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本編
14 真相
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「ランドルフ!こっちの後処理は俺に任せろ。早くヴィヴィアンヌちゃんを家に連れて帰ってあげな」
「クロード、すまないな。助かる」
「今度高い酒奢れよ」
クロード様がニッと笑っているのが見えた。旦那様は私を横抱きにして、そのまま馬車に乗せてくれた。
なぜか……彼の膝から下ろしてもらえない。今の私は旦那様の膝の上に横向きに座らされている。
「あの、おろしてくださいませ。恥ずかしいです」
「だめだ。誰も見ていないのだから、恥ずかしいことなんてないだろう」
あなたに腰をガッチリ掴まれていて、至近距離なのが恥ずかしいんです!私の顔は真っ赤に染まっている。
「……手首が赤いな。縛られたのか?」
「はい。でも痛くはないです」
「他は何をされた?……思い出したくないだろうが、知っておきたい。隠さずに話してくれ」
そう言われて私は、手首にキスをされたことを思い出した。それだけで気持ち悪くて顔が歪む。旦那様が縁談を受けてくださらなかったら、本当にあの人と結婚している可能性もあったのだ。想像しただけでブルリと身体が震えた。
「ヴィヴィ……?」
旦那様が心配そうな目で私を見つめて、大きな手で頬をそっと包み込んだ。
「手を撫でられて……手首の赤くなったところにキスをされました。でもそれだけです」
すると旦那様は真顔のまま私の手をそっと取った。そしてちゅっちゅ……とキスをしていく。
「だ、旦那様っ!」
私は驚いて手を引こうとしたが、グッと引き寄せられさらにキスを繰り返された。手首から手の甲、さらには指の先まで。
「そ……そんなにはされていません」
私は真っ赤になりながら、小さな声で呟いた。
「当たり前だ。もしこんなことされてたら、俺は今からあいつの口の中に剣を差し込みに行かなくてはいけなくなる」
旦那様ったら一体どうしたのかしら。なんかいつもと雰囲気が違うので、戸惑ってしまう。
「あいつがヴィヴィの前に二度と現れないようにするから、安心してくれ」
そして家に着くと、そのまま抱き上げて歩き出した。私は「自分で歩けます」と足を必死にパタパタさせたが、旦那様は何事もないように無言で進んで行った。
家に入った途端にミアや他の使用人達に囲まれた。勝手に出て行った私をみんな心配してくれていたようで、泣いている人達もいる。
「奥様!よくぞご無事で」
「良かったです……心配していました」
「お金も持たずに……うっうっ……無謀すぎます」
「何もなくて本当に良かったです」
その声を聞いて、私はなんてことをしてしまったんだろうと申し訳なく思った。
「みんな、心配かけてごめんね。本当に……ごめんなさい」
私は素直にみんなに謝ると「戻ってきてくださったならいいのです」と笑ってくれた。
「旦那様、奥様お帰りなさいませ」
テッドは穏やかに微笑みながら、いつも通り出迎えてくれた。
「テッド、世話をかけたな。悪いがもう一つ頼まれてくれ。ヴィヴィのご両親に彼女は見つかったので心配しないで欲しいと連絡を。明日俺から直接お詫びと説明に行くと伝えておいてくれ」
「はい、承りました」
そうか、彼はきっと私がいなくなってファンタニエ家にも連絡を入れてくれたのだ。きっと両親は驚いたことだろう。
「だ、旦那様!申し訳ありません。私の両親には自分から話します」
「いいんだ。色々誤解をさせた俺が悪いのだから。ヴィヴィときちんと話して一つずつ解決したい」
そして、夫婦の寝室で二人きりで話すことになった。とりあえず手首の手当てをされたが、その後はなんとなく気まずくてどちらも黙ってしまう。うゔ……どうしたらいいの。もともと旦那様は無口だし、私から話さないといけないかな。そんなことを思っていると、彼が重い口を開いた。
「ヴィヴィが誰にも言わずにいなくなったと聞いて、生きた心地がしなかったよ。手紙を見て『離婚したい』って書いてあったことも……ショックだった。君の気持ちは大事にしたいと思っているが、俺は絶対に別れたくない」
旦那様は眉を下げて、泣きそうな顔で弱々しくそう言った。
「俺はヴィヴィを愛している」
私はその告白に驚いて、ポカンと口を開けたまま呆然としていた。
「でも、だって……最初に私みたいな女は好みじゃないってあなたが仰ったのよ?」
「すまない。でも、それは嘘なんだ」
「嘘!?」
なぜそんな嘘をつかねばならないのか。新婚初夜に妻を傷付けるとわかっているのに。
「本当は……すごく好みなんだ。ヴィヴィは俺の理想の見た目だ」
「ええっ!?」
だって彼はセクシー系の大人っぽい女性しか相手にしないという噂だったのに。私が理想!?そんなことがあるのだろうか。
「君のことが可愛くて仕方がない。顔合わせの時に見て一目惚れだった」
「一目……惚れ?」
可愛くて仕方がない?一目惚れ??旦那様が話される言葉の全てが驚きの連続だ。
「……ヴィヴィだったから、俺は結婚を了承した。君は俺のことを誰でも助ける『優しい人』と思っているようだが、残念ながらそんなにお人好しじゃない」
「じゃあどうしてあんな態度を?私はあなたが嫌々結婚してくださったのだと思っていました」
そう質問した私に、彼は気まずそうに目線を下げた。
「ヴィヴィに……『気持ち悪い』と思われたくなかった」
「は?」
「だって俺達は十二歳も年齢が違う。俺は君を気に入ったけど、ヴィヴィは違うだろ?本来なら同じような年齢の……爽やかな若い男と結婚するはずだっただろうに、家を助けるために好きでもない男に嫁ぐことになってしまって申し訳ないと思った。こんな怖い顔で……ぶっきらぼうで剣ばっかり振ってるような男嫌だろう?」
確かに初めて聞いた時はこの縁談に戸惑いはあった。しかし、不器用ながらも優しい旦那様と結婚できて『幸運だ』と思うことはあれど『嫌だ』なんて思ったことはない。
「ヴィヴィは仕方なく嫁いだのに、俺が『好みだ』なんて迫ったら気持ち悪いだろ?だから君を怖がらせないように、なるべく淡々と『興味のない振り』をした」
そんな……だって旦那様はずっと私に興味がないと思って、悩んでいたのに。
「それに、俺は自分が嫌っているロドリー卿と同じことをしてるんじゃないかと不安だった」
「え?」
「金を出して好みの女性を手に入れる。それだけ聞けば一緒だ。我ながら最悪だなと」
旦那様は自虐的に笑みを浮かべた。あの気持ち悪い男と旦那様が一緒?そんなわけがない。
「あんな男と一緒なはずありません!全然違いますよ」
「ありがとう。最低だが、最初はどんなきっかけであれ君のような素敵な女性を妻にできるならラッキーだと思った。順番は逆になるが……夫婦になってから徐々にお互いを知って、仲良くなればいいんだと自分に言い聞かせて結婚した」
そう言われたが……彼は私に触れてくださらなかった。それはどうしてなのだろうか。
「でも初めての夜に君の涙を見たら、罪悪感が湧いた。やはり俺が純粋無垢なヴィヴィに手を出してはいけないと後悔した。だからしばらくしたら、君に似合う優秀な男を見繕って……ここから快く送り出そうと。だから自分は君の『保護者』だと必死に言い聞かせて、なるべく関わらないようにしたんだ」
まさかそんなことを考えていらっしゃったなんて。私と別の人と結婚させる気だったのね。
「だが、ヴィヴィと過ごすうちにどんどん君を好きになった。君がいたら家が明るくなる。君が沢山食べている姿を見たら食欲もわく。見送ってくれたら仕事を頑張ろうと思えるし、出迎えてくれたら疲れが癒された。素直で頑張り屋で天真爛漫な君が愛おしいんだ」
旦那様は私を見て、優しく微笑んだ。私はそんな風に思ってもらえていたことを知って、胸がいっぱいになった。
「ヴィヴィと結婚してから、使用人達もとても楽しそうにしている。それに君は女主人としての仕事も、大変なのに前向きに頑張ってくれているのも感謝している。それなのに……自分のことには無頓着で、孤児院の寄付も俺の名前でしていたそうだな?この前シスターに『ありがとう』と感謝されたよ。君のおかげで読み書きができる子が増えたと」
「いえ、大したことはしていません」
「最初はただ見た目が好みなだけだった。だから手放せると思っていた。でも今は違うんだ。ヴィヴィの全てが好きだ。他の男になんか渡せるわけがない」
ぎゅっと強く強く抱きしめられた。私は嬉しくて涙がポロポロと溢れる。
「君がいたら毎日が楽しいんだ。君がいない毎日は寂しくて虚しい」
旦那様は蕩けそうな程甘い目で、私を優しく見つめた。
