銀狼様とのスローライフ

八百屋 成美

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12.

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 朝、布団から出るのが辛くなってきた。
 吐く息が白い。窓ガラスが結露で曇っている。
 山里の冬は早い。まだ暦の上では初冬のはずだが、古民家の底冷えは想像以上だった。

「……よし、出すか。最終兵器」

 僕は決意を固め、押し入れの奥深くから「それ」を引っ張り出した。
 祖父母が使っていた、年代物の家具。
 低いテーブルに、分厚い布団を挟み込み、天板を乗せる。

「ミナトよ、それはなんだ? 新たな儀式の祭壇か?」

 興味津々な様子で近づいてきたリュカが、不思議そうに尋ねた。
 今日の彼は、僕が着古したタートルネックのセーターを着ている。首元が詰まっているので苦しそうだが、銀髪と相まって貴公子のような気品が漂っていた。中身はポンコツだけど。

「これは『こたつ』だよ。日本の冬には欠かせない、魔性の暖房器具さ」
「コタツ……? ただの布を被せた机に見えるが」
「ふふふ、甘いなリュカくん。百聞は一見にしかず。中に入ってみなよ」

 僕はこたつのスイッチを入れ、中が温まるのを待ってから、布団の裾をめくって促した。
 リュカは疑わしげな目を向けつつも、長い足を折り曲げて、こたつの中に滑り込ませた。

「……む?」

 瞬間、彼の黄金の瞳が見開かれる。

「……おお……!」

 リュカの表情が、とろりと蕩けた。
 張り詰めていた肩の力が抜け、そのままズルズルとテーブルに突っ伏す。

「なんだこれは……。温かい。いや、温かいという言葉では生ぬるい。まるで春の陽だまりを凝縮して閉じ込めたようだ……」
「でしょう? ここに入ったら最後、もう出られなくなるんだよ」
「恐ろしい魔道具だ……。人間の知恵、侮れん」

 リュカは完全に骨抜きにされていた。
 長い手足を持て余しつつも、こたつの中に最大限に体を潜り込ませている。
 僕も対面に座り、足を突っ込んだ。
 
 コツン。
 中で、僕の足先がリュカの足に触れた。
 びくりと引こうとしたけれど、リュカの足が逃がさなかった。彼の温かいふくらはぎが、僕の冷えた足を挟み込むように絡んでくる。

「あ、ちょっと……」
「動くな。貴様の足は氷のように冷たいぞ」
「だから引こうと……」
「冷えるなら、我で温めればよい」

 リュカは平然と言い放ち、テーブルの上で頬杖をついた。
 こたつの中では、僕の足が彼の逞しい足に捕獲され、サンドイッチにされている。
 ……温かい。
 こたつのヒーターとは違う、生き物の体温。
 ドキドキするけれど、その温もりが心地よくて、僕は抵抗するのを諦めた。

「さて、と。温まったら仕事しなきゃ」

 僕は気合を入れて立ち上がろうとした。
 けれど、リュカの足が僕の足をがっちりホールドしていて動けない。

「どこへ行く」
「お風呂を沸かす薪を割らなきゃいけないんだよ。灯油も切れそうだし」

 この家の風呂は、ガスではなく薪で沸かすタイプだ。風情があっていいのだが、冬場は準備が重労働になる。

「ならば、我がやろう」

 リュカがのっそりと起き上がった。
 こたつから出るのを極端に惜しむような動作だったが、その瞳にはやる気が宿っている。

「え、いいよ。君に刃物を持たせたら、薪どころか納屋ごと両断しそうで怖い」
「失敬な。我も学習していると言っただろう。……それに」

 彼は少しだけ視線を逸らし、ボソリと言った。

「貴様ばかりに働かせては、我が……その、落ち着かんのだ」

 どうやら、相変わらず「居候の身」を気にしているらしい。
 掃除も料理も僕がやってしまうし、魔法禁止令を出したので畑仕事も僕がやっている。彼としては、神獣としての威厳を示したいところなのだろう。

「……わかった。じゃあ、お手並み拝見といこうかな」
          

 裏庭の薪割り場。
 僕はリュカに斧を手渡し、丸太の割り方を教えた。

「いい? 力任せじゃなくて、斧の重さを利用して……」
「見ていろ」

 リュカは僕の説明を遮り、丸太の前に立った。
 斧を構える。
 その姿は、初めて見る道具のはずなのに、歴戦の戦士が愛用の武器を構えたかのように様になっていた。
 ヒュンッ。
 風を切る音。
 次の瞬間、パカーン! という快音と共に、丸太が見事に真っ二つに割れていた。

「……えっ」

 完璧だった。
 切り口は滑らかで、無駄な力が一切入っていない。
 リュカは次々と丸太をセットしては、軽々と斧を振り下ろしていく。
 パカーン、パカーン。
 リズミカルな音が冬の空に響く。
 僕が三十分かけてやる量を、彼は五分とかからずに終えてしまった。

「どうだ」

 山のように積まれた薪の前で、リュカがドヤ顔で振り返る。
 汗一つかいていない。魔法を使ったわけでもない。純粋な身体能力とセンスだけでやってのけたのだ。

「すごい……! すごいよリュカ! 君、薪割りの才能あるよ!」
「フン、当然だ。剣技において我の右に出る者などいないからな」
「剣じゃないけどね。でも、本当に助かったよ。これなら冬の間のお風呂も安心だ」

 僕が素直に称賛すると、リュカは満足げに鼻を鳴らした。
 その背後に、巨大な尻尾がバッサバッサと振られている幻覚が見える。

「これからも、力仕事は我に任せろ。貴様のような細腕に、重労働は似合わん」

 彼はそう言って、僕の手を取った。
 冬の空気で冷たくなった僕の手を、彼の大きくて熱い手が包み込む。
 労働の後の、少しごつごつとした感触。
 魔法でなんでも解決していた彼が、僕のために身体を使って働いてくれた。それがなんだか、とても嬉しかった。
          

 その夜。
 僕たちは再びこたつに入り、ミカンを食べていた。
 お風呂は、リュカが割ってくれた薪のおかげでいつもより熱く、芯まで温まった。

「この『ミカン』という果物も、中毒性があるな」

 リュカは器用にミカンの皮を剥きながら言った。
 彼の大きな手の中に収まると、ミカンが小さく見える。

「こたつでミカンは日本の冬の正義だからね」
「そうか。では、貴様にも正義を分けてやろう」

 彼は丁寧に白い筋まで取ったミカンの一房を、僕の口元に差し出してきた。

「えっ、いいよ自分で食べるから」
「手を使うと冷えるだろう。ほら、口を開けろ」

 拒否権はないらしい。
 僕は観念して口を開けた。甘酸っぱい果汁が広がる。

「……美味しい」
「だろう?」

 リュカは満足げに笑うと、自分も一房口に放り込んだ。
 こたつの中では、また僕の足が彼の足に捕まっている。
 逃げ場のない温もり。
 甘いミカンの香り。
 そして、隣にいる美しい同居人。

「……ねえ、リュカ」
「なんだ」
「来年も、再来年も。こうして一緒にこたつに入れたらいいな」

 何気なく言った言葉だった。
 けれどリュカは、ミカンを剥く手を止めて、真剣な眼差しを僕に向けた。

「当たり前だろう」

 彼は断言した。

「我は貴様を一生養うと言った。貴様が爺になっても、こうして足が冷えぬよう温めてやる」
「……爺になってもって。そこはもっとロマンチックな言い方ないの?」
「事実だ。貴様がどれほど老いようと、我にとっては愛すべき人間であることに変わりはない」

 サラリと、すごいことを言われた気がする。
 顔が熱いのは、こたつのせいだけじゃないだろう。

「……そっか。ありがとう」
「礼には及ばん。さあ、もう一つ食え」

 差し出されたミカンを口に含む。
 甘くて、少し酸っぱくて。
 外では北風が吹き始めているけれど、この小さなこたつの中は、世界で一番温かい場所だった。
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