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【番外編】アーサー殿下の愛は屋烏に及ぶ
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ジュリアは最低限の貴族としてのマナーは身につけているが、貧乏な子爵令嬢だったので苦手なことも多い。
舞踏会は相変わらず嫌いでダンスは上手く踊れないし、貴族令嬢には必須の刺繍の出来も酷いものだ(ジュリア曰く破けたものを繕うことはできるらしいが……)
アーサーがジュリアから刺繍入りのハンカチをもらった時、正直何が縫われているのかわからなかった。
「これは……可愛い黒猫だね」
紳士であるアーサーは自分の動物の知識をフル回転させた結果、猫だと判断し『可愛い』と褒めた。
「う……馬デス」
「うま……?」
まさかこれが馬とは。真っ黒な塊に耳が付いているのはわかるが、アーサーはあまりの出来の悪さに驚いていた。自分の周りには凝った刺繍をする御令嬢方しかいなかったからだ。
「すみません……上手くできなくて……」
ボソボソと話す彼女の指にはたくさんのテープが貼られている。
それを見た瞬間、アーサーは自分のために怪我をしながら頑張ってこれを作ってくれたのかと胸がいっぱいになった。
「ありがとう、離れていても君だと思って大事にするよ」
「いえ! それは処分してください。次はもう少しマシに作りますから」
「君がくれた物を、私が捨てるはずがないだろう」
「だ、だめです!」
「ふふ……これはもう私のハンカチだから、ジュリアに捨てる権利はないよ」
そのハンカチは、肌身離さずアーサーの胸ポケットに入っている。
「刺繍も満足にできないなんて。これだから下級貴族の出は嫌なのよ」
どこからその話を聞いたのか、アーサーの義母である正妃がそんな嫌味を言ってくることが度々あった。わざと皆の前で言ってくるのが性格が悪い。
彼女は元々は有力な公爵家の娘であり、父である国王陛下とは完全な政略結婚だった。アーサーを殺そうとした第一王子の実母でもある。
息子である第一王子の一件で、彼女の発言力は急速に落ちていた。
そして側室の子であるアーサーが王位継承権を取ったことを面白く思っていないため、怒りの矛先は妻のジュリアに向いていた。
「あなたのお母様も貧乏な下級貴族でしたものね。きっとお母様に似ているからお好きなのね」
アーサーはその発言がどうしても許せなかった。ジュリアと母……大好きな二人を侮辱されたからだ。
「発言を撤回してください」
「……本当のことを言って何が悪いのかしら」
好色なアーサーの父には何人もの側室がいる。身分が低いが優しく可愛らしいアーサーの母を気に入り、半ば無理矢理嫁がせた。
アーサーの母は、父の一番お気に入りの側室で愛し大事にされていた。母も父を愛していたように思う。国王陛下として冷徹な面はあれど、それは紛れもない事実だ。
しかし陛下は明確に正妃と側室の線引きをしており、正妃を蔑ろにしたことなどなかった。
「ジュリアは普通の令嬢には出来ぬことがたくさん出来ます。あなたのように刺繍が上手くできたからと言ってなんです? この国を救えるとでも仰るのですか?」
「ですが、貴族の常識が何も出来ないなんて王家の品位が……品位が下がります!」
ヒステリックに叫ぶ王妃を前に、アーサーはフッと馬鹿にしたように鼻で笑った。
「品位ですって? 兄上が私にしたことをお忘れですか? 半分とはいえ血を分けた弟を殺そうとするなど、品がないことこの上ないですがね」
「……っ!」
「兄上をけしかけたのが誰なのか……しっかり調べてもいいんですよ?」
アーサーは口元だけに笑みを作り、顔色の悪い王妃を冷たく見下ろした。何度も殺されかけた事件の一部はきっと王妃の差金だとわかっていたからだ。
「義母上、随分と小さくなられましたな」
彼女の顔をじっと覗き込み、ニィッと口角を上げた。
この国最強の騎士であるアーサーは、鍛えているため身体も大きい。
「私はもうあの時の弱い子どもではない」
「ひぃっ……!」
「私は愛するジュリアを傷つける人間を、誰であっても許しません。そのことだけお忘れなく」
ギロリと睨みつけひとしきり脅して、その場を去った。きっともうあからさまなことはしてこないだろう。
アーサーは幼い頃、義母や兄にも愛されたくて必死だった自分を思い出し胸が痛くなった。
「アーサー! アーサー‼︎」
そんな時、遠くからブンブンと手を振っているジュリアが目に入った。
「……ジュリア」
「アーサー、見てください。畑で私が育てた野菜が取れたわ。これでシェフがランチを作ってくれるそうよ」
ジュリアは生家で畑をしていた。貧乏だったからというのが一番の理由だが、彼女は野菜を育てることが好きだった。
だから、アーサーは王家の庭にジュリアが好きにできる畑を作ってあげていた。王太子妃としての振る舞いではないと批判もあったが、アーサーはジュリアにのびのびとしていて欲しかった。
「うわっ、危ない」
ジュリアはさっきまでかなり遠くにいたのに、一瞬でアーサーの目の前に来たので流石に驚いた。
いきなり籠いっぱいに野菜を持って現れたジュリアを、アーサーは慌てて抱き止めた。
「えへへ、驚かせてごめんなさい。早く見せたくてテレポーテーション使っちゃいました」
どうやら彼女は魔法を使ってアーサーのところまで移動したらしい。
「ふふっ……はは。いいよ、ジュリアが胸に飛び込んで来てくれるならいつでも大歓迎だ」
彼はそのまま耳元で甘く囁き、ジュリアの頬にキスをした。
「ひゃあっ! こ、ここ……廊下ですよ。誰かに見られたらどうするんですか」
「見られても構わないさ。それとも時を止めてもっとする?」
「し、し、しません! ランチ……そう、ランチを食べますよ」
「そうか。残念だな」
真っ赤になったジュリアを見て、アーサーはさっきまでの沈んだ気持ちが吹き飛んでいった。
舞踏会は相変わらず嫌いでダンスは上手く踊れないし、貴族令嬢には必須の刺繍の出来も酷いものだ(ジュリア曰く破けたものを繕うことはできるらしいが……)
アーサーがジュリアから刺繍入りのハンカチをもらった時、正直何が縫われているのかわからなかった。
「これは……可愛い黒猫だね」
紳士であるアーサーは自分の動物の知識をフル回転させた結果、猫だと判断し『可愛い』と褒めた。
「う……馬デス」
「うま……?」
まさかこれが馬とは。真っ黒な塊に耳が付いているのはわかるが、アーサーはあまりの出来の悪さに驚いていた。自分の周りには凝った刺繍をする御令嬢方しかいなかったからだ。
「すみません……上手くできなくて……」
ボソボソと話す彼女の指にはたくさんのテープが貼られている。
それを見た瞬間、アーサーは自分のために怪我をしながら頑張ってこれを作ってくれたのかと胸がいっぱいになった。
「ありがとう、離れていても君だと思って大事にするよ」
「いえ! それは処分してください。次はもう少しマシに作りますから」
「君がくれた物を、私が捨てるはずがないだろう」
「だ、だめです!」
「ふふ……これはもう私のハンカチだから、ジュリアに捨てる権利はないよ」
そのハンカチは、肌身離さずアーサーの胸ポケットに入っている。
「刺繍も満足にできないなんて。これだから下級貴族の出は嫌なのよ」
どこからその話を聞いたのか、アーサーの義母である正妃がそんな嫌味を言ってくることが度々あった。わざと皆の前で言ってくるのが性格が悪い。
彼女は元々は有力な公爵家の娘であり、父である国王陛下とは完全な政略結婚だった。アーサーを殺そうとした第一王子の実母でもある。
息子である第一王子の一件で、彼女の発言力は急速に落ちていた。
そして側室の子であるアーサーが王位継承権を取ったことを面白く思っていないため、怒りの矛先は妻のジュリアに向いていた。
「あなたのお母様も貧乏な下級貴族でしたものね。きっとお母様に似ているからお好きなのね」
アーサーはその発言がどうしても許せなかった。ジュリアと母……大好きな二人を侮辱されたからだ。
「発言を撤回してください」
「……本当のことを言って何が悪いのかしら」
好色なアーサーの父には何人もの側室がいる。身分が低いが優しく可愛らしいアーサーの母を気に入り、半ば無理矢理嫁がせた。
アーサーの母は、父の一番お気に入りの側室で愛し大事にされていた。母も父を愛していたように思う。国王陛下として冷徹な面はあれど、それは紛れもない事実だ。
しかし陛下は明確に正妃と側室の線引きをしており、正妃を蔑ろにしたことなどなかった。
「ジュリアは普通の令嬢には出来ぬことがたくさん出来ます。あなたのように刺繍が上手くできたからと言ってなんです? この国を救えるとでも仰るのですか?」
「ですが、貴族の常識が何も出来ないなんて王家の品位が……品位が下がります!」
ヒステリックに叫ぶ王妃を前に、アーサーはフッと馬鹿にしたように鼻で笑った。
「品位ですって? 兄上が私にしたことをお忘れですか? 半分とはいえ血を分けた弟を殺そうとするなど、品がないことこの上ないですがね」
「……っ!」
「兄上をけしかけたのが誰なのか……しっかり調べてもいいんですよ?」
アーサーは口元だけに笑みを作り、顔色の悪い王妃を冷たく見下ろした。何度も殺されかけた事件の一部はきっと王妃の差金だとわかっていたからだ。
「義母上、随分と小さくなられましたな」
彼女の顔をじっと覗き込み、ニィッと口角を上げた。
この国最強の騎士であるアーサーは、鍛えているため身体も大きい。
「私はもうあの時の弱い子どもではない」
「ひぃっ……!」
「私は愛するジュリアを傷つける人間を、誰であっても許しません。そのことだけお忘れなく」
ギロリと睨みつけひとしきり脅して、その場を去った。きっともうあからさまなことはしてこないだろう。
アーサーは幼い頃、義母や兄にも愛されたくて必死だった自分を思い出し胸が痛くなった。
「アーサー! アーサー‼︎」
そんな時、遠くからブンブンと手を振っているジュリアが目に入った。
「……ジュリア」
「アーサー、見てください。畑で私が育てた野菜が取れたわ。これでシェフがランチを作ってくれるそうよ」
ジュリアは生家で畑をしていた。貧乏だったからというのが一番の理由だが、彼女は野菜を育てることが好きだった。
だから、アーサーは王家の庭にジュリアが好きにできる畑を作ってあげていた。王太子妃としての振る舞いではないと批判もあったが、アーサーはジュリアにのびのびとしていて欲しかった。
「うわっ、危ない」
ジュリアはさっきまでかなり遠くにいたのに、一瞬でアーサーの目の前に来たので流石に驚いた。
いきなり籠いっぱいに野菜を持って現れたジュリアを、アーサーは慌てて抱き止めた。
「えへへ、驚かせてごめんなさい。早く見せたくてテレポーテーション使っちゃいました」
どうやら彼女は魔法を使ってアーサーのところまで移動したらしい。
「ふふっ……はは。いいよ、ジュリアが胸に飛び込んで来てくれるならいつでも大歓迎だ」
彼はそのまま耳元で甘く囁き、ジュリアの頬にキスをした。
「ひゃあっ! こ、ここ……廊下ですよ。誰かに見られたらどうするんですか」
「見られても構わないさ。それとも時を止めてもっとする?」
「し、し、しません! ランチ……そう、ランチを食べますよ」
「そうか。残念だな」
真っ赤になったジュリアを見て、アーサーはさっきまでの沈んだ気持ちが吹き飛んでいった。
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