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35話
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そんなルミナスを気遣うアシルに、声だけを返した。
「ちょ、ちょっと心臓に悪いんで……」
ごにょごにょと言葉を返すと、聞き取れなかったとアシルが聞き返してくる。
「なんだって?」
「だから、心臓が痛くなるんで!!!」
わざわざ言わせられた苛立ちからか、恥ずかしさからか、つい語尾を荒らげてしまったが、それをアシルが気にすることはなかった。
それより、心臓が痛いという言葉に反応したらしく、アシルは突然取り乱した。
「心臓が痛いのか!? さ、サーナ、心臓に問題があるのかもしれねえ! すぐに治癒術を……」
「え、ち、ちが……違います……違う! そうじゃなくて、アシルの顔が格好いいから、心臓に悪いって言ったの!!」
つい叫んでしまった。
一旦しんと静まった食堂で、「わかる」とつぶやきながら食器を片づける音とミンクの声が響いた。
冷静に同意をされることが逆に恥ずかしくなり、ルミナスは自身の顔を両手で覆ってうつむいた。
「……そ、っか」
アシルの戸惑う声が耳に届き、さらに恥ずかしくなる。ますます顔が上げられない。
「そっか、そっか!」
アシルの声が少しずつ弾んでいるような気がする。
「な、なに……?」
突然上機嫌になったアシルにおそるおそると顔を向ければ、彼はこれ以上ないほど表情を緩ませて上機嫌だった。
「なんでそんなに、嬉しそうなの……?」
「嬉しいさ! 大好きなルミナスもオレと同じ気持ちだってわかったんだからな」
「? ……!?」
同じ気持ちとはどういう気持ちだろうと首を傾げたが、すぐに『大好きなルミナス』というセリフに動揺した。
「だだ、だ、だいす……大好き?!!?」
「お。昨日とはだいぶ違う反応だな。オレのこと好きだって意識してくれたからか?」
嬉しそうににやける顔を向けられる。また心臓が激しく動き出して、汗が吹き出しそうなほど全身が熱くなってきた。
「な、なんですか、昨日の反応って……! あと、私がアシルを好きだって決めつけないでください!」
「また敬語になってるぞ。実際好きだろう?」
「し、知らない……! 好きなんて知らないもん! 私は、今まで……そんな気持ちを向けられたこともないから、わからないし……私も、そんな気持ちを抱いたことなんてないから、好きっていうのがどんな気持ちなのかなんて……わからない」
好きというのはきっと、恋愛的な意味だろう。
そういう意味の『好き』でさえ向けられたことがない。友愛も、家族愛も知らない。だから、そんな感情を求められても応えることは、ルミナスには不可能だ。
そう思っていた。……次の瞬間まで。
憂鬱な気持ちに浸っていたルミナスの視界で、アシルは緩めていた表情を引き締めて、真面目な顔つきをしていた。
その表情は怒っているわけではなさそうだ。
まるでルミナスの真意を確かめるように、じっと目を見つめていて……その視線に耐えかねて視線を逸らすと、ふいに彼の顔が近づいてくるのがわかった。
視線を戻すと、アシルの顔が眼前いっぱいに広がったと思った刹那、唇に柔らかい感触が乗せられた。
「!」
軽く当たっただけだったが、たしかに添えられた柔らかい感触は、紛れもなくアシルのものだった。
大きく視界に映し出されていたバイオレットの瞳が、ゆっくりと離れていく。
「……どうだ、ルミナス?」
離れたことで、アシルの意地悪そうな笑みがはっきり見えた。
「ッッッ……ッ!」
顔が炎上しているかのように熱かった。手鏡で見なくても、今自分の顔が真っ赤になっているであろうことが察せられたルミナスは、しかしふと先ほどまでミンクがいた場所を見た。
幸い少女は厨房に戻ってこの場を離れていた。
安堵していると、「ルミナス?」と自分を呼ぶやさしい声で我に返った。
「どうだ、わかったか?」
「な、なに、なにが……」
心臓の高鳴りと連動するように、ろれつが回りにくい。
「その気持ちが、好きっていう事だよ」
それは、絶対にイヤな気持ちではないだろうと確信したような声で、認めたくないがまったくその通り、イヤな気持ちではなかったのだ。
「……わかりません」
「だったらこれからたっぷり分からせてやるよ。残りの人生をすべてお前のために使って教えてやるからな。覚悟しろよ。同じ屋敷に住んでいるから、チャンスはいくらでもあるしな」
「……覚悟、したくない」
そんな抵抗も空しく、スキップするような足取りで部屋へ連れていかれてしまった。
