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楓side:微笑みの奥の闇
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(※エピソードの初めは幼少期の楓です。残虐な描写を含みます。苦手な方はご注意下さい。)
ある日の午後のことだった。
こじんまりとした公園でしゃがみこむ親子の姿が目に入った。
その日は、日曜日なのに朝から塾があって、その帰り道だった。
知能指数の低い、同い年の子たちとの会話に合わせるのは相変わらず退屈だったが、特にこれといって不快になるようなことはその日はなかった。そのはずなのに。
親子を見かけてしまったことで普段は静まり返っている胸の奥で何かがざわめいた。
最近、近所でよく見かける親子で、俺と同い年くらいの男の子はいつも母親の手や服の裾を握っていた。
特に親子に興味はなく、顔を覚えようとも思わなかったが、その男の子の後ろ姿を見かける度に自分の奥底の静かな水面が蠢いて小さな渦ができ、広がっていくのを感じた。
男の子がベンチで寝転んでいる猫の顎をそっと撫でる。
母親がその様子を寄り添うようにして、微笑ましそうに眺めている。
母親がふいに腕を伸ばし、男の子の顔にハンカチを当てた。ふっくらとした頬やおでこを丁寧に拭き、次に首元を拭う。
照りつける日差しの中にいる男の子の体調を気にかけているようだった。
それを見ながら俺は、自分の額の汗の粒を手の甲で拭った。
男の子は母親の行動を当たり前のように受け入れ、気に留めることなく猫の体を撫で始めた。
その態度に無性に腹が立った。
惨めで哀れな弱い生き物だから守られるのが当然だと思っていて、母親が自分の世話をしてくれても何の感謝もない。そして、いつまでも自分の弱いところを変えようとせず、クズクズしているに違いない。目も当てられないほどの滑稽さに苛立った。
やがて母親が立ち上がり、男の子の手を引くと、男の子はもじもじと身を捩らせてその場から動かない。
どうせ、薄汚い野良猫を飼いたいとか駄々でもこねるのだろう。
そんなみっともない出来損ないの息子は、とっとと捨ててしまえ。そしたら清々するのに。
母親に対して心の中でぼやく。
少しして諦めたのか、男の子は母親の手をしっかりと繋ぎ止めながら公園を去っていった。
それを確認して、公園へと足を踏み入れる。
まだベンチで上で眠ったまま、体を伸ばしてリラックスしている猫の首を引っ掴んで持ち上げる。
「ギャッ」
猫って、こんな鳴き声だったけ。
その細い首を絞めていたら、顔すら覚えてないのに男の子の悲しむ表情が想像できた。
とても、いい気分でクセになりそうだった。
普段、感情を動かされることなんてないが、体の奥で昂りが抑えきれずに湧き上がった。
薄汚い野良猫はカリカリと伸び切った爪で俺の腕を引っ掻く。
ちっぽけな命をまだ諦めてないようだった。
そのまま、痩せ細った体をベンチに叩きつけた。
一回、二回、三回。
たった三回、叩きつけただけで小さな命は絶えた。
もう少し、楽しませろよ。使えない。
昂りはあっという間に消えてなくなってしまった。
また、ふつふつと男の子に対する苛立ちが頭をもたげる。
地面に放り投げていた、鞄を拾う。
砂がこびりついて白く汚れている。
汚いな。
その後、いつの間に顎から首筋まで伝っていたベタついた汗を、服の襟元で拭った。
汚い。
そして最後に、ベンチに横たわった猫の死骸を見つめた。
本当に何もかも、汚い。
猫の死骸を掴むと、ベンチのすぐ近くの茂みに投げ捨てた。
自分が持っている鞄も、身につけている服も靴も全て、一緒に捨ててしまいたかった。
早く家に帰って清潔にしたい。
そしたらきっと、この苛立ちも綺麗さっぱりなくなるだろう。
それでまた、いつもどおりの俺に戻る。
少し乱れた服の裾や襟元を整え、いつもの冷静さを取り戻す。
それから公園を後にした。
テスト期間で高校が早く終わった帰り道、真澄といつもと違う帰宅路を通り、懐かしい公園が目に留まった。
