忍ぶれど… 兄は俺の光――息が届くほど近くにいるのに、けっして触れてはならぬ想い人

志生帆 海

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色は匂へど……

光の世界 3

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「お父さん、翠です。戻りました」
「翠や……」

 久しぶりに見る父の顔。
 
 少し皺が増え、白髪も増えたようだ。

「長い間大変心配をお掛けました。その節は、この寺から逃げ出してしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 畳に額を擦りつけるほど、深く謝った。

 全部……すべては僕の我が儘だった。

 月影寺の跡を継ぎたくて幼い頃から精進してきたのに、途中で全部投げ出してしまった。

 挙げ句、逃げるように結婚してしまった。

 唇を噛みしめて俯いていると、お父さんが肩に手を置いてくれた。

 温もりを感じ、ふいに泣きたくなった。

「翠や……もしや……目が見えているのか、私の顔が見えるのか!」
「はい、見えます。流との旅行が良かったようです。また見えるようになりました」
「おぉ、おぉ、そうか、そうか……良かった。本当に良かった」

 父の目には涙が浮かんでいた。

 どんなに心配をかけたことか。

 どんなに迷惑をかけたことか。

「翠や、もうそんなに自分を責めるのではない。翠が歩んだ道、全ての行動には意味がある。結果はどうであれ、その道で得た物を見つめよ。全ての事柄には意味があって無意味ではないのだよ。とにかく良かった。本当に良かった」
「お父さん……これからは月影寺で過ごしても宜しいでしょうか。再び月影寺の僧侶として精進を積みたいです」

 再び頭を下げると、父の穏やかな声が届いた。

「その言葉をずっと聞きたかった。次世代の月影寺を担うのは翠だ。流は翠を昔から心から慕っている。この数年、住職の代理を任せてきたが、どうにもしっくりこないらしい。流は生涯、兄に仕える人生を望んでいる。不器用な弟だが、あの子ごと引き受けてくれるか」

 それは僕の台詞です。お父さん……

 僕が流を望んでいるのです。
 
 僕がいない間、流にも負担を掛けてしまったな。

 それなのに、それなのに――

 父にも、僕と生涯月影寺で過ごしたいと言ってくれたのか。

 有り難いよ。

「もちろんです。引き受けさせて下さい。流に支えてもらいたいです。ですから……どうか今日から再びご住職の元で修行をさせて下さい」
「よくぞ言ってくれた。翠、ただ一つだけ忘れていることはないか。心を研ぎ澄ましてみなさい」
「はい」

 目を閉じると、視力を失ってから流という光以外は暗黒の世界だったのに、明るく強く輝くものが見えた。

 竹林の中で蹲って、目を擦って泣く幼子は……

「薙……僕の息子」
「そうだ。親権はあちらでも、翠は薙の父親だ。それはゆめゆめ忘れてはならぬぞ」
「はい」
「よし、早速で悪いが、先日から何度か弁護士と通じて面会交流権についての相談が来ている。一度会ってみるか」
「会いたいです。薙は僕の息子です」
「よく言った。茨の道かもしれぬが、けっして父と子の縁を……手を離してはならない」

 僕の世界が動き出した。

 覚悟を決めることの連続だ。

 だが、ずっと波間をぼんやりと漂っていただけの僕にとって、この刺激は心地良いものでもあった。

 全ての物事に全力を注ぎたい。

 振り向けば、いつも流がいてくれる。

 この安心感は絶大だ。

 だから頑張れる。
 
 

 

 
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