルナちゃんと世間話を始めた。

 やはり本心では怒っているようだ。

 この流し方は……。確実に怒っている。

「じゃあお姉! 私は一旦帰るね! なんかあったらまた連絡して!」

「うん、ありがとうルナ! 大丈夫だから自分のことやりな! あんただって今大変な時期だしさ!」

 ルナちゃんは俺たちに「姉をよろしくお願いします」と深々と頭を下げると帰っていった。忙しい娘だ。ウラとは違う意味で。

 ルナちゃんが帰ると俺たちは病室でまったりしてしまった。

 俺もこれから出社しなければいけないが、会社に行く気分になれなかった。

 でもさすがにサボる訳にもいかない。

「じゃあウラ、また仕事終わったら来るよ!」

「うん! ありがとう大志! ジュンも忙しい中ありがとうねー」

 俺とジュンが病室を出ようとすると、聞き覚えのある足音が廊下から聞こえた。

 どうやらあの女のお出ましだ。

「ウラちゃん! 大丈夫かー? ウチめっちゃ心配したで!」

 月子さんは病室にツカツカと入ってくると、寝ているウラに無理やり抱きついた。

「ちょ! 月子さん苦しいっすから! 私は大丈夫ですから!」

「そーか? なら安心したで……。急に倒れたって聞いたから心臓止まるかと思ったわ」

「ハハハ……。なんかすいません。亨一さんにもご心配おかけしたみたいで」

「せやで! ケンちゃんもみーくんも心配しとったわ! あ、今ケンちゃん駐車場で車回してるもうすぐ来るんちゃうかな?」

 月子さんはそう言ってウラのベットの上に腰を掛けた。

 少しして健次さんが馬鹿みたいにでかい花を持ってお見舞いに来てくれた。

 彼も相当心配したらしく、ウラを見るや否や「大丈夫か!?」と駆け寄る。

 月子さんたちがウラと話しているの見て、俺もジュンも複雑な気持ちだった。

 これだけ心配はしているが原因を作ったのは……。

 そう思うととても嫌な気持ちになる。

「ほなな! ウチらは帰るで! ウラちゃん早う元気になってな!」

「はーい! ありがとうございます! 怪我は大したことないのですぐに退院できると思います! 退院したらすぐに復帰しますので!」

 俺たち4人はウラに見送られると病室を後にした。

「あの月子さん? ちょっと時間あります?」

 ジュンが病院の廊下を歩きながら月子さんに尋ねた。

「ん? 時間なら大丈夫やで? どうしたんジュン君?」

「ちょっとお話がしたいんですよねー。大事なお話なんですが……」

「かまへんよ! したら1階のコーヒー屋行こか?」

 それから俺たちは病院の1階にあるスターバックスへと向かった。

 スターバックスは病院の入院患者と外来患者でかなり混雑している。

 俺たちはカウンターでそれぞれ注文をし、飲み物を受け取ると窓際の席に座った。

「今の病院はえーなー。スタバが入っとる。オシャンティな気がするわ」

「せやなー。俺らがまだ若いころは考えられへんかったで……」

「なーにケンちゃん? 年寄りみたいなこと言って? ウチらまだそんな歳ちゃうやろ?」

 月子さんはいつもと変わらぬ調子で健次さんと話している。

「それでジュン君? 話って何? なんか困ったことでもあったんか?」

 月子さんは抹茶クリームフラペチーノをストローで啜りながらジュンに聞いた。

「ええ、とっても困ったことがありまして……。ですので『アフロディーテ』のお2人に聞いてもらいたかったんです」

 俺は直感的にヤバいと感じた。

 おそらくジュンはやらかす気満々だ。

「言わんでもわかるで……。ウラちゃんのことやろ?」

 予想外……。先に口火を切ったのは月子さんの方だった。

 健次さんは横で黙って聞いている。

「ええ、そうです……。京極さんのことですよ。月子さん、思い当たる節があるんですね?」

 ジュンがそう言うと月子さんはため息をついて真面目な表情に変わる。

「おそらくそうやろうと思ったで……。だってジュン君、ウチの顔見るなり怖い顔しとったもんなー。あれやろ? ウラちゃんにウチの付き人辞めさせたいんやろ?」

 本当に予想外だ。あんなに自己中で無神経な月子さんが冷静に話をしている。

「なら話は早いですね……。俺が思うに京極さんはもう限界です……。とても言い方は悪いですが、月子さんは京極さんの上司としては不適切だと思うんですよね。いくら何でも無茶な人使いだと思いますし、人権を無視しているように俺は感じます」