公園の入り口で無防備に腹を見せ、寝転がっている猫がいた。
珍しく真澄が自分から近寄り、そのマヌケな猫の顎を撫でる。
ゴロゴロと猫が心地よさそうに喉を鳴らした。
「猫、好きなんだね。」
「……うん。」
こんなに長い間一緒にいるのに、まだ真澄のことで知らないことがあるのが気に食わなかった。
「飼ってみたい?」
猫の腹を撫で始めた真澄に尋ねる。
真澄の手つきが、昔、同じ公園で見た男の子を思い出させて胸に引っかかった。
「ううん、いい…いらない……」
真澄はチラリと公園のベンチとその奥の茂みに視線を送った。
そして悲しげな顔をしながら、静かに猫から手を離す。
その様子を見て、なんで今まで気づかなかったんだろうと思った。
真澄と初めて会ったと思っていた日よりも前に、俺たちは出会ってた。
あの日、あの公園で見た男の子はーーー
自分の感情が隙間なく満たされていく。
男の子はあの後、あの薄汚い猫の死骸を目にしたのだ。
「俺もいらないかな。猫はあんまり、好きじゃないな。」
きっと俺は真澄を幸せな気分にさせるもの、全てが嫌いだ。
どれだけこの口から優しく、甘い言葉が発せられようと、本質的には真澄の幸せなんて少しも望んでない。
俺がずっと一人でいる、暗い深淵の中に引き摺り込んで手元に置き、独り占めにして心ゆくまで遊んだら、壊してしまいたいのだ。
「真澄、汗かいてる。」
そう言って、スラックスから取り出したハンカチで真澄の顔を拭えば、ふっと真澄の表情が緩む。さっきまでの悲しげな顔ではなくなった。
「これからもっと暑くなるみたいだし、そろそろ帰ろうか。」
「……うん。」
馬鹿ほど純粋な心を持っている真澄はこんな見せかけだけでしかない優しさにいとも簡単に騙されてしまう。
弱くて、惨めで、愚かで、みっともなくて……
でも、どんな命あるものよりも美しい。
普段は受け身な真澄が、緊張した面持ちで隣を歩く俺の手をそっと握る。
そして俺を見上げて、ぎこちなく、それでも嬉しそうに微笑んだ。
自分の行く末など知らずに微笑む真澄に、俺も微笑み返す。
表面だけの幸せに癒された、いつもより穏やかな帰り道だった。
ある日の午後のことだった。
こじんまりとした公園でしゃがみこむ親子の姿が目に入った。
その日は、日曜日なのに朝から塾があって、その帰り道だった。
知能指数の低い、同い年の子たちとの会話に合わせるのは相変わらず退屈だったが、特にこれといって不快になるようなことはその日はなかった。そのはずなのに。
親子を見かけてしまったことで普段は静まり返っている胸の奥で何かがざわめいた。
最近、近所でよく見かける親子で、俺と同い年くらいの男の子はいつも母親の手や服の裾を握っていた。
特に親子に興味はなく、顔を覚えようとも思わなかったが、その男の子の後ろ姿を見かける度に自分の奥底の静かな水面が蠢いて小さな渦ができ、広がっていくのを感じた。
男の子がベンチで寝転んでいる猫の顎をそっと撫でる。
母親がその様子を寄り添うようにして、微笑ましそうに眺めている。
母親がふいに腕を伸ばし、男の子の顔にハンカチを当てた。ふっくらとした頬やおでこを丁寧に拭き、次に首元を拭う。
照りつける日差しの中にいる男の子の体調を気にかけているようだった。
それを見ながら俺は、自分の額の汗の粒を手の甲で拭った。
男の子は母親の行動を当たり前のように受け入れ、気に留めることなく猫の体を撫で始めた。
その態度に無性に腹が立った。
惨めで哀れな弱い生き物だから守られるのが当然だと思っていて、母親が自分の世話をしてくれても何の感謝もない。そして、いつまでも自分の弱いところを変えようとせず、クズクズしているに違いない。目も当てられないほどの滑稽さに苛立った。
やがて母親が立ち上がり、男の子の手を引くと、男の子はもじもじと身を捩らせてその場から動かない。
どうせ、薄汚い野良猫を飼いたいとか駄々でもこねるのだろう。
そんなみっともない出来損ないの息子は、とっとと捨ててしまえ。そしたら清々するのに。
母親に対して心の中でぼやく。
少しして諦めたのか、男の子は母親の手をしっかりと繋ぎ止めながら公園を去っていった。
