ランドマーク ~そこに君がいてくれるから~

志生帆 海

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第2章

信じることから始めよう 8

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 配属先のグレイ家に関する資料を、ドサッと一式渡された。

 その重みに圧倒されそうだ。

「これはグレイ家の歴史や現在の家族構成だ。明日の出発までに全部読んでおくように」
「畏まりました」

 いよいよ始まる。

 見習いではあるが、リアルな貴族の生活に介入するのだから、失敗は許されない。

 緊張が高まる。

 寄宿舎に戻り、自室に籠って資料を必死に読み込んだ。

 なるほど……

 グレイ侯爵家は、16世紀から代々続く由緒正しき世襲貴族なのか。

 英国でも有数の名門貴族。

 そんな家に、肌の色が違う僕が入って大丈夫だろうか。

 長い歴史を読むと、その格式に恐れをなしてしまうのが普通だろう。

 だが、僕は怖くはなかった。

 森宮の家も平安時代まで遡れる名家だった。あの家で使用人として働いた経験が、まさかまた役立つとは。

 僕には人並み外れた度胸というものが、自然と備わっているのに気が付いた。

 辛いだけの捨ててしまいたい過去だったのに、今僕が進もうとする道に役立つとは、人生とは不思議なものだ。

 家族構成を読むと、ご当主様と奥方様、それに二人の息子の名が記されていた。

 長男は僕と同い年だった。

 「『アーサー様』と言うか」

 なんだろう……

 名前を口に出してみると、とても懐かしく不思議な心地になった。


****

「君が新しく来た執事見習いか」
「はい。霧島瑠衣RUI KIRISIMAと申します」
「……Louisか、英国でも通じる名だな。ルイと呼ぼう」
「よろしくお願いします」

 グレイ家の執事は、執事養成学校からの紹介状に一通り目を通した後、頭のてっぺんから足のつま先まで値踏みするように、僕を厳しい眼差しで見つめた。

 この手の視線に慣れているので、顔を上げ背筋を伸ばして立った。

「ふぅん……ルイは日本人形のように繊細で線が細いが、なかなかいい面構えだ。顔も上品で悪くない。しかし日本人の見習いがやってくるとは正直意外だったが……成績は優秀なので期待しているよ」
「ありがとうございます」

 細い銀縁の眼鏡の奥が、光っていた。
 
 少し苦手なタイプだが、敬意をもって深々と頭を下げた。

「1年間お世話になります」
「本当は執事見習いと言っても、執事になるには相当年数がかかるものだ。使用人として雇われ、最初は従僕から下積みでスタートするのが慣例だからな。だが君は違う。執事養成学校からの実地研修という身だ。日本に戻ったら、従僕を通り越して、いきなり執事の職に就いてもおかしくないね」
「……」

 確かにその通りかもしれない。

 だが僕の卒業後の行先は、未定だ。

 なにもかも……森宮のご当主さまの一存で決まるから。

「今回はご当主様の特別なご配慮で、ルイには将来のご当主様、つまり跡継ぎのアーサー様のお世話係を任せる事になった」
「かしこまりました」

 ここでまた『アーサー様』という名を耳にした。

「今は大学に行っていらっしゃるので、帰宅したら紹介しよう」

 僕に任されたのは、跡継ぎのアーサー様の身の回りの世話をするとともに、私的な秘書として公私にわたり補佐する事だった。

 僕と同い年の青年に仕えるのか……

 少しだけ複雑だな。

 アーサー様とは、どんなお方だろう。

 資料には写真が掲載されていなかったので、まだ顔が分からないが、いいお方だといいな。

 贅沢を言える身分ではないが、強く願ってしまう。

 この1年間、平穏無事に過ごしたいから。

 続いて、執事の服装に着替えるように命じられた。

 初対面の挨拶をするので、今日はタキシードに黒い蝶ネクタイのフォーマルな衣装を選んだ。そして長めの前髪は額がきれいに見えるように、鏡の前で後ろに整えた。

「ふぅん、なかなか決まっているな。黒髪もいいものだ。さてとアーサー様が戻られるまで、館の庭園を実際に歩いて場所を覚えておくように」
「かしこまりました」

 ご当主様と重々しい面会を済ませ屋敷内を簡単に案内された後は、庭の地図をポンっと手渡された。

 東屋や噴水の位置、庭園内の花の名前を覚えなくては。

「1時間したら玄関に戻りなさい。その後ご主人様とご対面だ」

 いよいよだ、もうすぐ僕が仕えるアーサー様と対面する。

 期待と不安で、胸が高鳴っていた。


 
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