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台風一過の空は高く、澄み渡っていた。
山里にはすっかり秋の気配が漂い、朝晩の冷え込みが厳しくなってくる。
「……さて、と。そろそろ限界かな」
僕は裏庭に立ち、腕組みをして目の前の光景を見上げた。
そこにあるのは、以前リュカが魔法で急成長させた家庭菜園――いや、「野菜の森」だ。
たわわに実った巨大野菜たちは、収穫の時を今か今かと待ちわびていた。これ以上放置すると、熟れすぎて爆発しかねない。
「リュカ、手伝って。今日は収穫祭だよ」
「ほう、ついに食えるのか。待ちくたびれたぞ」
縁側で日向ぼっこをしていたリュカが、のっそりと起き上がった。
今日の彼は、僕のお下がりの袖が足りていないニットを着ている。銀髪が秋の日差しを浴びてきらきらと輝き、その姿だけで絵画のようだ。
「じゃあ、その一番大きいカボチャから頼むよ」
「任せろ」
リュカは畑に足を踏み入れると、ひときわ巨大な――大人が二人で抱えるほどの大きさのカボチャの前に立った。
普通の人間なら道具を使っても一苦労だろうが、神獣様には関係ない。
彼は無造作に蔦を掴むと、ブチリと引きちぎり、軽々とカボチャを持ち上げた。
「軽いな。中身が入っていないのではないか?」
「入ってるよ! 君の怪力がおかしいだけだって」
次々と巨大野菜が収穫され、縁側に積み上げられていく。
カボチャ、サツマイモ、里芋。どれもこれもスーパーで売っているサイズの4倍はある。
これだけの量を二人で消費するのは不可能だ。保存食にするか、あるいはご近所さんに配るか……いや、こんな巨大野菜を見たら驚かれるだろうか。
「……ふむ。これはなんだ?」
リュカが不思議そうに紫色の塊を持ち上げた。
巨大なサツマイモだ。
「それはサツマイモ。甘くて美味しいよ」
「甘い? 野菜なのにか?」
「うん。焼くと特にね。……そうだ、ちょうど落ち葉も溜まってるし、焼き芋にしようか」
僕は庭の隅に集めてあった落ち葉の山を指差した。
田舎の秋の醍醐味だ。
庭の開けた場所で、落ち葉を燃やす。
パチパチと爆ぜる音と、枯れ葉が焦げる懐かしい匂い。
その中に、洗って新聞紙とアルミホイルで包んだサツマイモを投入する。
「ミナトよ、これは何をしているのだ? せっかくの獲物を焼却処分にするのか?」
リュカが怪訝な顔で焚き火を覗き込んでいる。
彼にとって「焼く」というのは直火で炙ることであり、燃えさかる落ち葉の中に食材を放り込む行為は理解不能らしい。
「違うよ。じっくり熱を通すんだ。そうすると中までホクホクになって、甘みが増すんだよ」
「ほう……。人間の知恵というのは、回りくどいが興味深いな」
僕たちは並んで焚き火の前に座り込んだ。
揺らめく炎を見つめていると、時間がゆっくりと流れていくような気がする。
時折、リュカが長い棒で火を突っつきながら、楽しそうに目を細める。
「火というのは、見ていて飽きないな。我の鬼火とはまた違う、温かみがある」
「そうだね。……ねえリュカ、熱くない?」
ふと気になって尋ねた。焚き火との距離が近すぎる気がしたのだ。
「問題ない。我は炎への耐性も持っている。この程度の熱、心地よい微風のようなものだ」
「さいですか……」
さすが神獣様だ。
三十分ほど経った頃だろうか。焚き火の中から、甘く香ばしい匂いが漂ってきた。
「よし、そろそろいいかな」
僕は火バサミを使って、灰の中から黒焦げになったアルミホイルの塊を取り出した。
熱いので軍手をして、慎重に包みを開く。
もわっ、と白い湯気が上がり、黄金色の中身が顔を覗かせた。
「おお……!」
リュカが感嘆の声を上げる。
僕は焼き立ての芋を二つに割った。ほっくりとした断面から、蜜のような甘い香りが立ち上る。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」
半分をリュカに手渡す。
彼は物珍しそうにそれを眺め、そして大きく口を開けてかぶりついた。
「はふっ……! 熱っ!」
「言わんこっちゃない」
猫舌ならぬ狼舌なのだろうか。リュカはハフハフと口を動かしながら、それでも吐き出すことなく飲み込んだ。
その直後、黄金の瞳が見開かれる。
「……甘い! なんだこれは、菓子か!?」
「野菜だよ。大地の恵みってやつさ」
「信じられん……。とろけるようだ。焼いただけで、これほど美味くなるとは」
リュカは夢中で二口目を頬張った。口の端に黄色い芋がついているのが、なんとも愛らしい。
僕も自分の分を食べる。
熱々で、ねっとりと甘い。秋の深まりを感じさせる味だ。
「ミナト、あっちのも食っていいか?」
リュカが指差したのは、まだ手つかずのもう一本の芋だ。よほど気に入ったらしい。
