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14 最後のデート③

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 アイラに合わせて、オスカーはステップを踏んだ。最初はたどたどしたかったが、オスカーはかなり運動神経がいいのだろう。数分経てば、それなりに踊れるようになっていた。

「ふふ、お上手ではありませんか」
「なんで俺はダンスレッスンをしっかりやらなかったんだろうな。今、ものすごく後悔している」
「私、オスカー様と踊れてすごく楽しいです」
「ああ……俺も楽しい」

 くるくると回りふわふわと舞う可愛らしいアイラは、かなり目立っており注目を浴びていた。

「あの子可愛らしいな」
「まるで花の女神が舞い降りたようだ」

 周りがざわざわと煩くなってきたのに気がつき、オスカーは「そろそろ行こうか」と耳元で囁いた。

「……はい」

 オスカーはアイラを守る盾になりながら、みんなをかき分けて空いている道までなんとか連れ出した。

「驚いた。いつの間にあんなにギャラリーが増えてたんだ?」
「……ええ」
「まあ、しょうがないな。アイラは可愛いから」

 笑いながら馬屋の方に、手を引いていくオスカー。街の中心地から離れると、だんだん周りは静かになっていく。それがとても寂しかった。

 アイラは急に立ち止まって、そっとオスカーの手を離した。

「アイラ、どうした?」
「……りたくない」
「ん? なんて言ったんだ」

 オスカーは急に元気のなくなったアイラを、心配そうに見つめた。

「ううん、何でもないわ。足が疲れちゃっただけです」

 アイラは無理矢理笑顔を作って、何事もなかったかのような態度をとった。

「そうか。じゃあ、早く戻ろう」

 オスカーはニカッと笑うと、アイラを横抱きにして歩き出した。

「きゃあっ! は、恥ずかしいです」
「暗いから誰も見ちゃいねぇよ」

 パタパタと足を動かして暴れるが、オスカーはビクともしなかった。アイラは抵抗しても無駄だとわかったので、大人しくオスカーに運ばれることにした。

「アイラ、見てみろ。夜空が綺麗だぞ」

 そう言われて、アイラが上を見ると流れ星が数個シューっと輝いて消えていった。

「わぁ、流れ星! 初めて見ました」
「そうか。見たらラッキーなんだぞ」
「……素敵ですね」
「消える前に三回願い事を唱えたら、叶えてくれるらしい」

 アイラはその話を聞いて、心の中でこう唱えた。

『オスカーと幸せになりたい』

 だが、無情にも三回唱えることは出来なかった。どうやら流れ星にも、アイラの運命は変えることができないらしい。

「オスカー様は……願い事三回唱えられましたか?」

 アイラがそう訊ねると、オスカーはニカッと豪快に笑った。

「俺は願いを自分で叶える主義だ」
「まあ……オスカー様らしいですね」

 流れ星のお願いを教えてくれたのはオスカーなのに、どうやら彼自分は信じていないらしい。

「俺の願いはアイラにしか叶えられないからな。流れ星よりアイラにお願いしないと」

 オスカーは真剣な顔で、アイラをジッと見つめた。

「アイラ、好きだよ」
「オスカー様……私……」

 その時アイラは自分の気持ちを、全て言ってしまおうかと思ったが勇気がなくて唇を噛み締めた。

「俺が言いたかっただけだから、そんな顔するな。さあ、今日はもう帰ろう」

 オスカーはアイラが困っていると勘違いしたようだった。優しく微笑んで、オスカーは馬に乗せてくれた。

 輝く星空の中、馬で駆けて行くとまるで二人だけの世界のように思えた。

「オスカー様に謝らないといけないことがあるんです」

 オスカーの顔が見えない今なら、試験のことを話せる気がした。

「なんだ?」
「実は教員試験に落ちてしまって。あんなに応援していただいたのに、すみませんでした」

 言葉にするとやっぱり悔しくて、アイラはぐすっと鼻をすすった。

「……アイラが落ちただと? 君ほどの才女が落ちるなんて不思議だな。試験難しかったのか?」
「いえ。できた気がしてたのですが、きっと優秀な方が多かったのでしょう。力不足でした」
「……何かおかしい」
「いえ、おかしくないですよ」

 オスカーはそう言ってくれたが、結果は結果だ。

「でも、俺に謝ることなんかないぞ。また来年受ければいい。勉強は無駄にならないだろ?」
「……」
「夢を簡単に諦めるな。アイラならできる」

 力強い声でそう励まされて、アイラは胸が苦しくなった。

 アイラはファビアンと結婚するので、来年の教員試験は受けられないだろう。いくらファビアンもアイラの夢を応援してくれると言ってくれたとはいえ、公爵家の妻が試験を受けることは難しいはずだ。

「ありがとう……ございます」
「ああ。よく頑張って、偉かったな」

 オスカーは後ろから、アイラの頭をポンポンと優しく撫でてくれた。

 ずっと屋敷に着かなければいいのにと思ったが、あっという間に二人には別れの時がやってきた。

「アイラ、今日はとても楽しかった」
「はい、私もです」
「また出かけような!」

 嬉しそうにニカっと笑ったオスカーを見て、アイラは『この顔が好きだな』と思いながらしっかりとその姿を目に焼き付けた。

 アイラは『また出かけよう』の返事をすることはできなかった。嘘をつく事になってしまうから。

「オスカー様、差し上げたいものがあるのです」
「……え、俺に?」
「はい。驚かせたいので、しゃがんで目をつぶってください」

 オスカーは不思議そうな顔をしながらも、アイラと同じ目線までしゃがんでくれた。

「なんか、緊張するな。アイラからプレゼントなんて」

 そんなことを言いながら、オスカーはソワソワしていた。

『オスカー様、好きです。大好き』

 アイラは心の中でそう繰り返しながら、オスカーの唇にちゅっと触れるだけの口付けをした。

 世間ではファーストキスは甘酸っぱいなんて言うけれど、それはアイラには当てはまらなかったみたいだ。だって、涙が零れてしょっぱかったのだから。

「さようなら」

 驚いて目を見開いたまま固まっているオスカーに背を向けて、アイラは走って屋敷の中に入った。

 オスカーの目に映る最後の姿は可愛い自分でいたかったのに、ぐしゃぐしゃに泣いてしまったためアイラの計画は失敗した。

 バタン

 屋敷の扉を閉じたのと同時に、アイラはこの恋心を終わらせる事にした。



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