忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

文字の大きさ
7 / 236
忍ぶれど……

幼き日々 5

しおりを挟む
 その後はもう重力に逆らえず、地面に向かってザザッと大きな音を立てて落ちてしまった。

「わっ! わぁ――」

 最後には視界が真っ逆さまだ! 

 これからやってくるであろう衝撃に、歯を食いしばって目をギュッと瞑って耐えた。

 ドンっ!

 その衝撃は、人とぶつかるような音と共に訪れた。

 だが、何故か想像していたような痛さではなかった。

 えっ、どうして?

 不思議に思い、手で地面を確認すると、そこには!

「すっ! 翠兄さんっ!」

 なんてことだ! 翠兄さんが俺の下敷きになっていた。

 俺はちょうど胸に受け止められるような姿勢で、兄さんの身体に乗り上げていたので、慌てて飛び起きた。

 二歳年上で身長差はまだ10cm以上あるけど、俺と違って細い身体の兄さんの上に俺が乗るなんて……なんてことをしちゃったんだ!

「兄さん、なんで!」
「流……ケガしてない?」

 俺は両手両足を動かして、なんともないことを確認した。

 そんなことより兄さんのことが気になってしょうがない。

「うん! 俺は大丈夫!それより兄さんは?」
「そうか良かったよ。流に怪我がなくてホッとした」

 翠兄さんが俺の頭を撫でようと手を動かした途端、優しい微笑みは、激痛を耐えるものに急変してしまった。

「うっ」
「兄さん? どっ、どうしたの! どこかいたいの?」
「あなたたち! 一体ここで何をしているの?」

 ちょうどそのタイミングで母が茂みから現れた。

 咄嗟に翠兄さんが俺をかばうように、腕を押さえながら前に立った。

「母さん、ごめんなさい。僕が転んじゃって流が手当てしてくれていたんだよ」
「兄さん違う! 俺が悪いんだ」
「……流、あなたまた木登りしたのね」

 母さんは俺と共に折れて落下した散らばる木の枝を見ながら、そう呟いた。

「とにかく二人とも怪我はないの?」

 もっと怒ると思っていたのに、まず心配してくれたので、俺はコクコクと頷いた。だけど兄は真っ青な顔のまましゃがみこんでしまった。

 どうしよう! 腕がすごく痛いんだ!

「母さん、ごめんなさい、僕……少しだけ腕が……」
「まぁ! 翠、早くみせてっ」


****

 結局、母さんに支えられて帰宅した翠兄さんは、そのまま父の車で病院へ連れて行かれた。何時間も経ってようやく戻って来た時はギプスに真っ白な三角巾をしていたので、すぐに分かった。

 どうしよう……腕の骨が折れちゃったんだ。

 俺のせいだ。

 俺が木登りなんてしなければ。

 足をすべらさなければ。

「兄さん……ごめん、ごめんなさい」
「いいんだよ。流が怪我する位なら、僕でよかった」
「兄さん、本当にごめん」
「……よりによって右手だなんて。翠は利き腕なのに」

 母さんが盛大な溜息を付く。

「あなた、困ったわ。明日からお盆で忙しいから、ずっと翠の付き添いが出来ないわ」
「うむ……誰かお手伝いさんに来てもらうか」
「そうね、これじゃお風呂も一人では無理だし、誰かいい人に頼めるかしら?」
「そうだな」

 父と母が悩まし気に兄の今後の介助について相談している。

 そんなの嫌だ!

 知らない人に翠兄さんのお世話をお願いするなんて、嫌だ!

 翠兄さんのことは、俺が全部してあげたい。

「そんなのいらないよ。俺が何でも手伝うから! 兄さんの右手になるからっ」

 必死の想いで両親に懇願していた。

「流……そんな無理しなくていいよ」

 翠兄さんは俺の必死な様子に驚いていた。

 でも母さんは俺の真剣な訴えに耳を傾けてくれた。

「本当に流に出来るの? 翠のお世話。でももし出来るのならやってみる? 翠の利き手の代わりになれるの? お風呂や食事もちゃんと手伝えるの?」
「やるっ! 絶対にやる!」

 あ……でもお風呂も?

 翠兄さんの裸の身体をゴシゴシ洗う自分の姿を想像すると、顔がほわんと赤くなってしまった。

 俺……やっぱり少し変かも。

 でも、そんなことよりもまず任せてもらえるかだ。

 俺はとにかくちゃんとやると、母さんに必死にお願いをした。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

処理中です...