夕凪の空 京の香り

志生帆 海

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第一章

紅をさす 2

 1週間後の夕暮れ時。

 私は仕立て上がったばかりの着物を風呂敷に包み、夕凪が待つ「一宮屋」へ向かった。そっと覗くと夕凪は、店の暖簾の向こうで文机に向かって何やら真剣に書き物をしていた。

 硝子越しに見える背筋を正した端正な佇まいに、惚れ惚れする。流石、京都生まれの生粋の老舗の若旦那といった風貌だ。指先にまで洗練された優美さが滲み出ている。

「待たせたね」

 そう声をかけると、夕凪ははっと驚いたように顔をあげた。

「あっああ……待ってはいないが、本当に来たのか」

 流石に今から女装するとなっては居心地が悪いのか、いつものツンツンした所は影を潜め、目は泳ぎ、何処か心許ない様子だ。

「さぁ着付けてやるよ」
「うっ……お前って奴は悪趣味だ」

 夕凪は深くため息をつくと観念したように目で控室へと私を促した。店の奥の控室には私と二人きりで、もう店仕舞いの時間なので誰もいないようだった。

「あのな……信二郎。女物の着付けは俺には上手く出来ない。だから手伝ってくれないか」

 はぁ……やっと躊躇いがちに口を開いたと思えば、こんなことを言ってくるんだから、かなりの天然だ。

「くっくっ確かにそうだよな。いいよ、じゃあ着ているものを全部脱いで」
「えっ! お前の前で? 」

 夕凪は頬を赤く染め、驚いた様子でこちらを真っすぐに見つめた。

「何を恥ずかしがっている? 男同士なのに」

 私の方もそうは言うものの、胸がドキドキと高鳴り、深呼吸して平静を装おうのも大変になってきた。

「あっ……うん、それもそうだよな。じゃあよろしくな」

 夕凪は納得したように、少し笑顔を見せてくれた。

 その笑顔に更に胸がドキリとしてしまう。この控えめで清らかな笑みを浮かべている夕凪を俺のものにしたい。そんな欲情が私にはっきりと芽生えた瞬間だった。

 シュッ──

 微かな音を立て、夕凪が着ていた和装を脱ぎ始め、白い肌着姿になっていく。初めて見る想像以上にほっそりとした美しい躰に見惚れてしまう。長襦袢を後ろから肩に掛けて袖を通し、左右の衿先を体の正面で合わせ、後は流れるように着つけていく姿が優美だ。さらに出来上がったばかりの着物をふわりと羽織り、腰紐を結んで整えていく。

「悪いが、この伊達締めをしめてくれるか」

 その優雅な仕草に見惚れていたから、急に声を掛けられて焦ってしまった。

「いいよ。貸せ」
 
 伊達締めを持って私は夕凪の後ろに立ち、きゅっと細い腰を締めて後ろで交差させてから、伊達締めを前で結んでやった。

「くっ」

 きゅっと絞めた拍子に、耳元で声があがった。

「悪いっきつかったか」
「ふぅ……女は大変だな、あとは帯か。はぁ動きにくいもんだな」

 女物の着物と男性の和装では勝手が違うようで、夕凪の動きもどんどん鈍くなり、吐く息も切なげになってきた。

「帯は私が締めてやるよ」

 キュッキュッときつく締めながら巻いていくと……

「あっ」
「んっ」

 夕凪の口から次々と妙に色っぽい声が上がってくる。まさか……これって誘っているのかと思ってしまう程の萌える声をあげるものだから、たまったものじゃない。

 天然な夕凪のことが憎たらしくなって、思わず突っ込みたくなった。

「夕凪のその声……私を誘っているのか? いやらしいな」
「なっ! なんてこと言うんだ、お前は! 」
「ふふっさぁ着付け出来たよ。鏡を見てみろよ」

 見事だ。夕凪は、はっとするほど女の着物が似合っていた。
 もっともっと綺麗にしてやりたい。そんな欲求が高まってくる。

 一方夕凪は、不機嫌そうにむすっとしたまま鏡を見ている。

「どうした?」
「変だ、こんなの! 髪もそのままだし……気色悪くないか」

 やれやれ何を言い出すのやら。不服そうに呟く夕凪が可愛らしくてしょうがない。ならば、もうとことん弄ってみたくなるな。

「ちょっといいか」

 私はそう来るだろうと実は予測していて、鬘や化粧道具を一式持ってきていたのだ。絵師が本業ではあるが、良く姉の化粧を手伝っていたので得意だ。

「少し整えても? 」
「えっ……ああ」
「らしくてやるよ」

 夕凪は顔を紅色に染めながらコクリと頷いた。鏡に映る夕凪の髪に日本髪の鬘をのせて、髪飾りで手際よく整えていく。これだけでも、もう女子(おなご)と見まごうほど美しい。

「なぁ化粧もしても良いか」
「えっ? 」

 不思議そうに見つめる夕凪の顎を掬い真っすぐにこちらを向かせ、その形のよい唇にすっと筆を下ろした。珊瑚のような色の紅をさしていくと、途端に夕凪の顔が明るく美しく女のように染まり出した。その白い肌に映える紅が見事に似合っていて圧巻だった。

 私の手で、美しい女子を生み出したような、まるで時が一瞬ぴたりと止まったかのような不思議な感覚だった。

 夕凪という名前のように、ぴたりと私たちの間が無風状態になった感じがし、その中で私を誘うような官能的な花の香りだけが漂っていた。

 そうか……好いているのか。
 女子を愛するように夕凪に惹かれていることを、この瞬間、私は確信してしまった。

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