血の祈り、鉛の雨

庭坂なお

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3話

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※メインカプ以外の主人公受けカプとその表現があります






───────



ナイフ、懐にふたつ。
銃、左脇腹のホルスターにひとつ。
弾はフルに込められ、安全装置さえ解除すればいつでも発砲可能だ。

(4人……いや、5人か)

尾行さつけられている。相手は複数。対してシキネは今1人で行動している。トウリがいるときじゃなくてよかったと心の底から思う。
殺し屋という職業柄、あちこちで恨みや反感を買う。ときにはどこぞの組織に狙われることもある。だから、こういうことには慣れている。
シキネは裏路地に曲がった。足早に次の角を折れ、撒くことに専念する。とん、と室外機を足場に跳ね、反対側のビルの壁を蹴る。足音が姿を見せた瞬間には、シキネは三角跳びで2階建てのビルの屋上に消えていた。
屋上に身を潜めると、地上では聞き慣れない言語が飛び交った。推察するに、中国語や韓国語などのたぐいだろう。警戒しつつ顔を覗かせると、スーツ姿の男達が散り散りに駆けていくのが見えた。足音が遠ざかる。

「移動するか」

飛び上がったのを見られたかもしれない。ここに上がってくる可能性も捨てきれず、シキネは助走をつけて同じ高さの隣のビルの屋上に飛び移る。危うげなく足が届き、転がるようにして受け身をとる。ここも捜索される可能性があり、シキネは更に隣を見る。4階建てだが、3階の窓が開いている。そこに飛び込むべきか、悩んだときだった。

「……っ」

研ぎ澄まされた敵意を察知し、シキネは振り返った。ちょうど屋上のドアが開き、足音と気配の薄い咲存ショウソンが現れる。黒の革手袋を嵌め直しつつ、鋭い視線でシキネを射抜く。
追っ手だと容易に想像がついた。隙はなく、逃げようと思考を巡らせればそれを察知して脚を潰されると推測出来る。膨れ上がった敵意の中に、殺意は無かった。殺さずして捕らえる、という意思を強く感じ取れた。

「“フクロウ”だな」
「……」
「沈黙か。まあ、いい。調べはついている」

咲存はその場で立ち止まり、品定めするようにシキネのつま先から頭まで観察する。その視線は鋭く、見るものを射竦いすくめる佇まいだ。シキネと目が合ったとき、咲存は忌々しげに舌打ちをした。

「……“フクロウ”、俺と共に来い。憂炎ユウエン様がお前を待っている」
「ユウエン?」

シキネは驚いて返した。この新東京でユウエンと言えば、チャイニーズマフィア《灯虎ダァンフー》のボスシュ 憂炎ユウエンをおいて他にいない。
───朱憂炎が“フクロウ”である自分を待っている?
シキネは心中で悪態をついた。バレるようなヘマはしていないはずだが、どうやらいつの日かの殺しが自分の仕業だと気づかれたらしい。そもそも本当に自分の関わった殺しかは分からないが、憂炎の部下が、シキネを“フクロウ”と認識して現れた時点でその事実の可否は無意味となった。裏社会のこういう世界では、強い者が是と言えばそうなるし、否と言えば黒も白になる。

「……断る」

シキネは短い思考時間で答えを出す。
殺しが自分の仕業だとバレた以上、待っているのは死か死よりも恐ろしい拷問だけだ。彼について行っても、今以上の幸福があるとは到底思えなかった。
断られて更に視線を鋭くするかと思いきや、咲存は口元を緩く上げた。楽しそうな、嬉しそうな、それでいて加虐的な笑み。シキネは心のどこかで、選択を間違えたか、と後悔する。

「そうか、断るか。なら、力づくで連れて行く」

咲存が拳を構えた。身体は細いが背は高く、四肢も長くて重心もしっかり構えられている。熟練を感じ取ったシキネは、迷わず銃を抜いた。ファストドロウで脳天を狙った射撃。発砲する僅かに前、咲存は身を低くしてシキネとの距離を詰めた。手が届く距離、咲存は手刀でシキネの右手を打ち銃を落とした。銃が音を立てて滑るのを聞きながら、シキネは左手でナイフを抜いた。咲存の首元を狙った追撃は、すんでのところで躱される。ナイフを右手に持ち替え、三撃目を繰り出した。命を狙った喉元への突きを手で払われ、シキネは左へ重心を崩す。腹部を咲存の膝が襲い、シキネは重心を崩し切ることで直撃を免れる。横腹を抉るような一撃に、シキネは息を詰まらせながらもナイフを薙ぐ。その切っ先は僅かに咲存の腕を掠っただけで、果たして肌を傷つけられたのか疑問なところだった。シキネの右腕が掴まれ、ぐん、と地面に引き倒された。受け身をとったものの、直後に顎を蹴り上げられ、脳がぐわん、と揺れる。

