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翌朝。
鳥のさえずりで目を覚ますと、身体はずいぶんと軽くなっていた。
まだ少しダルさは残っているけれど、昨日のような鉛を詰め込まれたような重みはない。熱も下がったようだ。
「……ん」
伸びをしようとして、身体が動かないことに気づく。
僕の腰には太い腕が回され、背中には大きく温かい壁――リュカの胸板がぴったりと張り付いていた。
彼は僕を背後から抱きすくめる形で、拘束したまま眠っていたのだ。
「リュカ……? おはよう」
声をかけると、背中の気配が即座に覚醒した。
身じろぎ一つせず、僕の首筋に顔を埋めて深呼吸をする音が聞こえる。
「……熱は、下がったようだな」
低く、安堵の滲む声。
彼の手がお腹から額へと移動し、熱を確かめるようにペタリと触れる。ひんやりとして気持ちいい。
「うん。おかげさまで、だいぶ楽になったよ」
「そうか。……よかった」
リュカは僕の肩口に額を押し付け、長く息を吐いた。
その吐息が熱くて、くすぐったい。
彼はそのまま拘束を解こうとしなかった。むしろ、より強く抱きしめてくる。
「あのー、リュカくん? そろそろ離してくれないかな。汗かいて気持ち悪いし、着替えたいんだけど」
「ならん」
即答だった。
「病み上がりだぞ。動いてぶり返したらどうする」
「いや、着替えるくらい大丈夫だって。それに、汗でベタベタしてて……」
昨晩は高熱で大量に汗をかいた。パジャマは湿っているし、肌も不快だ。早くさっぱりしたい。
僕がモゾモゾと抜け出そうとすると、リュカはようやく体を離した。
けれど、ベッドから降りようとする僕の肩を、強い力で押し留める。
「風呂は駄目だ。湯冷めする」
「でも……」
「動くなと言っている。……清めるだけなら、ここで私がやってやる」
リュカは有無を言わせぬ口調で告げると、部屋を出て行った。
数分後、洗面器に湯気を立てるお湯と、新しいタオル、着替えを持って戻ってくる。
その手際の良さと真剣な表情に、僕はこれから何が起こるのかを悟って、カァッと頬が熱くなった。
「え、ちょっと待って。身体を拭くってこと? 君が、僕を?」
「他に誰がいる」
リュカは当然のようにタオルをお湯に浸し、固く絞った。
「自分でできるよ! 恥ずかしいし!」
「昨日はあんなに弱っていたくせに、口だけは達者になったな。……いいから、大人しくしていろ」
彼は僕の抵抗など小鳥のさえずり程度にしか感じていないようだ。
問答無用でパジャマのボタンに手をかけられ、あっという間に前をはだけさせられてしまう。
「ひゃっ……!」
冷たい空気が肌に触れた直後、熱い蒸しタオルが胸元に当てられた。
じわぁ、と熱が染み込んでくる。
「……っ」
気持ちいい。
悔しいけれど、絶妙な温度と力加減だった。
リュカの大きな手が、タオル越しに僕の鎖骨を、胸を、脇腹を、丁寧に拭っていく。
昨日の「不器用なリンゴ剥き」が嘘のような、慈しむような手つきだ。
「……痩せすぎだ」
僕の肋骨のあたりを拭いながら、リュカが不満げに呟いた。
「もっと肉をつけろ。抱いた時に骨が当たって痛い」
「悪かったね、貧相で。……って、んっ!」
首筋を拭われて、思わず変な声が出た。
タオルの摩擦だけじゃない。リュカの視線が、熱いのだ。
作業をする手元を見つめる黄金の瞳が、獲物を検分するように、あるいは宝物を磨くように、僕の肌をじっくりと観察している。
「……リュカ、見すぎ」
「確認しているだけだ。他に異常がないか、貴様の生命力が戻っているか」
彼は真顔でそんなことを言いながら、僕の背中へと手を回した。
抱き寄せられるような体勢になり、僕の顔が彼の胸元に近づく。彼からは、微かに石鹸の香りと、彼自身の雄々しい匂いがした。
背中を拭く手が、背骨に沿ってゆっくりと下りていく。
ただ身体を拭いているだけのはずなのに、どうしてこんなに、背筋がゾクゾクするんだろう。
まるで、触れられた場所から熱が注ぎ込まれているようだ。
「……綺麗になったな」
上半身を拭き終えたリュカが、満足げにタオルを置いた。
僕は逃げるように新しい下着とシャツを手に取り、慌てて身につける。
ボタンを留める指が、少し震えていた。
「下は……自分でやるから!」
「む? 遠慮するな。ついでだ」
「ついでで触れる場所じゃない! あっち向いてて!」
これ以上は僕の心臓が持たない。
必死の抵抗でなんとか下半身の尊厳は死守し、僕は着替えを終えた。
さっぱりとした服に袖を通すと、確かに気分がいい。身体の軽さが戻ってきた気がする。
「ふぅ……。ありがとう、すっきりしたよ」
ベッドに腰掛けたまま礼を言うと、リュカは洗面器を片付け、再び僕の隣に座り込んだ。
そして、自然な動作で僕の手を取り、自身の頬に寄せた。
「……もう、熱くはないな」
スリスリ、と僕の手のひらを自分の頬に擦り付ける。
その仕草が、甘える大型犬そのもので。
さっきまでの色っぽい雰囲気との落差に、僕は胸がキュッとなるのを感じた。
「心配性だなぁ、リュカは」
「貴様が弱すぎるのだ。……二度と、あんな顔は見たくない」
リュカは僕の手のひらに、ちゅ、と音を立てて口づけを落とした。
「っ!?」
驚いて手を引こうとしたが、強く握られていて動かない。
彼は黄金の瞳で僕を射抜き、真剣な声音で言った。
「貴様の身体は、貴様だけのものではない。我の番としての自覚を持て」
「……だから、番って」
「我の所有物だということだ。傷一つつけることも、病魔に侵されることも、我が許さん」
無茶苦茶な理屈だ。
でも、その瞳の奥にある揺るがない意志と、深い愛情のようなものに、僕は何も言い返せなくなってしまった。
この人は、本気だ。
僕を一生守り、養い、そして絶対に離さないつもりだ。
それが「重い」と感じるはずなのに。
どうして僕は、こんなに安心しているんだろう。
「……善処します」
僕が苦笑いで答えると、リュカはようやく満足したように目を細めた。
「よろしい。では、褒美に膝枕をしてやろう」
「え、いいよ別に膝枕なんて……」
「黙れ。寝ろ」
有無を言わさず、僕はリュカの太ももの上に頭を乗せられた。
硬い筋肉の感触。けれど、不思議と頭の収まりがいい。
上から、大きな手が降ってきて、僕の髪をゆっくりと梳くように撫で始めた。
「……早く元気になれ、ミナト。貴様が作った飯が食いたい」
「はいはい。明日の朝には、美味しいの作るから」
不器用な神獣様の、彼なりの看病。
その心地よさに身を委ねながら、僕は再びまどろみの中へと落ちていった。
鳥のさえずりで目を覚ますと、身体はずいぶんと軽くなっていた。
まだ少しダルさは残っているけれど、昨日のような鉛を詰め込まれたような重みはない。熱も下がったようだ。
「……ん」
伸びをしようとして、身体が動かないことに気づく。
僕の腰には太い腕が回され、背中には大きく温かい壁――リュカの胸板がぴったりと張り付いていた。
彼は僕を背後から抱きすくめる形で、拘束したまま眠っていたのだ。
「リュカ……? おはよう」
声をかけると、背中の気配が即座に覚醒した。
身じろぎ一つせず、僕の首筋に顔を埋めて深呼吸をする音が聞こえる。
「……熱は、下がったようだな」
低く、安堵の滲む声。
彼の手がお腹から額へと移動し、熱を確かめるようにペタリと触れる。ひんやりとして気持ちいい。
「うん。おかげさまで、だいぶ楽になったよ」
「そうか。……よかった」
リュカは僕の肩口に額を押し付け、長く息を吐いた。
その吐息が熱くて、くすぐったい。
彼はそのまま拘束を解こうとしなかった。むしろ、より強く抱きしめてくる。
「あのー、リュカくん? そろそろ離してくれないかな。汗かいて気持ち悪いし、着替えたいんだけど」
「ならん」
即答だった。
「病み上がりだぞ。動いてぶり返したらどうする」
「いや、着替えるくらい大丈夫だって。それに、汗でベタベタしてて……」
昨晩は高熱で大量に汗をかいた。パジャマは湿っているし、肌も不快だ。早くさっぱりしたい。
僕がモゾモゾと抜け出そうとすると、リュカはようやく体を離した。
けれど、ベッドから降りようとする僕の肩を、強い力で押し留める。
「風呂は駄目だ。湯冷めする」
「でも……」
「動くなと言っている。……清めるだけなら、ここで私がやってやる」
リュカは有無を言わせぬ口調で告げると、部屋を出て行った。
数分後、洗面器に湯気を立てるお湯と、新しいタオル、着替えを持って戻ってくる。
その手際の良さと真剣な表情に、僕はこれから何が起こるのかを悟って、カァッと頬が熱くなった。
「え、ちょっと待って。身体を拭くってこと? 君が、僕を?」
「他に誰がいる」
リュカは当然のようにタオルをお湯に浸し、固く絞った。