「いいよ。でも皮は剥いて食べたほうが……」
言いかけた時には、もう彼は芋を手に取っていた。
だが、熱さのせいか、それとも不器用さのせいか、皮を剥くのに苦戦している。大きな手でちまちまと皮をむしっている姿は、微笑ましくもあり、じれったくもある。
「……貸して。僕がやってあげる」
僕は自分の食べかけを置いて、リュカの手から芋を受け取った。
手早く皮を剥き、一口サイズに割る。
「はい、あーん」
無意識だった。
まるで親戚の子供にでもするように、自然と黄色い塊を彼の口元へ差し出してしまった。
やってしまってから「男同士でこれはないか」と後悔しかけたが、リュカは一切躊躇しなかった。
パクッ。
僕の指ごと、大きな口で芋を咥え込んだ。
熱い呼気と、濡れた舌の感触が指先に伝わる。
芋の甘い味と一緒に、僕の指についた蜜まで丁寧に舐め取られてしまった。
「……っ!」
ビクリと背筋が震え、僕は慌てて手を引っ込めた。
心臓がドクリと大きく跳ねる。
ただ芋を食べさせただけだ。それなのに、今の感触は妙に生々しくて、艶めかしくて、直視できないほど恥ずかしかった。
「……甘いな」
リュカは舌なめずりをすると、黄金の瞳を細めて微笑んだ。
その表情は無邪気な子供のようでもあり、獲物を味わう肉食獣のようでもあった。
夕暮れの薄暗がりの中、焚き火の炎に照らされた彼の顔は、ぞっとするほど美しい。
「あ、当たり前だよ。サツマイモなんだから」
僕は動揺を悟られないように、早口で言った。
「そ、そろそろ日が落ちるね。寒くなってきたし、中に入ろうか」
「うむ。腹も満ちたし、良い晩餐だった」
リュカは満足げに立ち上がると、ぱんぱんとズボンの土を払った。
僕たちは焚き火の始末をして、大量の収穫物を抱えて家の中へと戻った。
その夜。
いつものように狼姿のリュカを枕にして布団に入ったけれど、僕はなかなか寝付けなかった。
指先に残る、あの熱い感触が消えない。
彼の無防備な信頼と、時折見せる捕食者としての色気。
その狭間で、僕の心臓は少しだけリズムを崩していた。
『……どうした、ミナト。眠れんのか?』
背中の温もりが、心配そうに問いかけてくる。
「ううん、大丈夫。……おやすみ、リュカ」
『うむ。良い夢を』
大きな尻尾が、ポンと僕のお腹に乗せられる。
その重みに安心しながら、僕は瞳を閉じた。
実りの秋。僕たちの関係も、少しずつ、けれど確実に深まっているような気がした。
山里にはすっかり秋の気配が漂い、朝晩の冷え込みが厳しくなってくる。
「……さて、と。そろそろ限界かな」
僕は裏庭に立ち、腕組みをして目の前の光景を見上げた。
そこにあるのは、以前リュカが魔法で急成長させた家庭菜園――いや、「野菜の森」だ。
たわわに実った巨大野菜たちは、収穫の時を今か今かと待ちわびていた。これ以上放置すると、熟れすぎて爆発しかねない。
「リュカ、手伝って。今日は収穫祭だよ」
「ほう、ついに食えるのか。待ちくたびれたぞ」
縁側で日向ぼっこをしていたリュカが、のっそりと起き上がった。
今日の彼は、僕のお下がりの袖が足りていないニットを着ている。銀髪が秋の日差しを浴びてきらきらと輝き、その姿だけで絵画のようだ。
「じゃあ、その一番大きいカボチャから頼むよ」
「任せろ」
リュカは畑に足を踏み入れると、ひときわ巨大な――大人が二人で抱えるほどの大きさのカボチャの前に立った。
普通の人間なら道具を使っても一苦労だろうが、神獣様には関係ない。
彼は無造作に蔦を掴むと、ブチリと引きちぎり、軽々とカボチャを持ち上げた。
「軽いな。中身が入っていないのではないか?」
「入ってるよ! 君の怪力がおかしいだけだって」
次々と巨大野菜が収穫され、縁側に積み上げられていく。
カボチャ、サツマイモ、里芋。どれもこれもスーパーで売っているサイズの4倍はある。
これだけの量を二人で消費するのは不可能だ。保存食にするか、あるいはご近所さんに配るか……いや、こんな巨大野菜を見たら驚かれるだろうか。
「……ふむ。これはなんだ?」
リュカが不思議そうに紫色の塊を持ち上げた。
巨大なサツマイモだ。
「それはサツマイモ。甘くて美味しいよ」
「甘い? 野菜なのにか?」
「うん。焼くと特にね。……そうだ、ちょうど落ち葉も溜まってるし、焼き芋にしようか」
僕は庭の隅に集めてあった落ち葉の山を指差した。
田舎の秋の醍醐味だ。
庭の開けた場所で、落ち葉を燃やす。
パチパチと爆ぜる音と、枯れ葉が焦げる懐かしい匂い。
その中に、洗って新聞紙とアルミホイルで包んだサツマイモを投入する。
「ミナトよ、これは何をしているのだ? せっかくの獲物を焼却処分にするのか?」
リュカが怪訝な顔で焚き火を覗き込んでいる。
