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14話
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それは『恐怖』であった。
愛されるという未知の感情に、理解が追い付かないのだ。
「……すぐに信じてほしいとは言わない。でも、オレはお前が好きだ。その気持ちだけは知っていてくれると、嬉しいな」
そう語りかけてくる声に、ルミナスはうつむいて頭を振る。
「ルミナス……?」
「ち、がう……」
「え?」
「……わた、私は、誰からも求められない存在で、誰からも迷惑がられる存在だったの! だから、この先も私を好きだって言ってくれる存在が、現れるわけないの! だから、こん、こんなの違う……私は、私は幸せになっちゃいけないの! 死ななくちゃいけなかったの! 誰からも、愛されちゃいけない存在なの……」
叫ぶように主張していた声が、ふと勢いを失ったように途絶えた。
顔を見上げてアシルを見た時、彼の頬を、透明な雫がつぅっと流れていたからだ。
先ほどは見間違えたかと思ったが、今は間違いなく泣いている。
ずっと自分に微笑み続けてくれていたアシルの見せた涙に、酷く心がかき乱された。
「……あ」
咄嗟に、今の自分の言ったことが原因で、彼を傷つけたのだと察する。
しかし彼は、自分の目元を自身の袖で乱暴に拭ったきり、もう涙を見せることはしなかった。
弱弱しくも、笑みを浮かべようとしてくれていた。
「……どうして、私なんか見捨てないの?」
「…………」
「私に呆れて、泣いていたんじゃないの?」
「違う。……オレの大好きなルミナスが、オレの大好きなルミナスのことを『自分なんか』って否定して、『死ななくちゃいけない』なんて言うから、それが悲しかっただけだ」
「……じゃあ、私の心はずっと変わらないと思う。こんな私なんか、好きでい続けちゃダメだよ……」
「いや、ルミナス……お前は絶対に変わる。自分を否定しなくなるし、オレを好きになってくれる」
「なんで、そんなこと言いきれるの?」
「……信じているからさ、お前のコト」
「っ」
ルミナスの心臓が、一瞬止まったような錯覚をした。
自分のコトを信じてくれる存在に、今まで出会ったことがなかった。
頑張って稼いでいた貯金が入った通帳とキャッシュカードも、お風呂に入っている間にカバンの中から消えていた。
素直に「カバンの中から通帳とカードが消えてしまって」と告げれば、その家の子どもたちが「私たちが犯人だって言うの!?」と激昂し、その子どもの激昂を聞いた親は、「在りもしない稼ぎを盗まれたと言い、さらにその罪を自分の子どもたちに着せようとした!」と激しく叱責してきた。
その後いろいろあり、結局消えてしまった通帳とキャッシュカードは再発行してもらい、それからは厳重に管理していた。
高校卒業後、居候させていただいていた家を出て遠くに移り、安いアパートを借りて一人暮らしをした。
卒業までに返せなかった分は、高校の頃と同じように生活を切り詰め捻出した給料の残りをすべて振り込んで返していった。
学生の頃と違い、稼げる額は段違いだ。とはいえ、家賃、食費、光熱費、水道代などもかかるから、稼げる額が増えても、減る額もそれなりだ。……認めるのは癪だったが、学費にプラスして渡していた生活費の2万だけでは、足りていなかったのだ。
しかしそれも、ビルから飛び降りる前あの月で返し終えることが出来た。
だが、そしたら急に、自分の中で何かがぷつりと音を立てて切れたのを感じた。
皮肉なことに、『学費を返し終わるまでは死ねない』と生きる支えになっていたのかもしれない。
あるいは、通帳事件の時に、自分の中で何かが切れていたのかもしれない。
誰からも信じてもらえなかったのは、通帳事件の時だけではなかった。それまで蓄積されてきた『信じてもらえない』で傷ついた心が、心の傷口が次第にじくじくと痛みだして、化膿していって、その化膿した部分を、この事件が鋭利な刃物となってトドメと刺してきた。
■ ■ ■
心の傷は、そう簡単に癒えるものではない。
目に見えないものというものは厄介で、目に見えないから軽視されがちだが、傷つけることは簡単に出来るのに、治るのにはなかなか時間がかかる。なんなら、一生治らないこともある。
今ルミナスの心の傷は見えないだけで、たくさんの傷口が化膿していき、膿んだ形が見苦しいものになって、それでも彼女の中で生き続けていた。
それをルミナス自身見えることがないから知ることはないが、それを苦しいと思っているからこそ、自ら命を絶ち楽になりたかったのだ。
まだルミナスの中で疼き続ける心の膿に、信じているという言葉が酷く沁みた。
ルミナスは無意識ながらも、膿んだ部分にとってアシルの「信じている」という言葉が、その傷を癒す薬となっていた。
だから、沁みたのだ。
ルミナスは、その沁みた痛みを「ますます傷ついた」と感じている。
だから、恐怖し、アシルを拒んだ。
だが、アシルはルミナスの心を正しく汲み取っていた。
彼女自身が気づいていない気持ちに、彼は気づいた。
傷は、一回塗ったくらいでは治らない。特に、膿むほどまで至っていれば、はじめの方は刺激を嫌がり拒否反応も出るだろう。
けれどアシルはひそかに誓う。
彼女の心が壊れないよう守りながら、何度もその傷口が癒えるよう、心の底から愛の言葉を囁き続けよう、と。
(もちろん、その前に嫌われてしまったら元も子もないから、慎重にだがな)
