忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

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忍ぶれど……

一途な熱 1

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 中学2年の6月に、厳しかった祖父が病気で亡くなり、そこから俺の生活が一変した。

 サラリーマンをしていた婿養子の父が寺の跡を継ぐことになり、俺たち家族は夏休みを利用して都内のマンションから、北鎌倉の寺へ引っ越した。

「兄さんと北鎌倉の駅で降りるの、久しぶりだな」
「そうだね。去年はおじいさまの具合が悪かったし、僕が中学生になってから部活があって、流達と一緒に夏休みに来れなかったね」
「翠兄さんと一緒に来るのは、あの……兄さんが骨折した夏以来だ」
「そうか、懐かしいね。あの時はしらばく利き手が使えなくて大変だったけど、今となっては懐かしいな」
 
 それは俺を庇ってくれたからだ。
 兄さん、ごめん。本当にごめん。
 早く謝らないといけないのに、素直に言葉が出てこない。

「……」
「流には心配かけて、本当に悪かったな」

 俺がもたもたしているうちに、兄さんが謝ってしまった。
 本当にこの人はどうしていつもこうなんだ?

「違う! 兄さんは悪くない! 全部俺が原因だ。あの時は本当にごめん」
「いいんだよ。流が無事ならば……ねっ」

 兄が骨折した日に風呂や着替えその他もろもろの世話をすると宣言し意気込んだものの、当時まだ10歳と12歳の兄弟ではたかがしれていて、結局兄の世話は寺のお手伝いさんや母が交代ですることになったんだ。

 それに同室で楽しく過ごしたのは、最初の晩の途中までだった。

 夜中に翠兄さんのうなされた声で飛び起き、あまりの高熱に驚いた。まだ幼かった俺はパニック状態に陥り、泣きながら母を呼びに、寺の長い廊下を走ったのを覚えているさ。

 そのせいで母が幼い兄弟だけで寝かすのには無理がある判断し同室も解除になったし、風呂だって叶わぬ夢となった。

 意気込んでいた分、全部ぬか喜びで終わった。

 その後、母が翠兄さんと、父が俺と丈と同室で眠る羽目になって、くそ面白くない展開だった。

 それにしても今思い出しても、本当に不甲斐ない。

 だから当時のことには、あまり触れて欲しくない。あの時は2歳差というものが大きな壁となりハンデだった。だがあれから俺の背はぐんぐん伸びて、兄の身長をこの春には軽く越していた。

 一緒に肩を並べて坂道を上る兄を得意げにチラッと見下ろすと、視線を感じたのか兄の方も、俺の方を見上げて肩を竦めた。

「あーあ、流は一体いつの間にそんなに大きくなってしまったんだか。小学生の頃は、僕よりずっと小さくて可愛かったのにな」
「何言ってんだよ。俺はもっと大きくなるよ。まだまだだ」
「それ以上? だってもう175cmはゆうに超えているだろう? おいおい兄としての面子も残しておいてくれよ」
「嫌だね」

 もっともっと大きくなってみせる。

 兄をすっぽりと包み込める程の背丈が欲しい!



****

 今日は祖父の四十九日の法要だ。

 だだっ広い畳敷きの広間に、親族が大勢集まっている。

 父はサラリーマンをしながら夏休みなど長期の休みを利用して仏門の修行を続けていたので、なんとかすぐに祖父に代わり住職をこなせているようだ。

 そんな父の変化に戸惑いながらも、母も坊守として多忙な日々を送っている。

 長いお経の間ずっと正座をしていたら案の定、足が痺れてしまった。

 もぞもぞと身体を揺らしながら、つい小声で独り言のようにぼやいてしまった。

「父さんのお経も、なげーな」
「流、そんなこと言うもんじゃないよ。おじいさまのご供養なんだから。もしかして、また足が痺れたの?」
「違う!」
「りゅーう、足を崩してもいいよ」

 隣に座っていた学ランの詰襟姿の兄が、ふっと目を細めて優しく微笑みかけて来た。まさに容姿端麗とは、こういう人のことを言うのだろう。栗毛色の髪の毛が濃紺の学ランに映えて、きっちりと喉元まで留めた釦からもストイックで禁欲的な印象を受ける清楚な兄。

 いつまでも俺の中で、その印象は変わらない。
 いや、ますます手が届かない存在になってきている。

 俺は昔から二歳上の兄のことが大好きだ。

 何故か昔から兄の言うことなら、なんでも素直に聞くことが出来た。

 兄のためなら、なんでもしたかった。

 この先もずっとそれは変わらない。

 決まってもいない未来が、何故か俺には見えていた。

 ただ最近は「好き」の意味が、無邪気な子供の頃の好きと、少しづつ歯車がズレるように変化してきているのを心の奥底で認めざる得ない状況だ。

「大丈夫だ。我慢できる」
「そう? 無理しなくてもいいんだよ」

 真っすぐに前を向き姿勢を正す、綺麗な横顔の兄さん。

 俺を助けるために骨折したことのある兄の右腕を、じっと見つめた。

 更に腕から視線をずらし、数珠をきゅっと握る男にしてはほっそりとした指先を見つめた。

 細い手首だな。
 
 俺よりずっと華奢な体つき、同じ腹から生まれた兄弟でこうも体格が違うものか。

 兄さん……やっぱり綺麗だな。

 心も体も綺麗な人だ。

 また身体の奥から沸き起こるゾクゾクとした妙な気持ちを抱いてしまった。

 あの手を捕えて、押さえつけてしまいたい。

 俺以外の何処にも行けないように。

 バカ、俺、何を考えて――

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