彼にとって「焼く」というのは直火で炙ることであり、燃えさかる落ち葉の中に食材を放り込む行為は理解不能らしい。
「違うよ。じっくり熱を通すんだ。そうすると中までホクホクになって、甘みが増すんだよ」
「ほう……。人間の知恵というのは、回りくどいが興味深いな」
僕たちは並んで焚き火の前に座り込んだ。
揺らめく炎を見つめていると、時間がゆっくりと流れていくような気がする。
時折、リュカが長い棒で火を突っつきながら、楽しそうに目を細める。
「火というのは、見ていて飽きないな。我の鬼火とはまた違う、温かみがある」
「そうだね。……ねえリュカ、熱くない?」
ふと気になって尋ねた。焚き火との距離が近すぎる気がしたのだ。
「問題ない。我は炎への耐性も持っている。この程度の熱、心地よい微風のようなものだ」
「さいですか……」
さすが神獣様だ。
三十分ほど経った頃だろうか。焚き火の中から、甘く香ばしい匂いが漂ってきた。
「よし、そろそろいいかな」
僕は火バサミを使って、灰の中から黒焦げになったアルミホイルの塊を取り出した。
熱いので軍手をして、慎重に包みを開く。
もわっ、と白い湯気が上がり、黄金色の中身が顔を覗かせた。
「おお……!」
リュカが感嘆の声を上げる。
僕は焼き立ての芋を二つに割った。ほっくりとした断面から、蜜のような甘い香りが立ち上る。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」
半分をリュカに手渡す。
彼は物珍しそうにそれを眺め、そして大きく口を開けてかぶりついた。
「はふっ……! 熱っ!」
「言わんこっちゃない」
猫舌ならぬ狼舌なのだろうか。リュカはハフハフと口を動かしながら、それでも吐き出すことなく飲み込んだ。
その直後、黄金の瞳が見開かれる。
「……甘い! なんだこれは、菓子か!?」
「野菜だよ。大地の恵みってやつさ」
「信じられん……。とろけるようだ。焼いただけで、これほど美味くなるとは」
リュカは夢中で二口目を頬張った。口の端に黄色い芋がついているのが、なんとも愛らしい。
僕も自分の分を食べる。
熱々で、ねっとりと甘い。秋の深まりを感じさせる味だ。
「ミナト、あっちのも食っていいか?」
リュカが指差したのは、まだ手つかずのもう一本の芋だ。よほど気に入ったらしい。
「いいよ。でも皮は剥いて食べたほうが……」
言いかけた時には、もう彼は芋を手に取っていた。
だが、熱さのせいか、それとも不器用さのせいか、皮を剥くのに苦戦している。大きな手でちまちまと皮をむしっている姿は、微笑ましくもあり、じれったくもある。
「……貸して。僕がやってあげる」
僕は自分の食べかけを置いて、リュカの手から芋を受け取った。
手早く皮を剥き、一口サイズに割る。
「はい、あーん」
無意識だった。
まるで親戚の子供にでもするように、自然と黄色い塊を彼の口元へ差し出してしまった。
やってしまってから「男同士でこれはないか」と後悔しかけたが、リュカは一切躊躇しなかった。
パクッ。
僕の指ごと、大きな口で芋を咥え込んだ。
熱い呼気と、濡れた舌の感触が指先に伝わる。
芋の甘い味と一緒に、僕の指についた蜜まで丁寧に舐め取られてしまった。
「……っ!」
ビクリと背筋が震え、僕は慌てて手を引っ込めた。
心臓がドクリと大きく跳ねる。
ただ芋を食べさせただけだ。それなのに、今の感触は妙に生々しくて、艶めかしくて、直視できないほど恥ずかしかった。
「……甘いな」
リュカは舌なめずりをすると、黄金の瞳を細めて微笑んだ。
その表情は無邪気な子供のようでもあり、獲物を味わう肉食獣のようでもあった。
夕暮れの薄暗がりの中、焚き火の炎に照らされた彼の顔は、ぞっとするほど美しい。
「あ、当たり前だよ。サツマイモなんだから」
僕は動揺を悟られないように、早口で言った。
「そ、そろそろ日が落ちるね。寒くなってきたし、中に入ろうか」
「うむ。腹も満ちたし、良い晩餐だった」
リュカは満足げに立ち上がると、ぱんぱんとズボンの土を払った。
僕たちは焚き火の始末をして、大量の収穫物を抱えて家の中へと戻った。
その夜。
いつものように狼姿のリュカを枕にして布団に入ったけれど、僕はなかなか寝付けなかった。
指先に残る、あの熱い感触が消えない。
彼の無防備な信頼と、時折見せる捕食者としての色気。
その狭間で、僕の心臓は少しだけリズムを崩していた。
『……どうした、ミナト。眠れんのか?』
背中の温もりが、心配そうに問いかけてくる。
「ううん、大丈夫。……おやすみ、リュカ」
『うむ。良い夢を』
大きな尻尾が、ポンと僕のお腹に乗せられる。
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