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成就編

秋満ちる 3

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「そろそろ行けそうか」
「うん、大丈夫そうだ」

 駅のホームで菅野に助けてもらえて、本当に良かった。

 自分ではどうしようともない時は、人を頼ろう。何でも全てひとりで解決しようと意気込むのは、もうやめよう。

 最近の僕は、自然にそんな風に思えるようになっていた。

 自分の許容範囲を超えること、自分でコントロールできないことに抗うのは、やめた。その代わり、僕を導いてくれる人を頼ることにした。

 宗吾さんと芽生くんと過ごすようになって、人はひとりで生きているわけではない。多少の迷惑を他人にかけながら生きていると思えるようになった。

 だから、今は菅野に甘えてもいい。
 
 そう考えると、気持ちが楽になった。

「菅野、ありがとうな。すごく助かったよ」

 そう告げると、菅野は破顔した。

「よせやい、瑞樹ちゃん、照れるぜ! 」

 菅野と改札を出ると、金森鉄平が僕たちを待ち構えるように立っていた。

「あっおはよう、金森」
「……おはようございます」

 何故だか、いつもに増して視線が厳しいような。僕は未だこの後輩の扱いに慣れていないと痛感してしまう。

 そのまま菅野と僕が肩を並べて歩き、その後ろを金森が付いて来る。

 始終、彼は無言だった。いつもなら五月蠅いくらい話しかけてくるのに変だな。

「今日の金森は大人しいな」
「そうっすか」
「あぁ、いつもその位でいいぞ」
「酷いです」
「ははっ」

 菅野は気にしていないようだったが、僕は少しだけ気になった。

「葉山、もう気持ちを切り替えろ」
「そうだね」

 菅野に励まされ、なんとか午前中のデスクワークは凌げた。

 午後は活け込み作業のため、更衣室でスーツから作業服に着替えることになった。

 大丈夫だろうか……

 恐る恐る、さっき見知らぬ男性に掴まれた二の腕を確認した。

 あっよかった……痕になっていない。

 下手に手形などついていたら、ズドンと落ち込んでいたと思う。

 ただでさえ綱引きの筋肉痛で二の腕が怠いのに、あんな強く掴まれるなんて……今日は本当についていない。

 自分では意識していないのに、突然、見知らぬ男性から言い寄られたり、付け込まれるのは、本当に怖い。

 あの日から……間もなく1年が経とうとしている。
 

****

「瑞樹、今日はどことなく元気がなかったな。夕食の時も芽生と風呂入っている時も、少し沈んでいただろう」

 その晩、芽生くんを寝かしつけてから宗吾さんが待つ寝室に行くと、唐突に聞かれたので驚いてしまった。

「え……」
「何かストレスがありそうな顔だな。俺には話して欲しい。早く駆除しないと体に毒だぞ」
「……はい」

 参ったな。宗吾さんには最近、何でもすぐに見破られてしまう。

 いや、僕がそれを望んでいるのだ。

「運動会の疲れだけじゃなさそうだ。今日、職場で何かあった?」

 以前の僕だったら、何でもないと偽ってしまっただろう。

 自分さえ我慢すればいい。そう思うのが長年の習慣となっていたから。
 
「……実は」
「ちゃんと話してみろ。聞くよ」

 宗吾さんが、背後から優しく僕を抱きしめてくれる。

 彼の温もりを背後に感じると、ホッとした。

 背中を預けられる人がいるって、とても幸せなことだ。
 
「実は……今朝、駅のホームで見知らぬ男性に声を掛けられて……」
「何だって!! 」
「しー、静かに。芽生くんが起きちゃいます」

 宗吾さんの大きな反応に、心配をかけて申し訳ない気持ちと、心配してくれる人がいて嬉しい気持ちが交差する。

「それで大丈夫だったのか」
「腕を強く掴まれたのが……気持ち悪くて」
「瑞樹……っ」

 宗吾さんが、辛そうな顔をする。流石に僕の胸も痛む。

「心配かけてすみません。でも……ちょうど菅野が通りかかって、助けてくれたんです。だから事なきを得たので、大丈夫でした」
「そ、そうか。俺がいなかったばかりに、怖い目にあったな」
「宗吾さんのせいじゃありませんよ。でも……やっぱり……とても怖かったです」

 ふぅ……ちゃんと話せた。ちゃんと伝えられた。

「瑞樹、隠さずに話してくれてありがとう。怖かったな」
「はい……だから……」
「だから? 」

 背後から抱きしめられていた躰を反転させて、宗吾さんを見上げる。

「その……僕に……」
「僕に? 」
「くすっ、もうズルイですね」

 答えなら、もう分かっている癖に……

「ははっ、そうか」

 わざとおどけて笑う宗吾さんにつられて、僕の頬も緩む。

 強張っていた、心がじわじわと解けてくるのを感じた。

 温かい夜がやってくる。
 
 心が傷ついたのなら、ふたりで温め合って復活させればいい。

 今の僕には、そういう相手がいる。

 それが嬉しくて、僕の方から背伸びして宗吾さんにキスをした。

「もっと……触れて欲しいんです。僕に……」



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