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38大事な友人
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旅行から帰って一週間が経過した。私達はいつも通りの日常が戻って来ている。カールはお父さんとの約束があるので、最近は夜遅くまで食堂にこもって指導を受けているようだけど。
お陰で私はあまり構ってもらえず、少し寂しいが……彼の頑張りを応援したいので邪魔はしない。
そして……今日こそお母さんに夜のことを聞こうと決めていた。二人きりの時じゃないと聞けないもの。
「お母さん!聞きたいことがあるから部屋に行ってもいい?」
私の緊張した様子にお母さんは少し驚きながらも「もちろんいいわよ」と微笑んでくれた。
「で、どうしたの?何かあった?」
「あ、あのね……」
いざ聞くとなると、途端に恥ずかしくなる。妻として何をすればいい?と聞けばいいのか。それとも閨のやり方を教えてとハッキリ言うべきか。考えれば考えるほど言葉が出なくなる。
「もしかして、カールに浮気でもされたの?それともシュバイク王国に現地妻がいたとか?」
お母さんが不安そうに私に聞いてきた。え……なんか違う方向に誤解されてる。
「されてない!違うから」
「なんだ。真剣な顔して悩んでいるから、焦ったじゃない」
「違うの。あの……結婚式の……その……夜のことデス」
私はもじもじと、俯きながら小声でそう話した。
「ははは、なんだ。そのことか。町のお姉さん連中に話聞いてないの?知りたくなくても言われるでしょう?」
「正直……聞いてるけど、なんか高度すぎて初夜のことじゃなさそうな気がして」
「あははは」
お母さんは涙を堪えて笑っている。こっちは真剣なのにと少し不貞腐れる。
生まれ変わってわかったが、貴族に比べて平民の方が恋愛を楽しんでいる。だからこそ、女性だけで集まれば夜の話もオープンにしている……人も多い。
「ごめん、揶揄ったわけじゃないの。初めてだし不安よね」
「うん。痛いって本当?」
「あー……人によるけど痛いね」
私は怖気付いた。恋愛小説ではめくるめく甘い夜を過ごした……なんて書いてあるが、あれはやはり嘘らしい。
「でも大丈夫、カールに任せれば。愛があればなんとでもなるものよ」
「そんなもの?」
「ええ、それが一番大事。きっとカールはミーナを傷つけたりしないわ」
お母さんはそっと優しく頭を撫でてくれた。そしてそれからは具体的な方法を一通り聞いて、あんなことやそんなことも聞いて……私は頭が爆発しそうだった。ソンナコトスルノ?
「無理……」
「いや、まぁそれはおいおいよ!好みもあるし」
「私大丈夫かな?恥ずかしいっ!」
閨教育の教科書ではわからなかったことを詳細に知り、私は焦っていた。
「当日の夜着は私が用意してあげるからね」
「あ、そうか。夜着いるよね」
「奮発して可愛くてセクシーなの買ってあるから」
「えっ!?」
「新婚さんは雰囲気も大事だから」
そうよね。そりゃあ一生に一度のことなんだから、気合を入れるべきよね。
「う、うん。ありがとう。私よくわからなくて」
「私もそういうことちゃんと話さなかったからごめんね。ミーナは恋愛の話すら苦手そうだったから」
「うん。カールに出逢う前までは苦手だった」
「良かった。あなたを可愛い、好きだって言ってくれる人ができて。そしてあなたも素直にそれを受け入れることができて嬉しい。昔のミーナは『可愛い』って褒められて嫌そうだったから心配だったわ」
「心配かけて、ごめんなさい」
「いいのよ。カールに出逢ってからのミーナは本当に綺麗になった。他の人からの褒め言葉も受け入れられるようになったしね」
「うん、カールのおかげ」
「二人で幸せになりなさい」
「はい」
私はお母さんにぎゅっと抱きついた。お母さんはいつも明るくて、優しいのにしなやかに強い。こんな人になりたいなと常々思う。
♢♢♢
「いらっしゃいませ」
