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色は匂へど……
我慢の日々 2
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「兄さん、起きてるか。母さんから蒸しタオルを貰って来たぞ」
「うん……ありがとう」
母さんに事情を話すと、すぐに蒸しタオルを作って持たせてくれた。
(しっかりお世話してね)
(分かってるって)
(あ……流、翠の自尊心を守ってあげるのよ。分かっているわね?)
母さんはぶつくさ言っていたが、俺の頭は違う方へ向かっていた。
このタオルで兄さんの身体を隈なく拭けるのかと思うと、よからぬ期待が膨らんで不謹慎にもワクワクしてしまった。
湯気があがるタオルを持っていそいそと部屋に戻ると、兄さんは眼を閉じて眠っているように見えた。
なんだ? 寝てしまったのか。
蛍光灯をつけると、兄さんの瞼が痙攣するように震えた。
ん? やっぱり起きているのか。
そういえば母さんが兄さんの目は精神的なものなので、光は感じられると言っていた。
「兄さん、起きているんだろう? さぁ拭いてやるから」
兄さんは怠そうにのろのろと上体を起こし、まるで自分を守るように自由が利く片手で、自身を抱きしめた。
「……流……お願いだ。自分で出来るから……そのタオルを貸しておくれ」
「何言ってんだ? そんな目でどうやってやるんだよ。ほらっ俺が拭いてやるから」
押し付けるように決めつけるように言い放つと、兄さんはひどく思い詰めた顔で俯き、悔しそうに唇をキュッと噛みしめた。
血が滲む程に、きつく……
伏せた瞼からは、今にも悔し涙が零れそうだ。
「僕は……出来る」
その言葉に、胸がギシギシと痛くなった。
そうだ……そうだった。
この人はずっと俺の前を歩いて来た人だ。
俺の邪な心で、汚してはいけない人だった。
その時になってようやく、兄さんの気持ちを気遣え寄り添えた。
母さんに言われた意味も理解出来た。
傷ついた身体を介助するだけでは駄目だ。
心も傷だらけなんだ。
だから、まずは俺が兄さんの自尊心を守ってやらないと。
「兄さん悪かった。じゃあ……兄さんが拭いてくれ。そうだ……電気を消すぞ。光は感じるんだろう? 暗くなったの分かったか」
兄さんは見えない目で天井を見上げ、コクンと頷いた。
「部屋は真っ暗だ。俺には何も見えない。さぁ手を出してくれ。蒸しタオルを渡すから」
「流……ごめん、ありがとう」
兄さんは骨折した腕を庇いながら前開きのパジャマをそっと脱いで、自らの手で身体を丁寧にな仕草で清めだした。
窓の外からは月明かりが差し込んでいた。
痩せこけた白い肢体なのに、どこか艶めかしく、闇の世界にぽうっと浮かび上がった。
ヤバい!
月明かりに背くように、俺は慌ててそっぽを向いた。
見てはならぬ。
どんなに近くにいても、この人に触れてはいけない。
ようやく帰って来てくれた人なんだ。
この月影寺で心と身体をゆっくり休めて欲しい。
もう二度と怖い思いはして欲しくない。
だから俺は……兄さんにとって安全で安心な人間になろう。
どんなに近くにいても、
色は匂へど……
あなたには、けっして触れてはならない。
そう自戒した。
今はそれが最善だ。
まずは兄さんが無事に視力を取り戻せるように全力を注ごう。
不思議と……今までのように昇華しきれない思いに荒れ狂うのではなく、気持ちがスッキリ整っていた。
兄さんのために出来ることがある。
この手で支えることが出来る。
それが嬉しかった。
「うん……ありがとう」
母さんに事情を話すと、すぐに蒸しタオルを作って持たせてくれた。
(しっかりお世話してね)
(分かってるって)
(あ……流、翠の自尊心を守ってあげるのよ。分かっているわね?)
母さんはぶつくさ言っていたが、俺の頭は違う方へ向かっていた。
このタオルで兄さんの身体を隈なく拭けるのかと思うと、よからぬ期待が膨らんで不謹慎にもワクワクしてしまった。
湯気があがるタオルを持っていそいそと部屋に戻ると、兄さんは眼を閉じて眠っているように見えた。
なんだ? 寝てしまったのか。
蛍光灯をつけると、兄さんの瞼が痙攣するように震えた。
ん? やっぱり起きているのか。
そういえば母さんが兄さんの目は精神的なものなので、光は感じられると言っていた。
「兄さん、起きているんだろう? さぁ拭いてやるから」
兄さんは怠そうにのろのろと上体を起こし、まるで自分を守るように自由が利く片手で、自身を抱きしめた。
「……流……お願いだ。自分で出来るから……そのタオルを貸しておくれ」
「何言ってんだ? そんな目でどうやってやるんだよ。ほらっ俺が拭いてやるから」
押し付けるように決めつけるように言い放つと、兄さんはひどく思い詰めた顔で俯き、悔しそうに唇をキュッと噛みしめた。
血が滲む程に、きつく……
伏せた瞼からは、今にも悔し涙が零れそうだ。
「僕は……出来る」
その言葉に、胸がギシギシと痛くなった。
そうだ……そうだった。
この人はずっと俺の前を歩いて来た人だ。
俺の邪な心で、汚してはいけない人だった。
その時になってようやく、兄さんの気持ちを気遣え寄り添えた。
母さんに言われた意味も理解出来た。
傷ついた身体を介助するだけでは駄目だ。
心も傷だらけなんだ。
だから、まずは俺が兄さんの自尊心を守ってやらないと。
「兄さん悪かった。じゃあ……兄さんが拭いてくれ。そうだ……電気を消すぞ。光は感じるんだろう? 暗くなったの分かったか」
兄さんは見えない目で天井を見上げ、コクンと頷いた。
「部屋は真っ暗だ。俺には何も見えない。さぁ手を出してくれ。蒸しタオルを渡すから」
「流……ごめん、ありがとう」
兄さんは骨折した腕を庇いながら前開きのパジャマをそっと脱いで、自らの手で身体を丁寧にな仕草で清めだした。
窓の外からは月明かりが差し込んでいた。
痩せこけた白い肢体なのに、どこか艶めかしく、闇の世界にぽうっと浮かび上がった。
ヤバい!
月明かりに背くように、俺は慌ててそっぽを向いた。
見てはならぬ。
どんなに近くにいても、この人に触れてはいけない。
ようやく帰って来てくれた人なんだ。
この月影寺で心と身体をゆっくり休めて欲しい。
もう二度と怖い思いはして欲しくない。
だから俺は……兄さんにとって安全で安心な人間になろう。
どんなに近くにいても、
色は匂へど……
あなたには、けっして触れてはならない。
そう自戒した。
今はそれが最善だ。
まずは兄さんが無事に視力を取り戻せるように全力を注ごう。
不思議と……今までのように昇華しきれない思いに荒れ狂うのではなく、気持ちがスッキリ整っていた。
兄さんのために出来ることがある。
この手で支えることが出来る。
それが嬉しかった。
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