15 / 35
本編
15 愛してる
しおりを挟む
「私も愛しています。旦那様が好き。大好き。もう嫌だって仰っても出て行きませんから」
「俺もそうだ。もう別れてやれない。逃げるなら……最後のチャンスだぞ?」
不安なのか彼の瞳がゆらりと揺れた。私は彼の首に手を回してぎゅっと抱きついた。
「二度と離さないでくださいませ」
「ヴィヴィ……誰よりも愛してる」
彼は私にちゅっ、と触れるだけのキスをした。お互い気持ちが通じ合って初めてのキス。なんだか恥ずかしくて……照れくさくて……頬が赤くなる。彼も同じ気持ちのようで、お互いもじもじしてしまう。
今とてつもなく幸せだが、私にはまだ疑問が残っている。この機会にもやもやした部分は解決しておいた方がいいだろう。
「あの、あといくつか質問してもよろしいですか?」
「ああ、なんでも答える」
私と旦那様は手を繋ぎながら、もう少し話をすることにした。今ならなんでも聞けると思う。
「旦那様は愛人とか恋人はいらっしゃらないのですか?」
「ゲホッゲホ……な、な、何を言ってるんだ!いるわけがないだろう。何故そんな誤解を?」
彼は咽せながら、大きな声で否定をした。じゃあ、あの香水は夜のお店のお姉さんってこと?だけどあの香りは……あれはシュゼット様だと思う。
「シュゼット様……」
「ん?シュゼット!?」
「シュゼット様の香りがしたんです!あの……旦那様が泥酔して帰って来られた時。匂いがうつるほど傍にいるって……そういう関係なんじゃないかと思ったんです。舞踏会でもとても親しくされていらっしゃったし……」
旦那様は眉を顰めて、とても嫌そうな顔をした。
「冗談でもやめてくれ!ありえない。シュゼットはクロードの妻だ。子どもだって二人もいる」
――ええっ!?クロード様の?
「まさかそんな勘違いをしてるとは。あの日は騎士団のみんなで飲んだあと店を出て、クロードの家に連れて行かれた。そこで三人で飲み直したんだ。クロードは若いうちから結婚していて、俺も昔から知っているからシュゼットも古くからの友人だ」
私は勘違いしていたことがわかって、真っ赤に頬が染まった。ああ、なんて私は馬鹿なんだ。恥ずかしすぎる。
「うう……ごめんなさい。変な勘違いをしました……すみません……」
私は深々と頭を下げた。舞踏会でちゃんとご挨拶をしていたらこんなことにはならなかったのに。
「あれ?じゃあ……あの時天使って呟いたりキスをされたりしたのって……まさか」
今度は旦那様が真っ赤になる番だった。そしてもごもごと小声で話し出した。
「あれは……その……酒を飲んで気が緩んでいたから本音が出たんだろう。天使はもちろんヴィヴィのことだよ。キスも……ずっとしたかったから酔った勢いでしたんだと思う。ちゃんと覚えていなくて、すまない」
「そ……そうだったんですか」
まさか自分が彼の大事な天使だったなんて驚きだ。しかしまだ疑問はある。
「じゃあ、あの犬はなんですか?あなたのお部屋にあった可愛いぬいぐるみのことです」
「み、見たのか?」
旦那様はサーっと顔を青ざめた。やはり見てはいけないものだったのだろうか?
「ぬいぐるみを見て隠し子がいらっしゃるのかと思っていたのですが……あれはお子さんへのプレゼントではないのですか?」
「違う……はぁ、隠し子なんかと勘違いされるよりはいいか」
彼は頭を抱え出した。あまりに項垂れていらっしゃるので心配になってくる。
「……あれは俺のだ」
――俺の?あのぬいぐるみが旦那様の物?
私は理解ができずに、首を傾げた。それはどういう意味だろうか?
「……好きなんだ」
「え?」
「俺は幼い頃から小さい物とか、ふかふかとか……もふもふとか……そういうものが好きなんだっ!」
旦那様は顔を真っ赤にしながら、大きな声でそう言われた。小さくて……ふもふが好き?
