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色は匂へど……
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両親の前で頭を下げ『俺が兄さんの手となり足となり守る』と誓った後、一目散に兄さんの部屋へ駆け込んだ。
「兄さん!……あっ、なんだ、まだ眠っているのか」
規則正しい寝息を立てて兄は眠っていた。いや正確には庭先で気絶した後、父さんに担がれて、そのまま布団に寝かされている状態だった。
部屋は真っ暗で顔がよく見えない。枕元のスタンドをつけて覗き込むと、その寝顔は酷く苦し気だった。
眉根を寄せているな。もしかして悪い夢を見ているのか。
さっきはよく分からなかったが、こんなに痩せてしまったのか。
以前からほっそりした体型ではあったが、それでも頬は柔らかい曲線を描いて、柔和な雰囲気だったのに……
「兄さん」
優しくそう呼び掛けて、そっと柔らかい栗毛色の髪に触れた。いつもお釈迦様のような優しく穏やかな笑顔を浮かべていたのに……滑らかできめ細やかだったはずの皮膚もガサガサに乾燥し、頬には無数の擦り傷を負っていた。腕は骨折していると聞いた。
一体どんな事故に遭った? 車にはねられそうになって激しく転んだと聞いたが、本当にただの事故だったのか。視力をストレスで失っているのはどうしてだ? 俺のせいなのか……
聞きたいことが山ほどある。今すぐ起こして問い詰めたい程に。
だが俺はもう兄を一方的に追い詰めたり、問い詰めたりはしない。もう絶対に嫌がることはしないと誓ったから。
父さんから俺の態度がショックで兄は倒れてしまったと言われ、不謹慎だが嬉しかった。裏を返せば兄がそこまで俺を大事に想ってくれていることなんだよな。
兄さんの望み、これからは全部叶えてやるから安心しろ。
俺がこの先ずっと傍にいてやる。もし兄さんが手を離そうとしたって、今度は俺が離さないからな。
だから、もう目を覚ませよ。
念じるように兄さんを見つめていると、その瞼が微かに震えた。
「ん……」
ゆっくりと瞼を開くが、その目は焦点があってなかった。
現実を目の当たりにして、心臓を鷲掴みにされたように苦しい。兄さんの瞳に、俺が映っていないなんてあり得ない。これは罰だ。俺がずっと兄を避け続けた罰を食らったんだ。
俺が甘んじて罰を受け入れるから、どうか兄の眼を元に戻して下さい。
「だっ……誰か……そこにいるの?」
兄さんが暗闇に人の気配を感じたらしく怯えた素振りを見せたので、慌てて、その手を両手でギュッと握ってやった。
「俺だよ。目覚めたのか」
「えっ、りゅ……流なのか」
「あぁ、俺だ。俺はここにいる」
兄さんは驚いた様子で、はっと顔をあげた。
首を左右に振り目を細め、必死に俺を見ようとしている。だが見えないと悟った兄さんの消沈した心を代弁するかのように一筋の涙が流れた。
「ううっ……こんな時に流が見えないなんて……僕はどうしたら、どうしよう……」
「兄さん、落ち着け。もう俺は何処にも行かない。ずっと兄さんの傍にいるから焦るな」
「……えっ、今、なんて?」
「兄さん、ずっと俺が悪かった。どうか許してくれ。あんな仕打ちをしてすまなかった」
「流……僕の傍にいてくれるのか。ずっと?……ほ、本当に?」
ずっと兄さんが望んでいたのは、ただ俺の傍にいたいということだったんじゃないかと勘違いしてしまいそうな程、嬉しそうな顔をしていた。
「あぁ、だからゆっくり養生しろ。目が見えなくても大丈夫だ。俺が手となり足となり傍にいるから」
兄さんは信じられないといった表情で、手の甲で流れ落ちる涙を拭った。
本当は、その綺麗な涙、俺のために流してくれた涙は、俺が吸い取ってやりたいよ。
「流……そうしてくれるの? 本当に? あぁ、流が帰ってきてくれた」
「あぁ、今日から月影寺で一緒に暮らそう。これからは何でも二人でやっていこう」
「うん、うん、そうしたい……流、ありがとう」
和解。
本当に言葉通りだ。
兄さんの心と俺の心、長い遠回りを経てようやく繋がった。
