夕凪の空 京の香り

志生帆 海

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第一章

紅をさす 4

 一週間前だ。

 一宮夕凪の躰を隈なく採寸したのは。

 前々からその美しい容姿だけでなく、涼やかな声が朗らかで機転が利く会話も心地良かった。老舗の若旦那らしい物腰の柔らかさと凛とした清楚な雰囲気にも惹かれていた。だから私は良い反物が出来るといつも真っ先に、夕凪のいる『一宮屋』へ持ち込んでいた。

 今考えると夕凪に近づきたかったのかもしれないな。

  もっともっと傍に。

 この胸に湧き起る気持ちは何かと思っていたが、あの日はっきりと認めざる得なかった。初めて採寸という名を借り、触れたかった肌に触れた時、まるで女に抱くような甘く疼く感情が沸き起こってしまったのだから。

 それから一週間は待ち遠しくて大変だった。あの着物を羽織った夕凪の艶やかな姿を想像しては、あらぬ妄想で夜な夜な苦しむ羽目になった。

  夢の中で……

 最初は着物を羽織らせるだけだった。次は日本髪を結ってやり、さらに化粧も施してやった。私の手で生まれ変わっていく夕凪の麗しい姿に心が躍った。

 ただただ……美しかった。そして着せたばかりの着物を一枚一枚剥ぎ取り、恥じらう夕凪を床に押し倒し、そしてその先の行為も想像してしまった。祇園育ちの私がいくら風流ごとに慣れているといっても、こんなにも真剣に唯一人のことを想うのは慣れていない。

 まして相手は取引先の老舗呉服屋の若旦那。一人息子で手塩にかけて育てられたことが一目で分かる気立ての良い好青年だ。大切に気を遣う相手なのだ。私みたいな遊び人の手で穢すわけにいかない高嶺の花だ。だから……すべては私の頭の中の妄想で留めておくはずだった。

 だが夕凪の綺麗な輪郭の唇に紅をさした途端、すべての理性が崩れ堕ち、その唇に口づけせずにはいられなかったんだ。

 このまま抱いてしまいたい。

 まだ何も知らない無垢な夕凪の躰を私の色に染めて、色づけてみたい。

 そんな淫らな感情が湧き上がって、もう止められなくなってしまった。


 ****

 一週間前だ。

 いつものように訪ねてきた絵師の坂田信二郎から、新作の反物を見せてもらったのは。
 
 信二郎の描く反物は常に俺の心を捉える優美なものばかりで気に入っており、才能溢れる信二郎のことを尊敬し憧れていた。

 新作は真珠色の地色に暁色の花弁が舞い、吉祥文様である御所車が裾に施さた優美な世界観で溢れた逸品で本当に格別だったから、一目で心を奪われた。これを売り物として手放すのが惜しいと心の中で思っていた矢先、突然……信二郎に言われた。

「それなら、夕凪が仕立てて着ればいいじゃないか」

 えっ男の俺が、女の着物を? それって平たく言えば女装することではないかと呆れたが、信二郎の真剣な眼差しを受けると、着物を手放すのが惜しい気持ちが更に増して……それを実行してしまった。

 控室で採寸してもらった時、息がかかるほど近い距離で肌に触れらる度に、胸の中に甘い感情が湧きあがってきて動揺した。興奮がなかなか冷めず、仕立て上がるまでの間、そわそわと落ち着かない自分がいて苦笑した。

 はたして……あの着物は俺に似合うのだろうか。
 女ではないのに大丈夫だろうか。
 信二郎の瞳に、俺はどんな風に映るのだろうか。

 そんなことをぐるぐると考えていると、あっという間に一週間が経っていた。

 そしてまさに今、着物を着せられ化粧を施され、驚いたことに信二郎から熱い接吻を受け、更にはその先を求められている。

 俺は、この先どうしたらいい?


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