「似合わないことはわかっている。こんな大男がそんなこと言ったら気持ち悪いだろうから、ずっとみんなに隠していた。このことは……小さい頃から近くにいるテッドとミアしか知らない。あれは幼い時のぬいぐるみだ。どうしても捨てられなくて……すまない。やっぱり変だよな」
旦那様はもう完全に両手で顔を隠してしまわれた。
「別に気持ち悪くはないですけど?むしろ可愛い物がお好きだと聞いて、私を好みだと言ってくださったことに納得がいきました」
私の髪の毛は柔らかくて、ゆるくカールがかかっていてまさにもふもふとしている。自分ではこの髪があまり好きじゃなかったけど、旦那様の好みだったとは。
そう言った瞬間に、旦那様はガバッと顔をあげた。その目は潤んでいて、なんだか可愛い。旦那様はこんなに大きいのに庇護欲が湧くのはなぜなのだろうか。
「……こんな俺を受け入れてくれるのか?知られたら絶対に君に嫌われると思っていた」
「そんなことで嫌いませんよ」
「……好きだ」
ガバリと勢いよく抱きつかれて、私はソファーに倒れ込んだ。彼は私の胸にぐりぐりと頭を擦り寄せている。私は落ち着かせるように背中をトントンと優しく叩いてあげた。
詳しく話を聞いてみると、小さな頃からふわふわした物を触ると心が落ち着くと思っていたらしい。だから厳しい剣術の訓練をした後、部屋に帰った後はぬいぐるみで癒されていたそうだ。
幼い頃はそれで良かったが、自分が成長するにつれて可愛いぬいぐるみ達は『当たり前』のように無くなっていった。男の子だから、騎士になるのだから……と。その中で隠し持っていたのが、あの犬のぬいぐるみらしい。
「さすがに今、触ったりはしないが……どうしても捨てられなかったんだ」
「そんな大事な物捨てなくていいですよ。ずっと置いておきましょう。あの……単純な疑問なのですが、普通に背の低い可愛らしい御令嬢とお付き合いをされたら良かったのではありませんか?」
私はそれが一番の疑問だった。こんな無理矢理な結婚ではなく、旦那様が自分で好みの女性を選べば良かったのでは?と思う。もちろんこの国で背が小さい御令嬢は私一人ではないのだから。
「……嫌われるから」
「え?」
「小柄な女性は俺を怖がる。十代の頃は俺も同じように思っていたが、無理だった。近付いただけで威圧感があるのか、ビクビクと震えられる。俺は口下手だし……怖がらせるのも可哀想だから早々に諦めた。目に傷を負ってからは余計に避けられていたしな」
確かに旦那様に無言で近付かれたら、少し怖いかもしれない。普通の御令嬢は騎士達と触れ合う機会がないので、あの鍛え上げられた身体を見るだけで怯えてしまうのは仕方がない。
「なぜか俺を好んでくれるのは、大人っぽい積極的な女性ばかりだったから……拒否するのも面倒でそのままにしていた。そしたら、いつのまにか俺はそういう女性が好みだという噂が流れていた」
――そうだったのか。
「動物達も小さいのはやって来ないな。子犬が一番好きなのに。馬みたいな大型の生き物には好かれるんだが。子ども達にも……怖がられる」
旦那様は自分で言っていて傷ついているのか、どんどんと凹んでいった。
子犬が好きなのか。確かにぬいぐるみも犬だったわ。彼が以前私を『子犬』だと言っていたのが、まさか褒め言葉だったなんて……衝撃だわ。
「私が近くにいれば全て解決です。私は小動物には好かれますから、私の傍にいてくださればきっと触れますわ。子どももきっと私と一緒ならば近付いて来てくれます。女性は一生私だけにしてくだされば……困らないでしょう?」
私は最後のセリフを自分で言いながら、少し恥ずかしくてポッと頬を染めた。
「ありがとう。もちろん……俺はヴィヴィだけだ。今もこれからも君だけを愛している」
「旦那様……」
「なあ、またランディと呼んでくれないか?」
