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スタンフォール家の講義
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食堂で、食事の進みが遅い私に、ダイナ様が心配する言葉をかけてくれた。
「どうした?」
「……い、いえ」
お腹が空いていないと言えば料理人に失礼だし、お腹が痛いと言えばダイナ様に心配をさせてしまうだろうと考え、なにも言えずに黙ってしまった。
だが正直に、「ここにいる資格がない、役立たずな私がこれらを食べる資格がない」とは、一番言ってはいけないような気がしたのだ。
もうここにいられないかもしれないと思うと、また涙がこぼれそうになる。
だが、泣いてしまえばこの場にいる皆に心配をさせてしまうし、あるいは不快にしてしまうかもしれないと、別のことで気を紛らわすことにした。
「だ、ダイナ様は、今日なにかご予定があるのですか?」
尋ねてから間抜けな質問をしてしまったと焦った。忙しいお方なのだ。あるに決まっているだろう。
「あぁ、今日は来客が来るから屋敷にはいるが、一緒に過ごすことは出来ない。すまないな」
『かまってちゃん』だと思われてしまった。最悪だった。
ダイナ様は用事がない日はなぜか私の様子を見にきてくれる。
私は家庭教師をつけてもらい、国語と社会と数学、それからマナー講座を学ばせてもらっていた。
そんなことは私には分不相応な待遇だと思ったが、ダイナ様の「身に付けておいて損はないだろう」という言葉に応えたくて、毎日それを頑張った。
週に一度の休みの日は、メイドに全身マッサージをしてもらい、肌がつやつやになっていった。
「君は飲み込みが早いな」と驚き喜んでくれるダイナ様に、私も嬉しくなった。
そのような日が、ずっと続けばいいなとも、願っていた。
なんとか朝食を摂り終えた私はダイナ様と食堂で別れ、自室に戻って講師を招いている部屋へ移動する。
後ろに控えていたメイドが、講義で必要になる教材を持って一緒に来てくれていた。
はじめはそれを申し訳なく思い、「自分で持ちます」と言ったが「私の仕事ですから」と断られてしまった。仕事なら仕方がない、と任せることにした。
教室ではすでに講義の先生が待っていたので、ドレスの両端をつまんでカーテシーをした。
「お待たせしました」
「お待ちしておりましたわ、レディ」
講師の先生は伯爵家の令嬢だ。はじめて接した時、私のような人間にも礼儀正しく接してくれるので、女神様のような寛大な優しさと美しさを兼ね備えた女性だと驚いてしまった。
先生は社会を担当してくれた。あまり難しい話ではない。貴族と平民の役割、相互関係、身分制度、それから歴史を少し学んだ。
貴族と言っても様々な階級があり、それぞれの役割も領土の規模も責任も違う。それを聞いた時、不思議とすんなり理解出来た。基本的なことはなんとなく、『わかっていた』気がするのだ。
「どこかで教わりましたか?」
学ぶ機会がなかった私は「いいえ」と否定した。講師はやや腑に落ちない顔をしていたが、特に気にした様子でもなかった。
だが国語の時も、初めの頃は同じ顔をされていた。講師の方は違うが、文字を書くことは出来ないが、簡単な文字なら読むことが出来たからだ。
なにより話し方を褒められた。日常会話で支障はなさそうだと太鼓判を押された。
話すなんて誰にでも出来ることではないのだろうかと、首を傾げそうになった。
ただ数学、これだけは完全に初めて知ることばかりで、逆に私が驚いた。
硬貨の価値や簡単な計算式の練習から始まり、未だに計算問題の繰り返しばかりだが、それでも革命的だった。
というのは、硬貨の価値を学び、世の中の相場を知るたび、戦慄した。
(え、私が今まで働いてもらっていた報酬って、相場より……いいえ、相場から考えるとバカバカしいほど安いのでは?)
