悪魔の手の中 番外編

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楓side:狂気と最初の犠牲者

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(※中学生時代の楓を書いてます。本編の楓より、性格が激しい感じになってます。高校までの性格の変化や真澄への感情の変化も書きたかったのでこのようになりました。イメージが壊れる場合があるのでご注意ください!)


小さな頃はよく女の子と間違われた。
小学校低学年までは特に。

この中性的で整った顔立ちは役にも立つが、面倒なことも多かった。

変態な大人に目をつけられたことは一度や二度だけではなかった。

知らない大人に付いていくほど馬鹿ではなかったし、手を出されそうになった時は、嘲笑して相手のプライドを徹底的に叩き折ってやったり、他の大人に告げ口して身を守った。

だから酷い目に遭ったことは一度もなかった。

けれど、一緒にいた真澄にも変態どもが目をつけたのは誤算だった。

真澄に近づく大人はなよなよとした気持ちの悪い男が多かった。後から知ったが、小児性愛者は自分を否定されるのを恐れている分、抵抗しそうにない大人しい子供を狙うことが多いらしい。それを考えれば、俺よりも真澄の方が格好の餌食だった。

自分の思ってることも何一つ言えない真澄はコミュニケーションが下手で、小学生の頃から集団に馴染むのが苦手だった。

そうなると、自然と一人でいることが多くなる。ちょっと目を離すと、知らない大人に手を引かれて連れ去られそうになっていたりする。繊細なくせに、そういうとこは鈍くて、危険な目に遭いそうになってることに気付きもしない。

そんなこともあって、真澄の姿を常に目で追っていた。

中学生になって成長期になると、一気に身長が伸び、声も低くなり、骨格も男らしくなった。そのおかげか小児性愛者に目をつけられることはなくなったが、また別の面倒ごとが増えた。

学年関係なく、ひっきりなしに女子生徒から告白され、学校でも外でもどこにいても異性からの視線を集めてしまう。これはこれで、とても面倒だった。

真澄も中学生になってから成長し、子供特有の黒目がちで大きく見えた瞳も目立たなくなり、ふっくらしてた頬もすっきりした。背も伸びたが、早生まれなのもあって周りに比べたらまだ小さく、痩せていて、華奢だった。