食器を片づけてテーブルを拭きに戻ってきたミンクが、高笑いするアシルの背を見ながら不思議そうな顔を浮かべていたと、あとでサーナから聞いた。
「ちょ、ちょっと心臓に悪いんで……」
ごにょごにょと言葉を返すと、聞き取れなかったとアシルが聞き返してくる。
「なんだって?」
「だから、心臓が痛くなるんで!!!」
わざわざ言わせられた苛立ちからか、恥ずかしさからか、つい語尾を荒らげてしまったが、それをアシルが気にすることはなかった。
それより、心臓が痛いという言葉に反応したらしく、アシルは突然取り乱した。
「心臓が痛いのか!? さ、サーナ、心臓に問題があるのかもしれねえ! すぐに治癒術を……」
「え、ち、ちが……違います……違う! そうじゃなくて、アシルの顔が格好いいから、心臓に悪いって言ったの!!」
つい叫んでしまった。
一旦しんと静まった食堂で、「わかる」とつぶやきながら食器を片づける音とミンクの声が響いた。
冷静に同意をされることが逆に恥ずかしくなり、ルミナスは自身の顔を両手で覆ってうつむいた。
「……そ、っか」
アシルの戸惑う声が耳に届き、さらに恥ずかしくなる。ますます顔が上げられない。
「そっか、そっか!」
アシルの声が少しずつ弾んでいるような気がする。
「な、なに……?」
突然上機嫌になったアシルにおそるおそると顔を向ければ、彼はこれ以上ないほど表情を緩ませて上機嫌だった。
「なんでそんなに、嬉しそうなの……?」
「嬉しいさ! 大好きなルミナスもオレと同じ気持ちだってわかったんだからな」
「? ……!?」
同じ気持ちとはどういう気持ちだろうと首を傾げたが、すぐに『大好きなルミナス』というセリフに動揺した。
「だだ、だ、だいす……大好き?!!?」
「お。昨日とはだいぶ違う反応だな。オレのこと好きだって意識してくれたからか?」
嬉しそうににやける顔を向けられる。また心臓が激しく動き出して、汗が吹き出しそうなほど全身が熱くなってきた。
「な、なんですか、昨日の反応って……! あと、私がアシルを好きだって決めつけないでください!」
「また敬語になってるぞ。実際好きだろう?」
「し、知らない……! 好きなんて知らないもん! 私は、今まで……そんな気持ちを向けられたこともないから、わからないし……私も、そんな気持ちを抱いたことなんてないから、好きっていうのがどんな気持ちなのかなんて……わからない」
好きというのはきっと、恋愛的な意味だろう。
そういう意味の『好き』でさえ向けられたことがない。友愛も、家族愛も知らない。だから、そんな感情を求められても応えることは、ルミナスには不可能だ。
そう思っていた。……次の瞬間まで。
憂鬱な気持ちに浸っていたルミナスの視界で、アシルは緩めていた表情を引き締めて、真面目な顔つきをしていた。
その表情は怒っているわけではなさそうだ。
まるでルミナスの真意を確かめるように、じっと目を見つめていて……その視線に耐えかねて視線を逸らすと、ふいに彼の顔が近づいてくるのがわかった。
視線を戻すと、アシルの顔が眼前いっぱいに広がったと思った刹那、唇に柔らかい感触が乗せられた。
「!」
軽く当たっただけだったが、たしかに添えられた柔らかい感触は、紛れもなくアシルのものだった。
大きく視界に映し出されていたバイオレットの瞳が、ゆっくりと離れていく。
「……どうだ、ルミナス?」
離れたことで、アシルの意地悪そうな笑みがはっきり見えた。
「ッッッ……ッ!」
顔が炎上しているかのように熱かった。手鏡で見なくても、今自分の顔が真っ赤になっているであろうことが察せられたルミナスは、しかしふと先ほどまでミンクがいた場所を見た。
幸い少女は厨房に戻ってこの場を離れていた。
安堵していると、「ルミナス?」と自分を呼ぶやさしい声で我に返った。
「どうだ、わかったか?」
「な、なに、なにが……」
心臓の高鳴りと連動するように、ろれつが回りにくい。
「その気持ちが、好きっていう事だよ」
それは、絶対にイヤな気持ちではないだろうと確信したような声で、認めたくないがまったくその通り、イヤな気持ちではなかったのだ。
「……わかりません」
「だったらこれからたっぷり分からせてやるよ。残りの人生をすべてお前のために使って教えてやるからな。覚悟しろよ。同じ屋敷に住んでいるから、チャンスはいくらでもあるしな」
「……覚悟、したくない」
そんな抵抗も空しく、スキップするような足取りで部屋へ連れていかれてしまった。
食器を片づけてテーブルを拭きに戻ってきたミンクが、高笑いするアシルの背を見ながら不思議そうな顔を浮かべていたと、あとでサーナから聞いた。
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