もう兄さんを怖がらせない。やましい思いは封印するから、兄の視力を元に戻して下さい。
どうか兄に光を――
そう清い誓いを立てていた。
「兄さん!……あっ、なんだ、まだ眠っているのか」
規則正しい寝息を立てて兄は眠っていた。いや正確には庭先で気絶した後、父さんに担がれて、そのまま布団に寝かされている状態だった。
部屋は真っ暗で顔がよく見えない。枕元のスタンドをつけて覗き込むと、その寝顔は酷く苦し気だった。
眉根を寄せているな。もしかして悪い夢を見ているのか。
さっきはよく分からなかったが、こんなに痩せてしまったのか。
以前からほっそりした体型ではあったが、それでも頬は柔らかい曲線を描いて、柔和な雰囲気だったのに……
「兄さん」
優しくそう呼び掛けて、そっと柔らかい栗毛色の髪に触れた。いつもお釈迦様のような優しく穏やかな笑顔を浮かべていたのに……滑らかできめ細やかだったはずの皮膚もガサガサに乾燥し、頬には無数の擦り傷を負っていた。腕は骨折していると聞いた。
一体どんな事故に遭った? 車にはねられそうになって激しく転んだと聞いたが、本当にただの事故だったのか。視力をストレスで失っているのはどうしてだ? 俺のせいなのか……
聞きたいことが山ほどある。今すぐ起こして問い詰めたい程に。
だが俺はもう兄を一方的に追い詰めたり、問い詰めたりはしない。もう絶対に嫌がることはしないと誓ったから。
父さんから俺の態度がショックで兄は倒れてしまったと言われ、不謹慎だが嬉しかった。裏を返せば兄がそこまで俺を大事に想ってくれていることなんだよな。
兄さんの望み、これからは全部叶えてやるから安心しろ。
俺がこの先ずっと傍にいてやる。もし兄さんが手を離そうとしたって、今度は俺が離さないからな。
だから、もう目を覚ませよ。
念じるように兄さんを見つめていると、その瞼が微かに震えた。
「ん……」
ゆっくりと瞼を開くが、その目は焦点があってなかった。
現実を目の当たりにして、心臓を鷲掴みにされたように苦しい。兄さんの瞳に、俺が映っていないなんてあり得ない。これは罰だ。俺がずっと兄を避け続けた罰を食らったんだ。
俺が甘んじて罰を受け入れるから、どうか兄の眼を元に戻して下さい。
「だっ……誰か……そこにいるの?」
兄さんが暗闇に人の気配を感じたらしく怯えた素振りを見せたので、慌てて、その手を両手でギュッと握ってやった。
「俺だよ。目覚めたのか」
「えっ、りゅ……流なのか」
「あぁ、俺だ。俺はここにいる」
兄さんは驚いた様子で、はっと顔をあげた。
首を左右に振り目を細め、必死に俺を見ようとしている。だが見えないと悟った兄さんの消沈した心を代弁するかのように一筋の涙が流れた。
「ううっ……こんな時に流が見えないなんて……僕はどうしたら、どうしよう……」
「兄さん、落ち着け。もう俺は何処にも行かない。ずっと兄さんの傍にいるから焦るな」
「……えっ、今、なんて?」
「兄さん、ずっと俺が悪かった。どうか許してくれ。あんな仕打ちをしてすまなかった」
「流……僕の傍にいてくれるのか。ずっと?……ほ、本当に?」
ずっと兄さんが望んでいたのは、ただ俺の傍にいたいということだったんじゃないかと勘違いしてしまいそうな程、嬉しそうな顔をしていた。
「あぁ、だからゆっくり養生しろ。目が見えなくても大丈夫だ。俺が手となり足となり傍にいるから」
兄さんは信じられないといった表情で、手の甲で流れ落ちる涙を拭った。
本当は、その綺麗な涙、俺のために流してくれた涙は、俺が吸い取ってやりたいよ。
「流……そうしてくれるの? 本当に? あぁ、流が帰ってきてくれた」
「あぁ、今日から月影寺で一緒に暮らそう。これからは何でも二人でやっていこう」
「うん、うん、そうしたい……流、ありがとう」
和解。
本当に言葉通りだ。
兄さんの心と俺の心、長い遠回りを経てようやく繋がった。
もう兄さんを怖がらせない。やましい思いは封印するから、兄の視力を元に戻して下さい。
どうか兄に光を――
そう清い誓いを立てていた。
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