そのせいもあってか、真澄の方は子供好きの変態から標的にされることはなくならなかった。

「早川、お前が一番、記録悪かったぞ。
練習したら、もっとできるようになるからな。
俺が特別に見てやるからもう一度やってみろ。」

「……は、はい。」

体育教師の諏訪すわは、今まで真澄に近づいてきたなよなよした男どもとは、外見も性格もまるで違った。

それでも諏訪の真澄を見る目つきは、露骨だったから分かった。指導と言いながらも、真澄の体の線をなぞるように、じっとりと視線を這わせていた。

脳みそまで筋肉でできていそうな、知性のない獣に等しい教師は欲望を隠すのが驚くほど下手くそだった。

何かと理由をつけて真澄を個別指導する諏訪を間抜けな周囲は、運動神経の悪い生徒を熱心に指導する熱血教師にしか見えてないみたいだったが、俺の目は誤魔化せない。

その日は早めに体力テストが終わり、残りの時間は自由時間だった。

他の生徒がバスケや外に出てサッカーをする中、真澄だけが諏訪に見られながら反復横跳びの練習をさせられる。

「ほら、早川。スピードが落ちてるぞ。」

「はぁ…、はっ…、っ、はぁ…」

真澄は荒い息を繰り返しながら、必死に体を動かす。

体操服がめくれ、日に焼けてない白いお腹と細い腰がちらりと見えた。

その瞬間、諏訪の目はそこに釘付けになり、喉仏が上下するのが見えた。ごくりと唾を飲み込む音まで聞こえた気がした。

「っ、はっ、…っ、はっ…、い゛っ!!」

そんな諏訪に気づくこともなく、限界まで体を動かし続けた真澄は派手な音を立てて転んだ。

「大丈夫か!早川!」

「……ご、ごめんなさい…」

駆け寄る諏訪に真澄は謝りながら、右足を押さえる。

「謝る必要はない。
足がつったんだろ。今すぐ保健室に運んでやる。

おい、お前ら!保健室行ってくるからそのまま自由にやってていいぞー!怪我だけはすんなー!」

そう他の生徒に呼びかけながら、諏訪は筋肉質なその体で楽々と真澄を抱える。

確かに、謝る必要はない。
むしろ姑息で下劣な諏訪に謝らせるべきだ。
怪我をするなと、よく言えたもんだ。

そいつはお前の体に触れても不自然に思われない状況を作る為に、わざとこけるまでさせたんだ。諏訪の顔をよく見てみろ。気づかない方が難しいくらい、鼻の下を伸ばして、だらしなく口元を緩ませてるだろ。頭の中では、もう何度目か分からないお前とのセックスを楽しんでる最中だよ。お前に欲情しては一人で発散することしかできなかった可哀想な精子も丸ごと、お前の中にぶちまけたくて仕方ないと思ってるに違いない。

鈍感すぎる真澄に苛立ち、そう言いたくなる衝動に駆られる。けれど繊細な真澄にこんなこと言ったらきっと驚いて、深く傷つき、立ち直れなくなるだろう。そして俺の隣からもいなくなる。

それは困る。

「俺が、なんとかするしかないな…。」

傍観しているのもここまでだ。
諏訪みたいな獣はきっとその内、一線を越えるだろう。




それから次の週の体育の時間、思ってた通りに諏訪が動いた。

「早川、授業が終わったら体育館倉庫に来てくれないか。用具整理を手伝ってほしくてな。

いつも練習、付き合ってやってるだろ。…なぁ、頼めないか?」

薄暗くて埃っぽい体育倉庫で二人きりで、本当は何するつもりなんだか…。

本当に分かりやすいやつだ。

それに自分の穢れた欲をただ満たす為に、真澄を個別指導してるのに恩着せがましい。

「……わかりました。」

まんまと罠に引っかかる真澄にも、ため息をつく。

どちらも救いようがないな。

「そうか!頼むぞ、早川!」

期待で胸を膨らませた、というより股間を膨らませているだろう諏訪は我慢できなかったのか、真澄の腰にするりと腕を回し、体を引き寄せた。

そして腰に回された腕がわずかに下にずれた。
指先がほんの一瞬、真澄の尻に触れた。

そのタイミングで諏訪の肩を掴んだ。
何のためらいもなかった。

「先生、俺も手伝いますよ。人手は多い方が早く終わりますし。
……ね、真澄もそのほうが助かるよね?」

「あ、天羽……聞いてたのか…。
気を遣わせて悪いな…。
でも、まあ、用具整理はそんなに時間はかからないし、二人で十分だ。」

諏訪は慌てて真澄の腰から腕を引っ込めたが、今更そんなことして何になる。こっちはずっとお前が真澄のことを欲情した雄の目で見てきたのを知ってるんだ。

その上、まだ引き下がらないなんて滑稽すぎる。もしかして脳みそ自体がないんじゃないか?