「自分でできるよ! 恥ずかしいし!」
「昨日はあんなに弱っていたくせに、口だけは達者になったな。……いいから、大人しくしていろ」
彼は僕の抵抗など小鳥のさえずり程度にしか感じていないようだ。
問答無用でパジャマのボタンに手をかけられ、あっという間に前をはだけさせられてしまう。
「ひゃっ……!」
冷たい空気が肌に触れた直後、熱い蒸しタオルが胸元に当てられた。
じわぁ、と熱が染み込んでくる。
「……っ」
気持ちいい。
悔しいけれど、絶妙な温度と力加減だった。
リュカの大きな手が、タオル越しに僕の鎖骨を、胸を、脇腹を、丁寧に拭っていく。
昨日の「不器用なリンゴ剥き」が嘘のような、慈しむような手つきだ。
「……痩せすぎだ」
僕の肋骨のあたりを拭いながら、リュカが不満げに呟いた。
「もっと肉をつけろ。抱いた時に骨が当たって痛い」
「悪かったね、貧相で。……って、んっ!」
首筋を拭われて、思わず変な声が出た。
タオルの摩擦だけじゃない。リュカの視線が、熱いのだ。
作業をする手元を見つめる黄金の瞳が、獲物を検分するように、あるいは宝物を磨くように、僕の肌をじっくりと観察している。
「……リュカ、見すぎ」
「確認しているだけだ。他に異常がないか、貴様の生命力が戻っているか」
彼は真顔でそんなことを言いながら、僕の背中へと手を回した。
抱き寄せられるような体勢になり、僕の顔が彼の胸元に近づく。彼からは、微かに石鹸の香りと、彼自身の雄々しい匂いがした。
背中を拭く手が、背骨に沿ってゆっくりと下りていく。
ただ身体を拭いているだけのはずなのに、どうしてこんなに、背筋がゾクゾクするんだろう。
まるで、触れられた場所から熱が注ぎ込まれているようだ。
「……綺麗になったな」
上半身を拭き終えたリュカが、満足げにタオルを置いた。
僕は逃げるように新しい下着とシャツを手に取り、慌てて身につける。
ボタンを留める指が、少し震えていた。
「下は……自分でやるから!」
「む? 遠慮するな。ついでだ」
「ついでで触れる場所じゃない! あっち向いてて!」
これ以上は僕の心臓が持たない。
必死の抵抗でなんとか下半身の尊厳は死守し、僕は着替えを終えた。
さっぱりとした服に袖を通すと、確かに気分がいい。身体の軽さが戻ってきた気がする。
「ふぅ……。ありがとう、すっきりしたよ」
ベッドに腰掛けたまま礼を言うと、リュカは洗面器を片付け、再び僕の隣に座り込んだ。
そして、自然な動作で僕の手を取り、自身の頬に寄せた。
「……もう、熱くはないな」
スリスリ、と僕の手のひらを自分の頬に擦り付ける。
その仕草が、甘える大型犬そのもので。
さっきまでの色っぽい雰囲気との落差に、僕は胸がキュッとなるのを感じた。
「心配性だなぁ、リュカは」
「貴様が弱すぎるのだ。……二度と、あんな顔は見たくない」
リュカは僕の手のひらに、ちゅ、と音を立てて口づけを落とした。
「っ!?」
驚いて手を引こうとしたが、強く握られていて動かない。
彼は黄金の瞳で僕を射抜き、真剣な声音で言った。
「貴様の身体は、貴様だけのものではない。我の番としての自覚を持て」
「……だから、番って」
「我の所有物だということだ。傷一つつけることも、病魔に侵されることも、我が許さん」
無茶苦茶な理屈だ。
でも、その瞳の奥にある揺るがない意志と、深い愛情のようなものに、僕は何も言い返せなくなってしまった。
この人は、本気だ。
僕を一生守り、養い、そして絶対に離さないつもりだ。
それが「重い」と感じるはずなのに。
どうして僕は、こんなに安心しているんだろう。
「……善処します」
僕が苦笑いで答えると、リュカはようやく満足したように目を細めた。
「よろしい。では、褒美に膝枕をしてやろう」
「え、いいよ別に膝枕なんて……」
「黙れ。寝ろ」
有無を言わさず、僕はリュカの太ももの上に頭を乗せられた。
硬い筋肉の感触。けれど、不思議と頭の収まりがいい。
上から、大きな手が降ってきて、僕の髪をゆっくりと梳くように撫で始めた。
「……早く元気になれ、ミナト。貴様が作った飯が食いたい」
「はいはい。明日の朝には、美味しいの作るから」
不器用な神獣様の、彼なりの看病。
その心地よさに身を委ねながら、僕は再びまどろみの中へと落ちていった。
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