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本編
19 親友⑥【エルベルト視点】
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ゆっくり思い出せ。俺は一体彼女に何をした? ジェフと飲んでからの記憶が……はっきりしない。
クリスに嫌われたら生きていけない。俺が青ざめていると、ジェフが「やっと起きたのか」と呑気に声をかけてきた。
「なあ、俺はクリスに何かしていたか?」
不本意だが、こいつに聞くのが一番手っ取り早い。
「は? あれやっぱり無意識だったのか。わざと俺に見せつけてんのかと思った。そういうプレイかなーって」
「……は?」
「お前があんな激しいなんて意外だったわ」
ちょっと待て。俺は何をした……プレイ? 激しい? 俺は背中に冷や汗が流れる。
「俺、何したんだよ」
「くっくっく、覚えてねぇなら教えてやるよ。俺の目の前で彼女が抵抗するのを、強引に引き寄せて何回も熱烈なキスを繰り返してた」
……最悪だ。
「くっくっく……あと、彼女のことを甘い声で『俺の天使だ』って呼んでた」
ああ……、俺は目を片手で隠し天を仰いだ。嫌われた原因が全てわかった。そう言われたら夢の中で彼女に逢えて嬉しくて、キスをした気がする。つまりあれは夢ではなかったということだ。
俺は膝から崩れ落ちた。彼女は人前でそういうことをされるのが苦手だ。二人きりなら甘えてくれるが、みんながいるとイチャイチャは嫌がる。
「絶対……嫌われた」
「あはははは。でも別に悪いことしたわけじゃないしよくないか? 奥さんを褒めて、キスをしただけだろ?」
「お前の前ってことが大問題だ……軽いキスじゃなかったんだろ」
彼女も行ってきますの軽いチュッ程度なら使用人の前でも嫌がらない。つまり……そうじゃないキスをしたのだ。
「軽いもんか! そりゃあもう濃厚で……舌を彼女の中に……」
「もう言うな! わかったから」
俺はがっくりと項垂れた。オリバーからは「奥様とちゃんと仲直りしてくださいね」と睨まれた。
「照れてるだけだから、少しそっとしておけ」
「そうだな」
そう言ったものの、俺はクリスが帰ってこないのではないかと不安になり家の中をうろうろしていた。
「エル、落ち着けよ。お前が部屋でうろうろしても、帰ってこないって。行ったばっかりだぞ」
「わかってるけど、不安なんだ。彼女は田舎にはいない洗練された可愛いさなのに、話せば気さくで……よく笑って……みんなクリスを好きなる。うちの騎士団員達なんて『奥様に毎日来て欲しい』とか言うんだぞ!」
「確かにみんなから愛される小犬みたいな可愛さがあるわ」
「子犬だと!? クリスは子犬の何千倍、何万倍可愛い!」
「はいはい。うるせーな! 暇なら久しぶりに手合わせ付き合え。腕が鈍るからな」
ジェフに引っ張られて、仕方がなく庭で手合わせをすることになった。こいつの剣の腕は相当なものだ。しかし、俺もこの地を守っている身。負けるわけにはいかない。
このもやもやを振り払うように集中して、剣を構えた。さすが……ジェフも隙のない構えだ。
「久しぶりだ。本気で来い」
「お前相手に手加減なんてできっかよ!」
カンカンと素早く剣を打ち合う。パワーは俺の方が上だが、ジェフの方がスピードが上。
「相変わらず、すばしっこいな」
「お前は相変わらず馬鹿力だ」
やはりこいつは強い。まあ、このレベルでないと陛下の側近などやってられない。爵位を継ぐ立場でなければ、お前も絶対に傍に置いたのにと陛下に残念がられたが仕方がない。
「あ! クリスティンちゃん帰ってきた」
「なに?」
俺が一瞬動揺した隙をやつは見逃さなかった。一気に踏み込まれ、喉に剣を突きつけられた。
「嘘でした」
ジェフはベーっと舌を出す。
「はい、俺の勝ち。これで百勝百敗のタイに戻ったな」
「ジェフ! 卑怯だぞ」
「卑怯なことあるか。使えるものはなんでも使うのは当たり前だろ。お前の弱点がクリスティンちゃんだとわかったから、これからはずっと俺が勝てそうだ」
そう言ってケラケラと笑っているのが腹が立つ。このやろう……次は絶対負けるか。
「エル、ジェフ様?こちらにいらっしゃいますか?」