昼時が終わって、お客さんが誰も居なくなったころに扉を開く音が聞こえてきた。
「……ミーナ、久しぶり」
そこには、珍しい人が立っていた。告白を断って以来、遠くで見かけたことはあっても直接話すことはなかったフレデリック様だ。彼は少し緊張した様子で微笑んでいた。
あれ以来うちに配達の依頼はなかった。それに元々彼がお店に足を運ぶことは、ほとんどなかった。ダニーはあの後も頻繁に通ってくれたが、フレデリック様とは……残念ながら縁が切れてしまったかなと思っていたのだ。
「フレデリック様!お久しぶりです」
「ああ、急にごめんね」
「いえ、嬉しいです。どうぞ」
彼は一番端の窓際の席に腰掛けた。ゆるく差込む日差しが、彼の美しい長髪を輝かせている。
「仕事中だとわかっているが、少し話せないかな」
「……いいですよ、今は暇ですし。フレデリック様、お昼は?」
「もう食べた」
「では紅茶と私お手製のクッキーでもどうですか?この前良い茶葉をいただいたのがあるんです」
「頼む」
私は両親に少し話してくると声をかけ、仕事から離れる了承を得た。カールは少し不機嫌そうな顔で「今更話すことなんかねぇだろ」とジロリとフレデリック様を睨んでいた。
「珍しくここまで来られたのは何か訳があるはずだから」
「……わかった」
私は紅茶とクッキーを持って彼のテーブルに置いた。カップに注ぐといい香りが広がる。
「どうぞ」
「ありがとう」
一口飲むと鼻の中にスーッと良い香りが溢れる。ああ、美味しい。これはシュバイク王国から貰った最高級の紅茶だ。
「美味いな。これはシュバイク王国の?」
「ええ、流石お分かりになるんですね」
「ああ。シュバイクの……昔メラビア王国があった辺りは紅茶が有名だから。これだけ美味いならうちでも取り扱いたいな。売れそうだ」
「少し値がはりますけど、おすすめです。これとこの銘柄も良いですよ」
私はペーパーナプキンにサラサラと美味しい茶葉の銘柄と産地を記入して渡した。私は昔から紅茶には悔しいし得意なのだ。
「ありがとう。取り寄せて試してみる」
「ええ。フレデリック様はもう立派な商人のお顔ですね」
「ああ……俺ももう一人で仕事をしているからね」
「素晴らしいです」
「ミーナ、俺結婚するんだ」
――実はその話はすでに知っていた。
あの後すぐに、フレデリック様はずっとお父様からすすめられていた大きな商家の御令嬢とお見合いをされた。すごく綺麗な女性だと町中で噂になっていたから。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
「お見合いをされた方ですか?」
「ああ」
彼はまた紅茶をゴクリと飲んだ。
「政略結婚で見合いなんて嫌だった。でも、君とのことに区切りをつけようと思い会ってみた……ら、会って数分で熱烈な告白を受けたんだ」
「相手の方は、お知り合いだったのですか?」
「学校の後輩でね。だが、ほとんど話したことはなかったんだが……僕に憧れていたらしい。いきなりのことで僕は呆気に取られたけどね」
「まぁ!素敵」
「とても素直ないい子でね。何度か会ってみると勉強熱心で商売のこともお父上に学んで頑張っている姿をみて……僕も好きになった」
少し恥ずかしそうに照れながら、私にそう話してくださったフレデリック様はとてもいい顔をされていた。
「良かったです。本当におめでとうございます」
「ああ、今の僕は幸せだよ。彼女と一緒に人生を歩んでいこうと思う」
「はい」
「大事な……友人の君には知っていて欲しくて」
「教えてくださってありがとうございます!」
「あと、お願いなんだが。ミーナ達の結婚式に……その、僕の婚約者も連れて行っていいだろうか?」
「もちろんです!」
「そうか、ありがとう」
フレデリック様にも結婚式の招待状を送っていたし、出席だと返事も貰っていたけど……無理をさせているのではないかと気にしていたのだ。それなのに、婚約者と来ていただけるなんて!こんな幸せなことはない。
すると、急にフレデリック様はくすりと楽しそうに笑い出した。
「あの男は相変わらず余裕がないな」
「え?」
「すごい目でこっちを睨んでいる。ミーナ、まだ間に合うぞ?夫があの男で良いのか?」
「……ええ。やきもち妬きのあの人が好きなの」
「惚気か。この美味しいクッキー以上に甘ったるくて困る」
「すみません」
そんな話をしていると、扉が開いて誰かが入ってきた。接客をしようと近付いた両親を無視して、無言のまますごい勢いで私達の席までやって来た。
「パティ!なぜここに」
「フレッド様こそ……酷いです」
ええっ!?これは……この人はもしかしてフレデリック様の婚約者さん?サラサラの髪にお人形のようなすらっとした手足に、パッチリと大きな瞳……めちゃくちゃ可愛い。
「私に隠れて逢引きなんて」
うるうると大きな瞳から涙が溢れそうになっている。てゆーか、逢引きっ!?なんか誤解してる。てゆーか、ここうちの店ですし。
「そんなわけないだろ?」
フレデリック様は冷静なまま、ふぅとため息をついた。
「お……お渡ししたいものがあって、お家へ伺ったら使用人の方にこちらにいらっしゃると教えていただきました。あなたといるのが他の方なら冷静でいられますが……私はミーナ様だけは嫌です!」
えー……初対面なのに私、嫌われてる?嫌だとはっきり言われてしまった。
「ミーナ様、私はフレッド様を誰よりも愛しています。もう婚約も致しました。私達の邪魔はしないでくださいませ。あなたにそんな権利ありませんわ」
涙を堪えながらも、キリッとそう私に言う姿はとても凛としてしていた。
「パティ、もうやめてくれ。君の誤解だから」
フレデリック様は真っ赤に頬を染め、恥ずかしそうに目線を逸らしながらそう言った。
「そうだ。君は何か大きな誤解をしている。ここはミーナの家の食堂だ。そしてミーナはこいつじゃなくて俺の愛する恋人だからな」
カールがキッチンから出てきて、私の肩をぐいっと抱き寄せた。彼女は私とカールを何度も見返した後、ぶわっと頬を染めて「申し訳ありません」と頭を深々と下げた。
混乱している彼女をフレデリック様の隣に座らせて、カールも含めた四人で話をすることになった。両親も「三十分だけな」と気を遣って店に他の人が来ないように貸切にしてくれた。
「騒がせた上に、店まで貸切にしてもらって悪かった。この女性は僕の婚約者なんだ」
「本当に皆様に失礼なことを。申し訳ありませんでした。私は……フレッド様の婚約者のパトリシアと申します」
彼女は深々と頭を下げた。
「初めまして。私はこの食堂の娘のミーナ、そして隣にいるのが私の婚約者のカールよ」
「ミーナ様のことは以前からよく存じておりました。あの……フレッド様の初恋の方だと」
私とカールはバッとフレデリック様を見た。そんな話を婚約者の彼女にしたのだとしたら、無神経だ。彼は左右に小さく首を振った。
「ごめんなさい。私が勝手に調べたのです。私は昔からフレッド様に憧れていました。貴方は学校でいろんな美しい女性に告白されても常に『好きな人がいる』と断られていました。でも、どなたかとお付き合いしている様子もないので……お断りする方便かなと思っていたのです」
なるほど。フレデリック様は確かに町の女の子達からも人気があった。
「でも気になって、いけないとは思いつつ……フレッド様を追いかけると町中で大きな荷物を持ったミーナ様に駆け寄って行かれました。そして声をかけて荷物を持ってあげていた。そのお顔は、とても幸せそうで……ああ、この方が『好きな人』なんだと納得しました」
彼女は俯いて、グッと手に力を込めた。
「それからは、私は長年遠くからフレッド様を眺めるだけにしました。でもまだ好きで……諦めなきゃと思うのに無理でした。そんな時お父様から『パトリシアの憧れの君が婚約者を探しているらしい』と言われて舞い上がったのです。私の片想いを家族は知っていたのと、うちも商家なので都合が良いと……縁談を組まれました」
「そう」
「フレッド様はこの縁談をお断りになると思いましたが、私は藁にもすがる気持ちでした。いくらミーナ様をお好きでも……結婚相手の条件としては私の方が良いと思っていましたから。好きになってもらえなくても『妻』にはなれるかもと期待して、お見合いの日勇気を出してフレッド様に想いを伝えました。そうしたら……あなたも私で良いと言ってくださってとてもとても嬉しかったんです」
うっうっ、と彼女はまた泣き出した。
「でも今日……窓からミーナ様と談笑されているフレッド様を見たら、不安になって気がついたら店に入っていました。本当にはしたない真似をして申し訳ありません」
フレデリック様はグッと目をつぶってから、彼女の手をそっと握った。
「僕が悪い。君への気持ちが全然伝わっていなかったようだ」
「フレッド様に悪いところなんてありません!」
「……僕は君で良いと言ったつもりはないよ」
「え?」
彼女はとても不安そうな顔をしたが、私はわかっていた。フレデリック様はこの女性を愛しているのだから。
「君で、ではなく君が良いと言ったんだ。僕の妻はパティが良いと」
「フレッド様……」
「君を不安にさせると思ってミーナのことは言っていなかったんだ。だが、知っていたんだな。確かに僕は昔彼女が好きだったが、もうきっぱり振られてるから友人だ。彼女には、そこのオッサンが好きだと言われてね」
フレデリック様は、カールを見てフッと笑った。カールは「誰がオッサンだ」と不機嫌だ。私は二人のその言い方が面白くてついくすりと笑ってしまい、カールに「ミーナまで酷い」と頬を軽くつねられた。
「僕は君が好きだよ。僕の妻になる人は君しかいない」
フレデリック様は彼女の頬をするりと包み込み、美しく微笑んだ。彼女は真っ赤になって照れていた。
その二人の様子を見てもう大丈夫だと、私とカールは目を見合わせて小さく頷いた。
お陰で私はあまり構ってもらえず、少し寂しいが……彼の頑張りを応援したいので邪魔はしない。
そして……今日こそお母さんに夜のことを聞こうと決めていた。二人きりの時じゃないと聞けないもの。
「お母さん!聞きたいことがあるから部屋に行ってもいい?」
私の緊張した様子にお母さんは少し驚きながらも「もちろんいいわよ」と微笑んでくれた。
「で、どうしたの?何かあった?」
「あ、あのね……」
いざ聞くとなると、途端に恥ずかしくなる。妻として何をすればいい?と聞けばいいのか。それとも閨のやり方を教えてとハッキリ言うべきか。考えれば考えるほど言葉が出なくなる。
「もしかして、カールに浮気でもされたの?それともシュバイク王国に現地妻がいたとか?」
お母さんが不安そうに私に聞いてきた。え……なんか違う方向に誤解されてる。
「されてない!違うから」
「なんだ。真剣な顔して悩んでいるから、焦ったじゃない」
「違うの。あの……結婚式の……その……夜のことデス」
私はもじもじと、俯きながら小声でそう話した。
「ははは、なんだ。そのことか。町のお姉さん連中に話聞いてないの?知りたくなくても言われるでしょう?」
「正直……聞いてるけど、なんか高度すぎて初夜のことじゃなさそうな気がして」
「あははは」
お母さんは涙を堪えて笑っている。こっちは真剣なのにと少し不貞腐れる。
生まれ変わってわかったが、貴族に比べて平民の方が恋愛を楽しんでいる。だからこそ、女性だけで集まれば夜の話もオープンにしている……人も多い。
「ごめん、揶揄ったわけじゃないの。初めてだし不安よね」
「うん。痛いって本当?」
「あー……人によるけど痛いね」
私は怖気付いた。恋愛小説ではめくるめく甘い夜を過ごした……なんて書いてあるが、あれはやはり嘘らしい。
「でも大丈夫、カールに任せれば。愛があればなんとでもなるものよ」
「そんなもの?」
「ええ、それが一番大事。きっとカールはミーナを傷つけたりしないわ」
お母さんはそっと優しく頭を撫でてくれた。そしてそれからは具体的な方法を一通り聞いて、あんなことやそんなことも聞いて……私は頭が爆発しそうだった。ソンナコトスルノ?
「無理……」
「いや、まぁそれはおいおいよ!好みもあるし」
「私大丈夫かな?恥ずかしいっ!」
閨教育の教科書ではわからなかったことを詳細に知り、私は焦っていた。
「当日の夜着は私が用意してあげるからね」
「あ、そうか。夜着いるよね」
「奮発して可愛くてセクシーなの買ってあるから」
「えっ!?」
「新婚さんは雰囲気も大事だから」
そうよね。そりゃあ一生に一度のことなんだから、気合を入れるべきよね。
「う、うん。ありがとう。私よくわからなくて」
「私もそういうことちゃんと話さなかったからごめんね。ミーナは恋愛の話すら苦手そうだったから」
「うん。カールに出逢う前までは苦手だった」
「良かった。あなたを可愛い、好きだって言ってくれる人ができて。そしてあなたも素直にそれを受け入れることができて嬉しい。昔のミーナは『可愛い』って褒められて嫌そうだったから心配だったわ」
「心配かけて、ごめんなさい」
「いいのよ。カールに出逢ってからのミーナは本当に綺麗になった。他の人からの褒め言葉も受け入れられるようになったしね」
「うん、カールのおかげ」
「二人で幸せになりなさい」
「はい」
私はお母さんにぎゅっと抱きついた。お母さんはいつも明るくて、優しいのにしなやかに強い。こんな人になりたいなと常々思う。
♢♢♢
「いらっしゃいませ」
昼時が終わって、お客さんが誰も居なくなったころに扉を開く音が聞こえてきた。
「……ミーナ、久しぶり」
そこには、珍しい人が立っていた。告白を断って以来、遠くで見かけたことはあっても直接話すことはなかったフレデリック様だ。彼は少し緊張した様子で微笑んでいた。
あれ以来うちに配達の依頼はなかった。それに元々彼がお店に足を運ぶことは、ほとんどなかった。ダニーはあの後も頻繁に通ってくれたが、フレデリック様とは……残念ながら縁が切れてしまったかなと思っていたのだ。
「フレデリック様!お久しぶりです」
「ああ、急にごめんね」
「いえ、嬉しいです。どうぞ」
彼は一番端の窓際の席に腰掛けた。ゆるく差込む日差しが、彼の美しい長髪を輝かせている。
「仕事中だとわかっているが、少し話せないかな」
「……いいですよ、今は暇ですし。フレデリック様、お昼は?」
「もう食べた」
「では紅茶と私お手製のクッキーでもどうですか?この前良い茶葉をいただいたのがあるんです」
「頼む」
私は両親に少し話してくると声をかけ、仕事から離れる了承を得た。カールは少し不機嫌そうな顔で「今更話すことなんかねぇだろ」とジロリとフレデリック様を睨んでいた。
「珍しくここまで来られたのは何か訳があるはずだから」
「……わかった」
私は紅茶とクッキーを持って彼のテーブルに置いた。カップに注ぐといい香りが広がる。
「どうぞ」
「ありがとう」
一口飲むと鼻の中にスーッと良い香りが溢れる。ああ、美味しい。これはシュバイク王国から貰った最高級の紅茶だ。
「美味いな。これはシュバイク王国の?」
「ええ、流石お分かりになるんですね」
「ああ。シュバイクの……昔メラビア王国があった辺りは紅茶が有名だから。これだけ美味いならうちでも取り扱いたいな。売れそうだ」
「少し値がはりますけど、おすすめです。これとこの銘柄も良いですよ」
私はペーパーナプキンにサラサラと美味しい茶葉の銘柄と産地を記入して渡した。私は昔から紅茶には悔しいし得意なのだ。
「ありがとう。取り寄せて試してみる」
「ええ。フレデリック様はもう立派な商人のお顔ですね」
「ああ……俺ももう一人で仕事をしているからね」
「素晴らしいです」
「ミーナ、俺結婚するんだ」
――実はその話はすでに知っていた。
あの後すぐに、フレデリック様はずっとお父様からすすめられていた大きな商家の御令嬢とお見合いをされた。すごく綺麗な女性だと町中で噂になっていたから。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
「お見合いをされた方ですか?」
「ああ」
彼はまた紅茶をゴクリと飲んだ。
「政略結婚で見合いなんて嫌だった。でも、君とのことに区切りをつけようと思い会ってみた……ら、会って数分で熱烈な告白を受けたんだ」
「相手の方は、お知り合いだったのですか?」
「学校の後輩でね。だが、ほとんど話したことはなかったんだが……僕に憧れていたらしい。いきなりのことで僕は呆気に取られたけどね」
「まぁ!素敵」
「とても素直ないい子でね。何度か会ってみると勉強熱心で商売のこともお父上に学んで頑張っている姿をみて……僕も好きになった」
少し恥ずかしそうに照れながら、私にそう話してくださったフレデリック様はとてもいい顔をされていた。
「良かったです。本当におめでとうございます」
「ああ、今の僕は幸せだよ。彼女と一緒に人生を歩んでいこうと思う」
「はい」
「大事な……友人の君には知っていて欲しくて」
「教えてくださってありがとうございます!」
「あと、お願いなんだが。ミーナ達の結婚式に……その、僕の婚約者も連れて行っていいだろうか?」
「もちろんです!」
「そうか、ありがとう」
フレデリック様にも結婚式の招待状を送っていたし、出席だと返事も貰っていたけど……無理をさせているのではないかと気にしていたのだ。それなのに、婚約者と来ていただけるなんて!こんな幸せなことはない。
すると、急にフレデリック様はくすりと楽しそうに笑い出した。
「あの男は相変わらず余裕がないな」
「え?」
「すごい目でこっちを睨んでいる。ミーナ、まだ間に合うぞ?夫があの男で良いのか?」
「……ええ。やきもち妬きのあの人が好きなの」
「惚気か。この美味しいクッキー以上に甘ったるくて困る」
「すみません」
そんな話をしていると、扉が開いて誰かが入ってきた。接客をしようと近付いた両親を無視して、無言のまますごい勢いで私達の席までやって来た。
「パティ!なぜここに」
「フレッド様こそ……酷いです」
ええっ!?これは……この人はもしかしてフレデリック様の婚約者さん?サラサラの髪にお人形のようなすらっとした手足に、パッチリと大きな瞳……めちゃくちゃ可愛い。
「私に隠れて逢引きなんて」
うるうると大きな瞳から涙が溢れそうになっている。てゆーか、逢引きっ!?なんか誤解してる。てゆーか、ここうちの店ですし。
「そんなわけないだろ?」
フレデリック様は冷静なまま、ふぅとため息をついた。
「お……お渡ししたいものがあって、お家へ伺ったら使用人の方にこちらにいらっしゃると教えていただきました。あなたといるのが他の方なら冷静でいられますが……私はミーナ様だけは嫌です!」
えー……初対面なのに私、嫌われてる?嫌だとはっきり言われてしまった。
「ミーナ様、私はフレッド様を誰よりも愛しています。もう婚約も致しました。私達の邪魔はしないでくださいませ。あなたにそんな権利ありませんわ」
涙を堪えながらも、キリッとそう私に言う姿はとても凛としてしていた。
「パティ、もうやめてくれ。君の誤解だから」
フレデリック様は真っ赤に頬を染め、恥ずかしそうに目線を逸らしながらそう言った。
「そうだ。君は何か大きな誤解をしている。ここはミーナの家の食堂だ。そしてミーナはこいつじゃなくて俺の愛する恋人だからな」
カールがキッチンから出てきて、私の肩をぐいっと抱き寄せた。彼女は私とカールを何度も見返した後、ぶわっと頬を染めて「申し訳ありません」と頭を深々と下げた。
混乱している彼女をフレデリック様の隣に座らせて、カールも含めた四人で話をすることになった。両親も「三十分だけな」と気を遣って店に他の人が来ないように貸切にしてくれた。
「騒がせた上に、店まで貸切にしてもらって悪かった。この女性は僕の婚約者なんだ」
「本当に皆様に失礼なことを。申し訳ありませんでした。私は……フレッド様の婚約者のパトリシアと申します」
彼女は深々と頭を下げた。
「初めまして。私はこの食堂の娘のミーナ、そして隣にいるのが私の婚約者のカールよ」
「ミーナ様のことは以前からよく存じておりました。あの……フレッド様の初恋の方だと」
私とカールはバッとフレデリック様を見た。そんな話を婚約者の彼女にしたのだとしたら、無神経だ。彼は左右に小さく首を振った。
「ごめんなさい。私が勝手に調べたのです。私は昔からフレッド様に憧れていました。貴方は学校でいろんな美しい女性に告白されても常に『好きな人がいる』と断られていました。でも、どなたかとお付き合いしている様子もないので……お断りする方便かなと思っていたのです」
なるほど。フレデリック様は確かに町の女の子達からも人気があった。
「でも気になって、いけないとは思いつつ……フレッド様を追いかけると町中で大きな荷物を持ったミーナ様に駆け寄って行かれました。そして声をかけて荷物を持ってあげていた。そのお顔は、とても幸せそうで……ああ、この方が『好きな人』なんだと納得しました」
彼女は俯いて、グッと手に力を込めた。
「それからは、私は長年遠くからフレッド様を眺めるだけにしました。でもまだ好きで……諦めなきゃと思うのに無理でした。そんな時お父様から『パトリシアの憧れの君が婚約者を探しているらしい』と言われて舞い上がったのです。私の片想いを家族は知っていたのと、うちも商家なので都合が良いと……縁談を組まれました」
「そう」
「フレッド様はこの縁談をお断りになると思いましたが、私は藁にもすがる気持ちでした。いくらミーナ様をお好きでも……結婚相手の条件としては私の方が良いと思っていましたから。好きになってもらえなくても『妻』にはなれるかもと期待して、お見合いの日勇気を出してフレッド様に想いを伝えました。そうしたら……あなたも私で良いと言ってくださってとてもとても嬉しかったんです」
うっうっ、と彼女はまた泣き出した。
「でも今日……窓からミーナ様と談笑されているフレッド様を見たら、不安になって気がついたら店に入っていました。本当にはしたない真似をして申し訳ありません」
フレデリック様はグッと目をつぶってから、彼女の手をそっと握った。
「僕が悪い。君への気持ちが全然伝わっていなかったようだ」
「フレッド様に悪いところなんてありません!」
「……僕は君で良いと言ったつもりはないよ」
「え?」
彼女はとても不安そうな顔をしたが、私はわかっていた。フレデリック様はこの女性を愛しているのだから。
「君で、ではなく君が良いと言ったんだ。僕の妻はパティが良いと」
「フレッド様……」
「君を不安にさせると思ってミーナのことは言っていなかったんだ。だが、知っていたんだな。確かに僕は昔彼女が好きだったが、もうきっぱり振られてるから友人だ。彼女には、そこのオッサンが好きだと言われてね」
フレデリック様は、カールを見てフッと笑った。カールは「誰がオッサンだ」と不機嫌だ。私は二人のその言い方が面白くてついくすりと笑ってしまい、カールに「ミーナまで酷い」と頬を軽くつねられた。
「僕は君が好きだよ。僕の妻になる人は君しかいない」
フレデリック様は彼女の頬をするりと包み込み、美しく微笑んだ。彼女は真っ赤になって照れていた。
その二人の様子を見てもう大丈夫だと、私とカールは目を見合わせて小さく頷いた。
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