「愛してる。このままずっと俺の妻でいて欲しい」
――愛してる。それは私がずっとずっと望んでいた言葉だった。
「クロード、すまないな。助かる」
「今度高い酒奢れよ」
クロード様がニッと笑っているのが見えた。旦那様は私を横抱きにして、そのまま馬車に乗せてくれた。
なぜか……彼の膝から下ろしてもらえない。今の私は旦那様の膝の上に横向きに座らされている。
「あの、おろしてくださいませ。恥ずかしいです」
「だめだ。誰も見ていないのだから、恥ずかしいことなんてないだろう」
あなたに腰をガッチリ掴まれていて、至近距離なのが恥ずかしいんです!私の顔は真っ赤に染まっている。
「……手首が赤いな。縛られたのか?」
「はい。でも痛くはないです」
「他は何をされた?……思い出したくないだろうが、知っておきたい。隠さずに話してくれ」
そう言われて私は、手首にキスをされたことを思い出した。それだけで気持ち悪くて顔が歪む。旦那様が縁談を受けてくださらなかったら、本当にあの人と結婚している可能性もあったのだ。想像しただけでブルリと身体が震えた。
「ヴィヴィ……?」
旦那様が心配そうな目で私を見つめて、大きな手で頬をそっと包み込んだ。
「手を撫でられて……手首の赤くなったところにキスをされました。でもそれだけです」
すると旦那様は真顔のまま私の手をそっと取った。そしてちゅっちゅ……とキスをしていく。
「だ、旦那様っ!」
私は驚いて手を引こうとしたが、グッと引き寄せられさらにキスを繰り返された。手首から手の甲、さらには指の先まで。
「そ……そんなにはされていません」
私は真っ赤になりながら、小さな声で呟いた。
「当たり前だ。もしこんなことされてたら、俺は今からあいつの口の中に剣を差し込みに行かなくてはいけなくなる」
旦那様ったら一体どうしたのかしら。なんかいつもと雰囲気が違うので、戸惑ってしまう。
「あいつがヴィヴィの前に二度と現れないようにするから、安心してくれ」
そして家に着くと、そのまま抱き上げて歩き出した。私は「自分で歩けます」と足を必死にパタパタさせたが、旦那様は何事もないように無言で進んで行った。
家に入った途端にミアや他の使用人達に囲まれた。勝手に出て行った私をみんな心配してくれていたようで、泣いている人達もいる。
「奥様!よくぞご無事で」
「良かったです……心配していました」
「お金も持たずに……うっうっ……無謀すぎます」
「何もなくて本当に良かったです」
その声を聞いて、私はなんてことをしてしまったんだろうと申し訳なく思った。
「みんな、心配かけてごめんね。本当に……ごめんなさい」
私は素直にみんなに謝ると「戻ってきてくださったならいいのです」と笑ってくれた。
「旦那様、奥様お帰りなさいませ」
テッドは穏やかに微笑みながら、いつも通り出迎えてくれた。
「テッド、世話をかけたな。悪いがもう一つ頼まれてくれ。ヴィヴィのご両親に彼女は見つかったので心配しないで欲しいと連絡を。明日俺から直接お詫びと説明に行くと伝えておいてくれ」
「はい、承りました」
そうか、彼はきっと私がいなくなってファンタニエ家にも連絡を入れてくれたのだ。きっと両親は驚いたことだろう。
「だ、旦那様!申し訳ありません。私の両親には自分から話します」
「いいんだ。色々誤解をさせた俺が悪いのだから。ヴィヴィときちんと話して一つずつ解決したい」
そして、夫婦の寝室で二人きりで話すことになった。とりあえず手首の手当てをされたが、その後はなんとなく気まずくてどちらも黙ってしまう。うゔ……どうしたらいいの。もともと旦那様は無口だし、私から話さないといけないかな。そんなことを思っていると、彼が重い口を開いた。
「ヴィヴィが誰にも言わずにいなくなったと聞いて、生きた心地がしなかったよ。手紙を見て『離婚したい』って書いてあったことも……ショックだった。君の気持ちは大事にしたいと思っているが、俺は絶対に別れたくない」
旦那様は眉を下げて、泣きそうな顔で弱々しくそう言った。
「俺はヴィヴィを愛している」
私はその告白に驚いて、ポカンと口を開けたまま呆然としていた。
「でも、だって……最初に私みたいな女は好みじゃないってあなたが仰ったのよ?」
「すまない。でも、それは嘘なんだ」
「嘘!?」
なぜそんな嘘をつかねばならないのか。新婚初夜に妻を傷付けるとわかっているのに。