するとクリスがひょっこりと顔を出した。知らぬ間に結構な時間が経過していたらしい。ああ、良かった。ちゃんと帰ってきてくれたのか。しかしそんな可愛い格好で街に出ていたなんて、心配で妬いてしまいそうだ。
「クリス、今朝は悪かった。寝ぼけていたんだ。でも……無意識で。君を愛してるからしてしまったことだから、どうか許して欲しい。もう人前であんなことしない」
俺は彼女に駆け寄り、キュッと手を握って素直に謝った。彼女は頬を染め少し俯いた。
「と、とっても恥ずかしかったんですからね。でも、今回だけは許します」
「ありがとう。愛してる」
俺は彼女をぎゅっと抱きしめた。さっきまで心が沈んでいたのに、今はもう幸せだ。やっぱりクリスの存在は俺にはなくてはならないものだ。
「ジェフ、もうひと勝負どうだ?」
「ほお、いいのか? 愛する妻の前で負けても泣くなよ?」
「ふざけるな。俺が彼女の前で負けるはずがない」
クリスの前では俺は最強でなければならない。負けたまま終わるなんてあり得ない。
「二人は試合をしていらっしゃったのですか?」
「ああ、腕試しだ。クリスは危ないからここで見てて」
「はい。エル、頑張ってください!」
ニコリと微笑まれて、ドキッと胸が高鳴る。君のその一言で俺はなんでもできそうだ。あまりに現金だな、と思うがそんな自分が嫌いじゃない。
「悪いけどわざと負けてやるほど、俺は優しくないぜ」
「知ってるよ。さっさと来い」
それからカンカンと剣を激しく打ち合い、睨み合った。クリスは俺達の本気の試合に少しビックリしているようだった。
やはりこいつはすぐには勝たせてくれない相手だ。しかしだからこそ面白いし、親友なのだ。俺はグッと力を入れて、ジェフの剣を払う。
「お前の剣を受けると、手が痺れんだよ!」
そう言ってジェフは、一旦引いたように見せかけてサイドから素早く剣を振りかざしてきた。
「エル、危ないっ!」
彼女の声が聞こえた瞬間、ジェフの剣を遠くに弾き飛ばし喉に剣を突き立てた。
「くそ……悔しい」
「惜しかったな。でも、こっちには勝利の女神がついてるからな」
俺はクリスをチラリと見た。すると彼女がこちらに走って来た。
「二人とも凄いです。素敵です。もう私には途中から何が何だかわかりませんでしたけど!」
彼女は興奮気味にそう言ってくれた。
「今回はエルが勝ったのね。ふふ、格好良かった」
「君のおかげだよ」
よし、クリスに良いところを見せられた。彼女の頬をするりと撫でると、ぽっと頬を染めた。あー……可愛い。食べたいくらい可愛い。
そんなことを思っていると、後ろから急に「イテテ……」というわざとらしい声が聞こえてきた。ジェフは怪我なんてしていない。絶対していない。
「まあ、どこか痛めましたか?大丈夫ですか?」
クリスは俺の前からするりと姿を消し、ジェフの前にしゃがみ込んで心配そうにしている。こいつは手をおさえて「ここが痛いんだ。捻ったかな」とか甘えた声を出している。
「ここですか? 確かに赤くなってますね」
クリスは優しくジェフの腕を撫でている。こいつわざとだな。怒りで身体が震える。ギッと睨みつけると、クリスにバレないように俺にベーっと舌を出してきた。
「冷やすもの持って来ますね」
パタパタと走り去ったクリスを見届けてから、俺は胸ぐらを掴んだ。
「怪我なんてしてないよな?」
「疑うなんて酷い。腕赤くなってるだろ?」
「ここが痛いとか言ってる時に、自分でつねってんの見てんだよこっちは!」
「ふっ、バレたらしょうがない。くっくっく……まあ、俺は試合に負けたけど勝負に勝ったって感じ? クリスティンちゃんに看病してもらおーっと!」
そんなことを楽しそうに言っている。これ以上……クリスに触れさせるか。
「氷を持ってきました。あと塗り薬も」
「ありがとう。クリスティンちゃん、悪いけど塗ってくれる?」
「はい、もちろんです」
彼女が治療しようと手を伸ばしたのを、俺は掴んでなんとか阻止する。
「エル……?」
「クリス、俺がするよ。怪我の治療には慣れてるから、貸して。ジェフは大事な陛下の側近だから、慎重に手当てをしないとな」
「そうなのですね! では、お願いします」
俺は満面の笑みで、強めに薬を塗りたくってやる。ジェフは「グリグリすんな! 痛い!!」と小声で睨みつけてくるが無視だ。
「……試合も勝負も俺の勝ちだ」
「けっ、次は俺が勝つさ」
ジェフはムスッとした表情で、そう呟いた。
クリスに嫌われたら生きていけない。俺が青ざめていると、ジェフが「やっと起きたのか」と呑気に声をかけてきた。
「なあ、俺はクリスに何かしていたか?」
不本意だが、こいつに聞くのが一番手っ取り早い。
「は? あれやっぱり無意識だったのか。わざと俺に見せつけてんのかと思った。そういうプレイかなーって」
「……は?」
「お前があんな激しいなんて意外だったわ」
ちょっと待て。俺は何をした……プレイ? 激しい? 俺は背中に冷や汗が流れる。
「俺、何したんだよ」
「くっくっく、覚えてねぇなら教えてやるよ。俺の目の前で彼女が抵抗するのを、強引に引き寄せて何回も熱烈なキスを繰り返してた」
……最悪だ。
「くっくっく……あと、彼女のことを甘い声で『俺の天使だ』って呼んでた」
ああ……、俺は目を片手で隠し天を仰いだ。嫌われた原因が全てわかった。そう言われたら夢の中で彼女に逢えて嬉しくて、キスをした気がする。つまりあれは夢ではなかったということだ。
俺は膝から崩れ落ちた。彼女は人前でそういうことをされるのが苦手だ。二人きりなら甘えてくれるが、みんながいるとイチャイチャは嫌がる。
「絶対……嫌われた」
「あはははは。でも別に悪いことしたわけじゃないしよくないか? 奥さんを褒めて、キスをしただけだろ?」
「お前の前ってことが大問題だ……軽いキスじゃなかったんだろ」
彼女も行ってきますの軽いチュッ程度なら使用人の前でも嫌がらない。つまり……そうじゃないキスをしたのだ。
「軽いもんか! そりゃあもう濃厚で……舌を彼女の中に……」
「もう言うな! わかったから」
俺はがっくりと項垂れた。オリバーからは「奥様とちゃんと仲直りしてくださいね」と睨まれた。
「照れてるだけだから、少しそっとしておけ」
「そうだな」
そう言ったものの、俺はクリスが帰ってこないのではないかと不安になり家の中をうろうろしていた。
「エル、落ち着けよ。お前が部屋でうろうろしても、帰ってこないって。行ったばっかりだぞ」
「わかってるけど、不安なんだ。彼女は田舎にはいない洗練された可愛いさなのに、話せば気さくで……よく笑って……みんなクリスを好きなる。うちの騎士団員達なんて『奥様に毎日来て欲しい』とか言うんだぞ!」
「確かにみんなから愛される小犬みたいな可愛さがあるわ」
「子犬だと!? クリスは子犬の何千倍、何万倍可愛い!」
「はいはい。うるせーな! 暇なら久しぶりに手合わせ付き合え。腕が鈍るからな」
ジェフに引っ張られて、仕方がなく庭で手合わせをすることになった。こいつの剣の腕は相当なものだ。しかし、俺もこの地を守っている身。負けるわけにはいかない。
このもやもやを振り払うように集中して、剣を構えた。さすが……ジェフも隙のない構えだ。
「久しぶりだ。本気で来い」
「お前相手に手加減なんてできっかよ!」
カンカンと素早く剣を打ち合う。パワーは俺の方が上だが、ジェフの方がスピードが上。
「相変わらず、すばしっこいな」
「お前は相変わらず馬鹿力だ」
やはりこいつは強い。まあ、このレベルでないと陛下の側近などやってられない。爵位を継ぐ立場でなければ、お前も絶対に傍に置いたのにと陛下に残念がられたが仕方がない。
「あ! クリスティンちゃん帰ってきた」
「なに?」
俺が一瞬動揺した隙をやつは見逃さなかった。一気に踏み込まれ、喉に剣を突きつけられた。
「嘘でした」
ジェフはベーっと舌を出す。
「はい、俺の勝ち。これで百勝百敗のタイに戻ったな」
「ジェフ! 卑怯だぞ」
「卑怯なことあるか。使えるものはなんでも使うのは当たり前だろ。お前の弱点がクリスティンちゃんだとわかったから、これからはずっと俺が勝てそうだ」
そう言ってケラケラと笑っているのが腹が立つ。このやろう……次は絶対負けるか。
「エル、ジェフ様?こちらにいらっしゃいますか?」
するとクリスがひょっこりと顔を出した。知らぬ間に結構な時間が経過していたらしい。ああ、良かった。ちゃんと帰ってきてくれたのか。しかしそんな可愛い格好で街に出ていたなんて、心配で妬いてしまいそうだ。
