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色は匂へど……
光の世界 2
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「兄さん、着いたぞ」
「ありがとう」
兄さんは自分の手でシートベルトを外し、助手席からスッと降りた。
やはり月影寺を前にすれば、長兄として、僧侶としての気持ちが高まるのだろう。
……急に遠くにいっちまったな。
以前の俺だったら嘆き苦しむ所だが、不思議と今日はそうはならなかった。
たぶん、さっき俺にだけ見せてくれた素顔のお陰だ。
兄さんの生き方を応援するよ。
だから二人きりの時は甘えてくれ。
俺の前ではもう強がらなくていい。
俺が支えてやるから大丈夫だ。
兄さんは背筋をすっと伸ばして、月影寺を仰ぎ見た。
目を細め、懐かしそうにぐるりと見渡している。
兄さんと月影寺。
うん、やっぱり最高の組み合わせだ。
絵になるな。
春風をはらんだ兄さんのさらさらな髪が美しい輝いていた。
兄さんは完全に自分を取り戻せたようだ。
この寺に戻ってきた時の全身傷だらけの悲惨さはもうない。
「お帰り、兄さん」
「うん、久しぶりに帰ってきた気分だよ。さぁ行こう」
今はもう手は引かない。
兄さんが一歩一歩自分の足で石段を上がっていく姿を、こうやって背後から見守ろう。
すると……俺の視線を感じたのか、階段の途中で兄さんがぴたりと足を止めた。
「流、ありがとう。いつも傍にいてくれて……これからも頼む」
「兄さん、あぁ、だから兄さんらしく生きてくれよ」
「うん、なんだかね、生まれ変わったような清々しい気持ちだよ。視界は良好だ」
視界は良好か。
俺の気持ちまで見透かされそうだな。
歩き出すと思ったのに、兄さんがくるりと振り返った。
これは不意打ちだ。
そして甘く微笑んでいる。
参ったな。
ズキュンと射貫かれる。
兄さんの世界に持って行かれる。
「僕には流がいる」
「あぁ、その言葉に嘘偽りはない」
甘いムードになりそうだったが、そのタイミングで山門から母の声が降ってきた。
「翠、流、帰ったの?」
宿を出る時、「予定変更で、もう帰る」とだけ連絡しておいたので、気になって迎えに来たようだ。
まだ視力が回復したことは話していない。
兄さんから直接話すのが良いだろう。
「まぁ、翠、あなた……ひとりで階段を? あ、危ないわ。流、早くを引いてあげて」
「母さん、大丈夫ですよ。そこまで行きます」
「翠?」
兄さんはスタスタと階段を上がり、母の前にスッと立った。
俺より一回り小さい身体だが、母の前に立つと母よりずっと背も高く、後ろ姿は以前のように凜々しかった。
兄さんだ。
いつもの兄さんらしさが戻ってきている!
以前はもどかしかった兄の背中が、今はとても嬉しい。
翠はいろんな顔を持っている。
長兄として、寺の跡継ぎとして、父として……
昔は遠く感じた距離を、今は近く感じるのは、きっと……兄さんが俺に甘えてくれるからだ。
目が見えてもなお俺を頼ってくれることが、この上なく嬉しかった。
「母さん、ただいま」
「翠? あ……あなた、目が見えるようになったの? 視力が戻ったのね」
「はい、流のおかげで取り戻せました。長い期間ご心配おかけしました」
「翠、翠……あぁ良かったわ。母さん……とても心配だったわ。不安だったわ。あなたをここまで追い詰めてしまったと後悔もしていたの」
母さんは気が抜けたようにヘナヘナとその場にしゃがみ込んでしまったので、兄さんがスッと手を出して抱き起こした。
「母さん、大丈夫ですか。僕なら大丈夫です。いろいろな憑きものが落ちたようで気分が良いです。戻ってきました。ここに戻ってきました」
「翠、翠……この子ったら、もうっ」
母さんが翠を抱き寄せた。
そして泣いた。
勝ち気で強気な面のある母だが、とても人情深い人なのだ。
三人の息子を深くそれぞれに愛している。
それがしみじみと伝わる抱擁だった。
「ありがとう」
兄さんは自分の手でシートベルトを外し、助手席からスッと降りた。
やはり月影寺を前にすれば、長兄として、僧侶としての気持ちが高まるのだろう。
……急に遠くにいっちまったな。
以前の俺だったら嘆き苦しむ所だが、不思議と今日はそうはならなかった。
たぶん、さっき俺にだけ見せてくれた素顔のお陰だ。
兄さんの生き方を応援するよ。
だから二人きりの時は甘えてくれ。
俺の前ではもう強がらなくていい。
俺が支えてやるから大丈夫だ。
兄さんは背筋をすっと伸ばして、月影寺を仰ぎ見た。
目を細め、懐かしそうにぐるりと見渡している。
兄さんと月影寺。
うん、やっぱり最高の組み合わせだ。
絵になるな。
春風をはらんだ兄さんのさらさらな髪が美しい輝いていた。
兄さんは完全に自分を取り戻せたようだ。
この寺に戻ってきた時の全身傷だらけの悲惨さはもうない。
「お帰り、兄さん」
「うん、久しぶりに帰ってきた気分だよ。さぁ行こう」
今はもう手は引かない。
兄さんが一歩一歩自分の足で石段を上がっていく姿を、こうやって背後から見守ろう。
すると……俺の視線を感じたのか、階段の途中で兄さんがぴたりと足を止めた。
「流、ありがとう。いつも傍にいてくれて……これからも頼む」
「兄さん、あぁ、だから兄さんらしく生きてくれよ」
「うん、なんだかね、生まれ変わったような清々しい気持ちだよ。視界は良好だ」
視界は良好か。
俺の気持ちまで見透かされそうだな。
歩き出すと思ったのに、兄さんがくるりと振り返った。
これは不意打ちだ。
そして甘く微笑んでいる。
参ったな。
ズキュンと射貫かれる。
兄さんの世界に持って行かれる。
「僕には流がいる」
「あぁ、その言葉に嘘偽りはない」
甘いムードになりそうだったが、そのタイミングで山門から母の声が降ってきた。
「翠、流、帰ったの?」
宿を出る時、「予定変更で、もう帰る」とだけ連絡しておいたので、気になって迎えに来たようだ。
まだ視力が回復したことは話していない。
兄さんから直接話すのが良いだろう。
「まぁ、翠、あなた……ひとりで階段を? あ、危ないわ。流、早くを引いてあげて」
「母さん、大丈夫ですよ。そこまで行きます」
「翠?」
兄さんはスタスタと階段を上がり、母の前にスッと立った。
俺より一回り小さい身体だが、母の前に立つと母よりずっと背も高く、後ろ姿は以前のように凜々しかった。
兄さんだ。
いつもの兄さんらしさが戻ってきている!
以前はもどかしかった兄の背中が、今はとても嬉しい。
翠はいろんな顔を持っている。
長兄として、寺の跡継ぎとして、父として……
昔は遠く感じた距離を、今は近く感じるのは、きっと……兄さんが俺に甘えてくれるからだ。
目が見えてもなお俺を頼ってくれることが、この上なく嬉しかった。
「母さん、ただいま」
「翠? あ……あなた、目が見えるようになったの? 視力が戻ったのね」
「はい、流のおかげで取り戻せました。長い期間ご心配おかけしました」
「翠、翠……あぁ良かったわ。母さん……とても心配だったわ。不安だったわ。あなたをここまで追い詰めてしまったと後悔もしていたの」
母さんは気が抜けたようにヘナヘナとその場にしゃがみ込んでしまったので、兄さんがスッと手を出して抱き起こした。
「母さん、大丈夫ですか。僕なら大丈夫です。いろいろな憑きものが落ちたようで気分が良いです。戻ってきました。ここに戻ってきました」
「翠、翠……この子ったら、もうっ」
母さんが翠を抱き寄せた。
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