■ ■ ■
愛されるという未知の感情に、理解が追い付かないのだ。
「……すぐに信じてほしいとは言わない。でも、オレはお前が好きだ。その気持ちだけは知っていてくれると、嬉しいな」
そう語りかけてくる声に、ルミナスはうつむいて頭を振る。
「ルミナス……?」
「ち、がう……」
「え?」
「……わた、私は、誰からも求められない存在で、誰からも迷惑がられる存在だったの! だから、この先も私を好きだって言ってくれる存在が、現れるわけないの! だから、こん、こんなの違う……私は、私は幸せになっちゃいけないの! 死ななくちゃいけなかったの! 誰からも、愛されちゃいけない存在なの……」
叫ぶように主張していた声が、ふと勢いを失ったように途絶えた。
顔を見上げてアシルを見た時、彼の頬を、透明な雫がつぅっと流れていたからだ。
先ほどは見間違えたかと思ったが、今は間違いなく泣いている。
ずっと自分に微笑み続けてくれていたアシルの見せた涙に、酷く心がかき乱された。
「……あ」
咄嗟に、今の自分の言ったことが原因で、彼を傷つけたのだと察する。
しかし彼は、自分の目元を自身の袖で乱暴に拭ったきり、もう涙を見せることはしなかった。
弱弱しくも、笑みを浮かべようとしてくれていた。
「……どうして、私なんか見捨てないの?」
「…………」
「私に呆れて、泣いていたんじゃないの?」
「違う。……オレの大好きなルミナスが、オレの大好きなルミナスのことを『自分なんか』って否定して、『死ななくちゃいけない』なんて言うから、それが悲しかっただけだ」
「……じゃあ、私の心はずっと変わらないと思う。こんな私なんか、好きでい続けちゃダメだよ……」
「いや、ルミナス……お前は絶対に変わる。自分を否定しなくなるし、オレを好きになってくれる」
「なんで、そんなこと言いきれるの?」
「……信じているからさ、お前のコト」
「っ」
ルミナスの心臓が、一瞬止まったような錯覚をした。
自分のコトを信じてくれる存在に、今まで出会ったことがなかった。
頑張って稼いでいた貯金が入った通帳とキャッシュカードも、お風呂に入っている間にカバンの中から消えていた。
素直に「カバンの中から通帳とカードが消えてしまって」と告げれば、その家の子どもたちが「私たちが犯人だって言うの!?」と激昂し、その子どもの激昂を聞いた親は、「在りもしない稼ぎを盗まれたと言い、さらにその罪を自分の子どもたちに着せようとした!」と激しく叱責してきた。
その後いろいろあり、結局消えてしまった通帳とキャッシュカードは再発行してもらい、それからは厳重に管理していた。
高校卒業後、居候させていただいていた家を出て遠くに移り、安いアパートを借りて一人暮らしをした。
卒業までに返せなかった分は、高校の頃と同じように生活を切り詰め捻出した給料の残りをすべて振り込んで返していった。
学生の頃と違い、稼げる額は段違いだ。とはいえ、家賃、食費、光熱費、水道代などもかかるから、稼げる額が増えても、減る額もそれなりだ。……認めるのは癪だったが、学費にプラスして渡していた生活費の2万だけでは、足りていなかったのだ。
しかしそれも、ビルから飛び降りる前あの月で返し終えることが出来た。
だが、そしたら急に、自分の中で何かがぷつりと音を立てて切れたのを感じた。
皮肉なことに、『学費を返し終わるまでは死ねない』と生きる支えになっていたのかもしれない。
あるいは、通帳事件の時に、自分の中で何かが切れていたのかもしれない。
誰からも信じてもらえなかったのは、通帳事件の時だけではなかった。それまで蓄積されてきた『信じてもらえない』で傷ついた心が、心の傷口が次第にじくじくと痛みだして、化膿していって、その化膿した部分を、この事件が鋭利な刃物となってトドメと刺してきた。
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心の傷は、そう簡単に癒えるものではない。
目に見えないものというものは厄介で、目に見えないから軽視されがちだが、傷つけることは簡単に出来るのに、治るのにはなかなか時間がかかる。なんなら、一生治らないこともある。
今ルミナスの心の傷は見えないだけで、たくさんの傷口が化膿していき、膿んだ形が見苦しいものになって、それでも彼女の中で生き続けていた。
それをルミナス自身見えることがないから知ることはないが、それを苦しいと思っているからこそ、自ら命を絶ち楽になりたかったのだ。
まだルミナスの中で疼き続ける心の膿に、信じているという言葉が酷く沁みた。
ルミナスは無意識ながらも、膿んだ部分にとってアシルの「信じている」という言葉が、その傷を癒す薬となっていた。
だから、沁みたのだ。
ルミナスは、その沁みた痛みを「ますます傷ついた」と感じている。
だから、恐怖し、アシルを拒んだ。
だが、アシルはルミナスの心を正しく汲み取っていた。
彼女自身が気づいていない気持ちに、彼は気づいた。
傷は、一回塗ったくらいでは治らない。特に、膿むほどまで至っていれば、はじめの方は刺激を嫌がり拒否反応も出るだろう。
けれどアシルはひそかに誓う。
彼女の心が壊れないよう守りながら、何度もその傷口が癒えるよう、心の底から愛の言葉を囁き続けよう、と。
(もちろん、その前に嫌われてしまったら元も子もないから、慎重にだがな)
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