「クリス、今朝は悪かった。寝ぼけていたんだ。でも……無意識で。君を愛してるからしてしまったことだから、どうか許して欲しい。もう人前であんなことしない」
俺は彼女に駆け寄り、キュッと手を握って素直に謝った。彼女は頬を染め少し俯いた。
「と、とっても恥ずかしかったんですからね。でも、今回だけは許します」
「ありがとう。愛してる」
俺は彼女をぎゅっと抱きしめた。さっきまで心が沈んでいたのに、今はもう幸せだ。やっぱりクリスの存在は俺にはなくてはならないものだ。
「ジェフ、もうひと勝負どうだ?」
「ほお、いいのか? 愛する妻の前で負けても泣くなよ?」
「ふざけるな。俺が彼女の前で負けるはずがない」
クリスの前では俺は最強でなければならない。負けたまま終わるなんてあり得ない。
「二人は試合をしていらっしゃったのですか?」
「ああ、腕試しだ。クリスは危ないからここで見てて」
「はい。エル、頑張ってください!」
ニコリと微笑まれて、ドキッと胸が高鳴る。君のその一言で俺はなんでもできそうだ。あまりに現金だな、と思うがそんな自分が嫌いじゃない。
「悪いけどわざと負けてやるほど、俺は優しくないぜ」
「知ってるよ。さっさと来い」
それからカンカンと剣を激しく打ち合い、睨み合った。クリスは俺達の本気の試合に少しビックリしているようだった。
やはりこいつはすぐには勝たせてくれない相手だ。しかしだからこそ面白いし、親友なのだ。俺はグッと力を入れて、ジェフの剣を払う。
「お前の剣を受けると、手が痺れんだよ!」
そう言ってジェフは、一旦引いたように見せかけてサイドから素早く剣を振りかざしてきた。
「エル、危ないっ!」
彼女の声が聞こえた瞬間、ジェフの剣を遠くに弾き飛ばし喉に剣を突き立てた。
「くそ……悔しい」
「惜しかったな。でも、こっちには勝利の女神がついてるからな」
俺はクリスをチラリと見た。すると彼女がこちらに走って来た。
「二人とも凄いです。素敵です。もう私には途中から何が何だかわかりませんでしたけど!」
彼女は興奮気味にそう言ってくれた。
「今回はエルが勝ったのね。ふふ、格好良かった」
「君のおかげだよ」
よし、クリスに良いところを見せられた。彼女の頬をするりと撫でると、ぽっと頬を染めた。あー……可愛い。食べたいくらい可愛い。
そんなことを思っていると、後ろから急に「イテテ……」というわざとらしい声が聞こえてきた。ジェフは怪我なんてしていない。絶対していない。
「まあ、どこか痛めましたか?大丈夫ですか?」
クリスは俺の前からするりと姿を消し、ジェフの前にしゃがみ込んで心配そうにしている。こいつは手をおさえて「ここが痛いんだ。捻ったかな」とか甘えた声を出している。
「ここですか? 確かに赤くなってますね」
クリスは優しくジェフの腕を撫でている。こいつわざとだな。怒りで身体が震える。ギッと睨みつけると、クリスにバレないように俺にベーっと舌を出してきた。
「冷やすもの持って来ますね」
パタパタと走り去ったクリスを見届けてから、俺は胸ぐらを掴んだ。
「怪我なんてしてないよな?」
「疑うなんて酷い。腕赤くなってるだろ?」
「ここが痛いとか言ってる時に、自分でつねってんの見てんだよこっちは!」
「ふっ、バレたらしょうがない。くっくっく……まあ、俺は試合に負けたけど勝負に勝ったって感じ? クリスティンちゃんに看病してもらおーっと!」
そんなことを楽しそうに言っている。これ以上……クリスに触れさせるか。
「氷を持ってきました。あと塗り薬も」
「ありがとう。クリスティンちゃん、悪いけど塗ってくれる?」
「はい、もちろんです」
彼女が治療しようと手を伸ばしたのを、俺は掴んでなんとか阻止する。
「エル……?」
「クリス、俺がするよ。怪我の治療には慣れてるから、貸して。ジェフは大事な陛下の側近だから、慎重に手当てをしないとな」
「そうなのですね! では、お願いします」
俺は満面の笑みで、強めに薬を塗りたくってやる。ジェフは「グリグリすんな! 痛い!!」と小声で睨みつけてくるが無視だ。
「……試合も勝負も俺の勝ちだ」
「けっ、次は俺が勝つさ」
ジェフはムスッとした表情で、そう呟いた。
応援ありがとうございます!
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