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色は匂へど……
光を捉える旅 4
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「兄さん、どうだ? 何か見えるか。今、ちょうど真正面に太陽が沈んでいるが」
「……流、ごめんよ。残念ながら何も見えない。だが、ここでちゃんと感じているよ」
自分の胸を手の平で押さえ、心で感じていることを切に訴えると、落ち着き払った声が帰ってきた。
「……そうか、良かったよ」
「ここに連れて来てくれてありがとう」
「兄さん嬉しそうだな。いい笑顔だ」
「そうかな」
「あぁ」
何だか僕たち……兄弟とは思えないな。
これでは、まるで恋人同士のようだ。
どこまでも甘く優しい会話に、僕の心はずっと凪いでいた。
流とふたりで砂浜に腰を下ろし、夕日が沈み切るまで、ずっと見えない空を感じ続けた。
「兄さん、あと少しで日没だ」
「そう……沈んだ後の空色も、きっと綺麗だろうね」
「あぁ『ブルーモーメント』の時間がやってくる」
「へぇ、綺麗な名前だね、それ」
「夕焼けの後のわずかな隙に、辺り一面が青い光に照らされて見える現象さ。今日みたいに天気が良くて雲がほとんど無い空気の澄んだ日にだけ現れる」
「……僕も見たいな」
「見せてやりたいよ」
どんなに目を見開いても、流の顔を捉える事は出来なかったが、僕を見つめる視線は感じていた。
僕の横顔を、流がさっきから穴が開く程見つめている。
それは何故?
少し気恥ずかしいが、流の視線なら少しも怖くない。
むしろ嬉しい。
きっと流に視線を感じる事を告げたら、即座にそっぽを向いてしまうだろう。
このことは……当分、黙っておこう。
流の優しい視線を浴び続けるのは、心地いいからね。
「兄さん、少し波に足をつけてみないか」
「いいね」
「ほら手を」
「ん……だが」
「もう日も暮れて誰もいないよ。春の海人はいいよな。人がいなくて……だから手を貸せよ」
「う……ん」
流が僕の手を握ってくれる。
まるで恋人同士のように指を1本1本絡ませてきたので、流石に驚いてしまった。
僕の動揺に気づいたらしく、慌てて手を離された。
「悪い、こんなの変だよな」
「いや……しっかり握ってもらえて嬉しかったよ」
「……参ったな」
「何が?」
「いや、足元に気をつけろよ」
気をとりなした流が、今度は僕の肩を抱くようにして案内してくれた。
流は僕よりずっと身長が高いので、まるで流の胸に抱かれているような心地になってしまうよ。
妙にドキドキしてしまう。
弟なのに、どうして?
弟なのに、触れられた部分がドキドキと熱を持つなんて変なのに嬉しい。
「兄さん、ここからは靴を脱がないと濡れちまう」
「うっ……うん」
「ズボンの裾を捲ってやるよ」
「……ありがとう」
まるで幼い子供のように甲斐甲斐しく世話をされている。
きっと今だけ……今だけだ。
こんな風に甘えられるのも目が見えるようになったら全て終わり。
そう思うと、何もかも流に任せてしまいたくなる。
「おっと、タオルを取って来る。危ないから一歩も動くなよ」
「うん」
どうやら先程まで僕らが腰掛けていた場所に、持ってきたタオルを忘れてしまったようだ。
背後に砂を蹴る音が微かに聞こえた。
それにしても波打ち際に立つと、足元にひんやりとした海水を感じた。
もう、ここまで波が届くのか。
ひんやりして、気持ちいい。
僕の足はふらりと吸い寄せられるように、前へ前へと動き出していた。
少し位、濡れたっていい。
弟に触れられた箇所に次々と沸き上がる不思議な熱を冷やしたくて。
このままだと、制御出来なくなりそうだ。
だからもう少し、もう少しだけ──
その時、大きな波飛沫と共に、流の大声が聴こえた。
「兄さんっ、危ない!」
「……流、ごめんよ。残念ながら何も見えない。だが、ここでちゃんと感じているよ」
自分の胸を手の平で押さえ、心で感じていることを切に訴えると、落ち着き払った声が帰ってきた。
「……そうか、良かったよ」
「ここに連れて来てくれてありがとう」
「兄さん嬉しそうだな。いい笑顔だ」
「そうかな」
「あぁ」
何だか僕たち……兄弟とは思えないな。
これでは、まるで恋人同士のようだ。
どこまでも甘く優しい会話に、僕の心はずっと凪いでいた。
流とふたりで砂浜に腰を下ろし、夕日が沈み切るまで、ずっと見えない空を感じ続けた。
「兄さん、あと少しで日没だ」
「そう……沈んだ後の空色も、きっと綺麗だろうね」
「あぁ『ブルーモーメント』の時間がやってくる」
「へぇ、綺麗な名前だね、それ」
「夕焼けの後のわずかな隙に、辺り一面が青い光に照らされて見える現象さ。今日みたいに天気が良くて雲がほとんど無い空気の澄んだ日にだけ現れる」
「……僕も見たいな」
「見せてやりたいよ」
どんなに目を見開いても、流の顔を捉える事は出来なかったが、僕を見つめる視線は感じていた。
僕の横顔を、流がさっきから穴が開く程見つめている。
それは何故?
少し気恥ずかしいが、流の視線なら少しも怖くない。
むしろ嬉しい。
きっと流に視線を感じる事を告げたら、即座にそっぽを向いてしまうだろう。
このことは……当分、黙っておこう。
流の優しい視線を浴び続けるのは、心地いいからね。
「兄さん、少し波に足をつけてみないか」
「いいね」
「ほら手を」
「ん……だが」
「もう日も暮れて誰もいないよ。春の海人はいいよな。人がいなくて……だから手を貸せよ」
「う……ん」
流が僕の手を握ってくれる。
まるで恋人同士のように指を1本1本絡ませてきたので、流石に驚いてしまった。
僕の動揺に気づいたらしく、慌てて手を離された。
「悪い、こんなの変だよな」
「いや……しっかり握ってもらえて嬉しかったよ」
「……参ったな」
「何が?」
「いや、足元に気をつけろよ」
気をとりなした流が、今度は僕の肩を抱くようにして案内してくれた。
流は僕よりずっと身長が高いので、まるで流の胸に抱かれているような心地になってしまうよ。
妙にドキドキしてしまう。
弟なのに、どうして?
弟なのに、触れられた部分がドキドキと熱を持つなんて変なのに嬉しい。
「兄さん、ここからは靴を脱がないと濡れちまう」
「うっ……うん」
「ズボンの裾を捲ってやるよ」
「……ありがとう」
まるで幼い子供のように甲斐甲斐しく世話をされている。
きっと今だけ……今だけだ。
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そう思うと、何もかも流に任せてしまいたくなる。
「おっと、タオルを取って来る。危ないから一歩も動くなよ」
「うん」
どうやら先程まで僕らが腰掛けていた場所に、持ってきたタオルを忘れてしまったようだ。
背後に砂を蹴る音が微かに聞こえた。
それにしても波打ち際に立つと、足元にひんやりとした海水を感じた。
もう、ここまで波が届くのか。
ひんやりして、気持ちいい。
僕の足はふらりと吸い寄せられるように、前へ前へと動き出していた。
少し位、濡れたっていい。
弟に触れられた箇所に次々と沸き上がる不思議な熱を冷やしたくて。
このままだと、制御出来なくなりそうだ。
だからもう少し、もう少しだけ──
その時、大きな波飛沫と共に、流の大声が聴こえた。
「兄さんっ、危ない!」
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