彼は私の頬を優しく包みながら、甘えるような声を出した。
「ランディ……様」
そう呼んだ瞬間に、彼の熱い唇が私に押し付けられた。そのあまりに激しい口付けに、私はくたりと力が抜けてしまった。
「俺もそうだ。もう別れてやれない。逃げるなら……最後のチャンスだぞ?」
不安なのか彼の瞳がゆらりと揺れた。私は彼の首に手を回してぎゅっと抱きついた。
「二度と離さないでくださいませ」
「ヴィヴィ……誰よりも愛してる」
彼は私にちゅっ、と触れるだけのキスをした。お互い気持ちが通じ合って初めてのキス。なんだか恥ずかしくて……照れくさくて……頬が赤くなる。彼も同じ気持ちのようで、お互いもじもじしてしまう。
今とてつもなく幸せだが、私にはまだ疑問が残っている。この機会にもやもやした部分は解決しておいた方がいいだろう。
「あの、あといくつか質問してもよろしいですか?」
「ああ、なんでも答える」
私と旦那様は手を繋ぎながら、もう少し話をすることにした。今ならなんでも聞けると思う。
「旦那様は愛人とか恋人はいらっしゃらないのですか?」
「ゲホッゲホ……な、な、何を言ってるんだ!いるわけがないだろう。何故そんな誤解を?」
彼は咽せながら、大きな声で否定をした。じゃあ、あの香水は夜のお店のお姉さんってこと?だけどあの香りは……あれはシュゼット様だと思う。
「シュゼット様……」
「ん?シュゼット!?」
「シュゼット様の香りがしたんです!あの……旦那様が泥酔して帰って来られた時。匂いがうつるほど傍にいるって……そういう関係なんじゃないかと思ったんです。舞踏会でもとても親しくされていらっしゃったし……」
旦那様は眉を顰めて、とても嫌そうな顔をした。
「冗談でもやめてくれ!ありえない。シュゼットはクロードの妻だ。子どもだって二人もいる」
――ええっ!?クロード様の?
「まさかそんな勘違いをしてるとは。あの日は騎士団のみんなで飲んだあと店を出て、クロードの家に連れて行かれた。そこで三人で飲み直したんだ。クロードは若いうちから結婚していて、俺も昔から知っているからシュゼットも古くからの友人だ」
私は勘違いしていたことがわかって、真っ赤に頬が染まった。ああ、なんて私は馬鹿なんだ。恥ずかしすぎる。
「うう……ごめんなさい。変な勘違いをしました……すみません……」
私は深々と頭を下げた。舞踏会でちゃんとご挨拶をしていたらこんなことにはならなかったのに。
「あれ?じゃあ……あの時天使って呟いたりキスをされたりしたのって……まさか」
今度は旦那様が真っ赤になる番だった。そしてもごもごと小声で話し出した。
「あれは……その……酒を飲んで気が緩んでいたから本音が出たんだろう。天使はもちろんヴィヴィのことだよ。キスも……ずっとしたかったから酔った勢いでしたんだと思う。ちゃんと覚えていなくて、すまない」
「そ……そうだったんですか」
まさか自分が彼の大事な天使だったなんて驚きだ。しかしまだ疑問はある。
「じゃあ、あの犬はなんですか?あなたのお部屋にあった可愛いぬいぐるみのことです」
「み、見たのか?」
旦那様はサーっと顔を青ざめた。やはり見てはいけないものだったのだろうか?
「ぬいぐるみを見て隠し子がいらっしゃるのかと思っていたのですが……あれはお子さんへのプレゼントではないのですか?」
「違う……はぁ、隠し子なんかと勘違いされるよりはいいか」
彼は頭を抱え出した。あまりに項垂れていらっしゃるので心配になってくる。
「……あれは俺のだ」
――俺の?あのぬいぐるみが旦那様の物?
私は理解ができずに、首を傾げた。それはどういう意味だろうか?
「……好きなんだ」
「え?」
「俺は幼い頃から小さい物とか、ふかふかとか……もふもふとか……そういうものが好きなんだっ!」
旦那様は顔を真っ赤にしながら、大きな声でそう言われた。小さくて……ふもふが好き?
