銀狼様とのスローライフ

八百屋 成美

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 山奥の廃神社で迎える、年越し。
 外は深々と雪が降り積もっているけれど、社務所の中は温かい。
 囲炉裏では薪がパチパチと爆ぜ、鍋からは出汁のいい香りが漂っている。

「……年越しそば、ってやつか」

 リュカが鍋の中を興味深そうに覗き込んだ。
 今日の彼は、不格好だけど僕が編んだセーターを着ている。サイズはぴったりで、銀髪との相性も抜群だ。

「そう。細く長く、健康に生きられますようにって願いを込めて食べるんだよ」
「フン、願うまでもない。貴様の健康は我が保証する」

 頼もしい言葉に笑いながら、僕は蕎麦を椀によそった。
 具材は、以前採って干しておいたキノコと、リュカが狩ってきた山鳥の肉。質素だけれど、今の僕たちには最高のご馳走だ。
 ズルズル、と蕎麦をすする音が静かな部屋に響く。
 この世界に来て、会社を辞めて、リュカに出会って。
 怒涛のような一年だったけれど、今こうして彼と向かい合って食事をしていることが、何よりの幸せだった。

「……美味いな」
「うん。美味しいね」

 食べ終えると、リュカが満足げに息を吐いた。
 そして、改まった様子で僕に向き直る。

「ミナトよ。……今年は、世話になった」

 不意打ちの感謝の言葉に、僕は驚いて目を丸くした。
 あの尊大な神獣様が、そんな殊勝なことを言うなんて。

「こちらこそだよ。リュカがいてくれたから、僕は生きてこられたんだ」
「……そうか」

 彼は少し照れくさそうに視線を逸らし、それからスッと立ち上がった。

「ついてこい。見せたいものがある」

          
 リュカに連れられて外に出ると、雪は止んでいた。
 雲の切れ間から月が顔を出し、銀世界を青白く照らし出している。
 凛と張り詰めた冷気が、火照った頬に心地いい。
 僕たちは、本殿の前へと進んだ。
 ボロボロだった社は、僕たちの手入れで少しだけ綺麗になっている。

「ここは、かつて我の同胞が祀られていた場所だ」

 リュカが静かに語り始めた。

「今はもういないが……この場所には、まだ清浄な気が満ちている。ここでなら、誓いを立てられるだろう」
「誓い?」
「ああ。……ミナト、手を」

 彼が差し出した大きな手に、自分の手を重ねる。
 冷たい空気の中で、彼の手の熱さが際立っていた。

「我ら銀狼族には、生涯の伴侶と定めた相手と交わす『魂の契約』がある」

 リュカの黄金の瞳が、月光を受けて神秘的に輝く。
 その眼差しは真剣そのもので、僕は自然と背筋が伸びた。

「これを結べば、我らの魂は繋がり、死してなお離れることはない。……貴様の寿命が尽きても、魂は我の元へ還る。そしてまた、巡り会える」
「……それって」

 生まれ変わっても一緒、ということだろうか。
 永遠の愛。
 そんな言葉、物語の中だけのものだと思っていた。
 けれど、目の前の彼は、数百年の時を生きる神獣だ。彼が言うなら、それはきっと真実なのだ。

「貴様は人間だ。我とは生きる時間が違う。……だが、それでも我は貴様を手放したくはない」

 彼の手が、痛いほど強く僕の手を握りしめる。
 その震えが、彼の不安と、それ以上に深い愛情を伝えてきた。

「ミナト。我と、契約してくれるか?」

 断る理由なんて、どこにもなかった。
 僕は彼の手を両手で包み込み、まっすぐに彼を見つめ返した。

「喜んで。……僕の魂全部、君にあげるよ」

 僕が答えると、リュカは破顔した。
 見たこともないほど、優しく、美しい笑顔だった。

「……後悔しても、知らんぞ」

 彼はそう囁くと、僕の身体を引き寄せ、額に口づけを落とした。
 その瞬間。
 カッ! と銀色の光が僕たちを包み込んだ。

「うわっ……!?」

 光は温かく、身体の奥底まで染み込んでくるようだった。
 血液が沸き立つような、それでいて深い安らぎに包まれるような、不思議な感覚。
 心臓の鼓動が、リュカのリズムと重なっていくのがわかる。
 やがて光が収まると、僕の左手の薬指に、銀色に輝く紋様が浮かび上がっていた。
 まるで、指輪のように。

「これは……」
「契約の証だ。これがある限り、我はいつでも貴様の居場所を感じ取れる。どんなに離れていても、必ず見つけ出す」

 リュカが愛おしげに、その紋様に口づけをする。

「これで貴様は、名実ともに我のものだ」
「……ふふ。独占欲が強いなぁ」
「当然だ。……愛しているぞ、ミナト」
「うん。僕も愛してる、リュカ」

 除夜の鐘の代わりに、遠くでフクロウが鳴いた。
 新しい年が来る。

「寒いな。戻ろうか」
「そうだね。……あ、そうだ。お祝いに、お汁粉作ろうか?」
「シルコ? なんだそれは」
「甘い小豆のスープにお餅を入れたやつだよ」
「甘いのか!? 食う!」

 さっきまでの神秘的な雰囲気はどこへやら、リュカは目を輝かせて尻尾を振っている。
 その切り替えの早さに、僕は思わず吹き出した。

「はいはい。じゃあ、急いで帰ろう」

 リュカが僕をひょいと抱き上げる。
 お姫様抱っこも、もうすっかり慣れてしまった。

「ミナト」
「ん?」
「……来年も、再来年も。その先もずっと、美味いものを食わせてくれ」
「もちろん。君が太って動けなくなるまで、餌付けしてあげるよ」
「フン、我は太らん!」

 雪道を、二人の笑い声が溶かしていく。
 空には、雲間から無数の星が瞬いていた。
 魂で繋がった家族。
 僕たちの幸せなスローライフは、まだ始まったばかりだ。
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