「先生、どうしても真澄と人目のつかない所で二人きりになりたいみたいですね…。
本当は何をするつもりなんですか?」

諏訪の耳元に顔を近づけ、くすりと笑いながら囁く。

固まる諏訪に構うことなく、笑みを浮かべたまま、囁き続けた。

「…教えてくれてもいいじゃないですか、先生。

教えてくれなくても、先生の動物に等しい行動見てれば分かりますけど、一応、答え合わせがしたいんです。」

脂汗を流して、顔を真っ青にする諏訪に答えを求めるまでもなく明白だった。

「真澄、授業抜けるよ。」

「………えっ、で、でも……」

一人だけ状況を飲み込めてない真澄は不安そうに諏訪の顔を伺う。

「いいですよね?諏訪先生。」

「……構わない。とっとと行け。」

「ありがとうございます。」

絞り出すような声で答えた諏訪に、にこやかに礼を言った。

「それと、このことは担任に報告させてもらいます。」

去り際にそう言えば、諏訪が絶望した表情を浮かべる。見逃すわけないのに、なんでそんな顔するのか全く、理解不能だ。

その後、真澄と誰もいない教室で過ごしたが、真澄は俺に何も問いただしてこなかった。

何か言いたげな顔はしていたけれど、いつも通り、その口から言葉が発せられることはなかった。




諏訪が解雇されてから一週間が経った。
表向きは辞職したことになっている。
真澄のことを考えて、そう処理するように頼んだ。

…まあ、学校側からしたら変な噂を立てられることは避けたいだろうから、言わなくても同じだった気もするが。

諏訪がいなくなり、学校内で真澄を構うのはまた、俺一人だけになった。

真澄はどことなく悲しげな顔をして見えるの、勘違いではないだろう。

体育なんて大の苦手なくせに、そんな顔する必要なんてないのに。

真澄は自分から人に関われない分、人間の屑みたいなやつでも寄ってきたら心の拠り所にしてしまうのだろう。自分が何されそうになってたかも知らずに。

……まったく、どうしようもない。

どうしようもないけど、まずは真澄にこんな顔にさせた、もう一人のどうしようもない屑をなんとかするとしよう。

諏訪が解雇されてからすぐに、諏訪の行動パターンを調べた。

あいつは職を失ったにも関わらず、毎日欠かさずジョギングしていた。心も筋肉で鍛えたのか?あんな顔しといて習慣を怠らないとは案外、打たれ強い。

この様子じゃ、真澄のことはもうどうでもいいと思ってそうだ。次の標的(子供)を探してるだろう。でも、真澄はお前みたいな屑に対して喪失感を覚えて、悲しげな顔をして毎日を過ごしているんだ。このままで終わらせるわけがない。

週の始まりの月曜日の朝、午前6時すぎ。
諏訪はいつも通りに、ジョギング中に公園を通り抜ける。

ただ通り抜けるだけでなく、公園の階段を何度も上り下りし、黙々と脚を鍛えているらしい。
俺にとっては、都合のいい習慣だった。

その階段の上で、俺は静かに音も立てずに諏訪を待ち構えていた。

諏訪が階段を登り切り、顔の汗をタオルでぬぐう。視界が完全に塞がれたその瞬間ー
俺は、迷いなくその背を押した。

俺より随分大きくて筋肉質な体が呆気なく宙に浮き、階段の下のコンクリートに激しく叩きつけられた。目を見開いたまま、身動きひとつしなかった。頭からは大量の血が流れている。死んでいるのは一目で分かった。

それと同時にとてつもない怒りが、確かに心の底から湧き上がってくるのを感じ、気づけば俺は叫んでいた。

「っざけんな、ざけんなっ!
どれだけ、どれだけ耐えてきたと思ってんだ!

ぽっと出の変態に真澄を壊されてたまるか!
あれは俺の物だ!

どうせ壊すなら、俺の手だって決まってんだよ!

お前なんか、死ね!死ね!死んで俺に詫びろ!」

真澄への思いやりの気持ちなんて、俺の根底にはきっとこれっぽちもなかったに違いない。それほど俺の口から出たのはただの、ひとりよがりで醜い叫びだった。

真澄と初めて会った時、芽生えた加虐心。
それを真澄だけには向けまいと何年も必死に押し殺して、俺は自分で引いた境界線を守り続けてきた。

それを諏訪はあっさりと踏みにじろうとした。俺がどれだけその線を越えずに耐えてきたのかも知らずに。そして、俺の所有物に手をつけようとした諏訪が許せなかった。許すことなんてできなかった。

どうせ壊すなら、壊していいのは俺だけだ。
誰にも真澄を穢させない。

真澄対する感情は、初めて会ったあの頃よりも、更に歪になっていた。

「……ふ、ふふっ……、ふはっ…、あはっ、あははははははっ!!」

怒りの後に込み上げてきたのは、笑いと喜びだった。

声が枯れそうになるほど叫び、喉を痛めるほど笑うなんて、生まれて初めてだった。

「真澄は本当にすごいな…。
俺に、いろんな感情を取り戻させてくれる。」

薄明るい朝の空を見上げる。

さあ、そろそろ帰ろう。
家に帰って、体にまとわりつく不快な汗をシャワーで流し、気持ちよく真澄を迎えに行く。

真澄といることで、今度はどんな感情を取り戻せるだろう。楽しみで仕方がない。

諏訪のことなんて、もう頭の隅にもなかった。
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