「……っ」

前後不覚に陥ったシキネは倒れた後もぐらぐらと揺れる視界に為す術もない。もがこうと手足に力を入れるものの、腹部に咲存のつま先がめり込み、口から空気と唾液が散る。痛みに身体を丸めてもなお、次々と腹部に蹴りが叩き込まれる。

「憂炎様の!お手を!煩わせるな!」
「が……っ、ぁ、ぐ……っ」
「フリーの殺し屋風情が!」
「あ゙……っ、ご……っ」
「お前如きが、憂炎様に───」

言いかけた咲存の肩に手が置かれる。バッと振り向いた咲存に向けられたのは、笑みだった。

「咲存ちゃん、そこまでにしとき」

どう止めようか、と困惑した笑みではない。
なんと言って憂炎に報告しよう……そんな呆れた笑みだった。

「……菫龍キンロウ

名前を呼ばれると、サイ 菫龍キンロウは「はぁい」と笑った。

「憂炎さんから生け捕りにしてこい言われてるやろ?これじゃ死んでまうで」
「……分かっている」

足を止めた頃にはシキネは気を失っており、ぐったりとしていた。菫龍はシキネの傍らに屈んで、腕を持ってぶらぶら揺らしたり頬をつついたりした。

「あーあ、気ぃ失ってるわ。ま、連れてくんならこの方がええけど」
「……その喋り方はどうにかならないのか?」
「関西弁、ええやろ?まだまだ勉強中やから完璧じゃないんやけど、響きが好きでなぁ……咲存ちゃんにも教えたろか?」
「要らない」

咲存は軽々とシキネを肩に抱え、無愛想に答える。菫龍は「そぉか」とへらへら笑いながらスマホを操作する。

「あ、もしもし、憂炎さん?“フクロウ”、捕まえたで」

ボスである憂炎に敬語も使わず報告する菫龍に、咲存の厳しい眼差しが向けられる。菫龍はそれを気に留めず電話を続ける。

「……はーい。ほな、今から帰るわ」

軽い調子で電話を切ると、咲存へ向く。彼の顔は憎悪と嫌悪が入り混じった表情で───そんな咲存の機嫌を直す言葉が掛けられる。

フクロウそれ持って帰ったら、憂炎さん喜ぶで」

微かに、しかし確実に緩んだ目元と頬を、菫龍は気づかないふりをした。





─────



最初に感じたのは腹部の鈍い痛みだった。骨は折れていないようだが、それに近しい痛みだ。状況を知ろうと目を開くと、視界が真っ暗で、ようやくそこで何かを頭に被せられていることに気づいた。
椅子か何かに座っているようで、手は後ろ手に背もたれの裏側に拘束され、脚も固定されているようだ。頭を緩く動かしてどうにか聴覚や嗅覚で現状を知覚しようとするが、何も分からない。ただ、腹部が痛むのと自分が危機的状況に置かれていることくらいしか分からない。

「あぁ、起きたようだね。……咲存」
「はい」

声がして、足音が近づいてくる。更なる痛みを覚悟して身構えるも、ほぼ無抵抗に頭に被せられていた何かを剥ぎ取られた。明るくなった視界が捉えたのは、3人の男だった。そのうちの2人の顔は知っていた。中性的な美貌を持つ黒髪の男、朱憂炎。そして、立っているのは自分を襲撃した名も知らぬ白髪の青年。もう1人は東洋人風の茶髪の男だが……誰かは分からない。彼は崔菫龍。シキネは彼が自分の命を救ってくれたとは露ほども知らない。
シキネの頭の袋を取った白髪の青年……咲存が憂炎の傍らまで下がる。するとソファにゆったりと座った憂炎がシキネに微笑む。

「初めまして、“フクロウ”。僕は朱憂炎……あぁ、知ってるかな?」
「……俺を殺すのか?」

開口一番に問う。答えの分かりきった問いだ。生きて連れてこられたということは、自ら死を望むほどに凄惨な拷問が待っている現実を示唆している。問うまでもない。
シキネは脳裏に今朝のトウリとのやり取りを思い出す。最後の会話はなんとも日常的なものだったな、などとしみじみ思う。
しかし憂炎は優しい微笑のまま立ち上がり、ゆっくりとシキネに歩み寄る。