 ジュンがそう言うと、月子さんは静かに目を閉じて何かを考えているようだった。

「ほら、だからゆーたやろ!? お前はいくら何でもウラちゃんをこき使いすぎなんや! バンドメンバーからしたら、そらおもろないと思うで?」

 健次さんはそう言って月子さんを小突いた。

 月子さんはしばらく目を閉じたまま何かを考えていた。

 そして、深く息を吸うと目を開いて話し始めた。

「ウラちゃんの意思で辞めたいんやったらウチはかまへんよ。確かにウラちゃんがいなくなったらウチはすごい困るけどな……。でも無理強いはでけへんからなー」

 月子さんは穏やかな口調でそう言うと、また一口フラペチーノを飲んだ。

「……。月子さんが話の分かる人で助かりました……。正直、怒鳴り散らされるのを覚悟していましたから……。じゃあ……」

 ジュンがそこまで言いかける――。と月子さんはけたたましい声で笑い始めた。

 スターバックスの店内の他の客たちも俺たちの方を向くほどだ。

「ケハハハハハハハハハ!! そや、ウラちゃんがウチの付き人辞めたいんやったらウチも止められへん!! せやけどなジュン君? 何か勘違いしてるようやけど、ウラちゃんはウチの側から離れたりせーへんと思うで!?」

「な!?」

「ジュン君は分かってへんなー。ウラちゃんは自分の意思でウチに付いてるんやで? あの子が辞められるわけがない!! あの子には夢があるんやで? あの子はこの鴨川月子を打倒してこの業界のトップに立つ野望があるんや! その覚悟を甘く見ん方がええ!」

 月子さんはそう言って、ジュンを蛇のような恐ろしい目で睨め着けた。

 ジュンも彼女から瞳を逸らさずに睨み合っている。

「だとしても! 別にあなたの側にいなくたって、夢は追い求められます! いえ、むしろいない方がいい!」

「威勢がええな!! 度胸のある若い子は好きやで! でもなジュン君? はっきり言うけど、ウチら『アフロディーテ』に盾突いて生き残れるパンクバンドがいるなんて本気で思っとるのか? もし生き残れると本気で思ってるならお笑い種や! あんまり言いたないけどウチがその気になれば、簡単に『バービナ』ぐらい潰せるんやで?」

 月子さんはそう言うと今度は俺の方を向いた。

「大志君にも言っとくで! 『アフロディーテ』は今のままやったら『バービナ』をサポート続けてやれるで。でもな……。本気でウチらに盾突くつもりなら容赦はせーへんで。どんな雑魚でも全力で潰すのがウチのモットーやからな」

 そう言われて俺もさすがに頭にきた。このクソババアが!

「雑魚じゃねーよ!! 俺たちのバンドは必死にここまでやってきたんだ!! あんたみたいな年増にはわかんねーだろうけど、俺たちだって死ぬ気でやってきたんだ! 馬鹿にすんじゃねーぞ!」

 その瞬間、月子さんの顔が一気に険しいものになった。

 今まで見たどの女の顔よりも恐ろしく、文字通り鬼のような表情だ。

 いや……。吸血鬼――。

「なんや? ほんまに潰したろか? 大してドラム叩けるわけでもなし、偉そうな口きくな? あー!?」

「月子落ち着け! 大志君も言い過ぎや! 2人とも落ち着け!」

 健次さんは困った顔で俺たちの仲裁に入った。でももう止められない。

「ケンちゃんはどっちの味方やねん!? こんなガキどもに盾突かれて恥ずかしくないんか?」

「とにかく! これからどうするかはウラちゃんに決めさせたらええ! それからや! あくまで大事なのはウラちゃんの意思やからな!」

「そうですね……。あくまで決めるのは京極さんです……。でも仮に京極さんが辞めるっていっても俺たちは『アフロディーテ』に負けたりしませんからね!」

「はん! まーえーわ! ウラちゃんに決めてもらおうやないか! ウチと君らとどっち取るか見ものやで! ジュン君! 大志君よーく覚えとけや! 今日あったこと、ウチは一生忘れへんで! 覚悟しーや! 後悔させたるからな!」

 その日の話し合い……。というか口論はウラの決断をもって決めることになった。

「なぁ大志君……。君らがウラちゃんのこと大事なように俺も月子が大事やねん。せやから、もし月子がやるゆーたら俺らは従うことになるけどえーか? その覚悟がないんやったら謝った方がええと思うけど……」

「お気遣い感謝します。でも俺たちも馬鹿にされたまま引き下がれませんから! その時は健次さんたちとも全力で戦わせてもらいます」

 俺がそう言うと健次さんは悲しそうに「そうか……」とだけ言った。

 果たしてウラはどんな結論を出すのだろう? ジュンと俺が独断で行動したことを怒るだろうか?

 数日後、ウラは無事退院した。そして、ウラと俺は3年前以上の岐路に立たされることになる……。
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