重なる月

志生帆 海

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13章

安志&涼編 『僕の決意』2

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 見上げる程大きな家。

 流石大手時計会社の社長宅だ。

 到着したのは車寄せのある煉瓦造りの立派なお屋敷で、マネージャーと中に入ると、年配の社長自ら、嬉しそうに出迎えてくれた。

「やぁやぁ、よく来てくれたね」

 社長とは確かCMモデルに採用された時に一度顔を合わせたことがあったが、悪い印象ではなかった。お屋敷と呼ぶのに相応しい豪邸の一階は吹き抜けの大広間になっていて、ざっと三十人程の男女が集まっていた。すごい……まるでドラマの中の世界だな。パーティー会場にいる人達は品の良さそうな人達ばかりだったので、ほっとした。

 同時に変な警戒ばかりするのは、僕の悪い癖だと反省してしまった。

「月乃くん、いつも我が社の広告モデルをありがとう。お陰様さまで大変好評で、今年は思い切ってシリーズ化させてもらうことにしたよ。しかし新年早々、無理を言って本当に悪かったね。実はどうしても君に会いたいと願う人がいてね」

「ありがとうございます。そうだったのですね……で、どなたですか」

 ん?  社長を通じて僕に会いたい人って一体誰だ?
 随分……権力を行使してくるんだな。

「いやまぁ……少し親馬鹿で恥ずかしい話なんだが、実は昨年の秋に息子がN.Y.の大学に入学していて、丁度そこで知り合った友人を連れて年末から帰省していてね。その友人が月乃くんと高校でクラスメイトだったそうで是非会いたいそうだ。偶然……彼が米国の支社の大事な取引先の息子さんだったこともあり……無下に出来なくてね」

「えっ! 僕の高校の同級生ですか!」

 相手が僕の高校時代のクラスメイトだなんて驚いた。

 N.Y.在住時代の友人?

 ハイスクールの友人には日本での連絡先を知らせず不義理なことをしていたのに……わざわざこんな手段を使ってまで呼び出す程の人物って一体誰だろう? 申し訳ないが、すぐに思い当たらなくて悩んでしまった。

「月乃くん、早速だが会ってもらえるかな?」
「あっ、はいもちろんです」

 そのために連れて来られたのだから、会うしかないだろう。

「ありがとう、では息子と一緒に紹介するよ」
「はい」
「呼んできてくれ」
「畏まりました」

 社長が秘書に命じると……数分後、人混みから頭一つは余裕で飛び出た、大柄で金髪碧眼の男が颯爽と現れた。

 僕はその顔を見て驚愕した!





「おっ、お前、ビ……ビリーじゃないか!」
「Ryo~ 会いたかったぞ」

 いきなりビリーに強い力で抱きしめられ、もがいてしまった。

「わっ! はっ、離せって!」
「あっ悪い! やっと会えたな~おいっ探したぜ」

 ビリーはハイスクールのクラスメイトで、アメフト部の主将もこなした長身のスポーツマンだった。しかもあのサマーキャンプにも一緒に行った仲だ。

 ただ僕はあのキャンプで大変な目に遭ってしまい、あの日の出来事を良い事も悪い事も丸ごと抹殺したい気持ちになってしまい、意図的に連絡を絶ってしまった相手だった。

 もちろんビリーに何かされたわけじゃない。

 彼にはちゃんとステディなLisaという彼女がいるしキャンプでも助けてもらった。でも安志さんと付き合いだした僕は、なんとなく後ろめたい気持ちもあり、ビリーとは疎遠になっていた。

「はぁ……まったく驚いたよ」

「こっちこそ!お前なぁ、連絡先を何一つ教えないで日本に行ってしまったから随分探したぞ。そんな時に日本人留学生の康太と友人になってさ、そいつの持っていた日本の雑誌広告でお前を見つけた時は、本気でびっくりしたぜ。全く聞いてないぜ。おいっ、いつの間にモデルなんかになったんだよ~」

 なるほど、そういうことか。
 そしてその康太という人が、この時計会社の社長子息ってわけか。
 
 ビリーが僕を探してくれたのは嬉しいが、なんだか権力を笠に呼び出されたような感じがして、少しだけ嫌だなと思ってしまったのが顔に出てしまったのだろうか。

「Ryo……もしかして怒ってるのか、こんな風に呼び出したことを」
「……いや」

 とたんに肩を落としてシュンとなっていくビリーに、ギョッとした。

 おいおい……大きな図体で情けない姿だな。

 その姿に、確かに遠路はるばる来てくれた相手に、こんな対応は悪いよなと気持ちを改めた。昔から悪気はないんだ。ちょっと強引だが、僕が嫌がることはしない奴だ。

「まぁ、とにかく、よく来たな」
「よかった! 康太の帰省にくっついて来たのはいいが、もう明日の夜には帰国しないといけなくてさ、時間がなくて焦っていて……その悪かったな。無理に呼び出してさ。その今日は……まずかった? もしかして何か大切な用があったのか」
「……いや、今日は大丈夫だよ」

 今日はどうせ安志さんは実家から帰ってこない。だからまぁ僕も高校のクラスメイトと遊んでもいいのかなと、安易に考えてしまった。

「よかったなビリー。僕は少し他の友人と話してくるからゆっくりどうぞ」
「お~ 康太、恩に着るぜ!」

 康太さんという人とも挨拶したが、僕にはさして興味も湧かないようで(それもそうだよな。普通初対面の男が男に興味なんてないだろう)すぐに他へ行ってしまった。

 それをいい事に、ビリーは僕にべったりし出した。お、おい? ちょっと距離近すぎないか。

「なぁ~ Ryoは大学でも陸上続けているのか」
「いや辞めたよ。今はバスケ部に所属している」
「えっ、その背で?」
「失礼だな。僕は機敏だし結構シュートも決めるよ」
「悪い悪いっ! そうだよな。ハイスクールでもRyoの運動神経はピカイチだったもんな」

 ビリーと話し出すと楽しかった高校時代のノリを思い出してきて、だんだん打ち解けてきた。高校時代のバカな話とかお互いの大学のこと、クラスメイトのその後など、大いに盛り上がり楽しい時間となった。

「なぁRyoはどんな所に住んでいるんだ?」
「……普通のマンションだけど?」
「そこに今から行ってみたい!」
「えっ? だってこの家に泊まっているんだろう」
「まぁそうだけど、もっと普通の日本文化を体験したいんだよな。ここは豪華すぎて一般家庭じゃないだろう。俺さ大学で日本語も学んでいるんだぜ。なぁ涼のマンションに今日は行ってもいいか」
「えっと……」
「なんだよ。彼女と住んでいるとか、やましいことでもあるのか」
「いや……そういうのはない」
「じゃあいいだろう。男友達を泊めるくらいさ。かえって怪しいぞ」

 これには迷った。でも男同士で雑魚寝なんて、そういうのは大学では当たり前だろうし、かえって意識するのも変か。ビリーは高校時代からの友人で素性を知らない奴じゃない。それにサマーキャンプでも何もなかったし大丈夫だよな。

「あ……そういえばLisaは元気? あれから続いている?」

 念のため予防線を張った。Lisaと付き合っているのなら、変な気は起こさないよな。

 こんなことを考えるなんて自意識過剰だ。でもマーキャンプで見ず知らずの奴に襲われかけ、性の捌け口になりかけたことが、僕の中でトラウマになっているのは確かだから。自分で防げることは防ぐ。周りには充分気をつけろと……洋兄さんや安志さんにも口を酸っぱくして言われているし。

「もちろん! そうだ、最近の写真見るか。Lisaは大学でもチアガール続けているぞ」

 スマホの写真は仲良さそうに抱き合っている二人の熱々な写真だった。これを見てほっとした。ビリーは純粋に僕のことを友人だと思い、こんな手を使ってまで会おうとしてくれたのだと納得できた。

「OK! いいよ。今日は僕の家に泊まっても」
「やった!」

 ビリーにまた軽くハグされ少し焦った。

 でもまぁ……向こうにいた時はこんなスキンシップ、よくあったしな。

 安志さんに悪いかな。でもあれから連絡ひとつないし……僕は僕で旧友と楽しく過ごそうと割り切ることにした。

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