12 / 35
12.
しおりを挟む
朝、布団から出るのが辛くなってきた。
吐く息が白い。窓ガラスが結露で曇っている。
山里の冬は早い。まだ暦の上では初冬のはずだが、古民家の底冷えは想像以上だった。
「……よし、出すか。最終兵器」
僕は決意を固め、押し入れの奥深くから「それ」を引っ張り出した。
祖父母が使っていた、年代物の家具。
低いテーブルに、分厚い布団を挟み込み、天板を乗せる。
「ミナトよ、それはなんだ? 新たな儀式の祭壇か?」
興味津々な様子で近づいてきたリュカが、不思議そうに尋ねた。
今日の彼は、僕が着古したタートルネックのセーターを着ている。首元が詰まっているので苦しそうだが、銀髪と相まって貴公子のような気品が漂っていた。中身はポンコツだけど。
「これは『こたつ』だよ。日本の冬には欠かせない、魔性の暖房器具さ」
「コタツ……? ただの布を被せた机に見えるが」
「ふふふ、甘いなリュカくん。百聞は一見にしかず。中に入ってみなよ」
僕はこたつのスイッチを入れ、中が温まるのを待ってから、布団の裾をめくって促した。
リュカは疑わしげな目を向けつつも、長い足を折り曲げて、こたつの中に滑り込ませた。
「……む?」
瞬間、彼の黄金の瞳が見開かれる。
「……おお……!」
リュカの表情が、とろりと蕩けた。
張り詰めていた肩の力が抜け、そのままズルズルとテーブルに突っ伏す。
「なんだこれは……。温かい。いや、温かいという言葉では生ぬるい。まるで春の陽だまりを凝縮して閉じ込めたようだ……」
「でしょう? ここに入ったら最後、もう出られなくなるんだよ」
「恐ろしい魔道具だ……。人間の知恵、侮れん」
リュカは完全に骨抜きにされていた。
長い手足を持て余しつつも、こたつの中に最大限に体を潜り込ませている。
僕も対面に座り、足を突っ込んだ。
コツン。
中で、僕の足先がリュカの足に触れた。
びくりと引こうとしたけれど、リュカの足が逃がさなかった。彼の温かいふくらはぎが、僕の冷えた足を挟み込むように絡んでくる。
「あ、ちょっと……」
「動くな。貴様の足は氷のように冷たいぞ」
「だから引こうと……」
「冷えるなら、我で温めればよい」
リュカは平然と言い放ち、テーブルの上で頬杖をついた。
こたつの中では、僕の足が彼の逞しい足に捕獲され、サンドイッチにされている。
……温かい。
こたつのヒーターとは違う、生き物の体温。
ドキドキするけれど、その温もりが心地よくて、僕は抵抗するのを諦めた。
「さて、と。温まったら仕事しなきゃ」
僕は気合を入れて立ち上がろうとした。
けれど、リュカの足が僕の足をがっちりホールドしていて動けない。
「どこへ行く」
「お風呂を沸かす薪を割らなきゃいけないんだよ。灯油も切れそうだし」
この家の風呂は、ガスではなく薪で沸かすタイプだ。風情があっていいのだが、冬場は準備が重労働になる。
「ならば、我がやろう」
リュカがのっそりと起き上がった。
こたつから出るのを極端に惜しむような動作だったが、その瞳にはやる気が宿っている。
「え、いいよ。君に刃物を持たせたら、薪どころか納屋ごと両断しそうで怖い」
「失敬な。我も学習していると言っただろう。……それに」
彼は少しだけ視線を逸らし、ボソリと言った。
「貴様ばかりに働かせては、我が……その、落ち着かんのだ」
どうやら、相変わらず「居候の身」を気にしているらしい。
掃除も料理も僕がやってしまうし、魔法禁止令を出したので畑仕事も僕がやっている。彼としては、神獣としての威厳を示したいところなのだろう。
「……わかった。じゃあ、お手並み拝見といこうかな」
裏庭の薪割り場。
僕はリュカに斧を手渡し、丸太の割り方を教えた。
「いい? 力任せじゃなくて、斧の重さを利用して……」
「見ていろ」
リュカは僕の説明を遮り、丸太の前に立った。
斧を構える。
その姿は、初めて見る道具のはずなのに、歴戦の戦士が愛用の武器を構えたかのように様になっていた。
ヒュンッ。
風を切る音。
次の瞬間、パカーン! という快音と共に、丸太が見事に真っ二つに割れていた。
「……えっ」
完璧だった。
切り口は滑らかで、無駄な力が一切入っていない。
リュカは次々と丸太をセットしては、軽々と斧を振り下ろしていく。
パカーン、パカーン。
リズミカルな音が冬の空に響く。
僕が三十分かけてやる量を、彼は五分とかからずに終えてしまった。
「どうだ」
山のように積まれた薪の前で、リュカがドヤ顔で振り返る。
汗一つかいていない。魔法を使ったわけでもない。純粋な身体能力とセンスだけでやってのけたのだ。
「すごい……! すごいよリュカ! 君、薪割りの才能あるよ!」
「フン、当然だ。剣技において我の右に出る者などいないからな」
「剣じゃないけどね。でも、本当に助かったよ。これなら冬の間のお風呂も安心だ」
僕が素直に称賛すると、リュカは満足げに鼻を鳴らした。
その背後に、巨大な尻尾がバッサバッサと振られている幻覚が見える。
「これからも、力仕事は我に任せろ。貴様のような細腕に、重労働は似合わん」
彼はそう言って、僕の手を取った。
冬の空気で冷たくなった僕の手を、彼の大きくて熱い手が包み込む。
労働の後の、少しごつごつとした感触。
魔法でなんでも解決していた彼が、僕のために身体を使って働いてくれた。それがなんだか、とても嬉しかった。
その夜。
僕たちは再びこたつに入り、ミカンを食べていた。
お風呂は、リュカが割ってくれた薪のおかげでいつもより熱く、芯まで温まった。
「この『ミカン』という果物も、中毒性があるな」
リュカは器用にミカンの皮を剥きながら言った。
彼の大きな手の中に収まると、ミカンが小さく見える。
「こたつでミカンは日本の冬の正義だからね」
「そうか。では、貴様にも正義を分けてやろう」
彼は丁寧に白い筋まで取ったミカンの一房を、僕の口元に差し出してきた。
「えっ、いいよ自分で食べるから」
「手を使うと冷えるだろう。ほら、口を開けろ」
拒否権はないらしい。
僕は観念して口を開けた。甘酸っぱい果汁が広がる。
「……美味しい」
「だろう?」
リュカは満足げに笑うと、自分も一房口に放り込んだ。
こたつの中では、また僕の足が彼の足に捕まっている。
逃げ場のない温もり。
甘いミカンの香り。
そして、隣にいる美しい同居人。
「……ねえ、リュカ」
「なんだ」
「来年も、再来年も。こうして一緒にこたつに入れたらいいな」
何気なく言った言葉だった。
けれどリュカは、ミカンを剥く手を止めて、真剣な眼差しを僕に向けた。
「当たり前だろう」
彼は断言した。
「我は貴様を一生養うと言った。貴様が爺になっても、こうして足が冷えぬよう温めてやる」
「……爺になってもって。そこはもっとロマンチックな言い方ないの?」
「事実だ。貴様がどれほど老いようと、我にとっては愛すべき人間であることに変わりはない」
サラリと、すごいことを言われた気がする。
顔が熱いのは、こたつのせいだけじゃないだろう。
「……そっか。ありがとう」
「礼には及ばん。さあ、もう一つ食え」
差し出されたミカンを口に含む。
甘くて、少し酸っぱくて。
外では北風が吹き始めているけれど、この小さなこたつの中は、世界で一番温かい場所だった。
吐く息が白い。窓ガラスが結露で曇っている。
山里の冬は早い。まだ暦の上では初冬のはずだが、古民家の底冷えは想像以上だった。
「……よし、出すか。最終兵器」
僕は決意を固め、押し入れの奥深くから「それ」を引っ張り出した。
祖父母が使っていた、年代物の家具。
低いテーブルに、分厚い布団を挟み込み、天板を乗せる。
「ミナトよ、それはなんだ? 新たな儀式の祭壇か?」
興味津々な様子で近づいてきたリュカが、不思議そうに尋ねた。
今日の彼は、僕が着古したタートルネックのセーターを着ている。首元が詰まっているので苦しそうだが、銀髪と相まって貴公子のような気品が漂っていた。中身はポンコツだけど。
「これは『こたつ』だよ。日本の冬には欠かせない、魔性の暖房器具さ」
「コタツ……? ただの布を被せた机に見えるが」
「ふふふ、甘いなリュカくん。百聞は一見にしかず。中に入ってみなよ」
僕はこたつのスイッチを入れ、中が温まるのを待ってから、布団の裾をめくって促した。
リュカは疑わしげな目を向けつつも、長い足を折り曲げて、こたつの中に滑り込ませた。
「……む?」
瞬間、彼の黄金の瞳が見開かれる。
「……おお……!」
リュカの表情が、とろりと蕩けた。
張り詰めていた肩の力が抜け、そのままズルズルとテーブルに突っ伏す。
「なんだこれは……。温かい。いや、温かいという言葉では生ぬるい。まるで春の陽だまりを凝縮して閉じ込めたようだ……」
「でしょう? ここに入ったら最後、もう出られなくなるんだよ」
「恐ろしい魔道具だ……。人間の知恵、侮れん」
リュカは完全に骨抜きにされていた。
長い手足を持て余しつつも、こたつの中に最大限に体を潜り込ませている。
僕も対面に座り、足を突っ込んだ。
コツン。
中で、僕の足先がリュカの足に触れた。
びくりと引こうとしたけれど、リュカの足が逃がさなかった。彼の温かいふくらはぎが、僕の冷えた足を挟み込むように絡んでくる。
「あ、ちょっと……」
「動くな。貴様の足は氷のように冷たいぞ」
「だから引こうと……」
「冷えるなら、我で温めればよい」
リュカは平然と言い放ち、テーブルの上で頬杖をついた。
こたつの中では、僕の足が彼の逞しい足に捕獲され、サンドイッチにされている。
……温かい。
こたつのヒーターとは違う、生き物の体温。
ドキドキするけれど、その温もりが心地よくて、僕は抵抗するのを諦めた。
「さて、と。温まったら仕事しなきゃ」
僕は気合を入れて立ち上がろうとした。
けれど、リュカの足が僕の足をがっちりホールドしていて動けない。
「どこへ行く」
「お風呂を沸かす薪を割らなきゃいけないんだよ。灯油も切れそうだし」
この家の風呂は、ガスではなく薪で沸かすタイプだ。風情があっていいのだが、冬場は準備が重労働になる。
「ならば、我がやろう」
リュカがのっそりと起き上がった。
こたつから出るのを極端に惜しむような動作だったが、その瞳にはやる気が宿っている。
「え、いいよ。君に刃物を持たせたら、薪どころか納屋ごと両断しそうで怖い」
「失敬な。我も学習していると言っただろう。……それに」
彼は少しだけ視線を逸らし、ボソリと言った。
「貴様ばかりに働かせては、我が……その、落ち着かんのだ」
どうやら、相変わらず「居候の身」を気にしているらしい。
掃除も料理も僕がやってしまうし、魔法禁止令を出したので畑仕事も僕がやっている。彼としては、神獣としての威厳を示したいところなのだろう。
「……わかった。じゃあ、お手並み拝見といこうかな」
裏庭の薪割り場。
僕はリュカに斧を手渡し、丸太の割り方を教えた。
「いい? 力任せじゃなくて、斧の重さを利用して……」
「見ていろ」
リュカは僕の説明を遮り、丸太の前に立った。
斧を構える。
その姿は、初めて見る道具のはずなのに、歴戦の戦士が愛用の武器を構えたかのように様になっていた。
ヒュンッ。
風を切る音。
次の瞬間、パカーン! という快音と共に、丸太が見事に真っ二つに割れていた。
「……えっ」
完璧だった。
切り口は滑らかで、無駄な力が一切入っていない。
リュカは次々と丸太をセットしては、軽々と斧を振り下ろしていく。
パカーン、パカーン。
リズミカルな音が冬の空に響く。
僕が三十分かけてやる量を、彼は五分とかからずに終えてしまった。
「どうだ」
山のように積まれた薪の前で、リュカがドヤ顔で振り返る。
汗一つかいていない。魔法を使ったわけでもない。純粋な身体能力とセンスだけでやってのけたのだ。
