8 / 35
前編
穏やかな昼の陰
しおりを挟む
昨日と同じ教室。
クラスメートが談笑する声はくぐもって聞こえるのに、自分の鼓動だけはやけに響いているように感じた。
頭の奥には、昨日の熱がまだこびりついている。
楓のしなやかな筋肉の感触がまだ肌に残っている気がして、どうも落ち着かなかった。
「あ、良かった。ちょうどいいところに早川が来た。」
自分の席に座ろうとした時、前の席の水瀬が振り返る。
「……水瀬くん、おはよう。」
いつものようになるべく自然に挨拶したつもりでも水瀬の目に自分がどう映っているか、不安で仕方なかった。昨日の行為で、快楽を感じてしまった体が、なにか別のものに変わってしまったようで。その変化を、誰かに見透かされるのが怖かった。
「あのさ、英語の課題、見せてくれない?」
そんな俺の不安など気づきもしないまま、水瀬はいつものように課題を見せてもらおうとする。
「…うん。……あっ、」
スクールバックから英語の教科書とノートを取り出そうとして、気づいた。俺、課題やってないかも。
「……ご、ごめん。…やってくるの忘れた。」
「……早川が?課題、忘れたの?」
おずおずと言うと水瀬が目を見開いてキョトンとした後、ジッと俺の顔を見つめた。
その後、何か言いたげに口を開きかけて、けれど、結局言葉にはしなかった。
「ま、そういうこともあるよな。」
ニコッと眩しい笑顔を向けると、水瀬はすぐに前の席の生徒の肩を叩く。
「なあ、お願いっ!英語の課題、見せてくんない?」
水瀬からのお願いに生徒はあっさりと応じた。人懐っこい水瀬は、生徒と軽く雑談しながら、ちゃっかり課題を書き写している。
その姿を見ながら、変に詮索してこなかった水瀬にホッとした。その時、なぜかふと視線を感じた気がした。気のせいかもしれない。
でも、なんとなく気になって教室を見渡すと、誰もこっちを見ていなかった。
昼休み。
俺の席までパタパタと小走りで苗代がやってくる。
「早川くん……、一緒にご飯食べよ。」
昨日のように四人で食べるのが嫌なのか、前の席の水瀬を気にして、ちらちらと見ている。
「おっ、苗代!俺の席、使っていいよ!」
水瀬は苗代の視線に気づいたのか、笑みを浮かべながらそう声をかけた。
「………ありがと。」
優しくされて戸惑ったのか、苗代はぎこちなく小さな声でお礼を言った。
「いーえ。昨日はちょっと強引だったかもって思ってさ。今日はゆっくりして!」
水瀬は爽やかに笑うと、仇野と並んで教室を出ていく。
水瀬は少し強引なところもあるのに、こうやって気を遣えて親切にできる。それが、みんなに好かれる理由の一つなんだろう。そう思いながら、その背中を見送った。
「…あの、これ……お口に合うか分からないけど……」
向かい合いながら、弁当箱を開いていると、苗代がおずおずと言う。
いつも弁当を手作りしている苗代はたまにこうやっておかずを分けてくれる。
「…ありがとう。」
差し出された卵焼きをすぐに、頬張った。ふわふわしていて優しくて甘い味がする。
「おいし……」
そう言葉をこぼすと、いつも申し訳なさそうに背中を丸めている苗代の顔がパッと明るくなった。
その後は口ベタ同士、会話が弾むことはないけれど、穏やかな空気が二人の間に流れていた。
昨日の楓との出来事からも、少しだけ意識を逸らすことができる。
窓から差し込む光が、ぽかぽかと暖かい。
気弱な性格が似ているだけではない。無言でも気まずさを感じないところが同じで、そこが好きだと思う。
そんなことを考えていた時、ふと苗代が箸を止める。
「あ、あの……早川くん、って……」
そこまで言って、ぐっと口をつぐむ。
「……やっぱ、なんでもない。ごめんね。」
苗代はまつ毛を伏せ、そっと視線を落とした。
いつものように言葉を飲み込む、その姿を俺は深く気にすることはなかった。
クラスメートが談笑する声はくぐもって聞こえるのに、自分の鼓動だけはやけに響いているように感じた。
頭の奥には、昨日の熱がまだこびりついている。
楓のしなやかな筋肉の感触がまだ肌に残っている気がして、どうも落ち着かなかった。
「あ、良かった。ちょうどいいところに早川が来た。」
自分の席に座ろうとした時、前の席の水瀬が振り返る。
「……水瀬くん、おはよう。」
いつものようになるべく自然に挨拶したつもりでも水瀬の目に自分がどう映っているか、不安で仕方なかった。昨日の行為で、快楽を感じてしまった体が、なにか別のものに変わってしまったようで。その変化を、誰かに見透かされるのが怖かった。
「あのさ、英語の課題、見せてくれない?」
そんな俺の不安など気づきもしないまま、水瀬はいつものように課題を見せてもらおうとする。
「…うん。……あっ、」
スクールバックから英語の教科書とノートを取り出そうとして、気づいた。俺、課題やってないかも。
「……ご、ごめん。…やってくるの忘れた。」
「……早川が?課題、忘れたの?」
おずおずと言うと水瀬が目を見開いてキョトンとした後、ジッと俺の顔を見つめた。
その後、何か言いたげに口を開きかけて、けれど、結局言葉にはしなかった。
「ま、そういうこともあるよな。」
ニコッと眩しい笑顔を向けると、水瀬はすぐに前の席の生徒の肩を叩く。
「なあ、お願いっ!英語の課題、見せてくんない?」
水瀬からのお願いに生徒はあっさりと応じた。人懐っこい水瀬は、生徒と軽く雑談しながら、ちゃっかり課題を書き写している。
その姿を見ながら、変に詮索してこなかった水瀬にホッとした。その時、なぜかふと視線を感じた気がした。気のせいかもしれない。
でも、なんとなく気になって教室を見渡すと、誰もこっちを見ていなかった。
昼休み。
俺の席までパタパタと小走りで苗代がやってくる。
「早川くん……、一緒にご飯食べよ。」
昨日のように四人で食べるのが嫌なのか、前の席の水瀬を気にして、ちらちらと見ている。
「おっ、苗代!俺の席、使っていいよ!」
水瀬は苗代の視線に気づいたのか、笑みを浮かべながらそう声をかけた。
「………ありがと。」
優しくされて戸惑ったのか、苗代はぎこちなく小さな声でお礼を言った。
「いーえ。昨日はちょっと強引だったかもって思ってさ。今日はゆっくりして!」
水瀬は爽やかに笑うと、仇野と並んで教室を出ていく。
水瀬は少し強引なところもあるのに、こうやって気を遣えて親切にできる。それが、みんなに好かれる理由の一つなんだろう。そう思いながら、その背中を見送った。
「…あの、これ……お口に合うか分からないけど……」
向かい合いながら、弁当箱を開いていると、苗代がおずおずと言う。
いつも弁当を手作りしている苗代はたまにこうやっておかずを分けてくれる。
「…ありがとう。」
差し出された卵焼きをすぐに、頬張った。ふわふわしていて優しくて甘い味がする。
「おいし……」
そう言葉をこぼすと、いつも申し訳なさそうに背中を丸めている苗代の顔がパッと明るくなった。
その後は口ベタ同士、会話が弾むことはないけれど、穏やかな空気が二人の間に流れていた。
昨日の楓との出来事からも、少しだけ意識を逸らすことができる。
窓から差し込む光が、ぽかぽかと暖かい。
気弱な性格が似ているだけではない。無言でも気まずさを感じないところが同じで、そこが好きだと思う。
そんなことを考えていた時、ふと苗代が箸を止める。
「あ、あの……早川くん、って……」
そこまで言って、ぐっと口をつぐむ。
「……やっぱ、なんでもない。ごめんね。」
苗代はまつ毛を伏せ、そっと視線を落とした。
いつものように言葉を飲み込む、その姿を俺は深く気にすることはなかった。
13
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
氷の檻に閉じ込められた月~兄上のすべては、私のもの~
春野ふぶき
BL
『兄上は私のものだ。魂も、肉体も。永遠に―—』
アーヴェント侯爵家の長男ライカは、妾腹として正妻に虐げられ続けてきた。
唯一の救いは、次期当主を目される異母弟カイエンの存在。
美しく聡明で、氷の騎士と呼ばれる彼だけは、常にライカの味方だった。
だが、その愛情は兄を守るものではなく、深く歪んだ執着だった。
母を排除し、兄を囲い込み、逃げれば鎖で捕らえる。
そしてついに、ライカの心身は限界に追い詰められていく。
——カイエンが下す「最後の選択」とは。
ふたりが辿る結末は、幸福か、それとも狂気の果てか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる