11 / 14
11.
しおりを挟む
台風一過の空は高く、澄み渡っていた。
山里にはすっかり秋の気配が漂い、朝晩の冷え込みが厳しくなってくる。
「……さて、と。そろそろ限界かな」
僕は裏庭に立ち、腕組みをして目の前の光景を見上げた。
そこにあるのは、以前リュカが魔法で急成長させた家庭菜園――いや、「野菜の森」だ。
たわわに実った巨大野菜たちは、収穫の時を今か今かと待ちわびていた。これ以上放置すると、熟れすぎて爆発しかねない。
「リュカ、手伝って。今日は収穫祭だよ」
「ほう、ついに食えるのか。待ちくたびれたぞ」
縁側で日向ぼっこをしていたリュカが、のっそりと起き上がった。
今日の彼は、僕のお下がりの袖が足りていないニットを着ている。銀髪が秋の日差しを浴びてきらきらと輝き、その姿だけで絵画のようだ。
「じゃあ、その一番大きいカボチャから頼むよ」
「任せろ」
リュカは畑に足を踏み入れると、ひときわ巨大な――大人が二人で抱えるほどの大きさのカボチャの前に立った。
普通の人間なら道具を使っても一苦労だろうが、神獣様には関係ない。
彼は無造作に蔦を掴むと、ブチリと引きちぎり、軽々とカボチャを持ち上げた。
「軽いな。中身が入っていないのではないか?」
「入ってるよ! 君の怪力がおかしいだけだって」
次々と巨大野菜が収穫され、縁側に積み上げられていく。
カボチャ、サツマイモ、里芋。どれもこれもスーパーで売っているサイズの4倍はある。
これだけの量を二人で消費するのは不可能だ。保存食にするか、あるいはご近所さんに配るか……いや、こんな巨大野菜を見たら驚かれるだろうか。
「……ふむ。これはなんだ?」
リュカが不思議そうに紫色の塊を持ち上げた。
巨大なサツマイモだ。
「それはサツマイモ。甘くて美味しいよ」
「甘い? 野菜なのにか?」
「うん。焼くと特にね。……そうだ、ちょうど落ち葉も溜まってるし、焼き芋にしようか」
僕は庭の隅に集めてあった落ち葉の山を指差した。
田舎の秋の醍醐味だ。
庭の開けた場所で、落ち葉を燃やす。
パチパチと爆ぜる音と、枯れ葉が焦げる懐かしい匂い。
その中に、洗って新聞紙とアルミホイルで包んだサツマイモを投入する。
「ミナトよ、これは何をしているのだ? せっかくの獲物を焼却処分にするのか?」
リュカが怪訝な顔で焚き火を覗き込んでいる。
彼にとって「焼く」というのは直火で炙ることであり、燃えさかる落ち葉の中に食材を放り込む行為は理解不能らしい。
「違うよ。じっくり熱を通すんだ。そうすると中までホクホクになって、甘みが増すんだよ」
「ほう……。人間の知恵というのは、回りくどいが興味深いな」
僕たちは並んで焚き火の前に座り込んだ。
揺らめく炎を見つめていると、時間がゆっくりと流れていくような気がする。
時折、リュカが長い棒で火を突っつきながら、楽しそうに目を細める。
「火というのは、見ていて飽きないな。我の鬼火とはまた違う、温かみがある」
「そうだね。……ねえリュカ、熱くない?」
ふと気になって尋ねた。焚き火との距離が近すぎる気がしたのだ。
「問題ない。我は炎への耐性も持っている。この程度の熱、心地よい微風のようなものだ」
「さいですか……」
さすが神獣様だ。
三十分ほど経った頃だろうか。焚き火の中から、甘く香ばしい匂いが漂ってきた。
「よし、そろそろいいかな」
僕は火バサミを使って、灰の中から黒焦げになったアルミホイルの塊を取り出した。
熱いので軍手をして、慎重に包みを開く。
もわっ、と白い湯気が上がり、黄金色の中身が顔を覗かせた。
「おお……!」
リュカが感嘆の声を上げる。
僕は焼き立ての芋を二つに割った。ほっくりとした断面から、蜜のような甘い香りが立ち上る。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」
半分をリュカに手渡す。
彼は物珍しそうにそれを眺め、そして大きく口を開けてかぶりついた。
「はふっ……! 熱っ!」
「言わんこっちゃない」
猫舌ならぬ狼舌なのだろうか。リュカはハフハフと口を動かしながら、それでも吐き出すことなく飲み込んだ。
その直後、黄金の瞳が見開かれる。
「……甘い! なんだこれは、菓子か!?」
「野菜だよ。大地の恵みってやつさ」
「信じられん……。とろけるようだ。焼いただけで、これほど美味くなるとは」
リュカは夢中で二口目を頬張った。口の端に黄色い芋がついているのが、なんとも愛らしい。
僕も自分の分を食べる。
熱々で、ねっとりと甘い。秋の深まりを感じさせる味だ。
「ミナト、あっちのも食っていいか?」
リュカが指差したのは、まだ手つかずのもう一本の芋だ。よほど気に入ったらしい。
「いいよ。でも皮は剥いて食べたほうが……」
言いかけた時には、もう彼は芋を手に取っていた。
だが、熱さのせいか、それとも不器用さのせいか、皮を剥くのに苦戦している。大きな手でちまちまと皮をむしっている姿は、微笑ましくもあり、じれったくもある。
「……貸して。僕がやってあげる」
僕は自分の食べかけを置いて、リュカの手から芋を受け取った。
手早く皮を剥き、一口サイズに割る。
「はい、あーん」
無意識だった。
まるで親戚の子供にでもするように、自然と黄色い塊を彼の口元へ差し出してしまった。
やってしまってから「男同士でこれはないか」と後悔しかけたが、リュカは一切躊躇しなかった。
パクッ。
僕の指ごと、大きな口で芋を咥え込んだ。
熱い呼気と、濡れた舌の感触が指先に伝わる。
芋の甘い味と一緒に、僕の指についた蜜まで丁寧に舐め取られてしまった。
「……っ!」
ビクリと背筋が震え、僕は慌てて手を引っ込めた。
心臓がドクリと大きく跳ねる。
ただ芋を食べさせただけだ。それなのに、今の感触は妙に生々しくて、艶めかしくて、直視できないほど恥ずかしかった。
「……甘いな」
リュカは舌なめずりをすると、黄金の瞳を細めて微笑んだ。
その表情は無邪気な子供のようでもあり、獲物を味わう肉食獣のようでもあった。
夕暮れの薄暗がりの中、焚き火の炎に照らされた彼の顔は、ぞっとするほど美しい。
「あ、当たり前だよ。サツマイモなんだから」
僕は動揺を悟られないように、早口で言った。
「そ、そろそろ日が落ちるね。寒くなってきたし、中に入ろうか」
「うむ。腹も満ちたし、良い晩餐だった」
リュカは満足げに立ち上がると、ぱんぱんとズボンの土を払った。
僕たちは焚き火の始末をして、大量の収穫物を抱えて家の中へと戻った。
その夜。
いつものように狼姿のリュカを枕にして布団に入ったけれど、僕はなかなか寝付けなかった。
指先に残る、あの熱い感触が消えない。
彼の無防備な信頼と、時折見せる捕食者としての色気。
その狭間で、僕の心臓は少しだけリズムを崩していた。
『……どうした、ミナト。眠れんのか?』
背中の温もりが、心配そうに問いかけてくる。
「ううん、大丈夫。……おやすみ、リュカ」
『うむ。良い夢を』
大きな尻尾が、ポンと僕のお腹に乗せられる。
その重みに安心しながら、僕は瞳を閉じた。
実りの秋。僕たちの関係も、少しずつ、けれど確実に深まっているような気がした。
山里にはすっかり秋の気配が漂い、朝晩の冷え込みが厳しくなってくる。
「……さて、と。そろそろ限界かな」
僕は裏庭に立ち、腕組みをして目の前の光景を見上げた。
そこにあるのは、以前リュカが魔法で急成長させた家庭菜園――いや、「野菜の森」だ。
たわわに実った巨大野菜たちは、収穫の時を今か今かと待ちわびていた。これ以上放置すると、熟れすぎて爆発しかねない。
「リュカ、手伝って。今日は収穫祭だよ」
「ほう、ついに食えるのか。待ちくたびれたぞ」
縁側で日向ぼっこをしていたリュカが、のっそりと起き上がった。
今日の彼は、僕のお下がりの袖が足りていないニットを着ている。銀髪が秋の日差しを浴びてきらきらと輝き、その姿だけで絵画のようだ。
「じゃあ、その一番大きいカボチャから頼むよ」
「任せろ」
リュカは畑に足を踏み入れると、ひときわ巨大な――大人が二人で抱えるほどの大きさのカボチャの前に立った。
普通の人間なら道具を使っても一苦労だろうが、神獣様には関係ない。
彼は無造作に蔦を掴むと、ブチリと引きちぎり、軽々とカボチャを持ち上げた。
「軽いな。中身が入っていないのではないか?」
「入ってるよ! 君の怪力がおかしいだけだって」
次々と巨大野菜が収穫され、縁側に積み上げられていく。
カボチャ、サツマイモ、里芋。どれもこれもスーパーで売っているサイズの4倍はある。
これだけの量を二人で消費するのは不可能だ。保存食にするか、あるいはご近所さんに配るか……いや、こんな巨大野菜を見たら驚かれるだろうか。
「……ふむ。これはなんだ?」
リュカが不思議そうに紫色の塊を持ち上げた。
巨大なサツマイモだ。
「それはサツマイモ。甘くて美味しいよ」
「甘い? 野菜なのにか?」
「うん。焼くと特にね。……そうだ、ちょうど落ち葉も溜まってるし、焼き芋にしようか」
僕は庭の隅に集めてあった落ち葉の山を指差した。
田舎の秋の醍醐味だ。
庭の開けた場所で、落ち葉を燃やす。
パチパチと爆ぜる音と、枯れ葉が焦げる懐かしい匂い。
その中に、洗って新聞紙とアルミホイルで包んだサツマイモを投入する。
「ミナトよ、これは何をしているのだ? せっかくの獲物を焼却処分にするのか?」
リュカが怪訝な顔で焚き火を覗き込んでいる。
彼にとって「焼く」というのは直火で炙ることであり、燃えさかる落ち葉の中に食材を放り込む行為は理解不能らしい。
「違うよ。じっくり熱を通すんだ。そうすると中までホクホクになって、甘みが増すんだよ」
「ほう……。人間の知恵というのは、回りくどいが興味深いな」
僕たちは並んで焚き火の前に座り込んだ。
揺らめく炎を見つめていると、時間がゆっくりと流れていくような気がする。
時折、リュカが長い棒で火を突っつきながら、楽しそうに目を細める。
「火というのは、見ていて飽きないな。我の鬼火とはまた違う、温かみがある」
「そうだね。……ねえリュカ、熱くない?」
ふと気になって尋ねた。焚き火との距離が近すぎる気がしたのだ。
「問題ない。我は炎への耐性も持っている。この程度の熱、心地よい微風のようなものだ」
「さいですか……」
さすが神獣様だ。
三十分ほど経った頃だろうか。焚き火の中から、甘く香ばしい匂いが漂ってきた。
「よし、そろそろいいかな」
僕は火バサミを使って、灰の中から黒焦げになったアルミホイルの塊を取り出した。
熱いので軍手をして、慎重に包みを開く。
もわっ、と白い湯気が上がり、黄金色の中身が顔を覗かせた。
「おお……!」
リュカが感嘆の声を上げる。
僕は焼き立ての芋を二つに割った。ほっくりとした断面から、蜜のような甘い香りが立ち上る。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」
半分をリュカに手渡す。
彼は物珍しそうにそれを眺め、そして大きく口を開けてかぶりついた。
「はふっ……! 熱っ!」
「言わんこっちゃない」
猫舌ならぬ狼舌なのだろうか。リュカはハフハフと口を動かしながら、それでも吐き出すことなく飲み込んだ。
その直後、黄金の瞳が見開かれる。
「……甘い! なんだこれは、菓子か!?」
「野菜だよ。大地の恵みってやつさ」
「信じられん……。とろけるようだ。焼いただけで、これほど美味くなるとは」
リュカは夢中で二口目を頬張った。口の端に黄色い芋がついているのが、なんとも愛らしい。
僕も自分の分を食べる。
熱々で、ねっとりと甘い。秋の深まりを感じさせる味だ。
「ミナト、あっちのも食っていいか?」
リュカが指差したのは、まだ手つかずのもう一本の芋だ。よほど気に入ったらしい。
「いいよ。でも皮は剥いて食べたほうが……」
言いかけた時には、もう彼は芋を手に取っていた。
だが、熱さのせいか、それとも不器用さのせいか、皮を剥くのに苦戦している。大きな手でちまちまと皮をむしっている姿は、微笑ましくもあり、じれったくもある。
「……貸して。僕がやってあげる」
僕は自分の食べかけを置いて、リュカの手から芋を受け取った。
手早く皮を剥き、一口サイズに割る。
「はい、あーん」
無意識だった。
まるで親戚の子供にでもするように、自然と黄色い塊を彼の口元へ差し出してしまった。
やってしまってから「男同士でこれはないか」と後悔しかけたが、リュカは一切躊躇しなかった。
パクッ。
僕の指ごと、大きな口で芋を咥え込んだ。
熱い呼気と、濡れた舌の感触が指先に伝わる。
芋の甘い味と一緒に、僕の指についた蜜まで丁寧に舐め取られてしまった。
「……っ!」
ビクリと背筋が震え、僕は慌てて手を引っ込めた。
心臓がドクリと大きく跳ねる。
ただ芋を食べさせただけだ。それなのに、今の感触は妙に生々しくて、艶めかしくて、直視できないほど恥ずかしかった。
「……甘いな」
リュカは舌なめずりをすると、黄金の瞳を細めて微笑んだ。
その表情は無邪気な子供のようでもあり、獲物を味わう肉食獣のようでもあった。
夕暮れの薄暗がりの中、焚き火の炎に照らされた彼の顔は、ぞっとするほど美しい。
「あ、当たり前だよ。サツマイモなんだから」
僕は動揺を悟られないように、早口で言った。
「そ、そろそろ日が落ちるね。寒くなってきたし、中に入ろうか」
「うむ。腹も満ちたし、良い晩餐だった」
リュカは満足げに立ち上がると、ぱんぱんとズボンの土を払った。
僕たちは焚き火の始末をして、大量の収穫物を抱えて家の中へと戻った。
その夜。
いつものように狼姿のリュカを枕にして布団に入ったけれど、僕はなかなか寝付けなかった。
指先に残る、あの熱い感触が消えない。
彼の無防備な信頼と、時折見せる捕食者としての色気。
その狭間で、僕の心臓は少しだけリズムを崩していた。
『……どうした、ミナト。眠れんのか?』
背中の温もりが、心配そうに問いかけてくる。
「ううん、大丈夫。……おやすみ、リュカ」
『うむ。良い夢を』
大きな尻尾が、ポンと僕のお腹に乗せられる。
その重みに安心しながら、僕は瞳を閉じた。
実りの秋。僕たちの関係も、少しずつ、けれど確実に深まっているような気がした。
9
あなたにおすすめの小説
貴方に復讐しようと、思っていたのに。
黒狐
BL
前世、馬車の事故で亡くなった令嬢(今世は男)の『私』は、幽霊のような存在になってこの世に残っていた。
婚約者である『彼』が私と婚約破棄をする為に細工をしたのだと考え、彼が無惨な末路を迎える様を見てやろうと考えていた。
しかし、真実はほんの少し違っていて…?
前世の罪や罰に翻弄される、私と彼のやり直しの物語。
⭐︎一部残酷な描写があります、ご注意下さい。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
よかった、わたくしは貴女みたいに美人じゃなくて
碧井 汐桜香
ファンタジー
美しくないが優秀な第一王子妃に嫌味ばかり言う国王。
美しい王妃と王子たちが守るものの、国の最高権力者だから咎めることはできない。
第二王子が美しい妃を嫁に迎えると、国王は第二王子妃を娘のように甘やかし、第二王子妃は第一王子妃を蔑むのだった。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる