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第2章
君と僕、俺と君 7
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「瑠衣、先にシャワー浴びてこいよ」
「海里が先でいいよ。テニスで汗をかいただろう」
「そうか、悪いな」
「いいんだよ。僕は夕食の支度をしているから」
「サンキュ!」
海里にもらった大き目のシャツを腕まくりして、キッチンに立った。
自分の手首を何気なく見つめると、思い出してしまう。
「あ……ここ」
今日、君は何度も、僕を捕まえてくれた。
それから手も繋いでくれた。
まだ手首に温もりが宿っているようだ。
温かい人肌だった。
人種は違っても同じ温もりなんだな。
どこまでも優しい君。
僕が過去に優しく手を引かれたのは母さんだけだったので、どんなに嬉しかったか分かる?
母さんが死んだ後は、もう誰も手を引いて僕を導いてくれなくなった。
どこへ行けばいいのか幼い僕には分からなくて、ただ命令をこなすだけの日々だった。
『結構食べるの速いな。負けそうだ』
実は君にそう言われ、少し悲しくなったんだ。
だって僕は知らない。僕にとって食事とは、腹を満たすだけの時間だったことを。
誰かと語らう事なんて、屋敷ではありえなかった。
いつも罵倒される日々だった。
『瑠衣、早く食べてくれ! 次の仕事が山ほどあるんだよ』
『本当は孤児のお前に与える食事はないんだよ。感謝しな』
『おらおら! ボケボケしている時間はない』
食べるって、そういうものだと思っていた。
だから学校の給食や、なけなしの残飯を詰めた弁当の時間が苦手だった。
時間が余ってしょうがなかった。でも誰とも話せなかった。
そんな僕に一度だけテーブルマナーを教えてくれた人がいた。
執事の田村さんだ。
海里と田村さんだけが、あの屋敷での僕の拠り所だった。
『瑠衣、おいで。今日はテーブルセッティングを教えよう』
食事をするための食器やカトラリーをルールに沿ってテーブルの上に並べる方法を、細かく学んでいる時だった。
田村さんは実際に僕を椅子に座らせ、こっそり本物の食事を出してくれた。
……
『瑠衣、16歳の誕生日おめでとう。お前は本来、こんな場所にいる人間ではないのだ。実に嘆かわしい。母親は品のよい美しい女性だったよ。素性は分からないが、ただの奉公人には見えない程にな。そしてお前には確かにご当主さまの血が流れている。だから堕ちてはいけない。誇りをもってこの先、生きていきなさい』
『……田村さん、どうして』
『私が君にマナーを教えられるのは、この一度だけだ。しっかり叩き込むように。いつか役に立つ日がくるかもしれない』
『……はい』
……
田村さんはそう言ってくれたが、だからといって何が変わるわけではなかった。
むしろ雄一郎さんの要求は酷くなり、崖から転げ落ちる寸前だった。
「瑠衣、焦げてるぞ」
「わ! ごめん」
「それ何だった?」
「あ、……白身魚をソテーしていた」
「うそだろ。真っ黒だぞ」
海里の腹がグゥウと音を立てる。
「ごめんね。すぐに何か違うものを作るよ」
「もういいって、たまには外食しよう」
「でも悪いよ」
「外でゆっくり語りながら食べようぜ。瑠衣と話したい」
「う……ん」
日本では、外食なんて贅沢な事はしたことがなかった。
でも英国では何度か。
それにしても今日食べたハンバーガー、美味しかったな。
僕と向かい合って、一緒に食べてくれる人がいた。
笑いあって、そして僕の唇にそっと触れてくれた。
あの指先の熱……どうして?
「瑠衣? お前なんか変だな。今日、何かあったのか? 顔赤いし……あれ? もしかして熱でも」
海里の手が、額に伸びて来る。
「やっぱり熱いじゃないか。熱あるな。風邪か」
「この位……大丈夫だ」
「馬鹿、ここはもうあの屋敷じゃない。具合が悪いなら休めばいい。休んでいいんだよ。瑠衣……」
「海里……」
その晩、熱に浮かされ夢を見た。
呼吸が苦しくなり身体が熱くなる。
雄一郎さんとのデッサン会の夢は、見たくない。
あれは悪夢だともがくと、場面が変わった。
昼間に会った金髪碧眼の君の顔がちらついて……
悪夢に墜ちそうな僕を、力強く引っ張り上げてくれた。
また会いたい──
こんな気持ち……抱いた事がなかった。
君と過ごす時間はゆっくりで、新鮮だ。
もっと会って、もっと教えて欲しい。
世界がどんなに広いかを──
「海里が先でいいよ。テニスで汗をかいただろう」
「そうか、悪いな」
「いいんだよ。僕は夕食の支度をしているから」
「サンキュ!」
海里にもらった大き目のシャツを腕まくりして、キッチンに立った。
自分の手首を何気なく見つめると、思い出してしまう。
「あ……ここ」
今日、君は何度も、僕を捕まえてくれた。
それから手も繋いでくれた。
まだ手首に温もりが宿っているようだ。
温かい人肌だった。
人種は違っても同じ温もりなんだな。
どこまでも優しい君。
僕が過去に優しく手を引かれたのは母さんだけだったので、どんなに嬉しかったか分かる?
母さんが死んだ後は、もう誰も手を引いて僕を導いてくれなくなった。
どこへ行けばいいのか幼い僕には分からなくて、ただ命令をこなすだけの日々だった。
『結構食べるの速いな。負けそうだ』
実は君にそう言われ、少し悲しくなったんだ。
だって僕は知らない。僕にとって食事とは、腹を満たすだけの時間だったことを。
誰かと語らう事なんて、屋敷ではありえなかった。
いつも罵倒される日々だった。
『瑠衣、早く食べてくれ! 次の仕事が山ほどあるんだよ』
『本当は孤児のお前に与える食事はないんだよ。感謝しな』
『おらおら! ボケボケしている時間はない』
食べるって、そういうものだと思っていた。
だから学校の給食や、なけなしの残飯を詰めた弁当の時間が苦手だった。
時間が余ってしょうがなかった。でも誰とも話せなかった。
そんな僕に一度だけテーブルマナーを教えてくれた人がいた。
執事の田村さんだ。
海里と田村さんだけが、あの屋敷での僕の拠り所だった。
『瑠衣、おいで。今日はテーブルセッティングを教えよう』
食事をするための食器やカトラリーをルールに沿ってテーブルの上に並べる方法を、細かく学んでいる時だった。
田村さんは実際に僕を椅子に座らせ、こっそり本物の食事を出してくれた。
……
『瑠衣、16歳の誕生日おめでとう。お前は本来、こんな場所にいる人間ではないのだ。実に嘆かわしい。母親は品のよい美しい女性だったよ。素性は分からないが、ただの奉公人には見えない程にな。そしてお前には確かにご当主さまの血が流れている。だから堕ちてはいけない。誇りをもってこの先、生きていきなさい』
『……田村さん、どうして』
『私が君にマナーを教えられるのは、この一度だけだ。しっかり叩き込むように。いつか役に立つ日がくるかもしれない』
『……はい』
……
田村さんはそう言ってくれたが、だからといって何が変わるわけではなかった。
むしろ雄一郎さんの要求は酷くなり、崖から転げ落ちる寸前だった。
「瑠衣、焦げてるぞ」
「わ! ごめん」
「それ何だった?」
「あ、……白身魚をソテーしていた」
「うそだろ。真っ黒だぞ」
海里の腹がグゥウと音を立てる。
「ごめんね。すぐに何か違うものを作るよ」
「もういいって、たまには外食しよう」
「でも悪いよ」
「外でゆっくり語りながら食べようぜ。瑠衣と話したい」
「う……ん」
日本では、外食なんて贅沢な事はしたことがなかった。
でも英国では何度か。
それにしても今日食べたハンバーガー、美味しかったな。
僕と向かい合って、一緒に食べてくれる人がいた。
笑いあって、そして僕の唇にそっと触れてくれた。
あの指先の熱……どうして?
「瑠衣? お前なんか変だな。今日、何かあったのか? 顔赤いし……あれ? もしかして熱でも」
海里の手が、額に伸びて来る。
「やっぱり熱いじゃないか。熱あるな。風邪か」
「この位……大丈夫だ」
「馬鹿、ここはもうあの屋敷じゃない。具合が悪いなら休めばいい。休んでいいんだよ。瑠衣……」
「海里……」
その晩、熱に浮かされ夢を見た。
呼吸が苦しくなり身体が熱くなる。
雄一郎さんとのデッサン会の夢は、見たくない。
あれは悪夢だともがくと、場面が変わった。
昼間に会った金髪碧眼の君の顔がちらついて……
悪夢に墜ちそうな僕を、力強く引っ張り上げてくれた。
また会いたい──
こんな気持ち……抱いた事がなかった。
君と過ごす時間はゆっくりで、新鮮だ。
もっと会って、もっと教えて欲しい。
世界がどんなに広いかを──
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