「すごい……! すごいよリュカ! 君、薪割りの才能あるよ!」
「フン、当然だ。剣技において我の右に出る者などいないからな」
「剣じゃないけどね。でも、本当に助かったよ。これなら冬の間のお風呂も安心だ」
僕が素直に称賛すると、リュカは満足げに鼻を鳴らした。
その背後に、巨大な尻尾がバッサバッサと振られている幻覚が見える。
「これからも、力仕事は我に任せろ。貴様のような細腕に、重労働は似合わん」
彼はそう言って、僕の手を取った。
冬の空気で冷たくなった僕の手を、彼の大きくて熱い手が包み込む。
労働の後の、少しごつごつとした感触。
魔法でなんでも解決していた彼が、僕のために身体を使って働いてくれた。それがなんだか、とても嬉しかった。
その夜。
僕たちは再びこたつに入り、ミカンを食べていた。
お風呂は、リュカが割ってくれた薪のおかげでいつもより熱く、芯まで温まった。
「この『ミカン』という果物も、中毒性があるな」
リュカは器用にミカンの皮を剥きながら言った。
彼の大きな手の中に収まると、ミカンが小さく見える。
「こたつでミカンは日本の冬の正義だからね」
「そうか。では、貴様にも正義を分けてやろう」
彼は丁寧に白い筋まで取ったミカンの一房を、僕の口元に差し出してきた。
「えっ、いいよ自分で食べるから」
「手を使うと冷えるだろう。ほら、口を開けろ」
拒否権はないらしい。
僕は観念して口を開けた。甘酸っぱい果汁が広がる。
「……美味しい」
「だろう?」
リュカは満足げに笑うと、自分も一房口に放り込んだ。
こたつの中では、また僕の足が彼の足に捕まっている。
逃げ場のない温もり。
甘いミカンの香り。
そして、隣にいる美しい同居人。
「……ねえ、リュカ」
「なんだ」
「来年も、再来年も。こうして一緒にこたつに入れたらいいな」
何気なく言った言葉だった。
けれどリュカは、ミカンを剥く手を止めて、真剣な眼差しを僕に向けた。
「当たり前だろう」
彼は断言した。
「我は貴様を一生養うと言った。貴様が爺になっても、こうして足が冷えぬよう温めてやる」
「……爺になってもって。そこはもっとロマンチックな言い方ないの?」
「事実だ。貴様がどれほど老いようと、我にとっては愛すべき人間であることに変わりはない」
サラリと、すごいことを言われた気がする。
顔が熱いのは、こたつのせいだけじゃないだろう。
「……そっか。ありがとう」
「礼には及ばん。さあ、もう一つ食え」
差し出されたミカンを口に含む。
甘くて、少し酸っぱくて。
外では北風が吹き始めているけれど、この小さなこたつの中は、世界で一番温かい場所だった。
24
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
何故か男の僕が王子の閨係に選ばれました
まんまる
BL
貧乏男爵家の次男カナルは、ある日父親から呼ばれ、王太子の閨係に選ばれたと言われる。
どうして男の自分が?と戸惑いながらも、覚悟を決めて殿下の元へいく。
しかし、殿下は自分に触れることはなく、何か思いがあるようだった。
優しい二人の恋のお話です。
※ショートショート集におまけ話を上げています。そちらも是非ご一読ください。
※画像は男の子メーカーPicrewさんよりお借りしています。
神獣様の森にて。
しゅ
BL
どこ、ここ.......?
俺は橋本 俊。
残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。
そう。そのはずである。
いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。
7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。
前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる