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19秘密の隠れ家
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私はさーっと青ざめた。もし落ちたら怪我では済まない。すぐに窓を開けると、ダニーは「ありがとう。もう少し遅かったら危なかったかも」とへへへと笑いひょいと飛び越えて部屋に入った。
「何してるの!死んだらどうするのよ」
「ははは、たとえ落ちても死なねーよ。怪我はするだろけど。俺が運動神経いいの知ってるだろ?」
「そうだけど」
「食堂へ行ったらミーナがいなかったから、心配でさ」
きっとダニーは両親に私のことを聞いたのだ。そして町では、きっと昨日の『カールの口付け事件』のことは噂になっているに決まっている。それだけ目立っていたから。だから、ダニーも知ってるに決まっているのだ。
「ごめんね。でも大丈夫だから」
「ミーナが飯食わないなんて大丈夫じゃない。一大事じゃねぇか!」
「人を食いしん坊みたいに言わないでよ」
「くっくっく、実際そうだろ?」
彼は冗談っぽく明るく話してくれる。ダニーと話していると、少し心が晴れた。
「げっ!この飾ってある薔薇ってまさか」
「そう。昨日あのお屋敷に配達に行ってたから」
「フレデリックはまだお前追いかけてんのかよ。いい加減嫌われてるって気付けよな」
「嫌ってるわけではないけど。変だけど、悪い人ではないし」
「ミーナ……応じる気がないなら、はっきり言ってやれ。それも優しさだろ!あいつもう二十歳だから、後継のために結婚しろって親父さんにせっつかれてるらしいぞ」
「そっか。フレデリック様はそんな年齢なんだね」
「とどめを刺されなきゃ、いつまでも諦められないあいつの気持ちはわかるからさ……」
「え?」
「いや、なんでもない」
彼は少し哀しそうな顔をした後、ニッコリと笑った。
「気分転換に出かけようぜ」
「そんな気分じゃ……」
「いいから!ほら、早く着替えろ」
「ええ……」
「はーやーくーしーろ!」
リビングで待ってると言われ、私は渋々着替えて最低限の身だしなみを整えた。
「ほら、行く前にこれ飲んで」
差し出されたそれは温かいココアの上に焼いたマシュマロが乗っていた。
ふーふーしながら、ゆっくりと飲む。
「美味しい……」
空腹の冷えた体に、ココアの温かさが沁みる。そしてトロトロのマシュマロの甘さもとても有難い。
「美味いか。よかった」
「マシュマロ、わざわざ焼いてくれたんだ」
「ミーナ、昔から好きだろ?」
「……うん」
「笑顔が見れるなら、マシュマロなんていくらでも焼いてやるよ」
ダニーはニッと笑って私の頭を撫でた。
「……一生俺が焼いてやってもいいし」
ボソッと呟いた後、自分で恥ずかしくなったのか照れている。ダニーは本当に優しい。彼と一緒にいれば穏やかな幸せが手に入るだろうな、と本気で思う。
「さ、さあ!飲めたら行くぞ!」
彼は『ミーナと二人で出かけてくる。ダニー』と私の両親にメモを残して、手を引っ張って無理矢理家から連れ出した。
「どこに行くの?」
「いいから、付いてこいよ」
ぐいぐいと手を引っ張られて歩いて行くと、裏道を通って海までたどり着いた。水面がキラキラしてとても綺麗だ。
「久々にあそこ登ろうぜ」
彼は灯台を指差した。ここは小さい頃によく二人で来ていた場所だ。幼い私は悲しいことや辛いことがあると、よくここに隠れて泣いていた。たまに前世のことを思い出して苦しくなる時があったのだ。すると、いつの間にかダニーが傍に来て一緒に過ごしてくれた。
そしてダニーも同じ。彼も同じように叱られたり、嫌なことがあるとここへ来た。その時は私が迎えに行く。そうして……私達はずっと幼馴染として過ごしてきたのだ。
「うわー、久々だし出来るかな?」
彼は灯台の門を縦にカシャカシャと器用に動かした。ガチャ……と音がする。
「出来た!さすが俺」
「昔覚えたことは、何年経ってもできるものね」
「特に悪いことって忘れないよな」
私はくすくすと笑う。そう、実はこの灯台は本来立ち入り禁止だ。しかし古い門を上手く動かせば、簡単に開くことがわかったのだ。そして、幼い私たちは二人の『秘密の隠れ家』として忍び込んでいた。
「うわー、相変わらず気持ちいいな」
目の前には青空と海が広がり、さわさわと心地よい海風が頬を撫でる。
「久しぶりだわ。綺麗ね」
「ああ」
「幼い頃のダニーは、よくおじさんに叱られてここで泣いてたよね」
「親父めちゃくちゃ怖いからな。仕事の師匠でもあるから仕方がねぇけど、今でもたまにビビるわ」
「私にはとっても優しいけどね」
「そりゃ、ミーナは気に入られてるからな。でも……いくら叱られても腕の良い親父のこと尊敬してるから。見込みあるから厳しくしてくれてるんだろうし」
「そうね。ダニーはいつも頑張ってて格好良いよ!絶対にいい鍛冶屋さんになれるわ」
そう言うと、彼はいきなりしゃがんで顔を両手で隠した。
「ダニー?どうしたの」
「今、顔見ないでくれ。絶対変な顔してる。ミーナに褒められたら嬉しくて……やばい」
そう言われて私も、頬を染めた。彼はため息をつき、落ち着いてから立ち上がった。
「ミーナ、聞いてくれ」
「うん、なに?」
「俺はミーナが好きだ。結婚してくれないか」
私はいきなりの求婚に、驚いて言葉が見つからなかった。ざあぁーっと風の音だけが聴こえる。
「俺の夢は立派な鍛冶屋になることだ。ミーナは、将来夫婦で食堂するのが夢って言ってたから……それは叶えてあげられなくて申し訳ないけど」
それは私が幼い頃から語っていた夢だ。
「俺頑張って稼ぐから小さい家建てて、下は食堂にしよう?俺は一緒には出来ないけど、ミーナが店持つのは応援したいと思ってる。家事だって二人で協力すればいい」
「ダニー……」
「二人で夢叶えて、幸せに暮らそう?俺はミーナをあの男みたいに泣かしたりしない。ずっと笑わせるって誓うよ」
彼は気持ちを真っ直ぐ伝えてくれている。
「愛してるよ。ずっとずっと昔から」
私をそっと抱きしめて、告白をしてくれた。彼の心臓は驚くほど早い。ドキドキとせわしなく動いているのがわかる。
嬉しい。とってもありがたい。けれど……
「ダニー、とっても嬉しいわ」
「じゃあ……!」
「でも……ごめ……なさい」
私はポロポロと目から涙が溢れる。こんな素敵な言葉をもらって、ダニーとなら幸せになれると頭ではわかっているのに……私の心の中心にいるのは『カール』だ。
「私……カールが……好きなの。他の人とキスしてるのを見て、気持ちを自覚するなんて馬鹿みたいだけど」
ひっく……ひっく……うっ……
「そんなことわかってるよ」
「え?」
「昨日あいつが別の女とキスしてたって聞いて、俺はチャンスだと思ったんだ。良かったって安心した」
「良かった?」
「うん、ミーナの気持ちがあいつから離れると思ったから。でも違った。家でショック受けて泣いてるミーナ見たら……嫌でもわかったよ」
ダニーはくるっと私に背を向けて話し出した。
「ミーナが好きなのは俺じゃないんだって」
はははっと乾いた笑い声をあげた。
「でも!あんな男やめておけよ。いくらミーナが好きでも、別の女がいるんだぞ?しかも恋人はいないって嘘をついていた。それにあいつは絶対に貴族出身だ!俺達とは身分が違う。悪いことは言わない……やめておけよ」
「わかってる。でも自分の気持ちに気が付いてしまったの」
私は嘘偽りのない素直な気持ちを告げた。
「そんな気持ち俺といれば、すぐに忘れる。忘れさせるよ。だから俺に……俺にしとけよ」
ダニーはもう一度私の方を向き、頬をするりと撫でた。目を逸らすことは出来なかったが、ゆっくりと左右に首を振った。
彼は強引に手を引き、抱きしめて頬や首にちゅっちゅと音を立ててキスをした。
――違う。
私は驚いて身体を離そうともがくが、力で勝てるはずもなく強く抱きしめ直されびくともしない。
哀しいことに、このキスでより一層自分の気持ちがわかってしまった。私がキスして欲しいのは……ダニーじゃない。カールだ。
ポロポロと流れ落ちる涙に気がついて、彼はやっと身体を離した。その顔は私の何倍も辛そうな顔だった。
「そうか。泣くほど嫌か」
「うっ……うっ……ダニーの……気持ちには……応えられない。ごめんなさい」
彼は下を向いて、両目を片手で隠した。そして掠れた声で話し始めた。
「ごめん。最低だ。ミーナに、無理矢理酷いことをした」
「……」
「泣かせないとか偉そうに言ってさ、すぐ約束破ってるよな。本当に格好悪い」
ダニーはずるずるとしゃがみこんで、顔が全く見えないくらい俯いた。
「私、ちゃんとカールに気持ち伝えるわ。一緒になれなくてもいいの。でもちゃんと正直に話す」
「そうか」
「フレデリック様にもきちんとお断りする」
「……」
「ダニー、私を好きになってくれてありがとう。今まで沢山助けてくれてありがとう」
彼は無言だ。ざーっざーっと海の波が寄せては返す音だけが聞こえる。
「……ごめん。流石に今日はこれ以上一緒にいるの辛い」
「ええ、先に戻るね。心配して……家まで来てくれてありがとう」
「ああ」
もう幼馴染にも、友達にも戻れないのか。そのことは辛いが……仕方がない。
グッと唇を噛み締め、カンカンと階段を降り始めた。
「もし!」
声をかけられて、驚いて振り返る。
「もし……振られたら言え。ここで慰めてやるから」
「ダニー……」
「その時は幼馴染として!ちゃんと幼馴染として慰めるから」
そう言ってくれた彼の優しさに、目元が潤みそうになる。私はニッコリと笑顔を作った。
「ありがとう!当たって砕けてくる」
手を振って勢いよく、階段を降りて行りる。前を向いて進んだ私は、その時ダニーが呟いた言葉は聞こえていなかった。
「何が幼馴染としてだ。どうやったら諦められるのか……誰か教えてくれよ」
♢♢♢
灯台の下に降りて、町中を歩く。カールは今も彼女と一緒のホテルにいるのだろうか?まずはどこのホテルか探さないと会えない。
「ちょっと、お時間いいかしら」
後ろからいきなり声をかけられて、振り返ると……そこにはあの時はカールの唇にキスをしていた美女が立っていた。
「何してるの!死んだらどうするのよ」
「ははは、たとえ落ちても死なねーよ。怪我はするだろけど。俺が運動神経いいの知ってるだろ?」
「そうだけど」
「食堂へ行ったらミーナがいなかったから、心配でさ」
きっとダニーは両親に私のことを聞いたのだ。そして町では、きっと昨日の『カールの口付け事件』のことは噂になっているに決まっている。それだけ目立っていたから。だから、ダニーも知ってるに決まっているのだ。
「ごめんね。でも大丈夫だから」
「ミーナが飯食わないなんて大丈夫じゃない。一大事じゃねぇか!」
「人を食いしん坊みたいに言わないでよ」
「くっくっく、実際そうだろ?」
彼は冗談っぽく明るく話してくれる。ダニーと話していると、少し心が晴れた。
「げっ!この飾ってある薔薇ってまさか」
「そう。昨日あのお屋敷に配達に行ってたから」
「フレデリックはまだお前追いかけてんのかよ。いい加減嫌われてるって気付けよな」
「嫌ってるわけではないけど。変だけど、悪い人ではないし」
「ミーナ……応じる気がないなら、はっきり言ってやれ。それも優しさだろ!あいつもう二十歳だから、後継のために結婚しろって親父さんにせっつかれてるらしいぞ」
「そっか。フレデリック様はそんな年齢なんだね」
「とどめを刺されなきゃ、いつまでも諦められないあいつの気持ちはわかるからさ……」
「え?」
「いや、なんでもない」
彼は少し哀しそうな顔をした後、ニッコリと笑った。
「気分転換に出かけようぜ」
「そんな気分じゃ……」
「いいから!ほら、早く着替えろ」
「ええ……」
「はーやーくーしーろ!」
リビングで待ってると言われ、私は渋々着替えて最低限の身だしなみを整えた。
「ほら、行く前にこれ飲んで」
差し出されたそれは温かいココアの上に焼いたマシュマロが乗っていた。
ふーふーしながら、ゆっくりと飲む。
「美味しい……」
空腹の冷えた体に、ココアの温かさが沁みる。そしてトロトロのマシュマロの甘さもとても有難い。
「美味いか。よかった」
「マシュマロ、わざわざ焼いてくれたんだ」
「ミーナ、昔から好きだろ?」
「……うん」
「笑顔が見れるなら、マシュマロなんていくらでも焼いてやるよ」
ダニーはニッと笑って私の頭を撫でた。
「……一生俺が焼いてやってもいいし」
ボソッと呟いた後、自分で恥ずかしくなったのか照れている。ダニーは本当に優しい。彼と一緒にいれば穏やかな幸せが手に入るだろうな、と本気で思う。
「さ、さあ!飲めたら行くぞ!」
彼は『ミーナと二人で出かけてくる。ダニー』と私の両親にメモを残して、手を引っ張って無理矢理家から連れ出した。
「どこに行くの?」
「いいから、付いてこいよ」
ぐいぐいと手を引っ張られて歩いて行くと、裏道を通って海までたどり着いた。水面がキラキラしてとても綺麗だ。
「久々にあそこ登ろうぜ」
彼は灯台を指差した。ここは小さい頃によく二人で来ていた場所だ。幼い私は悲しいことや辛いことがあると、よくここに隠れて泣いていた。たまに前世のことを思い出して苦しくなる時があったのだ。すると、いつの間にかダニーが傍に来て一緒に過ごしてくれた。
そしてダニーも同じ。彼も同じように叱られたり、嫌なことがあるとここへ来た。その時は私が迎えに行く。そうして……私達はずっと幼馴染として過ごしてきたのだ。
「うわー、久々だし出来るかな?」
彼は灯台の門を縦にカシャカシャと器用に動かした。ガチャ……と音がする。
「出来た!さすが俺」
「昔覚えたことは、何年経ってもできるものね」
「特に悪いことって忘れないよな」
私はくすくすと笑う。そう、実はこの灯台は本来立ち入り禁止だ。しかし古い門を上手く動かせば、簡単に開くことがわかったのだ。そして、幼い私たちは二人の『秘密の隠れ家』として忍び込んでいた。
「うわー、相変わらず気持ちいいな」
目の前には青空と海が広がり、さわさわと心地よい海風が頬を撫でる。
「久しぶりだわ。綺麗ね」
「ああ」
「幼い頃のダニーは、よくおじさんに叱られてここで泣いてたよね」
「親父めちゃくちゃ怖いからな。仕事の師匠でもあるから仕方がねぇけど、今でもたまにビビるわ」
「私にはとっても優しいけどね」
「そりゃ、ミーナは気に入られてるからな。でも……いくら叱られても腕の良い親父のこと尊敬してるから。見込みあるから厳しくしてくれてるんだろうし」
「そうね。ダニーはいつも頑張ってて格好良いよ!絶対にいい鍛冶屋さんになれるわ」
そう言うと、彼はいきなりしゃがんで顔を両手で隠した。
「ダニー?どうしたの」
「今、顔見ないでくれ。絶対変な顔してる。ミーナに褒められたら嬉しくて……やばい」
そう言われて私も、頬を染めた。彼はため息をつき、落ち着いてから立ち上がった。
「ミーナ、聞いてくれ」
「うん、なに?」
「俺はミーナが好きだ。結婚してくれないか」
私はいきなりの求婚に、驚いて言葉が見つからなかった。ざあぁーっと風の音だけが聴こえる。
「俺の夢は立派な鍛冶屋になることだ。ミーナは、将来夫婦で食堂するのが夢って言ってたから……それは叶えてあげられなくて申し訳ないけど」
それは私が幼い頃から語っていた夢だ。
「俺頑張って稼ぐから小さい家建てて、下は食堂にしよう?俺は一緒には出来ないけど、ミーナが店持つのは応援したいと思ってる。家事だって二人で協力すればいい」
「ダニー……」
「二人で夢叶えて、幸せに暮らそう?俺はミーナをあの男みたいに泣かしたりしない。ずっと笑わせるって誓うよ」
彼は気持ちを真っ直ぐ伝えてくれている。
「愛してるよ。ずっとずっと昔から」
私をそっと抱きしめて、告白をしてくれた。彼の心臓は驚くほど早い。ドキドキとせわしなく動いているのがわかる。
嬉しい。とってもありがたい。けれど……
「ダニー、とっても嬉しいわ」
「じゃあ……!」
「でも……ごめ……なさい」
私はポロポロと目から涙が溢れる。こんな素敵な言葉をもらって、ダニーとなら幸せになれると頭ではわかっているのに……私の心の中心にいるのは『カール』だ。
「私……カールが……好きなの。他の人とキスしてるのを見て、気持ちを自覚するなんて馬鹿みたいだけど」
ひっく……ひっく……うっ……
「そんなことわかってるよ」
「え?」
「昨日あいつが別の女とキスしてたって聞いて、俺はチャンスだと思ったんだ。良かったって安心した」
「良かった?」
「うん、ミーナの気持ちがあいつから離れると思ったから。でも違った。家でショック受けて泣いてるミーナ見たら……嫌でもわかったよ」
ダニーはくるっと私に背を向けて話し出した。
「ミーナが好きなのは俺じゃないんだって」
はははっと乾いた笑い声をあげた。
「でも!あんな男やめておけよ。いくらミーナが好きでも、別の女がいるんだぞ?しかも恋人はいないって嘘をついていた。それにあいつは絶対に貴族出身だ!俺達とは身分が違う。悪いことは言わない……やめておけよ」
「わかってる。でも自分の気持ちに気が付いてしまったの」
私は嘘偽りのない素直な気持ちを告げた。
「そんな気持ち俺といれば、すぐに忘れる。忘れさせるよ。だから俺に……俺にしとけよ」
ダニーはもう一度私の方を向き、頬をするりと撫でた。目を逸らすことは出来なかったが、ゆっくりと左右に首を振った。
彼は強引に手を引き、抱きしめて頬や首にちゅっちゅと音を立ててキスをした。
――違う。
私は驚いて身体を離そうともがくが、力で勝てるはずもなく強く抱きしめ直されびくともしない。
哀しいことに、このキスでより一層自分の気持ちがわかってしまった。私がキスして欲しいのは……ダニーじゃない。カールだ。
ポロポロと流れ落ちる涙に気がついて、彼はやっと身体を離した。その顔は私の何倍も辛そうな顔だった。
「そうか。泣くほど嫌か」
「うっ……うっ……ダニーの……気持ちには……応えられない。ごめんなさい」
彼は下を向いて、両目を片手で隠した。そして掠れた声で話し始めた。
「ごめん。最低だ。ミーナに、無理矢理酷いことをした」
「……」
「泣かせないとか偉そうに言ってさ、すぐ約束破ってるよな。本当に格好悪い」
ダニーはずるずるとしゃがみこんで、顔が全く見えないくらい俯いた。
「私、ちゃんとカールに気持ち伝えるわ。一緒になれなくてもいいの。でもちゃんと正直に話す」
「そうか」
「フレデリック様にもきちんとお断りする」
「……」
「ダニー、私を好きになってくれてありがとう。今まで沢山助けてくれてありがとう」
彼は無言だ。ざーっざーっと海の波が寄せては返す音だけが聞こえる。
「……ごめん。流石に今日はこれ以上一緒にいるの辛い」
「ええ、先に戻るね。心配して……家まで来てくれてありがとう」
「ああ」
もう幼馴染にも、友達にも戻れないのか。そのことは辛いが……仕方がない。
グッと唇を噛み締め、カンカンと階段を降り始めた。
「もし!」
声をかけられて、驚いて振り返る。
「もし……振られたら言え。ここで慰めてやるから」
「ダニー……」
「その時は幼馴染として!ちゃんと幼馴染として慰めるから」
そう言ってくれた彼の優しさに、目元が潤みそうになる。私はニッコリと笑顔を作った。
「ありがとう!当たって砕けてくる」
手を振って勢いよく、階段を降りて行りる。前を向いて進んだ私は、その時ダニーが呟いた言葉は聞こえていなかった。
「何が幼馴染としてだ。どうやったら諦められるのか……誰か教えてくれよ」
♢♢♢
灯台の下に降りて、町中を歩く。カールは今も彼女と一緒のホテルにいるのだろうか?まずはどこのホテルか探さないと会えない。
「ちょっと、お時間いいかしら」
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