売られた元令嬢は自分を買った伯爵閣下のもとで幸せになります

rifa

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幸せな未来

 翌朝から、なぜかメイドや執事など使用人全員の私を見る目が、今まで以上にあたたかく優しいものになっていた。
 そんな目を向けられてしまえば、ここを出て行くのがますますつらくなる、と食事を摂りながらいたたまれなくなっていると、ダイナ様が不思議なことを聞いてくる。
「結婚式は、挙げたいかい?」
「結婚式?」
 それもこの前授業で知った単語だ。たしか、婚約を結ぶ男女が正式に夫婦になるために誓いをする場だったはずだ。
 何故そのようなことを尋ねられたのか分からないが、話の文脈からおそらくダイナ様は誰かと夫婦になることを望んでいるのだ。
 昨夜の行為で高まっていた全身の熱が、一気に失われていくようだ。
(やはり、ダイナ様は他に好きな方がいらっしゃったんだ……)
 熱に浮かされ好きだと言い合った昨夜を大切な思い出とし、やはり私はこの屋敷を出て行かなければならないのだろう。
 だがここで憂鬱な顔をすれば、優しいダイナ様は私をここに置いてくれるだろう。それはとても酷なことだったから、私は懸命に笑みを浮かべて明るく振舞った。
「それは素敵なことだと思います!」
 そう告げれば、ダイナ様は顔を輝かせて「そうか」と喜んでくれた。
「豪華な式のほうが良いかな?」
 それは私ではなく、相手の方と話すべきかと思ったが、今は余計なことを考えれば泣いてしまうと分かっていたので、そんな考えは頭から振り払う。
「そうですね。豪華で、素敵な式が良いと思います」
「ドレスは何色が良い? どういうドレスが良いとかあるか?」
「それは……私にはわかりませんので、ダイナ様がお好みで決めたら良いと思います」
「そうか。わかった、じゃあ、今日仕立て屋を呼ぶから、一緒に選ぼう」
 ダイナ様の言葉に、スープを掬った匙が止まる。
「え、わ、私も一緒に、ですか……? それに、ダイナ様は今日もお仕事では……?」
 戸惑いながらそう尋ねるが、ダイナ様は何の問題もないようにさらりと返した。
「休む」
「や、やす……?!」
「なんてな、冗談だ。もともと今日は用事があったので、休みを取るために空けておいたんだ。だから気にしなくて良い。せっかくだから一緒に指輪も作りに行こう。それから……」
 気のせいだろうか。ダイナ様の声がウキウキと弾んでいるように聞こえる。
 話についていけずにぽかんとしている私に気づいたダイナ様が、一旦言葉を区切り、真剣な眼で私を見遣る。
「……そうだな、先に伝えておくのを忘れた」
「え……?」
 一瞬胸をよぎった不安は、ダイナ様の次の言葉で霧散した。
「結婚しよう」
「…………………………え?」
 長い沈黙の後、私は間の抜けた声を出した。
「やはり自分のことだと分かっていなかったか。すまなかった。先に言っておくべきだったのに……。昨夜伝えたつもりだが、夢心地の君が覚えていないのも仕方がないか」
 ダイナ様が自嘲するような笑みを浮かべてから、また真顔に戻った。
「昨夜も散々言っただろう? 好きだ、愛している、と。その言葉は偽りで言ったのではない。信じてもらえないのなら、何度でも耳元で昨晩の言葉を囁くが?」
「ッ、その、こんな場所で言わないでください。皆さんに聞かれてしまいます……」
「何をいまさら? みんな知っているぞ?」
「へ?」
「男女が一晩床を一緒にし、髪も乱して湯浴みをし直さなければならない君を見れば、まぁ大体察しは付くだろう」
 驚いて振り返れば、食堂に控えていたメイドや執事はそれを肯定するようににっこりと微笑んでいた。
「で、ですが、こういうことは、婚約した後でするものだと、授業で教わりました……。婚約もしていない私なんかがダイナ様とこういうことをしたと知って、怒るものなのでは?」
「怒っていないだろう?」
 たしかに、誰も怒ってもいないし、不満そうな顔もしていない。
「……なぜ?」
「みんなも、君のことが好きだからだよ」
「……好き?」
「オレが君に伝えているのとは、意味合いが違うけどな。みんな、君がスタンフォール家の一員となれば嬉しいって、歓迎してくれているんだよ」
 その言葉の意味が理解出来なくて、私は何度も目をぱちくりとさせた。
 ダイナ様は席を挟んで座っていたけど、突然立ち上がったかと思うと私の真横まで移動してきて、呆然としている私の左手の薬指にキスをした。
「……オレもはじめは、君が一人で生きていけるように教養を身に付けさせる協力をさせてもらうつもりでいた。でも君と暮らすうちに、何事にも懸命で愛らしい姿を見るうちに、手放したくない……ずっと一緒にいたいと願うようになっていた。そして、結婚するならば君以外考えられない。他の女性を娶るつもりはない、そう心に決めた」
「で、では……私がその申し出を断ったら……」
「オレは一生独身だな」
「そ、そんなのはよくありません! こんな素敵な御仁が独身なんてもったいなすぎます!」
「じゃあ勿体なくないようにしよう。お嫁においで」
「……ですが、私は……」
「色々心配なことがあるのはわかる。実際、問題は色々ある。だが私と一緒なら、一つずつ解決して行ける。いまもそのつもりで色々動いているんだ。だから……」
 ダイナ様はそう言って安心させるように私に微笑んでくれた。
「……本当に、私で、いいんですか……?」
「あぁ、もちろん。一生大切にすると約束するから、どうか一緒になってほしい」
 その彼の申し出に、私は素直にうなずいた。
 そしてそれから、私たちはお互いのことをもっと深く知っていった。
 好きな色、好きな花、好きな季節、嫌いな食べ物、苦手なこと、イヤなこと……。
 ダイナ様のいろんなことを知れるたび、私の世界はさらに広がり、ますます色づいていった。
 彼が微笑み嬉しそうにすると世界が暖色系に変わり、彼が落ち込んで悲しそうな表情をすると世界は寒色系に変わる。
 そう伝えると、彼は楽しそうに笑った。
「それはオレも同じだ」
 そう言って、二人で笑い合う。
 これからもこんな世が続いていくのだろうと思うと、心がワクワクしてたまらなかった。

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