「本当は……すごく好みなんだ。ヴィヴィは俺の理想の見た目だ」
「ええっ!?」
だって彼はセクシー系の大人っぽい女性しか相手にしないという噂だったのに。私が理想!?そんなことがあるのだろうか。
「君のことが可愛くて仕方がない。顔合わせの時に見て一目惚れだった」
「一目……惚れ?」
可愛くて仕方がない?一目惚れ??旦那様が話される言葉の全てが驚きの連続だ。
「……ヴィヴィだったから、俺は結婚を了承した。君は俺のことを誰でも助ける『優しい人』と思っているようだが、残念ながらそんなにお人好しじゃない」
「じゃあどうしてあんな態度を?私はあなたが嫌々結婚してくださったのだと思っていました」
そう質問した私に、彼は気まずそうに目線を下げた。
「ヴィヴィに……『気持ち悪い』と思われたくなかった」
「は?」
「だって俺達は十二歳も年齢が違う。俺は君を気に入ったけど、ヴィヴィは違うだろ?本来なら同じような年齢の……爽やかな若い男と結婚するはずだっただろうに、家を助けるために好きでもない男に嫁ぐことになってしまって申し訳ないと思った。こんな怖い顔で……ぶっきらぼうで剣ばっかり振ってるような男嫌だろう?」
確かに初めて聞いた時はこの縁談に戸惑いはあった。しかし、不器用ながらも優しい旦那様と結婚できて『幸運だ』と思うことはあれど『嫌だ』なんて思ったことはない。
「ヴィヴィは仕方なく嫁いだのに、俺が『好みだ』なんて迫ったら気持ち悪いだろ?だから君を怖がらせないように、なるべく淡々と『興味のない振り』をした」
そんな……だって旦那様はずっと私に興味がないと思って、悩んでいたのに。
「それに、俺は自分が嫌っているロドリー卿と同じことをしてるんじゃないかと不安だった」
「え?」
「金を出して好みの女性を手に入れる。それだけ聞けば一緒だ。我ながら最悪だなと」
旦那様は自虐的に笑みを浮かべた。あの気持ち悪い男と旦那様が一緒?そんなわけがない。
「あんな男と一緒なはずありません!全然違いますよ」
「ありがとう。最低だが、最初はどんなきっかけであれ君のような素敵な女性を妻にできるならラッキーだと思った。順番は逆になるが……夫婦になってから徐々にお互いを知って、仲良くなればいいんだと自分に言い聞かせて結婚した」
そう言われたが……彼は私に触れてくださらなかった。それはどうしてなのだろうか。
「でも初めての夜に君の涙を見たら、罪悪感が湧いた。やはり俺が純粋無垢なヴィヴィに手を出してはいけないと後悔した。だからしばらくしたら、君に似合う優秀な男を見繕って……ここから快く送り出そうと。だから自分は君の『保護者』だと必死に言い聞かせて、なるべく関わらないようにしたんだ」
まさかそんなことを考えていらっしゃったなんて。私と別の人と結婚させる気だったのね。
「だが、ヴィヴィと過ごすうちにどんどん君を好きになった。君がいたら家が明るくなる。君が沢山食べている姿を見たら食欲もわく。見送ってくれたら仕事を頑張ろうと思えるし、出迎えてくれたら疲れが癒された。素直で頑張り屋で天真爛漫な君が愛おしいんだ」
旦那様は私を見て、優しく微笑んだ。私はそんな風に思ってもらえていたことを知って、胸がいっぱいになった。
「ヴィヴィと結婚してから、使用人達もとても楽しそうにしている。それに君は女主人としての仕事も、大変なのに前向きに頑張ってくれているのも感謝している。それなのに……自分のことには無頓着で、孤児院の寄付も俺の名前でしていたそうだな?この前シスターに『ありがとう』と感謝されたよ。君のおかげで読み書きができる子が増えたと」
「いえ、大したことはしていません」
「最初はただ見た目が好みなだけだった。だから手放せると思っていた。でも今は違うんだ。ヴィヴィの全てが好きだ。他の男になんか渡せるわけがない」
ぎゅっと強く強く抱きしめられた。私は嬉しくて涙がポロポロと溢れる。
「君がいたら毎日が楽しいんだ。君がいない毎日は寂しくて虚しい」
旦那様は蕩けそうな程甘い目で、私を優しく見つめた。
「愛してる。このままずっと俺の妻でいて欲しい」
――愛してる。それは私がずっとずっと望んでいた言葉だった。
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