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オリヴァーの昔話
幼少期の出会い・9
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そして、それから一週間後……ミレーはルイーザに連れられ、下町を去って行った。
「……また遊びに来いよ」
最後に交わしたその言葉は、グランにとっての希望でもあった。
ミレーは、下町で遊んだ一人一人に笑顔で「またね!」と言って回っていた。そしてマルクに挨拶をして、最後にグランに挨拶をしにきた。
だからみんなが言ったように「また来いよ」と伝えたのだが、何故かグランに挨拶をしようとしたミレーの顔がくしゃりとゆがんだ。
ミレーの双眸から、ボロボロと大粒の涙が零れ落ちていく。
蒼い空から雨雫が垂れていくように、グランの目には映った。
だからミレーの柔らかい頬を流れる雫を指で掬ってやるが、ミレーの目からあふれ続ける雫の流れは、治まることを知らない様子だ。
「……どうした?」
ミレーの頭を優しく撫でながら、どこか痛いのかと聞くが、ミレーはふるふると緩やかに頭を振るばかりだ。
他の遊び仲間の子たちも、グランの背後で心配しているのがわかる。
隣に並び立つマルクだけ、顔をしかめていた。
そうして、グランの耳元で「抱きしめてやれば」と小さく言う。
「は? なんでこんなときに……」
「こんなときだからだよ。……いいから」
細かい説明をせず、ミレーを抱きしめろと指示してくるマルク。
もう他の大人たちは、帰りの馬車に荷物を積み終わろうとしている。この荷物がすべて運ばれ終わったら、ミレーとお別れになる。
時間が間もないことを考えると、躊躇している時間すら惜しく、グランはマルクの意図がわからないまま、その指示に従った。
「ミレー」
屈み、中腰でミレーと同じ目線になってから、彼女の上半身を包み込むように抱きしめた。
右手でミレーの身体を抱きしめ、左手でやさしく頭を撫でた。
腕の中で、緊張していた身体のこわばりが解けていくのを感じる。
「ミレーは最後まで泣き虫だな」
「……わたし、わるい子?」
「……? なんで?」
「さいごに、まで、ないちゃったから……」
「何言ってんだよ」
グランは笑って、ミレーの髪の毛をぐしゃぐしゃと搔き乱した。
「……泣きたくなったら、泣けばいい。ここでなら、いくら泣いても良い。みんなに泣き顔を見られたくねえんなら、こうしてまた、オレの腕の中で泣けばいい。だから、またいつでも来いよ」
「ッ、ん、うんッ!」
ミレーはまた泣きながら、腕の中で何度もうなずいた。
そして、グランにだけ聞こえるだろう小さな声で、ポツリとつぶやいた。
「……グラン、だいすきだよ」
「……オレもだ」
それはほかの一同と同じ「好き」なのだろうと分かっていながらも、やはり大好きなミレーから「好き」と言われれば、嬉しいものだ。
たとえこの気持ちが叶わなくとも、ミレーの幸せを考えればこのまま身を引くのも止むを得ないのかもしれない。
「ミレー」
荷物積みの指示が終わったようで、ルイーザが娘を呼びに来た。
名残惜しいが、グランはミレーの髪を整えるようにやさしく撫でてから、その身を自分から離した。
「ミレー。……じゃあな」
「……ん」
ミレーの目元は潤んでいたが、もう涙は止まったようだ。
彼女はグランの目をじっと見やりながら、白いスカートを強く握りしめた。
「またね」
「……またな」
そうだ。
ミレーから愛の見返りをして、好きになるわけではない。
グランはそう思った。
彼女が誰を好きになろうと、誰と結婚しようと、その関係を崩さない関係のまま彼女の力になれる存在でいよう。
いつ彼女がまたここに来ても、それを当然のようにあたたかく迎え入れよう。
そういう意味を込めて、笑顔を作ってみせた。
それに安心したようにミレーも笑い返してくれた。
手を振りながら、もう片方の手を引かれてミレーは馬車に乗り込んだ。
馬車に乗りこんだら、もうミレーの姿は見えなくなった。
グランは、下町から遠ざかっていく馬車を見送っていた。
(ありがとう、ミレー。……オレがはじめて好きになった、愛おしい子)
「……また遊びに来いよ」
最後に交わしたその言葉は、グランにとっての希望でもあった。
ミレーは、下町で遊んだ一人一人に笑顔で「またね!」と言って回っていた。そしてマルクに挨拶をして、最後にグランに挨拶をしにきた。
だからみんなが言ったように「また来いよ」と伝えたのだが、何故かグランに挨拶をしようとしたミレーの顔がくしゃりとゆがんだ。
ミレーの双眸から、ボロボロと大粒の涙が零れ落ちていく。
蒼い空から雨雫が垂れていくように、グランの目には映った。
だからミレーの柔らかい頬を流れる雫を指で掬ってやるが、ミレーの目からあふれ続ける雫の流れは、治まることを知らない様子だ。
「……どうした?」
ミレーの頭を優しく撫でながら、どこか痛いのかと聞くが、ミレーはふるふると緩やかに頭を振るばかりだ。
他の遊び仲間の子たちも、グランの背後で心配しているのがわかる。
隣に並び立つマルクだけ、顔をしかめていた。
そうして、グランの耳元で「抱きしめてやれば」と小さく言う。
「は? なんでこんなときに……」
「こんなときだからだよ。……いいから」
細かい説明をせず、ミレーを抱きしめろと指示してくるマルク。
もう他の大人たちは、帰りの馬車に荷物を積み終わろうとしている。この荷物がすべて運ばれ終わったら、ミレーとお別れになる。
時間が間もないことを考えると、躊躇している時間すら惜しく、グランはマルクの意図がわからないまま、その指示に従った。
「ミレー」
屈み、中腰でミレーと同じ目線になってから、彼女の上半身を包み込むように抱きしめた。
右手でミレーの身体を抱きしめ、左手でやさしく頭を撫でた。
腕の中で、緊張していた身体のこわばりが解けていくのを感じる。
「ミレーは最後まで泣き虫だな」
「……わたし、わるい子?」
「……? なんで?」
「さいごに、まで、ないちゃったから……」
「何言ってんだよ」
グランは笑って、ミレーの髪の毛をぐしゃぐしゃと搔き乱した。
「……泣きたくなったら、泣けばいい。ここでなら、いくら泣いても良い。みんなに泣き顔を見られたくねえんなら、こうしてまた、オレの腕の中で泣けばいい。だから、またいつでも来いよ」
「ッ、ん、うんッ!」
ミレーはまた泣きながら、腕の中で何度もうなずいた。
そして、グランにだけ聞こえるだろう小さな声で、ポツリとつぶやいた。
「……グラン、だいすきだよ」
「……オレもだ」
それはほかの一同と同じ「好き」なのだろうと分かっていながらも、やはり大好きなミレーから「好き」と言われれば、嬉しいものだ。
たとえこの気持ちが叶わなくとも、ミレーの幸せを考えればこのまま身を引くのも止むを得ないのかもしれない。
「ミレー」
荷物積みの指示が終わったようで、ルイーザが娘を呼びに来た。
名残惜しいが、グランはミレーの髪を整えるようにやさしく撫でてから、その身を自分から離した。
「ミレー。……じゃあな」
「……ん」
ミレーの目元は潤んでいたが、もう涙は止まったようだ。
彼女はグランの目をじっと見やりながら、白いスカートを強く握りしめた。
「またね」
「……またな」
そうだ。
ミレーから愛の見返りをして、好きになるわけではない。
グランはそう思った。
彼女が誰を好きになろうと、誰と結婚しようと、その関係を崩さない関係のまま彼女の力になれる存在でいよう。
いつ彼女がまたここに来ても、それを当然のようにあたたかく迎え入れよう。
そういう意味を込めて、笑顔を作ってみせた。
それに安心したようにミレーも笑い返してくれた。
手を振りながら、もう片方の手を引かれてミレーは馬車に乗り込んだ。
馬車に乗りこんだら、もうミレーの姿は見えなくなった。
グランは、下町から遠ざかっていく馬車を見送っていた。
(ありがとう、ミレー。……オレがはじめて好きになった、愛おしい子)
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