巫女様と私

藤ノ千里

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1章 導入

3話 忘れ物

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「Yansa-ma, Yuman-dera? Miiko-ri ko-te-de. Muru-a Nia-o Raama yan-rati-a kiran-yo.」
 布越しに、シャーマンの手が美子の胸元に触れる。
 知らない人に急に触られて、でも彼女は嫌がる素振りを見せなかった。
「ミイコニ、セイレイイル、ソコニ」
「Nia-ri Lun Noa-a Ura yan-rati-a shi. Noari ano Tani-o Lun Noa-ri Miiko-ri Nia-a Sie Rakia-a shi-yo.」
 シャーマンの手が、美子の胸元から外れると、私達は自然と壺の方を見ていた。
 何を言っているかは、分からないはずなのに。
 壺を抱えていた男性は、何故か壺を掲げていた。
 その中には、何か黒くて悪い物が、入っているような気がした。
 笛の音が止まる。
 太鼓の音も、止まる。
 そして掲げられていた壺が、唐突に振り下ろされた。
 ガッチャアァアァアン!!!
 想像の何倍も大きな、今まで聞いた事がないような、そんな音だった。
 鼓膜が破れたんじゃないかってくらい痛い音がして、その壺は、幾つもの欠片に変わり果てていた。
 太鼓の音なんて比じゃないくらい心臓が脈打ち始める。
 驚きから固まる頭の片隅で、冷静な自分が「ここでも緩急か」と呟いていた。
「Miiko.」
「は、はい!」
「Na-te de-ra? Ni-ri Nia-a?」
 シャーマンの手が、また布越しに美子の胸元に触れる。
「ナヤミ、ドウナッタ?」
「あ、良くなった、かも!」
 触れられて、美子は嬉しそうに見えた。
 それがどうしてだか羨ましくて、そちらを見ないようにした。


 祓いの儀が終わったので、建物を後にする。
 部屋から出ると蒸し暑いはずの空気は快適な気がして、成田空港から出たみたいに気分が軽くなった。
「凄かったねぇ!凄い凄かったねぇ!」
「うん、興味深かった・・・」
 もし観光客向けの儀式だったとしても、それでもフィールドワークは大成功だ。
 今見たものを宿でメモって、教授に送って、それだけで楽しみなのにこの後は宿にも泊まれれば食事も体験できるんだもん。
 高い旅費払った価値は十分にあったなぁ。
「あれさぁ、写真撮りたかったなぁー。有料でも駄目なのかなぁ?」
「駄目なとこは多いよね。聞くだけ聞いてみても・・・あ!」
 スマホを探った手が、ペタンコのポケットに触れた。
 そうだった、このホットパンツ、ポケットが浅いんだった。
 落としたのはさっきの建物かな?一旦戻ってみるか。
「どうしたの?」
「先行ってて」
 Uターンして、先程の建物へ。
 蒸し暑い空気の中でここだけどこかひんやりとした、静謐な空気の漂う建物。
 大きさからいって、ただ儀式に使うだけじゃなく、奥にあといくつか部屋があるだろうから、シャーマンの住居も兼ねているのかもしれない。
 そんな建物の入口から、中を伺う。
 ・・・誰もいないみたい。
「すみませーん!」
 声をかけてみても、やっぱり誰も応えてくれない。
 この先の儀式用の部屋になら誰かいるかな?
 ちょっとやましい事をしているような気持ちもあったけど、貴重品がいつまでも手元にない不安の方が勝ってしまって、建物に上がり込んだ。
 入ってすぐ待ち構えている二つの入口。
 右側の儀式用の部屋の入口から、仕切り布を押しのけて中を覗き込んだ。
「すみませーん」
 暗い室内に目を凝らして見たけど、やっぱり誰もいない。
 いないなら、逆に入ってもいいんじゃないかと、あまり良いとは言えない思いが頭の隅に浮かんだ。
「入っても良いですかー?」
 言いつつ部屋に入って、でもやっぱり人の気配は皆無で。
 仕方ないか。なんて、思いながら足元に目を落とした。
 私が立っていたのはあの辺り。なら落とすとしたらここからあそこの間。
 暗すぎて見えにくい。ので、しゃがみ込んで探す事にした。
 慣れたと思っていた香の香りだったけど、低いところには溜まりやすいらしい。
 それも、重厚感のある香りばかりが。しゃがんだ途端に胸の中を満たしたその香りは、そのまま体の芯を染め上げていくような、不思議な感じがした。
 多分、さっきのトランス状態をまだ引き摺っているからだと思う。
 少しふわふわな足元は、大きな動物の背中にも感じられる。
 素材は棕櫚しゅろか何かだろうけど、きっと明かりの下で見たら全く別物に見えてしまうんだろうな。
 何はともあれ、まずはスマホだ。
 しゃがんだ上に目を凝らして、歩を進める。
 ゆっくりと三歩、進んだところで見慣れたシルエットの影を見つけた。
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