身体を売る商売をしていたことは誰にも言うな、とダイナ様から口止めをされていたから、先生に聞くことは出来なかった。
だからダイナ様に聞くと、彼はとても驚いた顔をしていた。
「そんな環境にいたのか!?」
何故そんなところに驚くのか、驚くところが違うのではないか、と思ったが、あえて口には出さなかった。
それから難しそうな顔で思案した後、「そうだな」とつぶやいた。
「それは、安く買い叩かれすぎだ」
ダイナ様の言葉で確信すると、お腹の底からムカムカとした不快感が生じた。
でも、ダイナ様が私の頭を撫でながら言ってくれた言葉が嬉しくて、そんなことも気にならなくなった。
「それを学び得ただけでも、凄いことだ。頑張っているな」
彼に褒められるたび、心があたたかくなっていく。
寒い季節なのに、そのようなことも気にならないほど、身体がぽかぽかとあたたまっていく。
そんな優しいダイナ様を、拒んでしまった。
朝の失態を思い出し、私はまた憂鬱になった。
講義を終えて、憂鬱に浸りながら自室に戻ろうとする。
「どうした?」
「……い、いえ」
お腹が空いていないと言えば料理人に失礼だし、お腹が痛いと言えばダイナ様に心配をさせてしまうだろうと考え、なにも言えずに黙ってしまった。
だが正直に、「ここにいる資格がない、役立たずな私がこれらを食べる資格がない」とは、一番言ってはいけないような気がしたのだ。
もうここにいられないかもしれないと思うと、また涙がこぼれそうになる。
だが、泣いてしまえばこの場にいる皆に心配をさせてしまうし、あるいは不快にしてしまうかもしれないと、別のことで気を紛らわすことにした。
「だ、ダイナ様は、今日なにかご予定があるのですか?」
尋ねてから間抜けな質問をしてしまったと焦った。忙しいお方なのだ。あるに決まっているだろう。
「あぁ、今日は来客が来るから屋敷にはいるが、一緒に過ごすことは出来ない。すまないな」
『かまってちゃん』だと思われてしまった。最悪だった。
ダイナ様は用事がない日はなぜか私の様子を見にきてくれる。
私は家庭教師をつけてもらい、国語と社会と数学、それからマナー講座を学ばせてもらっていた。
そんなことは私には分不相応な待遇だと思ったが、ダイナ様の「身に付けておいて損はないだろう」という言葉に応えたくて、毎日それを頑張った。
週に一度の休みの日は、メイドに全身マッサージをしてもらい、肌がつやつやになっていった。
「君は飲み込みが早いな」と驚き喜んでくれるダイナ様に、私も嬉しくなった。
そのような日が、ずっと続けばいいなとも、願っていた。
なんとか朝食を摂り終えた私はダイナ様と食堂で別れ、自室に戻って講師を招いている部屋へ移動する。
後ろに控えていたメイドが、講義で必要になる教材を持って一緒に来てくれていた。
はじめはそれを申し訳なく思い、「自分で持ちます」と言ったが「私の仕事ですから」と断られてしまった。仕事なら仕方がない、と任せることにした。
教室ではすでに講義の先生が待っていたので、ドレスの両端をつまんでカーテシーをした。
「お待たせしました」
「お待ちしておりましたわ、レディ」
講師の先生は伯爵家の令嬢だ。はじめて接した時、私のような人間にも礼儀正しく接してくれるので、女神様のような寛大な優しさと美しさを兼ね備えた女性だと驚いてしまった。
先生は社会を担当してくれた。あまり難しい話ではない。貴族と平民の役割、相互関係、身分制度、それから歴史を少し学んだ。
貴族と言っても様々な階級があり、それぞれの役割も領土の規模も責任も違う。それを聞いた時、不思議とすんなり理解出来た。基本的なことはなんとなく、『わかっていた』気がするのだ。
「どこかで教わりましたか?」
学ぶ機会がなかった私は「いいえ」と否定した。講師はやや腑に落ちない顔をしていたが、特に気にした様子でもなかった。
だが国語の時も、初めの頃は同じ顔をされていた。講師の方は違うが、文字を書くことは出来ないが、簡単な文字なら読むことが出来たからだ。
なにより話し方を褒められた。日常会話で支障はなさそうだと太鼓判を押された。
話すなんて誰にでも出来ることではないのだろうかと、首を傾げそうになった。
ただ数学、これだけは完全に初めて知ることばかりで、逆に私が驚いた。
硬貨の価値や簡単な計算式の練習から始まり、未だに計算問題の繰り返しばかりだが、それでも革命的だった。
というのは、硬貨の価値を学び、世の中の相場を知るたび、戦慄した。
(え、私が今まで働いてもらっていた報酬って、相場より……いいえ、相場から考えるとバカバカしいほど安いのでは?)
身体を売る商売をしていたことは誰にも言うな、とダイナ様から口止めをされていたから、先生に聞くことは出来なかった。
だからダイナ様に聞くと、彼はとても驚いた顔をしていた。
「そんな環境にいたのか!?」
何故そんなところに驚くのか、驚くところが違うのではないか、と思ったが、あえて口には出さなかった。
それから難しそうな顔で思案した後、「そうだな」とつぶやいた。
「それは、安く買い叩かれすぎだ」
ダイナ様の言葉で確信すると、お腹の底からムカムカとした不快感が生じた。
でも、ダイナ様が私の頭を撫でながら言ってくれた言葉が嬉しくて、そんなことも気にならなくなった。
「それを学び得ただけでも、凄いことだ。頑張っているな」
彼に褒められるたび、心があたたかくなっていく。
寒い季節なのに、そのようなことも気にならないほど、身体がぽかぽかとあたたまっていく。
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朝の失態を思い出し、私はまた憂鬱になった。
講義を終えて、憂鬱に浸りながら自室に戻ろうとする。
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