銀狼様とのスローライフ

八百屋 成美

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 山奥の廃神社での暮らしは、思いのほか快適だった。
 電気もガスも水道もないけれど、裏山には湧き水があるし、枯れ枝はいくらでも拾える。
 何より、ここには静寂と自由があった。

「ミナトよ、火加減はどうだ?」
「うん、バッチリ。ありがとう、リュカ」

 境内の一角に組んだカマドの前で、十歳児姿のリュカがふんぞり返っている。
 彼は小さな手からボウッ、と鬼火を出し、飯盒のご飯を炊き上げてくれていた。
 以前のように台所を爆発させることもない。魔力が戻りつつあるおかげで、コントロールが効くようになってきたのだ。

「フン、容易いことだ。……ところで、今日の飯はなんだ?」
「山菜の天ぷらと、川魚の塩焼きだよ。田島くんに……あ、いや、麓の親切な人に教えてもらったポイントで釣れたんだ」
「ほう! 魚か。悪くない」

 リュカが尻尾を振って喜ぶ。
 僕のブカブカのTシャツを着て、裾を引きずりながら歩く姿は、何度見ても庇護欲をそそられる。
 正直、このままでもいいんじゃないかと思ってしまうくらいだ。
 食事を終え、日が暮れると、あたりは漆黒の闇に包まれる。
 人工的な光がない夜は、星が降るように美しい。
 僕たちは社務所の縁側に並んで座り、お茶を飲んでいた。

「……静かだな」
「うん。虫の声しか聞こえないね」

 リュカがコクリと頷き、僕の膝に頭を乗せてきた。
 定位置になった膝枕だ。
 僕は彼のサラサラの銀髪を撫でながら、夜空を見上げた。

「ねえリュカ。魔力、だいぶ戻ってきたんじゃない?」
「うむ。この土地は相性がいいようだ。大地の力が、我の核に流れ込んでくるのを感じる」

 彼は気持ちよさそうに目を細める。
 その身体が、心なしか昨日よりも熱い気がした。発光しているようにも見える。

「じゃあ、もうすぐ元の姿に戻れるのかな」
「……そうだな。寂しいか?」

 リュカが上目遣いで僕を見る。
 子供の姿でそんな顔をされると、ドキッとする。

「まあね。小さい君は抱っこしやすいし、可愛いから」
「か、可愛いと言うな! ……だが、不便なのも事実だ。貴様を抱きしめることも、守ることも、この腕では足りん」

 彼は小さな手を空に伸ばし、悔しげに握りしめた。
 その手が、僕の頬に触れる。

「待っていろ、ミナト。すぐに、本来の我で貴様を……」

 その時だった。
 ドクンッ。
 リュカの身体が大きく脈打った。
 銀色の光が、彼の内側から溢れ出し、周囲の闇を照らす。

「リュカ!?」
「……ぐっ、うぅ……ッ!」

 彼は苦しげに呻き、僕の膝から転がり落ちて、庭の砂利の上にうずくまった。
 光が強くなる。
 直視できないほどの眩しさの中で、彼の小さなシルエットが、ぐんぐんと引き伸ばされていくのが見えた。
 ビリッ、ビリリッ!!
 布が裂ける音が響く。
 僕のTシャツが悲鳴を上げている音だ。

「リュカ!!」

 光が収束する。
 残光の中に浮かび上がったのは――。

「……ふぅ」

 長く吐き出された、艶のある吐息。
 月光の下、そこには見上げるような長身の男が立っていた。
 銀色の長い髪が夜風になびき、鍛え上げられた肉体が白く輝いている。
 着ているTシャツは無残にも弾け飛び、胸元も腕も露わになっていた。ハーフパンツに至っては、もはや布切れだ。
 絶世の美貌を持つ、最強の神獣。
 リュカが、帰ってきた。

「……待たせたな、ミナト」

 彼が振り返る。
 その声は低く、腹の底に響くようなバリトンボイスに戻っていた。
 黄金の瞳が、細められる。そこにあるのは、子供の無邪気さではなく、大人の男の色気と、圧倒的な包容力だ。

「リュカ……戻ったんだね」

 僕は呆然と呟いた。
 嬉しいはずなのに、その迫力に圧倒されて、一歩後ずさってしまう。
 すると、リュカが一瞬で距離を詰めてきた。
 長い腕が伸び、僕の身体を軽々と抱き寄せる。

「わっ……!」

 ドサッ。
 抱きしめられる、というより、包み込まれる感覚。
 硬い胸板に顔が押し付けられる。彼の体温が、匂いが、鼓動が、全身を覆い尽くす。
 子供の時の「可愛い」温もりとは違う。圧倒的な「雄」の存在感だ。

「やっと、この腕で貴様を抱ける」

 耳元で囁かれる声に、背筋がゾクゾクする。
 リュカは僕の背中に回した腕に力を込め、ギリギリと締め上げた。痛いほどだ。けれど、その痛みが「彼が戻ってきた」という実感をくれる。

「……おかえり、リュカ」
「ああ。ただいま」

 彼は僕の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。

「……ん、いい匂いだ。やはりこの姿でないと、貴様の匂いを十分に堪能できん」
「ちょ、くすぐったいよ……!」

 首筋をスリスリと鼻先で愛撫され、僕は身をよじった。
 でも、逃げられない。彼の腕は鋼鉄のように強固で、そして何より、僕自身が離れたくないと思っているからだ。

「ミナトよ。……貴様は少し、痩せたのではないか?」

 リュカが顔を上げ、僕の顔をまじまじと見つめた。
 大きな手が、僕の頬を包み込む。

「我の世話で、苦労をかけたな」
「……ううん。楽しかったよ」
「嘘をつけ。……これからは、我が貴様を甘やかす番だ」

 彼はそう宣言すると、僕をひょいとお姫様抱っこにした。
 視線が高くなる。
 子供の頃の彼を抱っこしていた立場が、一瞬で逆転してしまった。

「え、ちょっと、自分で歩けるよ!」
「黙っていろ。久しぶりの感触を確かめたいのだ」

 リュカは楽しそうに笑い、そのまま社務所の中へと入っていく。 
 布団の上に僕を下ろすと、彼もすぐ隣にごろりと横になった。
 狭い。
 子供の時は余裕があった布団も、大人の彼と二人では密着せざるを得ない。
 でも、それが心地いい。

「……狭いな」
「君がデカすぎるんだよ」
「フン。ならば、こうすればよい」

 リュカは僕を抱き枕のように抱え込み、自分の体の上に半分乗せるような形にした。
 密着度はさらに上がる。彼の心臓の音が、僕の鼓動とシンクロしていくようだ。

「ミナト。……愛している」

 静かな夜に、その言葉が溶けていく。
 子供の時の必死な告白とは違う、余裕と自信に満ちた愛の言葉。
 僕は胸がいっぱいになって、彼の胸に顔を擦り付けた。

「うん……僕も、大好きだよ」

 リュカの手が、僕の髪を優しく梳く。
 そのリズムに誘われるように、僕は深い安心感と共に眠りに落ちていった。
 神獣様は完全復活した。
 そして僕たちの、本当の意味での「二人暮らし」が、ここから始まるのだ。
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