それを確認して、公園へと足を踏み入れる。
まだベンチで上で眠ったまま、体を伸ばしてリラックスしている猫の首を引っ掴んで持ち上げる。
「ギャッ」
猫って、こんな鳴き声だったけ。
その細い首を絞めていたら、顔すら覚えてないのに男の子の悲しむ表情が想像できた。
とても、いい気分でクセになりそうだった。
普段、感情を動かされることなんてないが、体の奥で昂りが抑えきれずに湧き上がった。
薄汚い野良猫はカリカリと伸び切った爪で俺の腕を引っ掻く。
ちっぽけな命をまだ諦めてないようだった。
そのまま、痩せ細った体をベンチに叩きつけた。
一回、二回、三回。
たった三回、叩きつけただけで小さな命は絶えた。
もう少し、楽しませろよ。使えない。
昂りはあっという間に消えてなくなってしまった。
また、ふつふつと男の子に対する苛立ちが頭をもたげる。
地面に放り投げていた、鞄を拾う。
砂がこびりついて白く汚れている。
汚いな。
その後、いつの間に顎から首筋まで伝っていたベタついた汗を、服の襟元で拭った。
汚い。
そして最後に、ベンチに横たわった猫の死骸を見つめた。
本当に何もかも、汚い。
猫の死骸を掴むと、ベンチのすぐ近くの茂みに投げ捨てた。
自分が持っている鞄も、身につけている服も靴も全て、一緒に捨ててしまいたかった。
早く家に帰って清潔にしたい。
そしたらきっと、この苛立ちも綺麗さっぱりなくなるだろう。
それでまた、いつもどおりの俺に戻る。
少し乱れた服の裾や襟元を整え、いつもの冷静さを取り戻す。
それから公園を後にした。
テスト期間で高校が早く終わった帰り道、真澄といつもと違う帰宅路を通り、懐かしい公園が目に留まった。
公園の入り口で無防備に腹を見せ、寝転がっている猫がいた。
珍しく真澄が自分から近寄り、そのマヌケな猫の顎を撫でる。
ゴロゴロと猫が心地よさそうに喉を鳴らした。
「猫、好きなんだね。」
「……うん。」
こんなに長い間一緒にいるのに、まだ真澄のことで知らないことがあるのが気に食わなかった。
「飼ってみたい?」
猫の腹を撫で始めた真澄に尋ねる。
真澄の手つきが、昔、同じ公園で見た男の子を思い出させて胸に引っかかった。
「ううん、いい…いらない……」
真澄はチラリと公園のベンチとその奥の茂みに視線を送った。
そして悲しげな顔をしながら、静かに猫から手を離す。
その様子を見て、なんで今まで気づかなかったんだろうと思った。
真澄と初めて会ったと思っていた日よりも前に、俺たちは出会ってた。
あの日、あの公園で見た男の子はーーー
自分の感情が隙間なく満たされていく。
男の子はあの後、あの薄汚い猫の死骸を目にしたのだ。
「俺もいらないかな。猫はあんまり、好きじゃないな。」
きっと俺は真澄を幸せな気分にさせるもの、全てが嫌いだ。
どれだけこの口から優しく、甘い言葉が発せられようと、本質的には真澄の幸せなんて少しも望んでない。
俺がずっと一人でいる、暗い深淵の中に引き摺り込んで手元に置き、独り占めにして心ゆくまで遊んだら、壊してしまいたいのだ。
「真澄、汗かいてる。」
そう言って、スラックスから取り出したハンカチで真澄の顔を拭えば、ふっと真澄の表情が緩む。さっきまでの悲しげな顔ではなくなった。
「これからもっと暑くなるみたいだし、そろそろ帰ろうか。」
「……うん。」
馬鹿ほど純粋な心を持っている真澄はこんな見せかけだけでしかない優しさにいとも簡単に騙されてしまう。
弱くて、惨めで、愚かで、みっともなくて……
でも、どんな命あるものよりも美しい。
普段は受け身な真澄が、緊張した面持ちで隣を歩く俺の手をそっと握る。
そして俺を見上げて、ぎこちなく、それでも嬉しそうに微笑んだ。
自分の行く末など知らずに微笑む真澄に、俺も微笑み返す。
表面だけの幸せに癒された、いつもより穏やかな帰り道だった。
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表紙はくま様からお借りしました。
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