「殺さないよ。僕は君が気に入っているんだよ、“フクロウ”」

シキネの前で立ち止まり、憂炎はシキネの顎に触れて上を向かせる。敵意は無い。そこにあるのは底知れない欲望を灯した色の瞳だけ。その瞳に捉えられた自分は、狼の前の子羊のように情けなくて滑稽だ。

「“フクロウ”とはよく言ったものだよね。確かに夜闇では恐ろしい存在だけど……」

親指がシキネの唇をなぞる。ゆっくりと、状況を分からせるように。

「姿を現せば、その可愛い顔では誰も恐れない」

不意に唇を奪われる。唇の間を強引に舌でこじ開け、無理やり舌を絡めてくる。シキネは一瞬驚いて固まったが、すぐに自分の舌を巻き込むのも厭わず舌を噛んだ。ゴリ、と嫌な感触がして、唇が離される。憂炎は顔をしかめていたが、シキネの嫌悪感を含んだ視線に気づいて笑う。その視線さえも愉快だとでも言うように。

「容姿も気に入ったけど、実力も気に入ったんだ。“フクロウ”……いや、シキネ、と呼ぶべきかな?本名は、四十万しじま つづり、だね。“不吉なものトレーディチ”と同棲してたんだよね?でも、もうあの場所に帰れないし、彼にも会えない」

耳障りだ。甘ったるい優しげな声音も、過去を逆撫でる言葉も、この場でトウリを話題に出す性根も。
口の中に広がる痛みと鉄の味。嗚呼、不快だ。

「シキネ。これからは僕が愛情を注いであげる。天賦てんぷの才能とも言える殺しのわざを使うこともなく、ただただ愛情を注がれてその鉤爪やくちばしを腐らせていく、そんな“フクロウおまえ”が見たいよ」
「……殺すなら殺せ」
「殺さないよ。愛をいっぱいあげる。もう要らないって言ったって、手足が朽ちたって、誰もお前を必要としなくたって、僕だけはお前を愛し続けるから」
「そんなもの要らない」

シキネはこみ上げてくる吐き気をぐっと飲み込んだ。無関心な人間から注がれる愛情ほど気色の悪いものは無い。しかもそれを子供に言い聞かせるように優しく囁かれるのがなんとも気持ち悪い。
髪が撫でられる。トウリにそうされるのは心の底から心地よくて嬉しいのに、違う人間がすると何故こうも気分が悪くなるのか。髪を梳く指を噛みちぎってやりたいとさえ思う。

「愛で一番分かりやすいのはセックスだ。身体を繋げて快楽を共有する……これほど分かりやすい絆は無いでしょ?」
「……何が言いたい?」
「僕達《灯虎ダァンフー》は家人ジャレン(家族)なんだ。愛するものは共有しないと……ね?」

憂炎は退き、咲存と菫龍を呼んだ。2人はそれぞれ返事をすると、ソファに腰掛けた憂炎の傍らに跪く。

「シキネを愛してあげて。優しくね」
「はい、憂炎様」
「はぁい、憂炎さん」

彼らはそれだけで全てを理解したように返す。何をされるか理解出来ていないシキネは、拘束具を外せないかと静かに画策するが、それが無駄なことだと察する。殺されるわけではないようだ。しかし、安楽が待っているとは思えない。警戒するシキネに、彼らは嫌悪感と愉快さをそれぞれ表情に浮かべて近づく。背後に回った咲存と、屈み込んだ菫龍の手元から、カチャ、と拘束具が外れる音がした。その瞬間、弾けたように抵抗を試みるシキネだったが、すぐに咲存と菫龍に床に組み伏せられる。四肢が捻って押さえつけられ、関節が鈍く軋む。

「咲存ちゃん、押さえとって。俺が先に可愛がるわ」

咲存に上半身を固定され、菫龍には下半身をまさぐられる。まさか、と目を見開いて身をよじるも、ベルトはあっさりと外された。

「なに、を……やめろ、触るな!」
「おとなしくしとってや。痛いのは嫌やろ?」

ズボンと下着を下ろされ、腰を高く上げられる。尻を突き出したようなポーズに羞恥と驚きが掻き乱す。尻の間に指を滑らせ、菫龍は愉しげに笑う。

「気持ちいいこと、しよか?」



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