「似合わないことはわかっている。こんな大男がそんなこと言ったら気持ち悪いだろうから、ずっとみんなに隠していた。このことは……小さい頃から近くにいるテッドとミアしか知らない。あれは幼い時のぬいぐるみだ。どうしても捨てられなくて……すまない。やっぱり変だよな」
旦那様はもう完全に両手で顔を隠してしまわれた。
「別に気持ち悪くはないですけど?むしろ可愛い物がお好きだと聞いて、私を好みだと言ってくださったことに納得がいきました」
私の髪の毛は柔らかくて、ゆるくカールがかかっていてまさにもふもふとしている。自分ではこの髪があまり好きじゃなかったけど、旦那様の好みだったとは。
そう言った瞬間に、旦那様はガバッと顔をあげた。その目は潤んでいて、なんだか可愛い。旦那様はこんなに大きいのに庇護欲が湧くのはなぜなのだろうか。
「……こんな俺を受け入れてくれるのか?知られたら絶対に君に嫌われると思っていた」
「そんなことで嫌いませんよ」
「……好きだ」
ガバリと勢いよく抱きつかれて、私はソファーに倒れ込んだ。彼は私の胸にぐりぐりと頭を擦り寄せている。私は落ち着かせるように背中をトントンと優しく叩いてあげた。
詳しく話を聞いてみると、小さな頃からふわふわした物を触ると心が落ち着くと思っていたらしい。だから厳しい剣術の訓練をした後、部屋に帰った後はぬいぐるみで癒されていたそうだ。
幼い頃はそれで良かったが、自分が成長するにつれて可愛いぬいぐるみ達は『当たり前』のように無くなっていった。男の子だから、騎士になるのだから……と。その中で隠し持っていたのが、あの犬のぬいぐるみらしい。
「さすがに今、触ったりはしないが……どうしても捨てられなかったんだ」
「そんな大事な物捨てなくていいですよ。ずっと置いておきましょう。あの……単純な疑問なのですが、普通に背の低い可愛らしい御令嬢とお付き合いをされたら良かったのではありませんか?」
私はそれが一番の疑問だった。こんな無理矢理な結婚ではなく、旦那様が自分で好みの女性を選べば良かったのでは?と思う。もちろんこの国で背が小さい御令嬢は私一人ではないのだから。
「……嫌われるから」
「え?」
「小柄な女性は俺を怖がる。十代の頃は俺も同じように思っていたが、無理だった。近付いただけで威圧感があるのか、ビクビクと震えられる。俺は口下手だし……怖がらせるのも可哀想だから早々に諦めた。目に傷を負ってからは余計に避けられていたしな」
確かに旦那様に無言で近付かれたら、少し怖いかもしれない。普通の御令嬢は騎士達と触れ合う機会がないので、あの鍛え上げられた身体を見るだけで怯えてしまうのは仕方がない。
「なぜか俺を好んでくれるのは、大人っぽい積極的な女性ばかりだったから……拒否するのも面倒でそのままにしていた。そしたら、いつのまにか俺はそういう女性が好みだという噂が流れていた」
――そうだったのか。
「動物達も小さいのはやって来ないな。子犬が一番好きなのに。馬みたいな大型の生き物には好かれるんだが。子ども達にも……怖がられる」
旦那様は自分で言っていて傷ついているのか、どんどんと凹んでいった。
子犬が好きなのか。確かにぬいぐるみも犬だったわ。彼が以前私を『子犬』だと言っていたのが、まさか褒め言葉だったなんて……衝撃だわ。
「私が近くにいれば全て解決です。私は小動物には好かれますから、私の傍にいてくださればきっと触れますわ。子どももきっと私と一緒ならば近付いて来てくれます。女性は一生私だけにしてくだされば……困らないでしょう?」
私は最後のセリフを自分で言いながら、少し恥ずかしくてポッと頬を染めた。
「ありがとう。もちろん……俺はヴィヴィだけだ。今もこれからも君だけを愛している」
「旦那様……」
「なあ、またランディと呼んでくれないか?」
彼は私の頬を優しく包みながら、甘えるような声を出した。
「ランディ……様」
そう呼んだ瞬間に、彼の熱い唇が私に押し付けられた。そのあまりに激しい口付けに、私はくたりと力が抜けてしまった。
応援ありがとうございます!
20
お気に入りに追加
2,170
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる